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王女の意志

 

 地下でエルフの王女と出会った俺。

 彼女は俺の仕事ぶりを評価してくれているようだが……。


「えっと、俺は何かしたのか?」


 面識はあるものの、一度きり顔合わせだったはずだ。あの後俺はすぐに荷物をまとめて王都を立ち去り、仕事の引継ぎなんてしている暇はなかった。

 もちろん一緒に仕事をしたこともない。


「これを」


 シギュンはそう言ってベッドの奥から瓶を取り出した。

 あれは……俺が作った部屋用の芳香剤だ。


「すごい技術。連邦の天使族でもここまで純度の高い聖水を作ることはできないよ。これは……あなたが作ったんだよね?」

「聖水だなんて大げさだな。それはただ単に部屋の臭いを良くするための芳香剤だぞ?」

「これのおかげで、部屋の中はきれいな空気でいい香り。ううん、そんなことに使ってしまうのも申し訳ないほどにすごいクオリティだと思う。連邦でいろいろな高級聖水を見てきた私だから、断言してもいいよ」


 そういえばこの子、隣の国の王族だったな。ある程度高級なものに見慣れていてのセリフらしい。

 俺の芳香剤の品質が高いと褒められるのは嬉しいんだけど、『聖水』は言いすぎじゃないか? なんだか別の物になってるぞ。

 まあ、この前の消臭剤は魔族に効いてしまったんだけどな。


 シギュンは俺に近寄って、くんくんと鼻を動かしている。 


「やっぱりあなたもいい匂い」


 なんだか照れるな。


「えっと、シギュンさんはずっと俺の代わりにここで働いてたんだよな?」

「そう、あなたに比べたら私なんて働いていないようなものだけど」

「そんなことないさ。この前まで王女だったんだろ? それなのに逃げ出さずこうして働いてたんだから、胸を張っていいと思う」


 あの国王や王妃だ。役立たずだと思ったら追放したり、下手をすれば懲罰と称して俺にしたように毒を浴びせたりしていたかもしれない。ここにこうして健康なまま残っているということは、それだけで素晴らしいことだと思う。


「私は生きなきゃいけないの。死んでいった国の兵士たちのためにも……」


 そう……か。

 あの戦争ではエリーゼ王女率いる兵士たちが多くの亜人兵士たちを殺したと聞いている。

 たとえ底辺で汚いと馬鹿にされようと、死んでいった兵士たちのために、彼女は生きなければならない。


「でも、もう無理。この事態は私の力をはるかに超えていた。トイレの掃除はできても複雑な下水管を直すのは至難の業。もうあきらめて、外のトイレを使ってくれればすべて解決なのに」

「少し俺に任せてくれ。ここでの仕事は長いからな、たぶん直せると思う」


 直せなかったら目が覚めた陛下に殺されてしまいそうだ。あの惨状を黙らせるには是が非でもトイレを元通りにしなければならない。


「…………」

 

 俺は考える。

 

 トイレの一部だけでなくすべてのトイレが使えなくなっているという話だ。だとすると個々の下水管を分解して直したとしても意味がない。

 もっと全体に影響のある機構が詰まっているのだ。


 俺は小屋から抜け出して、しばらく外を歩いた。

 そして、そこにたどり着く。


 城中の下水管が一か所に集まるこの場所は、浄化槽、と呼ばれるものらしい。

 ここで汚水が処理されて綺麗な水になると聞いている。


「ガルド連邦王国の地下にも似たような機構があるの。でもそれは今よりはるかに進んで優れていたとされる古代人が生み出した叡智の結晶。下手に中をいじると使い物にならなくなってしまうって、お父様が言ってた」


 汚物を浄化するなんて、高度な魔法でなければ不可能だ。この中には精密な魔法陣が彫られており、それを傷つけてしまっては意味がない。


「少し待ってろ」


 俺は浄化槽に手を当てて集中する。

 なに、初めてのことじゃない。


「ふんっ!」


 かつてドラゴンこと大トカゲにも使ったこの技は、魔力を内部に流すことによって、詰まりを解消する俺の技だ。


 よくあるんだよな。心無い貴族の誰かがトイレに変なものを流して詰まらせてしまうことが。ここまで盛大に詰まらせるのは初めてだけど。


「……よし」

 

 管の中から音が聞こえる。どうやら正常に下水管が流れ始めたらしい。

 といっても、さすがにこの規模のつまりではいまだ詰まったままの下水管もあるだろう。様子を見てここの下水管のつまりも解消しておく必要があるな。


「あ……ああ……ああぁ……ああああああああっ!」

「ん?」


 シギュンがめっちゃ驚いている。

 なんでだろう? 


「どうしたんだ? 何か変なことでもあったか?」

「い……今の、技」

「ああ、トイレのつまりを直す技だけど。大した力じゃないだろ?」

「普通の人間だから魔力が見えないんだね。すごい……信じられないほど膨大な魔力の渦が、まるで台風みたいにこの洞窟を荒らして……あなたの手に収束していった」

「そんな大げさな……」

 

 ただ単にトイレの詰まりを直しただけだぞ?


「……信じられない。信じられない、けど、それなら……きっと」

「だ、大丈夫か? そんなに俺の技をすごいと思ってるのか? 勘違いだって……」

「やっと理解しました」


 ん? なんだか口調が。

 シギュンはなぜか床に座り、俺に向かって頭を下げた。

 謝っている? というか偉い人に跪いている感じか。


「あんな冴えない老人がこの国の王だと聞いて、ずっと疑問に思っていました。あなたこそがこの国の本当の王なのですね?」

「は?」


 冗談か、と思ったが王女様のキラキラ輝く目は明らかに真剣だ。


「いやいやいや、ちょっと落ち着いてくれよ。俺が王って……とどう見ても普通の人間だろ? なんでそんな勘違いしてるんだよ」

「で、でも、こんなに魔力を使えて、錬金術にも長けて、聖なるオーラをまとった人間なんてこれまで見たことないよ! 私のお父様もね、あなたには及ばないけどすごい魔力の持ち主なの。こんな才能を持ってるなんて、国王以外ありえない」

「…………」

 

 どうやらシギュン王女の住んでいたガルド連邦王国では、国王がそれなりに魔法を使えるらしい。いやこの言い方だと国で一番といっていもいいのかもしれない。


 それに比べてうちの国王は、血筋だけの何の能力もないお方。娘のエリーゼ王女はともかくとして、確かに国の指導者としては首をかしげざるを得ない。


〝それ、いいですね〟

「は?」


 声を上げたのは創世の女神、ヨハンナだった。

 宣言通り、俺の後をつけて来ていたらしい。途中で姿が見えなくなったからどうしたのかと思ったけど、姿を消すこともできるみたいだ。


〝あの醜い王族たちは追放しましょう。この国は正しい指導者によって生まれ変わるのです。新たな王の名はそう……クロイス! クロイス・レギオスっ!〟

 

 はぁ?


〝す、素晴らしい! クロイス王の誕生を世界中で祝福しましょう! すぐに教皇や大臣に連絡しなければ……〟

「あ……あの、盛り上がってるところ悪いんですけど、俺、トイレ掃除終わったら田舎に帰るので」

〝えええええええええええっ!〟

「えええええええええええっ!」


 なぜかシギュンまで驚いていた。


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