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女神の力



 王女様が漏らした。

 盛大に漏らしてしまった。

 俺は悪くない。ただ王女様を元気にしてあげただけだ。そのせいで体の新陳代謝が活発化して……漏らしてしまったようにも見えるけど。 

 とにかく悪気はない。

 庶民のトイレを使わない王女様が悪いんだ。


「ううん……」


 た、大変だ!

 漏らした衝撃で王女様が目を覚ましてしまった。


「あれ……あんた、トイレ清掃員の……」

「…………」


 目があってしまった。


「こ……こんにちは~」


 逃げられない。

 王女はまだ自分の状態に気が付いていないらしい。寝ぼけているのかもしれない。

 いやでも冷静に考えたら一人で勝手に漏らしただけだ。気が付かないふりをして立ち去るのも一つの手ではないだろうか?


 などと考えていたら……。

 びくんっ、と王女の体が震えた。ゆっくりと布団の中を確認してそして……。


 ああ……。


「い……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 いや俺だって『いやあああああ』って叫びたいよ。こんな場面に遭遇したくなかった。

 なんて言葉をかけたらいいか分からない。

 ここは……。


「……あ、あの、俺はこれで失礼しますね」

「待ちなさい」


 ひゅん、と顔の近くを何かが掠めた。後ろでガラスの割れる音が聞こえる。コップか何かか?

 気を利かせて逃げようとしたのに、どういうつもりだ?


「あたしは今、人生最高の屈辱を受けたわ」

「……は、はい」

「あんたみたいな底辺低学歴の屑に、こんな恥ずかしいところを見られたのよ? っていうかあんた何でここにいるの? あたしを襲おうとしたの? 頭の悪い下種の考えそうなことね」

「お、落ち着いてください王女様。俺は呼ばれてここに来ただけで……決してよこしまな気持ちは……」

「そうよね、襲うとしたのよね? だったら容赦する必要はないわよね?」

「え……?」

「死ねえええええええええええっ」


 王女がう〇こをまき散らしながら襲ってきた。


 くそっ!

 ショックで気絶した国王と違って、ずいぶんと威勢がいいな。やはり戦争を経験しているというだけあって、ここぞというときの果敢な対応が目立つ。


 ……でも戦争行ってるんだったらトイレぐらい何とかしろよ。現地では部下に高級トイレでも持たせてたのか? 

 謎すぎる。


 ベッドから勢いよく立ち上がった王女は、すぐに隣に立てかけてあった巨大な剣を手に取った。

 華奢な彼女の体で、こんな重たい武器を使うことは難しい。しかし女神の力が発動した状態なら、あらゆる武器を


「来なさい、戦の女神――」

 

 エリーゼ王女が得意の女神召喚を使った。

 以前のままであれば、強大な力を持つ女神が召喚されていたかもしれない。

 だが――


〝いい加減にしなさいっ!〟

 

 事態は王女の望んだ通りにはならなかった。

 声を上げたのは呪いの女神ではなく、創世の女神……ヨハンナだった。

 彼女はずっとここにいた。ただエリーゼ王女からは見えない位置に立っていただけだった。


「あれ、なんで? あたし召喚してないのに」


 普通の人には見えないらしいが、やはり王族であるエリーゼ王女には女神様が見えているようだ。


〝私たち女神の力は世界を導くための尊い力。いたずらに他民族を虐殺したり、弱いものを虐げるために使ってよいものではありません〟

「はぁー。またその話? いい加減聞き飽きたわ。あたしが自分の力をいつどこで誰に使おうと勝手でしょ? あとでちゃんと魔族だって倒してあげるから、義務は果たしてるわよ」

〝戦争ならまだしも、彼はこの国の国民ですよ。何の罪があるというのですか?〟


 ケンカか? 

 俺、帰ってもいいかな?


「で、でも! こいつが自分の仕事を放り投げてこの城からいなくなったから、トイレが壊れてこんな目にあったよの! 大体そもそも、ここはあたしの自室! お父様以外が勝手に出入りするなんて許せないわ!」

〝この方はあなたを助けるために尽力してくださったのですよ〟


 ま、まあトイレで使用済みラバーカップ使ってしまったんだが。

 余計なことは黙っておこう。


「……はっ、下心が透けて見えるわね。弱って寝ているあたしに何をするつもりだったのかしら?」


 曲がりなりにも助けてやったのに、こんなに文句を言われるなんて……。

 ミイラだったころの自分の姿を見せてやりたい……。


〝……あなたには失望しました〟


 どうやら、失望したのは俺だけじゃなかったようだ。


〝この国を建国した王は……それはそれは素晴らしい人間でした。私は彼の偉大な功績と人柄をたたえ、子孫たちにも力を貸すと心に決めたのです〟

「え……きゅ、急に何よ」

〝代を追うごとに欲深く、そして残虐になっていく王の子孫たち。人間とはかくも愚かに落ちぶれていくのかと……悲しい気持ちになりました。あなたはその中でもとびきりの屑です〟

「は……はぁ? あたしが?」

〝我々女神の姉妹は二度とあなたに力を貸しません。もはやあなたは女神の力を扱える勇者ではなくただの人。これまでの身に余る栄誉を思い出に、ただの人としてつつましく生活しなさい〟


 おいおい……なんだか追放された俺みたいなこと言われてしまってるぞ?


「あ……あたしが? 嘘よ! き、来なさい! 召喚サモン、毒の女神カーラ!」


 王女は再び女神を召喚しようとした。

 しかし、女神が俺たちの前に現れることはなかった。


「え……ええ……、き、来なさい! 召喚サモンアストレア! ヴィーナス! アマテラス! ヘラ! マイア!」


 まさか……本当にこの王女から女神の力をはく奪したのか?

 神話において、創世の女神ヨハンナはあらゆる女神の頂点に立つ長女であるとされている。いわば女神たちの代表格なのだ。その彼女が王女を見捨てたというのであれば、それは脅しでもなんでもなく本気だということだ。


「ま、待ちなさいよ! こんなのおかしいわ! あたしが女神の力を使えなかったら、誰がこの国を守るの? 人類は? 魔王は? この世界を滅ぼすつもり?」

〝ご心配には及びません。あなたに代わる素晴らしい人材を、私は見つけてしまいました〟

「はぁ? 誰よ」

〝この方ですっ!〟

「え?」


 お……俺?


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