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これ、新品です(嘘)


「水、持ってきました!」


 幸いなことに飲み水を手に入れることができた俺は、すぐに二階へと戻ってきた……のだが。


「みっ!」


 そこには、みぃちゃんがいた。

 いつものようににょきっと床から体を突き出している。一瞬見ただけだと違和感はない……んだけど。

 みぃちゃん、ここ二階だよ? 

 どうやってあんな体勢になってるんだろう? まさか地面から二階まで体を伸ばしてる? いやそれもうミミズじゃなくて大蛇か何かだろ?


〝久しぶりですね、元気そうで何よりです〟

「みっ!」


 どうやらみぃちゃんは女神様と知り合いらしい。意外な展開だった。みぃちゃんは例の大トカゲとも知り合いだったし、顔が広いのかな?


〝戻ってきたのですか? 早く彼女に水を……〟


 おっと、みぃちゃんに驚いてすっかり忘れてしまっていたが、今は緊急事態だった。

 死にかけたエリーゼ王女に、水を差し上げなければ。


 俺はミイラと化した王女の口元に、そっと瓶を近づけた。

 勢いよく口の中を満たしていく水。

 だが……。


「こ……これは……」

〝ダメですね〟


 俺はエリーゼ王女の口元に水を注いだのだが、彼女はそれを飲むことなくベッドに垂れ流してしまうだけだった。


〝衰弱しすぎて自分の喉すら動かすことができないのでしょう。そもそも自分で自由に体を動かせるのであれば、回復を司る私の妹呼べば済む話なのですから……〟

「それは弱ったな」

 

 せっかく水を持ってきたのに、このままじゃあ……。


〝ミョルミルスの友人よ。こんなまでお願いするつもりはなかったのですが……〟


 だからそのミョルミルスって誰だよ……。


〝どうかあなた様の口移しで、エリーゼ王女に水を飲ませていただけないでしょうか?〟

「え……」


 口移し?

 俺と王女が……キス?


「…………」


 王女エリーゼは美少女として名を馳せており、多くの求婚者がいると聞いている。女神の血を引く、とされる彼女はまさしくその容姿も女神のごとく美しかった。

 平時であれば、近づくことすら許されない存在だ。

 そんな彼女と口移しとはいえキス、という話を聞いて俺は……。


「……はぁ」


 嫌だ、と思った。


 確かに平時の王女様はすごい美少女。

 でも今はただのミイラだ。肌がしわだらけとかそんなレベルの話ではない、本当に古代墓地に埋葬されていてもおかしくないような姿をしている。


 失礼を承知で言わせてもらうなら……汚い。

 なんだか虫が這っていてもおかしくない。口の中にゴキブリやクモがいてもおかしくない。


 そもそも俺はここを出る前王女様に散々いびられたのだ。死ぬかと思った。あんなことされてもキスしたい大好きだというのなら、そいつはどうしようもないほどにドMの変態だ。

 とは言え……。


〝やはり抵抗がありますか?〟

「いえ、人命救助が優先です。失礼なことを考えて申し訳ありませんでした」


 俺はすぐさま反省した。汚いとか美少女とか、死にかけの人間を前に考えることではなかった。


 確かに、王女はお世辞にも善人とは言えなかった。

 しかしこの国の王女は勇者であり魔族と戦う英雄。まぎれもなく国家の柱であり、俺なんかと比べてこの国に必要な人材なのだ。


 俺の好き嫌いでキスをするとかしないとか、わがまま言っている場合じゃない。


 俺はすぐに口の中に水を含み、王女のミイラへと近づいた。

 耐えろ俺。

 この国は救うためには……俺のファーストキスを犠牲に……。


「みっいいいいいいいっ!」


 と、決意して今まさにキスをしようとしていたのだが、唐突にみぃちゃんが俺と王女様の間に割り込んできた。


「んぐっ!」


 しまった、驚いて水を飲んでしまった。


「どうしたんだみぃちゃん? 何かまずいことでもあるのか?」

「みみみいみ、みっ、みっ、みみっ!」

〝え、『このような愚物に我が友が不快な思いをする必要はない。野たれ死ねばいいのだ』ですって?〟


 女神様がみぃちゃんの言葉を翻訳した。

 女神様のみぃちゃん語訳、ちょっとおかしくない? なんだか口調が俺のかわいい系の翻訳と違うんだが……。


〝確かに、王女はお世辞にもよい性格とは言えませんでした。そのことについては私も常に頭を悩ませていました。しかしそれでも私たちの力を扱える王家の血筋として、この世界に必要な人材なのです〟

「みみ……」

〝私は実体がなく水に障れません。あなたのその体では水を口に含むことは不可能。ならば同じ人間である彼にお願いする以外、方法はないのです……〟

「みっ!」


 突然、みぃちゃんが俺の背後に回った。

 がさがさと音が聞こえる。

 背負っていたカバンの中を漁っているらしい。

 ここにはトイレ関係の仕事道具がいろいろと入っているんだが……どうするつもりなんだ?


「みっ!」


 目当てのものを見つけたみぃちゃんが、俺の前までやってきた。

 みぃちゃんが持っていたもの。


「そ、それは……」


 棒の先端に黒いゴム製のカップが付いている、詰まりを直す清掃道具。


 ラバーカップ、通称スッポンだ。


「なるほど、これ王女様の口に水を注ぎ込むんだな」


 本来は詰まった場所に押し当ててトイレットペーパーとかを吸引するのに使う道具だが、密着して使えば水を口の中に流し込むことも可能なはず。


 でかしたみぃちゃん! これでミイラとキスしなくても済むぞ!


〝しかしトイレの詰まりを直す道具でしょう? 衛生面に問題が……〟

「大丈夫です! これ新品です!」

〝なら大丈夫でしょうね〟 


 ホントは一度使ってるけど……。

 トイレ用洗剤で洗ってあるからセーフ。


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