城の中へ
馬車から降りた俺たちは、徒歩で城へと向かうことになった。
門の前に門番がいなかった。いつもは不審者を通さないために警備を行っているはずなんだが、いったいどうしてしまったのか?
結局俺たちは、特に何のイベントもなく城の中へと入ることになったのだが……。
「…………」
予想できていたことだが、臭すぎる。
城のエントランスはかなり広くスペースをとってあるのだが、それでも例の臭いは消えなかった。いやむしろ建物の中に入ったことでより一層強まってしまったように感じる。
「うう……ううう……」
後ろにいたカールが吐き気を催すように口を押えている。
まあ、気持ちは分からなくもない。
「命令ということでここまでやってきたが、もう付き合いきれない。クロイス君、悪いけど陛下のところには一人で行ってくれないか? 僕から連絡を受けたと報告だけしておいてくれ」
「その程度なら……」
まあ、別にカールがいないからといって何か困るわけでもない。俺もこの人も、まさか城がここまでひどいことになっているとは思ってなかったからな。
さすがに慣れていない人間にはきつすぎる臭いか。俺に押し付けて帰るのは少しわがままな気もするが、これもトイレ清掃員の仕事だ。
「レベッカさんも無理しないいんですよ。あとのことは清掃員の俺に任せて、報告の件は後日ということでも……」
「申し訳ない、私も……」
「僕はあなた様の清掃のお手伝いをします。うっ……」
ガレイン、気持ちは嬉しいが死にそうになってるぞ? 大丈夫か?
「…………」
正直なところ改心したというなら手分けしてトイレ掃除を手伝ってもらいたんだが、こいつを一人にしたら不安だからな。この臭い環境で邪悪な心に目覚めないとも限らない。
一緒に来てもらうか、レベッカさんと一緒に帰すか。
うーむ……。
と、考えようとしてもうんこ臭のせいでうまくまとまらない。
それにしても、いくらなんでも臭いすぎじゃないか? まるでうんこに囲まれているようなレベルだぞ? トイレのドアはちゃんと閉まっているのか?
「うぅ、もれるもれる」
そんなことを言いながら走っている誰かを見つけた。
人は少ないが、城が無人というわけではないらしい。
あの中年は、何度かトイレ掃除のときにすれ違ったことがあるぞ。確かどこかの伯爵とかいう身分だったはずだ。
伯爵は股間を押さえながらトイレに向かって走っている。
しかしトイレの下水管が壊れてるんじゃなかったのか? ましてや一階のトイレならもう使えないはずなのだが? 壊れたトイレの周りを汚くするつもりなのだろうか?
ああ……もしかするとおまるみたいな簡易式トイレが用意してあるのか?
「もれる、もれるぅ~」
中年伯爵はトイレ前の柱辺りで立ち止まると、おもむろにパンツを下ろし始めた。
「ふんっ!」
ブリッ!
ブリブリブリチブリュブリュブリリリリリリリリ! ブリュルルルルルルルッルルルルルッルルルルルッルルッルッ! ブブッチブリュルルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウウッ! ブボボボボボボボボッ! ブリィッゥ! ブリリッリリリリリリ、チッブリブリブリブリブリブリブリブリリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ! ボボボボボボボッ!
う……うんこした、だと? 俺たちの見てる、柱の前で?
「えぇ……」
ありえないその光景に、俺だけでなく帰ろうとしていたはずのカールまでも固まってしまった。
「あ、あんた、何やってんだよっ!」
俺は相手が貴族であることも忘れ、声を荒げてしまった。
「お、お前は……トイレ清掃員の」
「子供じゃないんだからさ、こ……こんな普通に人が通る廊下で用を足すことはないだろ? しかも小じゃなくて大だなんて人間性を疑うレベルだ。なんで外に出て土や溝の上に出さなかったんだ? そんなに我慢できなかったのか?」
「だ、黙れっ!」
中年伯爵は顔を真っ赤にして反論した。
「平民のトイレを借りることすら嫌だというのに、貴族が川や土手の近くで野糞などできるかっ! 恥ずかしくて死んでしまうわ」
「は……ぁ?」
「この城の中なら今、平民はいない。トイレには臭いがこもっているから、ここでするしかなかったのだ。戻ってきたなら早くトイレをもとに戻してくれ! 金ならいくらでも出す!」
な……なんてことだ。
この貴族、プライドが高くて野糞どころかトイレも借りられないらしい。
トイレが詰まっているから臭いだけだと思っていたのだが、こんな風に廊下にまき散らしているから、この臭いになってしまったのか?
俺の予想をはるかに超える……末期的な愚かさだ。
なんでこんな馬鹿な行為を誰も止めようとしないんだ?
「はぁああああああああ、はぁあ」
「ふんっ!」
「はぁー、快便快便っ!」
よくよく遠くを見てみると、この伯爵と同じように柱の陰で用を足している人たちがいた。
この伯爵が異常なのではなく、他の奴らまで同じことをしているらしい。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
カールが化け物を見たかのような悲鳴を上げながら逃げていった。まあ、その気持ちは分からなくもない。俺だって叫びたいぐらいだ。
「と、とりあえずレベッカさん。ガレインと一緒にどこか臭いの届かないところに移動してもらえますか?」
「……すまない。私ももう……限界だった」
「念のため洗剤を預けておきますので、ガレインが正気に戻り始めたら使ってください」
「……あとのことは君に任せるよ」
と、とりあえず陛下のところに向かわなければ。




