盗賊団
国王からの命令を受けた俺は、王都に戻ることとなった。
とんぼ返りという形になってしまったが、残してきたエルフの王女が気がかりだから仕方ない。
徒歩で何日もかけて帰る予定だったのだが、村長が思いがけない申し出をしてくれた。
俺たちのために馬車を用意してくれたのだ。
馬と御者、それから車体。
車体はそれほど豪華な造りはしていないものの、狭い道も程よく通ることができるスリムさだ。
王都へ向かうとき、徒歩だった俺にとって馬車は新鮮なものだった。大した仕事はしていないと思うのだが、本当にこんな厚遇を受けてしまってよいのだろうか?
乗っているのは俺、レベッカ、そしてカールだ。
正直カールは乗せたくなかった。しかし彼は俺に国王からのメッセージを伝えた人間であり、同じ方向に向かうことも分かっている。俺の村に捨てていくわけにもいかないという事情もあった。
こんな奴でも国王から使者を受けて来てるんだ。下手な扱いをしたら後で文句を言われてしまうかもしれない。
「くそっ、なんで僕が……こんな……」
ぶつぶつと文句ばかり言っているカールのせいで、馬車の空気はあまりよくなかった。レベッカも顔を合わせようとしないし、俺と仲良く話をしているとカールが睨んでくるから控えている様子だ。
王都につくまでこの空気なのかな?
うんざりした気持ちになりながら、俺は馬車の外をぼんやりと眺めていた。
といってもうっそうとした森の中だ。日も沈みかけているから景色なんてあってないようなものだが……。
「ひ、ひぃいいいいいいいっ!」
突然、御者の人の悲鳴が聞こえる。
なんだ? 何があったんだ?
俺はすぐさま馬車の前方へと目線を移した。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
剣や斧で武装した謎の集団が、道の前方を塞いでいたのだ。
この馬車はスリムな体型をしているものの、ここは森を切り開いてできた幅がそれほど広くない道だ。とてもではないがすぐに反転して逃げ出すほどの余裕はない。こうして行く手をふさがれてしまったら、もはやなすすべなどないのだ。
御者が固まっていると、集団の中から一人の男が出てきた。
暗くてよく見えない。
「金目のものを寄こせ。そうすれば命だけは助けてやる」
と、盗賊か?
なんてことだ。まさか盗賊に襲われてしまうなんて。一人旅の時は考えもしなかったが、馬車を用意してしまったから金持ちに見えてしまったのか?
と、とにかく、御者の人に任せてはおけない。
俺は馬車を降りて前に進んだ。盗賊団のリーダーに話をつけるためだ。
「俺はただのトイレ清掃員だ。金なんて持っていない。少しの薬なら持ってるから、そいつで許してく――」
間近で盗賊団のリーダーを見た俺は、一瞬、声を失ってしまった。
「が、ガレインっ!」
盗賊団のリーダーは、かつて王都で俺のことをいつも馬鹿にしていた……騎士団長のガレインだった。
片手を失って、ぼさぼさのひげがあごを一周しているが間違いない。この目つきと体型、それに思い返せばあの声。
見間違えるはずがない。
「おいおいおい……てめぇ、トイレじゃねーか」
どうやらこの出会いは偶然だったようだ。ガレインもまさか馬車の中にいるのが俺とは思っていなかったらしい。
「……はっ、いい気なもんだな。馬車なんかに乗っちまって、トイレのくせに貴族気取りか? こっちはお前のせいで騎士団長をクビになって、王都にもいられず盗賊になるしかなかったってのによぉ。ああっ……本当っにイラつかせてくれるな! てめぇはいつもいつも……」
先ほどまでと違って、明らかに怒りの気配が強くなった。
まずいな、俺が顔を出したのは失敗だったかもしれない。
「やめたやめた。トイレ、てめぇは絶対に許せねぇ。金なんていくら積まれても関係ないな。仲間もろとも皆殺しにしてやるよ。まっ、払える金なんて……てめぇが用意できるはずもなかったか」
仲間?
それは馬を操っていた御者の人や、中にいるレベッカやカールのことまで言っているのか?
ほ、本当に殺すつもりなのか?
「待ってくれ! 待ってくれ団長殿っ!」
俺の話を聞いていたのだろうか、背後からカールが駆け寄ってきた。
「あなたはクロイスの件でとばっちりをくらって国王にクビになった。だから奴を恨んでいる。そうだよな?」
「…………」
「ぼ、僕は関係ないんだ! 任務でここに来ただけだ。親に頼めば金だって用意できる。だから命だけは助けてくれ。いいだろ?」
「ごちゃごちゃうるせーよ」
「ぎゃああああああああ」
ガレインがカールに剣を振り下ろした。
鎧なんて身に着けてない、ただの服を着たカールの皮膚は、剣によってやすやすと切り裂かれてしまう。
死んではいないが、出血が多い。
この程度なら俺のトイレ補修用接着剤を応用した傷薬で完治できるはずだ。しかし俺がいなければカールは確実に死んでいる。そういう意味では、ガレインの殺意は本物だということだ。
「な、なんてことをするんだガレイン。カールさんは関係ないだろ」
「口答えするなあああああああっ! 全部全部お前が悪いんだぜトイレ! お前にかかわりのある奴は全員皆殺しだ! 御者も馬も馬車も全部全部ぶっ壊してやる!」
「こんなことして何になる! すぐにでも王国から追手が来るぞ? 考え直せっ!」
この国は決して治安が悪いわけではない。貧乏の一人旅だったとはいえ俺だってここを通ったときは襲われなかった。
盗賊団なんてできれば、すぐにでも騎士団が駆けつけるはず。それはガレイン自身がよく知っているはず。
「俺はもう終わりだ。もう何人も金持ちを殺してる。後戻りなんてできやしねーよ……」
「ガレイン! 頭を冷やせ。冷静になるんだっ!」
「…………」
俺の説得は、ガレインに通用しなかったらしい。
ガレインの殺気は収まらなかった。
俺たちは、ここで殺されてしまうのか?




