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カールの帰還

 俺が魔族を追い払ったことにより、この村は毒の霧から解放された。

 霧が消えたことによって、避難していた人々はこの地に戻ってきた。

 病気の人たちには俺が薬を調合して渡しておいた。飲めばすぐに元気になるのだから、もうこの周囲に体調の悪い人はいない。


 みんなを救った俺は、ちょっとした英雄扱いだった。


「クロイスよ、このたびの活躍、村を代表して礼を言いたい。本当にありがとう」

「そ……そんな村長さん、顔を上げてください」


 田舎村といっても村長は村長だ。この村の中では一番偉い。そんな人が頭を下げているのだから、俺は恐縮してしまうばかりだった。


「クロイス……立派になって」

「父さんは誇らしいぞ」


 両親も俺のことをほめてくれる。

 二人とも、というか村に人ほとんどの人が無事だった。聞いていた通りで良かった。


「クロイス、私たちのことを心配して戻ってきてくれたのね。本当に優しい子に成長して、母さんは嬉しいわ」

「それなんだけど……」


 どうやら、俺が村のために戻ってきたと勘違いされてしまったらしい。


「俺、無能だって言われて王宮の清掃員をクビになっちゃって。それで戻ってきたんだ」

「本当なの? こんなに立派な薬を作ったのに」

「まあ、トイレの清掃員だったからね。理解されない、評価されない能力だったんだと思う」

「信じられないわね。そう思わない? お父さん」

「ああ、うちの息子はこんなに立派なことができるようになったっていうのに、それを無能だと? 貴族だが国王だかしらねぇが、絶対に許さんぞ! なあ、みんなっ!」

「「「「おうっ!」」」」


 父さんの声に、周囲の村人たちが一斉に反応した。


「父さん落ち着いて、誰かに聞かれたら問題だから。さすがに王様の悪口を言うのは……」

「しかしだな」


 ヒートアップする村人たちを落ち着かせる俺。

 偶然いい薬を作っただけなんだから、そこまで持ち上げなくてもいいと思うんだけどな。


「私も大学の研究報告会でクロイス君の薬を発表するつもりだ。きっと世を騒がす一大事件になると思う」

「教授……」


 そんな大げさな……。


「あ、カールさん」


 ぼんやりと明後日の方向を見ていたら、遠くから見覚えのある人物が見えた。

 俺に患者を押し付けて逃げ出した男、カールだ。


「よく聞け低学れ……じゃなかったクロイス君。陛下が君のことを呼んでいる」

「陛下が? クビにした俺のことを? なんで?」

「城のトイレが壊れたんだ。下水管が複雑すぎて直せないとも言っていた。君のような低学歴ごときに直せるとは思えないが……、陛下はそう思っているらしくてね。全く、どうして僕がこんな仕事を……」


 あーやっぱり壊れてしまったか。


「今更帰れって言われてもな……」


 ここから王都まではかなり遠い。呼ばれたからといって簡単に帰れる距離じゃないんだ。


 でも、と俺は思いとどまった。

 

 今、城のトイレ掃除はエルフの王女様が代わりに入ってるんだよな。

 トイレが壊れたというなら、トイレを掃除している者の責任になる可能性がある。俺はルールを守らない貴族たちのわがままを知っているから、壊れた原因もなんとなく察しがつく。でも事情を知らない奴らなら、王女をとがめるかもしれない。


 そして今、改めて俺の重要性が認識された今なら、あの子を解放できるかもしれない。

 もっとも、このタイミングは俺が考えていたよりずっと早かったんだけどな。


「仕方ないな。帰るつもりはないけど、トイレを少し直すだけですからね」

「本当かい? いやー助かるよクロイス君。僕もレベッカ教授の助手として、一緒に王都に戻らないといけないからね。ぜひ同行させてくれ」

「カール、君はもうクビだ」

 

 ここで、レベッカがクビの宣告をした。

 どうやら本気だったみたいだな。


「え……僕が? どうして?」

「与えられた仕事を放り出して逃げ出す愚か者に、私は居場所を残しておくつもりはない。後任にはクロイス君を……いや、私が彼の助手になりたいぐらいだ」


 俺は同意してないですよ?


「ち、違いますよ教授。僕は国王陛下への報告のためいなくなっただけです。決して研究をさぼっていたわけでは……」

「患者たちを見捨てて逃げたという話を聞いているが?」

「く、クロイス君の薬のすごさを目の当たりにしましたからね。もう僕が看病する必要なんてないと思いまして……」


 よく言うよ。


「たとえ彼の薬がどれだけ優れていたものであったとしても、体調の安定しない患者たちを置いて逃げ出すなど許されないっ! せめて反省する態度でも見せたらどうなんだ、カール?」

 

 カール、これはもう無理なんじゃないのか?


 己の劣勢を改めて悟ったのだろうか、カールは顔を真っ赤にして怒り始めた。


「ぼ、僕は貴族の血を引く学者ですよ! そんな平民の低学歴が言うことを真に受けるんですか? そんな勝手なことをして、許されると思っているんですか?」

「気に入らないなら別の教授の下につけばいい。とにかく私はもう君とは仕事をしたくない。何かを任せるつもりもない。君と私とは今日から他人だ」

「う……うううう……なんで、こんな低学歴なんかに、僕が……」


 自分の問題を俺のせいにしないでほしい。


「と、とにかくそこの低学歴! 国王が君のことを呼んでいるから早く戻ってこい! 王の命令に逆らえばどうなるか分かっているだろう?」

「言われなくても分かってますよ。戻ります」


 うーん、いつかは戻らなきゃいけないとは思ってたんだけどな。まさかこんなに早く声をかけられるとは思ってなかった。

 普通に使ってれば、下水管が詰まるなんてないと思うんだけどな。

 やっぱりあの人たちに、自重しろなんていう方が無理な話だったか。

 


 この時、俺は軽く考えていた。

 トイレが壊れて使えない? かわいそうだなー。

 その程度の理解だった。 


 だが、現実は俺の想像よりはるかに奇想天外だった。

 俺は貴族たちを舐めていた。

 

 まさか……あんなことになっているだなんて……。


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