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ガレインはクビ

 王都、レギオス城にて。


 王立大学レベッカ研究室所属、カールは王宮へとやってきていた。

 研究が主体である彼がこの城へとやってくることはまれだ。しかし全く縁がないというわけではない。大学の運営費や研究費は国からの支援で成り立っており、そのための報告や協議のためレベッカの助手として何度か大臣に資料の説明をしたことがある。


 だが、数回しか訪れたことのないカールの感覚をもってしても、今、この王宮の様子は異常だった。


「……臭うな」


 カールは無意識に鼻を抑えてしまった。

 臭うのだ。

 それも香水臭いとか薬品臭いとかそんなきれいな臭いではない。もっと人間が生理的に嫌悪感を催すような……、そう、例えでもなんでもなく『トイレ』の臭いそのものだった。


 王宮はこの都市で一番豪華な建物だ。その建築様式、調度品や清掃のレベルはまぎれもなく一流。にも拘わらずこの異臭が漂ってくることに、カールは尋常でない違和感を覚えたのだった。

 我慢できないほどではない。しかし明らかに王の住処としてはマイナスポイントだ。


 しかし、臭いがどうであれ仕事をしないわけにはいかない。

 仕事、とは単純に王へと近状を報告することだ。

 北方の奇病調査は王国からの依頼であり、レベッカやカールたちは不定期に報告することを義務付けられている。

 カールは国王への報告のため現地を離れた……という体裁を取り、クロイスのもとから逃げ出した言い訳を作り上げようとしていたのだ。


「陛下、失礼します」


 臭いのせいなのだろうか、衛兵も見当たらなかったためカールはそのまま玉座の間に入った。


「む……」


 しかしどうやら、先客がいたらしい。

 

「陛下、この臭いは一体?」


 跪き、国王と話をしているのはガレインだった。カールは彼と直接の面識はないものの、騎士団を率いる彼の姿を何度か遠くから眺めていたことがある。

 ガレインは片手に包帯を巻いていた。どうやらケガをしているようだ。


 タイミングが悪かった。さすがに騎士団長を遮って自分の報告を進めるわけにはいかない。カールは扉を背に、二人の話を見守ることにした。


「トイレじゃ……」

「は?」

「トイレが壊れたのじゃ……」


 トイレが壊れた。

 その言葉を聞き、カールは吹き出しそうになった。


「詰まってしまってのう。汚い話じゃが、溢れそうになっておるのじゃ……」

「はぁ? トイレが溢れる? 便座を閉じて別のトイレを使えばいいだけなのでは?」

「無理なのじゃ」


 沈痛な面持ちの国王。

 どうやら、思ったよりも深刻な話らしい。


「この城のトイレはすべて、地下にある下水管へと繋がっておる。そこが詰まってしまってはもうどうしようもない。今はまだ二階のトイレに余裕があるが……いずれは……」

「はぁ、それじゃあその下水管を直せばいいのでは?」

「地下の下水管は古代より受け継がれしこの国の遺物。その複雑な構造は常人はもとより学者でも理解できるものではなく、とてもではないが簡単にはいかぬ。今はエルフの元王女が神聖魔法を使いギリギリ保たれておるが……もし、力尽きれば……」

「…………今まで壊れたことはなかったんですか?」

「思えば全くそんなことはなかった。そう考えるとクロイスは無能ではなかったようじゃのう」


 クロイスの名前を聞き、カールは驚きのあまり声を漏らしそうになった。

 彼は自分のことをトイレ清掃員だと名乗っていた。

 今、話題に上がっているこのトイレこそ、彼が維持し続けていたものだったのだ。


「この城のトイレが使えないというのであれば、外のトイレを借りる以外道がないのでは?」

「愚か者めがっ! わしに庶民と同じ場所で用を足せというのかっ!」

「は……はぁ?」

「わしは大理石でできた便座でなければ絶対に用は足せぬ! 庶民が使う木の板だけでできたカビだらけのトイレなど、悪寒が走るわ」


 ガレインは呆れて物が言えない、という顔をしていた。

 遠征が多いガレインは、たとえ汚いトイレでも森の中でも生理現象は処理しなければならない。潔癖症の貴族たちとは感覚が違う。

 学者であるカールも、ガレインほどではないが似たような感覚であった。


「しかし陛下、このままではこの城のトイレがもちません。ここは一つお心を抑え、この城を快適に保つためと思って庶民のトイレを借りるべきかと」

「ずいぶんと他人行儀な提案じゃなガレインよ。貴様は責任を感じておるのか?」

「は? 責任? な、何の話ですか?」

「ガレイン、すべて貴様のせいじゃぞ!」


 突然、国王は激しくガレインを責めたてた。


(参ったなぁ)


 カールは居心地の悪さを感じていたが、完全に逃げるタイミングを失ってしまった。

 今となってはもう遅いが、そもそもこの場に棒立ちしている必要すらなかったのかもしれない。なれない王宮訪問で、無駄に緊張してしまっていたようだ。


「もとはといえば貴様が奴を無能だの底辺だの罵っておったのが悪い! わしはおぬしの嘘に騙されてクロイスを不当に低く評価しておったのじゃ! 奴は底辺で低学歴だがトイレ掃除だけは優秀じゃった! 今からでも泣いて詫びるならトイレ清掃員として雇いなおしてやっても良い」

「そんなバカな話があるかっ! 陛下だってあいつのことをバカにしてたじゃねーかっ!」

「わしはクロイスの能力を評価しておった。これは事実じゃ」

「あ……あんなに、あんなに俺と一緒に馬鹿にしてたのに……」

「くどいっ! 愚か者のガレインよ、貴様を騎士団長から解任するっ!」

「なっ……」


 騎士団長解任。

 それは彼の身分を全否定する言葉だ。一般の兵士と騎士団長では格が違いすぎる。

 案の定、ガレインは顔を真っ青にしていた。


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