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「…また、増えたね」
「…え?」
「腕の傷」
「…まぁね」
「痛くないの?」
「痛いよ、もちろん。痛覚はみんな平等に持ち合わせているもの」
「じゃあなんで切ったりするの?」
「こういうのは人によって違うと思うけど、私の場合は………そうね、かさぶたを剥ぐ感じに近いのかな」
「そんな簡単なもんなの?」
「心の痛みってなんかこう…もやもやはっきりしないけど、胸の奥が苦しいでしょ?かさぶたの下がむずむず痛痒いみたいに。…分かる?」
「多分」
「その疼いてるようなもどかしい気持ちをスパッ、てね…。そうやって痛みを実感できたら、"ああ…やっぱりわたし、痛かったんだ"って思う」
「へぇ…」
「…それか無意識の内に、心の痛みを手首というキャンバス上に表現しようとしてるのかも」
「さすが美術部。発想が神」
「どんな悲痛な絵を描くより、これ見た方がつらい気持ち伝わるでしょ?」
「うん」
「でも見せびらかしたりはしないの。だって馬鹿みたいじゃない」
「分かってるんだ?」
「半端な同情とか、軽蔑されるのは嫌。でも、誰かには見てほしいのかもね…」
「ふーん…」
「逆に聞くけど、あなたは嫌な目にあった時、どうやってそれを外に吐き出してるの?」
「んー?あたしは嫌いな奴ぶっ殺す想像する」
「…シンプルね」
「ほんとに殺せたらさぞかしスッキリするだろうに、法律が邪魔」
「無かったらきっと今頃、あなたも誰かに殺されてる」
「かもね。…でも最近思うんだ。世の中には殺したい奴らが多すぎて、自分ひとりでは無理だって。だったら自分が死んでバイバイした方が、殺す人数的には一人で済んで効率いいよねって」
「………」
「見て見て」
「え?」
「昨日、切ってみた」
「…そう」
「反応薄いなー。頑張ったのに」
「頑張ってやることじゃないよ」
「それもそうだね」
「…どうしてそんなことしたの?」
「きみの気持ちが知りたくってね」
「そう…。何か分かった?」
「さっぱり」
「でしょうね」
「でも痛いってのはよく分かった」
「………」
「きみの方こそ、あたしの気持ちは分かったかい?」
「…どんな気持ちよ?」
「親友に傷が増えた時の気持ち」
「………私に親友なんていないよ」
「うっわ、そんなこと言っちゃう?ひどいなー」
「…ごめん」
「…それにしてもさ、血流れるの見ながらもったいないなーって思った。どうせなら献血でもすればよかったかも。腕に針刺すし、血を抜くし。似てない?しかも人助けになるよ」
「…ほんとだね、気が付かなかった。しないけど。人間、嫌いだし」
「それもそうだね」
「人類なんてみんな滅びればいいのに」
「まったくだ」
おわり