終章 始点
「うん、うん、今、展望台にいるよ。すぐ戻るから」
滋と浄羅に事情を説明すると通話を切る。
「連絡取れたか?」
「うん」
眼下には夜景が広がっていた。確か、この展望台は地域の余った金で造ったいわば無駄な建物だ。神楽もそういうのは好きでなかったので来なかったのだが、来てみると意外といいものだなと思う。よく見るとオレンジの光が多い。小さくなった車がビルとビルの間を行ったり来たりしている。鉄塔が赤いランプを明滅させている。
「煙草、吸っていいか?」
「どうぞ」
ここまで運転してきたのは佐藤学だった。オリエンテーション合宿で神楽の暴走を止め。その後に部屋を訪ね夕飯がわりのお菓子をくれたクラスメイト。ただ、今日は金髪ではなく黒髪になっていた。
「結構身近にもいい景色ってあるんだよ。嫌なこととかどうでもよくなる景色だろ?」
「うん、綺麗」
神楽はもう一度夜景を見つめた。頭の中がスッとする景色を。佐藤はブラックミントの煙を吐きながら続ける。
「喧嘩するなって言ったろうが。やるなら喧嘩の仕方覚えてからやれ」
「ごめん」
確かにイラついてはいたものの佐藤がいなかったら怖い目にあってかもしれないのだ。反省しなければならない。
「それで?なんでそんなにイラついてたんだ」
かなり躊躇ってから、やがて答えた。
「女の子にふられた」
「あははっ!」
大笑いされた。
「そんなことでイラついてたのか?」
佐藤はとても可笑しそうだ。対して神楽は笑うなんて失礼だとムッとしたが言わなかった。代わりに説明をする。
「僕にとっては大事な人だった」
「そっか」
佐藤は煙を吸って遠くを見つめた。その視線は空とビルの境界線。
「女にふられたからって世界が滅ぶわけじゃないのにな」
「!?」
神楽はハッとした。その言葉は頭に爆弾を投下されたくらいの衝撃があった。人生の終わりと感じていた事件。それは脆弱なものだったと気付かされたからだ。女の子にふられようが自分が死のうがこの広い世界ではちっぽけな話だったのだ。世界は存在し続けるのだ。
「終わったってことは始まるってことだ。じゃなきゃ、つまんねえ世界になるぜ?」
「そうだね」
今、ある現実を噛み締めて神楽は答えた。
「俺はよく思うんだけどさ。苦しいもムカつくも、見えてないんじゃなくて納得出来てない感情なんじゃないかって」
確かにそうだ。自分がそこで納得してしまえば『前に進めない』なんてことはない。
「納得する。進む。人間はこれしかねぇよ。足掻くしかねぇんだ」
「納得出来るかな?」
自分は今までのことに納得出来るのか?わからない。
「納得……するしかねぇな」
「だよなぁ」
少し厳しいけど、今はそう考えるしかない。いや、そう考えたい。
これは、終わりじゃない。始まりだ。
そう感じれたとき、少しだけ大人への階段を昇れる気がする。
昇れるのだ。
しかし、その事さえ僕は知らない。
人間はちっぽけだ。
少しずつ進むしかない。それだけだ。というか少しずつしか進めないのだ。だから僕は進む。今日も。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
―――fin
次回作を練りつつ、また会えることを祈ってます。2009年、春―――草凪和実