第三章 瓦解の先
『千代千神神楽は本日をもって一週間の停学処分に処す』
掲示板に張られた紙を見て神楽は呆然とした。
教師のゆうことを聞かなかった。施設で暴れた。ただ、それだけなのに。周りのざわめきが神楽の胸に突き刺さる。視線が痛む。目がかすむ。
―――教師のゆうことをロボットみたいに聞く奴のが価値があるのか?
―――従えば、それでいいのか?違う、それは意思決如者だ。
「あいつを殺せ」
「はーい、わかりました。殺します」
―――そんな犯罪者体質を育てたいのか?素直と従うは違うだろ?
―――自分を意志を曲げてまで従わないといけないのか?
あまりの理不尽さに頭に血が上った。腕に力がこもる。
―――ちくしょう!
踵を返して早足で廊下を歩いた。家に帰るしかない。その日は午前中に家に帰った。今日は誰もおらず神楽はホッと胸を撫で下ろした。
どれくらいの時間が過ぎただろう少し昼寝したら外は日が落ちていた。グラデーションが赤になり一羽のカラスが空を舞っていた。
かあーかあー
―――鳥は自由でいいな。
などと思っていると携帯の着信が鳴った。
着信―――甲斐滋
少し躊躇ったが五回目のコールで出た。
「もしもし?」
「……」
言葉にならない。言葉が出てこない。自分はどうしてしまったのだろうか?この短期間でわかったこと。
それは僕の人との繋がりの糸はとても脆くて、あと数本しかないと言うこと。
人は人間関係の糸が全て切れたとき犯罪を起こすと聞いたことがあるが今の自分も危ういと思う。
―――僕が信じれるのは
「今日さ、ライブの当日券があってなんならお前も―――」
「ごめん、今、気分悪い」
「えっ!どうした?」
電話越しの滋は少し驚き同時に物凄く心配している感じだった。それが嬉しかったけど。
―――僕が信じれるのは誰なんだろう?
通話を切った。台所に向かい精神科の薬を袋から取り出す。
頓服薬―――デパス0.5mg
イライラ時。一回に錠剤二錠、と記載されている。
停学処分のこともありイライラが止まらなかった。極力飲みたくない。だが杉崎先生は若いうちは依存性がないから使ってもいいと言っていた。何より、昔みたいになりたくない。
―――昔?ってなんだ?
桜並木が浮かぶ。悲しそうな、寂しそうな、でも笑っているような、そんな不思議な光景にデジャヴを覚える。きっと何もかもが封印されているんだ。今、思い出すことも出来ないし、これからも思い出すこともないんだろう。
そんなこと考えを巡らし蛇口を全快にしてコップに水を注ぎ錠剤を口に含んだら一気に流し込んだ。溜め息のような感じで息を吐く。服用というのはいつも安堵感に圧迫間が付随してくる。でも、これで落ち着くならと思った。
ベッドに体を沈める。夕日の残り香を感じながら意識が薄れていく。
………。
どれくらいの時間経ったのだろう目が覚ると滋が床で座っていた。
「お目覚めか」
「……」
言葉が出てこない。通話を一方的に切ったことの罪悪で言葉が出てこない。しかし滋はそれにはふれなかった。
「ごめん迷惑かけて」
「迷惑ねえ」
滋は頭を掻いて。
「いいんじゃね?友達なんだしよ」
ハッとした。僕は何を疑ってたのだろう。滋はいつも味方でいてくれる。それがいつまで続くかわからない。でも、間違いなく味方なんだ。
「ライヴ行くか!」
「うん」
支度を始めた。オレンジのシャツに革のズボンだ。浄羅は青のブラウスに茶色のブーツを掃いてくようだ。
「浄羅、無理して履く必要あるのか?」
「履きたいもん」
滅多にブーツを履かないため大苦戦。戦いは18分続いた。
ライヴハウスは空気清浄器を使っているようで思ったより空気が澄んでいた。クラシックから始まり、やがて止む。バンド演奏が始まるとライトの明滅がライヴハウスを染めた。
切れのいいミュート、滑らかなスライドやチョーキング、手早いピックスクラッチ、
激しい16ビート、安定したリズムに乗って歌が入る。
―――楽しい。
一方、滋はその光景を後ろで見ていた。神楽が少し楽しそうだから来てよかったなと思う。
「滋さん」
いきなり名前を呼ばれて不思議に思う。
「なに?」
「今日はありがとうございます」
「いいよいいよ」
笑顔で答えた。
「滋さん」
また名前を呼ばれた。今度は何だろうと思う。
「なに?」
「今日、何でブーツ履いてきたかわかりますか?」
「……」
暫く考えたがわからなかったので素直に伝える。
「いや」
「ブーツの高さで滋さんの気持ちに少しでも近付きたかったんです」
意外な告白。だが素直を受け止めれない。だから素直に。
「気持ちはすげぇ嬉しい。でも、今は神楽のこと気にかけてあげてほしい」
少し残念そうだったが
「滋さんはいつも優しいんですね」
「頼むよ」
「はい」
滋が浄羅の頭を軽く撫でた。渋々でも納得してくれて良かったと思う。
ライヴが終わると外に出て風に当たった。夜の風は心地よく浄化される感じだ。
「あ、ドリンクもらってくるの忘れた」
「あ、私も」
「あ、僕も」
三人ともドリンク込みのチケットで飲み忘れ。
「俺、取りに行ってくるわ」
「私も」
「んじゃ、僕も」
「お兄ちゃんのは取ってきてあげる。何がいい?」
「コーラかな」
二人が地下に降りていく。外で待っている間、神楽は一組の男女が通りすぎたのがわかった。
―――あれは?
思わず歩道にでる。腕を組んだ少女は年上の男と嬉しそうにはなしている。時間がゆっくり流れる。止まってしまうんじゃないかと思うほどに、やがて互いの唇と唇の距離が縮まり。―――触れた。
そして男女が雑踏に消えていく。
呆然とした立ち尽くした。時間がどんどん進むのに止まっている。どれくらいそうしていたのか、次は反対方向へ駆け出した。とにかく、その場にいたくなかったのだ。頭の中でも単語が浮かぶ。今のは。
―――桐生さん
雑踏を歩いていると人とぶつかった。早歩きのせいだ。だが謝る気もなかった。それが、不味かった。
「どこ、見て歩いてんだよ!てめえは!?」
自分より大きい金髪の少年に注意されたが牙を向く。
「うっせぇんだよ!」
「てめぇ!」
神楽は次の瞬間相手をぶん殴っていた。相手は尻餅をつき驚く。人間の筋肉は20〜30%しか使われていない。非力な神楽のリミッターが外れたのかもしれない。
「ざまぁみろ」
捨て台詞を吐いてその場を後にする。
「あのクソガキ!おい、仲間集めろ!やっちまわねぇと気が済まねえ。格好さオレンジのシャツに革のズボンだ」
神楽はすぐに見つけられた。
「おい!逃げられると思ったんか!?ああ!?」
「骨の一本や二本じゃすまねぇぞ!」
五人は集まってきた。やり返される、と本能的に感じたが戦う体力などない。喧嘩の仕方は多少知ってるが人数が多ければ話にならない。焦燥に駆られていたとき、隣にバイクが寄ってきた。
「乗れよ」
いきなり声をかけられる。運転の主はヘルメットを被っているのでわからないが声は聞いたことがある。
確かに聞き覚えがある。
でも懐かしさは感じない。大体、バイクを乗る人間は知り合いにいない。
「怖い兄さんたちはお怒りだ。このままだと。タコ殴りだぜ?」
確かにこのままだと大変なことになる。神楽は躊躇わず後部座席に乗った。
「腹に腕回せよ」
「はい」
ギアを変えた後にバイクが夜の闇を走る。
―――このまま遠くにいきたい……。
少し冷たい風を浴びながら神楽は目を瞑った。