序章 消失点
―――君の笑顔から全てが始まった――
そういう歌をずいぶん前にラジオで聞いたことがある。
でも、そんなのは嘘だ。
僕の青春は君の笑顔で全てが終わったのだから。
僕が、もう少し大人だったら想い出を美化出来たかもしれない。
僕が、もう少し強ければ想い出を真っ正面から受け止めれたのかもしれない。
でも、無理だ。
僕はそんなに強くないし大人でもない。
大人になったつもりでも大人には勝てない。
強がることは出来るけどいつも心が折れそうだ。
幼くて…弱くて…
そんな自分が許せなかった。
さわっ!
桜の枝が冷たい風に揺れる。風があたる度に花びらが散った。見てると物凄く物悲しい。
アスファルト落ちた花びらはいずれ何をせずとも何処かに逝ってしまう。
まるで自分みたいだ…
僕が消えても多分誰も気付かないんじゃないか。
そんな感覚を持って迎えた3月の卒業式。
僕は中学を卒業する。
体育館で歌った歌は『未来』とか『希望』とかそういう単語がやたら出てきた。
嘘だ。そんなのない。
そして―――今。
目の前には桐生さんという少女が立っていた。僕、神楽は今、その少女と向かい合っていた
卒業式前に見事にフラれたにも関わらずまた話しかけてしまった。
どうしてこんなに話したくなるんだろう。どうしてこんなに桐生さんの姿を見たいんだろう。
でも、ふと思った。
明日から会うこともないんだな。
「忘れてくれ」
歯を浮かせて無理に笑った。多分ひどい笑顔だ。
桐生さんは聞き終えると
「うん」と一言だけ言って笑った。
真意はわからない。僕の好意を忘れてくれるのか。僕の存在を忘れてくれるのか。
聞き返す気力もない。
冷たい風が学生服に入ってきた。寒さが神楽の気力を奪う。
冷たい風が桐生さんのショートの髪を揺らす。
その光景は何故か優雅で自分との隔たりを感じる。
「それじゃ、元気で」
声を絞り出して言ってきびすを返す。一度も振り返らなかった。振り返ったらカッコ悪い気がしたのだ。
生徒の雑踏を掻き分けて校門に向かった。校門では親友の滋が待っているはずだ。
校門に向かう途中で二条さんの姿を確認したが足早に通りすぎる。向こうも視線をすぐにはずしたようだ。
最低だな。
二条さんはいつも僕のことを見ていてくれた。なのに僕は桐生さんを選んだ。結果、彼女を傷つけた。
女の子を傷付けるなんて最低だと思う。
でも、もう戻ることなんて出来ない。人間はなんて愚かなんだろう。
校門に背中を預けて腕を組んでいる男子。滋だ。少し焼けた肌にショートカットの黒髪。身長は180ちょうどある。目は凛々しく顔は端正。成績は優秀でトップ校に合格。性格は割きり屋。自分とはいろんな意味で違う人間だった。
僕は色が割りと白い。身長は低くて158。ルックスは良かったが成績は最悪に近く授業態度も悪い。内申書にどれだけひどいことを書かれたのか分かったもんじゃない。
だが、滋はそんな僕に偏見を持たなかった。普通に接し、遊んでくれた。週末はよくテレビゲームをした。勉強も強かったがゲームも強かった滋は僕にとって心地よいライバルだった。
「神楽、うーすっ」
低めの声で滋が挨拶する。
「うす」
一方、こちらは覇気のない声。元気がないのは滋も薄々気付いている。
「どうしたよ?元気ねぇな」
「そう?」
「そうって……」
滋は困ったように頭をかいた。どうしていいかわからない感じだ。滋には何も話していない。信用してないのではなくディープな悩みを打ち明けて嫌われるを恐れていた。日常生活範囲の人間には話せないものだ。それは家族も同じだ。話すだけリスクは伴うからだ。だから話さない。
「ホントに大丈夫か?」
「ああ」
とは言ったものの全然大丈夫ではなかった。いろんなことがありすぎて脳がその情報を拒否しようとしている。思考は停滞し、感情の反応が鈍くなっていた。
―――苦しい…
まぶたが重くなってきていた。
頭がボッーとする。
肩で息をしているのがわかる。
身体がだるい。
喉の奥から不安が込み上げる。ねっとりしてて生暖かいその不安は吐き気という形で現れた。
―――お前は何処に向かっている?
自分に問う。
返事はない。
お前の存在意義は?
再び問う。
返事はない。
お前は何のために生きてきた?
返事はない。
―――おかしい。
膝に手をつく。
頭を下げる。
そこでバランスを崩した。
膝が折れて。地面に倒れ込んだ。
仰向けになって転げ回った。アスファルトに頬が触れる。アスファルトに唇が触れる。吐いた息がほこりを吸って戻ってくる。
自分の胸ぐらを掴んで必死に正常に戻ろうとする。
髪を振り乱す。
足をばたばたさせる。
戻らない。
アスファルトの凹凸が頬を焼く。アスファルトの臭いが意識を混濁させる。
人が集まってきた。
朦朧とする意識の中で思った。
―――青春は青色なんかじゃない灰色だ
全て受け入れれば?
―――無理だ、僕はそんなに強くない。
そこで神楽の意識は途絶えた―――。