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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
69/77

聖騎士団

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「開門! 陸軍奉行(なみ)土方歳三、出る!」

 この時、土方が指揮したのはわずか二個小隊五〇人。

 奇襲によって孤立した弁天台場の救出が目的だが、無謀ではある。しかし兵に恐れはない。それは俊輔(しゅんすけ)のような死にたがりではない。

「死ぬ頃になって、やっとそれがわかる」

 俊輔は思った。

 弁天台場にはあの島田(しまだ)(かい)もいるという。おにぎりを持ってきてくれたのを覚えている。

「おれに命を預けろ! 勝たせてやる!」

 土方が声をあげた。

「応!」

「応!」

 まわりに負けずに、俊輔も声を張り上げた。

「応ッ!」

 土方隊は五稜郭を飛び出した。




「一月前に青森港で見たときより、官軍の船が増えている」

 開けた丘の上で、望遠鏡を覗いているのは(かおる)だ。

 夜明け前だがすっかり明るくなっている。箱館の町から煙が立っているのは、新政府軍が火をつけたのだろう。

「特にあのひときわ大きい艦はなんだ」

 薫が目を止めたのは甲鉄(こうてつ)艦。

 アメリカから購入した新鋭艦である。江戸幕府が購入したものだが戊辰(ぼしん)戦争が起きたために引き渡しされず、そしてこの年に新政府に引き渡された。おかしな話のようだがアメリカ政府は「日本政府」と契約したのであり、「日本政府」は江戸幕府から明治政府に正統に継承されたと承認したということだ。すなわち、内戦に於いて局外中立を保っていた諸外国は、箱館戦争の結果を待たず「この内戦は終了した」と判断したということでもある。

 甲鉄艦。

 後の(あずま)艦。アメリカでの艦名はストーンウォール。

 全体が鉄の装甲で覆われ、当時の艦砲をはねつけたという。そして巨砲三〇〇ポンドアームストロング砲は、他の艦では届かない沖合から箱館に艦砲射撃を打ち込むことができた。

「総攻撃、か」

 (しずか)は出るのか。

 どうやっておれはあいつを守る。

 そして、(はるか)の中にいるというキング。彼を狙うバエルはどうする。兄弟の契りは結んだが、静を傷つけるようであれば彼とも戦わなければならない。あの巨体と。

「……」

 ふと見ると、自分を目指して丘を登ってくる男がいる。

 鍔の広い帽子を被った長いコートの欧州人だ。

「ヌナガワ・シズカ!」

 その男が叫んだ。

 ああ、またか。

「おれにしちゃ珍しくついている! おまえの任務は斥候か!」

「おまえは誰だ」

 なめらかとは言えない英語で薫が言った。

 男はきょとんとしている。

 ヌナガワ・ハルカもそうだが、ヌナガワ・シズカも英語が流暢だった。しかもドイツ語でも大丈夫だと言っていた。それなのに目の前の人物はそうでもないらしい。そういえば同じ洋装でもヌナガワ・シズカは軍服だが、こちらは若い紳士のようなリボンタイ姿だ。それで長いコートの彼はドイツ語から英語に言語を切り替えた。

「おまえ、ヌナガワ・シズカじゃないな?」

「勝手に間違えたのはそっちだ」

 薫が言った。

「おれは奴奈川薫。静の兄だ」

 長いコートの男は鍔の広い帽子を手でぐしゃぐしゃと押さえた。

「登場人物が多すぎる……」

 それはバエルにも言われたな。

 薫は思った。

「ヌナガワ・ハルカを知っているか」

「おれの妹だ。ヴァンパイアで、静の中にいる」

 薫は望遠鏡で今度は五稜郭を見ている。

「そこまで理解しているなら話が早い。おれはレオンハルト・フォン・アウエルシュタット。ヌナガワ・ハルカにヌナガワ・シズカの護衛を依頼された」

 レオンハルトが言った。



「静が五稜郭から出たら、おれはあいつがサイキ(斎姫)でありショウシイゲ(正四位下)であるのを指揮官に申告する。だれももう静を兵と扱わなくなるだろう」

 すでに夜のうちに、静が単身五稜郭から出ているのを薫は知らない。

「それで?」

 あごを撫でながらレオンハルトが言った。

「それでおとなしくなる静じゃない。だがおれはバエルから聞いている。静は骨折も一瞬で治すことができる。おれは静の両足の腱を斬ったことがあるが、確かにすぐにおれを蹴ることができるほど完璧な状態に戻していた。治療しているのは遥らしいがな」

「今度は情報量が多すぎるんだが」

「おれは死なない程度に静を斬って、戦場から引きずり出すつもりだ」

「ワイルドなきょうだいだな」

「周囲もきょうだい喧嘩を気にしていられる状況じゃないだろう」

 危なすぎる兄貴だが、とはいえそれが一番な感じだなとレオンハルトは考えている。死なない程度に云々は修正の余地があるとして。

 五稜郭の門が開いた。

 土方歳三、そして黒姫(くろひめ)俊輔の姿がある。

 薫は以前から偵察して確認している。静もこの隊にいるはずだ。

「!」

 その薫が狼狽している。

「静がいない――!?」

 これだけ離れていて、よく人の顔が判別できるものだ。レオンハルトは思った。




 どぉんッ!

 怖ろしく低い音が響いてきた。

 甲鉄艦による艦砲射撃が始まったのだ。

 ここは山道だ。振り返っても箱館の町も立ち上る煙も見えない。

 どぉんッ!

 どぉんッ!

「静」

 と、遥が言った。

「起きた?」

「起きている」

 静の声は不機嫌だ。

「今までなにがあった。こんな時に私の意識を遮断するなんてなにを考えているんだ」

「睡眠不足じゃ戦えないだろう?」

「これは艦砲射撃だろう。もう箱館政府にはこんな大きな砲をもつ艦はない。()()の攻撃が始まっているんだ。それなのになぜ私はこんなところにいる」

「そう、()()の総攻撃だ。榎本総裁と土方陸軍奉行並は籠城を選択した。そして静には土方歳三から特務が与えられた。バエルの牽制だ」

「……」

「俊輔のせいで土方歳三はヴァンパイアの存在を知っている。まあ、あいつは隠す気がないので、同じ隊の者はだいたい俊輔が普通の人間じゃないって気づいていたみたいだよな」

「……」

「バエルは散っていない。そしてここまでやって来たようだ。あいつがこの戦争に乗じてちょっかいをかけてきたらやっかいなことになる。それで彼と戦える唯一の存在である私が出ることになった。官軍の総攻撃を凌ぎきるまで私と静でバエルを牽制する。まあ、牽制どころか、私はこの機会にあいつを斃しておくつもりだけどな」

「……」

「あいつはタフだから何日かかかるだろう。覚悟しておけ、静」

「遥」

 と、静が言った。

「この戦争とバエルがどう関係する」

「――だから、そんなことになったらやっかいだから」

「そもそもあいつは私――遥にしか興味がないのだろう」

「――戦闘中に乱入してくるようなことがあれば」

「わけがわからないぞ、遥!」

 静は踵を返し、箱館へと歩き出した。

 遥は止めようとした。静の体を自分のものとして動かすために静の精神を遮断しようとした。しかしできない。もともと相手が眠っている時のように無防備なときでしかそんなことはできない。かつて黒のシズカが言った。「遥を甘くみないほうがいい」。その遥と子供の頃からきょうだい喧嘩をしてきたのが静なのだ。

「私に触れるな、遥」

 静が言った。

「邪魔をするな、私は死ぬんだ」

「――静!」

 静の足が止まった。

 木々の影から次々と白いコートの男たちが現れ、近づいてくる。多い。二〇人はいる。

 静は新潟港で彼らを見た事がある。

 静と同じタキサイキア現象を起こすことができる者もいた。その彼の姿もある。とりまくように輪を狭めてくる彼らの中央にいるのは、白い髪の女だ。

「黒のシズカも死にたがりで、私は苦労させられたものだった」

 その女が言った。

「日本人とはそのようなものなのか? それともおまえたち一族がそうなのか?」

「あれはだれ、遥」

「ウェパルのアンナマリア。黒のシズカが所属していた聖騎士団の団長。黒のシズカが黒の魔女と呼ばれたように、彼女は白の魔女と呼ばれている」

「私は修道女だ。そのように呼ばれるのは好まない」

 しかし。と白の魔女は言った。

「今日は私が引き下がるべきだ。わが騎士団はあなたを迎えに来たのだから」

 がしゃっ!

 がしゃっ!

 騎士たちが剣を抜いて顔の前に構えた。

 白の魔女は跪いた。

「キングよ。どうか聖騎士団とともにあらんことを」

 あっと騎士たちがざわついた。

 ファンタズマも、白の魔女もなにかに反応している。

 そして遥も。

 近くでヴァンパイアが散った。

 ソロモンほどでなくても、強力なヴァンパイアが。この聖騎士団の精鋭たちに匹敵するような、そんなヴァンパイアが。



 黒姫俊輔、散る。



 今、ここで、静だけがそれを知らない。




 森の中で大きな体を丸めている影がある。

 両膝を立て、その上に両腕を載せ背中を丸めて顔を埋めている。遠く聞こえる戦いの音にも関係なく、体の大きな動物は彼を恐れて近づかず、体の小さな動物は守って貰っているかのように彼の近くに集まってくる。

 彼はただ深く眠っている。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


笹本助三郎

夏見格之進

シャルロッテ・ゾフィーとファンタズマが静の監視のためにつけたスードエピグラファ。のん気コンビ。うっかり八兵衛とお銀はいない。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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