表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
68/77

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


 自分の手など届かない。

 館が崩れていく。

 最強の剣士、黒のシズカの気配が消えていく。ベルゼビュートの気配とともに。

「嘘だ!」

 レオンハルト・フォン・アウエルシュタットは叫んだ。

「君が散ったなんて信じない! どこだ、どこにいるんだ、シズカ!」

 空に向かって蝶の群生のような光の柱が伸びていく。

「シズカ――!」



 レオンハルトは飛び起きた。

「――」

 箱館のホテル。

 まだ部屋は暗い。

 いったいなんだ。いつもの夢じゃないか。どうしておれの心臓はこんなに激しく打っているんだ。どうしておれはこんなに怯えているんだ。

 横を見るとシャツとズボンが机の背もたれに掛けられている。

 あれからおれはまた眠ったのか。顔まで洗ったのに。眠り直す時間でもないだろうに。

 ヌナガワ・ハルカ。

 あの少女はいたのか。

 この部屋に。ほんとうに。

 なかなか覚めない頭で服を着ていると、激しくドアが叩かれた。

「レオンハルト、レオンハルト!」

「なんだ、シャルロッテ・ゾフィー。自分で開けてくれ。どうせ合鍵持ってるんだろう」

「嫌よ。どうせあなた、ドア開けたらなにか起きる仕掛けしてるんでしょう。それを外して」

「ないよ、今朝は」

「ほんとに?」

「小生意気なのに外されちまった」

「小生意気? ふうん、まあいいわ」

 ぱん!

 ぱん!

 派手な音が鳴り響き、無数の紙が舞った。両引きクラッカーだ。これにはネクタイをつけていたレオンハルトも驚いている。

「レオンハルト……」

 ドアを開けたままの姿で紙まみれになり、シャルロッテ・ゾフィーの声は震えている。

「いや、外した! ほんとだ、ヌナガワ・ハルカに外された筈なんだ!」

「あなた……あの子を連れ込んだっていうの……」

「違うよ! 逆だ、逆! おれがあいつに寝込みを襲われたんだよ! あれ、おれ、またこんなめんどくさい仕掛けをやり直して寝たっていうのか。そもそも二度寝した理由がわからない。おれはどうしちまったんだ!?」

「わけのわからないこと言ってないで耳をすませなさい、レオンハルト・フォン・アウエルシュタット!」

 あっとレオンハルトは顔を窓に向けた。

 銃声。

 そして喊声(かんせい)

 まったくおれはどうしちまったんだ。

 さっきは足音。今度はこんなあからさまな戦場の気配。おれは気づかずに夢を見ていたというのか。それとも今が夢なのか。

「新政府軍の総攻撃よ。各国領事館からも避難要請が出ている!」

 シャルロッテ・ゾフィーが言った。




「どうして(はるか)さまなのですか」

 ホテルのレオンハルトの部屋から五稜郭に戻ると、まだ暗い城内は混乱の中にあった。まだ艦砲射撃は始まっていない。遥にはなにが起きているのかわからない。

「でも、なにかが始まったらしい」

 外からよじ登った門の上でそれを感じ、慎重に屋根を移動して城内に飛び降りたら目の前に俊輔(しゅんすけ)がいた。門の上に立ったときに見つけられてしまっていたらしい。そしてその言葉だ。

(しずか)が眠っているからだ。そして、さすがに静では門の突破は難しいからだ」

「どちらへ?」

「旧友をみつけたので会いに行った。詮索はするな」

「静さまは眠っているのですか?」

 そう言って、俊輔は目を逸らした。

 遥はその仕草に軽い引っかかりを覚えた。

「わからない。眠っている状態にはなっているが、私がこれだけあの子の体を動かしているのだから気づいていないとも思えない。念のために静の意識を遮断している。だから余計にわからないな。めったなことは言うなよ」

「めったなこと?」

普済寺(ふさいじ)の前で言ったようなことだ」


 ――おれはあなたのことが好きでした。


 さっと俊輔の頬が染まった。

「それよりなにがあった」

「おそらくですが、()()の総攻撃」

 さすがに衝撃がある。

 今の言葉、静が聞いていなければいいのだけど。

「箱館山が落ちました。土方先生のところにもさまざまな情報が集まって見極めができません」

「おまえがここにいていいのか。いや、私もだが」

「これは先生の指示です。あなたを探していた」

「――?」



「北の山にソロモンの七二柱序列一位バエルがいます」

 どうしました?と俊輔は言った。

 遥がきょとんとした顔をしているのだ。

「すごい違和感があるな、おまえの口からそんな言葉が出るってのは」

「もう髷も切ったのですけど。そうですか?」

「そういえばおまえもヴァンパイアだったな、見慣れてしまってなんだか忘れてしまう。おまえの(あるじ)の記憶と知識が受け継がれているのか。それで、バエル?」

「以前から、入会地(いりあいち)で勝手に猟をする大男とその従者をどうにかしてくれという陳情があったのです。どうも特徴や人相を聞くとゴリラ――バエルのようでして」

「バエルだろう。日本に来ている。新潟港で戦った。静の体で」

「えっ!」

「それで?」

 この少女は、静と遥は、この箱館までいったいどんな旅をして来たのだろう……。

 もちろん俊輔は、この二人が津軽海峡で遭難したことまでは知らない。

「それで」

 と、俊輔が言った。

 あ、まただと遥は思った。俊輔が目を逸らしている。

「ほんとうにバエルだとするなら、余計にやっかいな変数になる。彼がこの戦いに飛び込んでこないように、あなたが牽制してくれませんか」

「……」

 なにをいっているんだ。

 バエルがこの戦争に参加する理由がないじゃないか。その言葉を遥は飲み込んだ。

「……」

 バエルの目的は私なのだから。その言葉も飲み込んだ。

 そもそもヴァンパイアが他国の内戦に介入するような目立つ真似をしてなんの利益がある。その言葉も遥は飲み込んだ。

「なあ、黒姫(くろひめ)俊輔」

 と遥が言った。

「私のヴァンパイアはキングだ。気づいていたのだろう? だからバエルに当てるのだろう?」

 俊輔の顔に戸惑いが浮かんでいる。

 ばか、飲み込め。

 私と同じように、疑問も突っ込みたいこともすべて飲み込め。静が聞いているかもしれないんだぞ。

「はい。知っていました」

 俊輔が言った。

 遥と俊輔はしばらく見つめ合った。通じた。互いにそう思っているのかもしれない。

「おれは籠城です」

 俊輔が言った。

「この五稜郭の守りは鉄壁だ。それで賊軍の総攻撃を凌ぎます」

 籠城だって。

 遥は思った。


 日本にはもう味方などいないのに。

 世界のどこにも味方はいないというのに、なあ、どこから援軍が来るというのだい?


 それも遥は口にしない。

 嘘つきめ。なんて下手くそな嘘つきめ。私もおなじようなものだろうけど。

 遥は手を出した。

 握手はこの時代、まだ文化として根付いていない。しかしヴァンパイアの二人にはもちろんわかる。

「握ってよろしいのですか?」

「また抱きしめられたらかなわない」

 ふわりと俊輔が笑った。

 遥も笑った。

「おひとりでは荷が重いようでしたら、おれも行きますか?」

 これは俊輔のとどめだ。

 ぎゅうっと遥は力を込めた。

 ただの人であったなら手を握りつぶされていたかもしれない。

「馬鹿にするな、私はキングだぞ。ただ、あいつのタフさはやっかいだ。退治するのに何日かかかるかもしれない。それまで落ちるなよ」

「了解です」

 「斎姫(さいき)さま」と、俊輔が呼び止めた。

 振り返ると俊輔が竹皮の包みを投げてきた。受け止めると暖かい。まだ握られたばかりのおにぎりだ。

「兵糧です」

「ありがとう」

 遥が言った。



「陸軍奉行並付き内藤隼人! 陸軍奉行並の命にて出る!」



 遥が五稜郭を飛び出していった。

 ありがとうと。

 あの不機嫌な姫が言ったんだ。ありがとうと。なかなか悪くない。そうだろう、黒姫俊輔。

 顔を上げると、土方歳三が立っている。

「ついて行きゃあよかったのによ。おれは選択肢をやったんだぜ」

「とうにその話は終わったものだと思っていました」

「言うねえ」

 鼻を鳴らし、土方は歩きはじめた。それを俊輔は追う。

「弁天台場が孤立した。救出に向かう」

「はい」

 この時、土方が指揮したのは二個小隊五〇人だったという。奉行並、副司令官が率いるのが五〇名。この戦争は、もう、終わっている。

「開門! 陸軍奉行並土方歳三! 出る!」

 馬上の土方が声をあげた。



 遥は山へと走っている。



 記録的に開花が遅れた桜も散り時を知り、風に舞っている。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


笹本助三郎

夏見格之進

シャルロッテ・ゾフィーとファンタズマが静の監視のためにつけたスードエピグラファ。のん気コンビ。うっかり八兵衛とお銀はいない。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ