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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
67/77

五月十一日(後編)

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「おまえに会えばいいと言われたような気がしたんだ」

 はっとレオンハルト・フォン・アウエルシュタットは両眼を見開いた。

 深夜、ホテルのベッドの上だ。

「おまえは強いそうだから。チャンピオンでなくても粘り強いから。不屈だから。いい加減のようで絶対に諦めないから」

 待て。

 待て、待て、待て。

 おれは足音には敏感だ。近づく者がいれば目が覚める。一人暮らしが当たり前になってからは特にそうだ。ヴァンパイア殺しなのだから当たり前だ。そうでなければ命が幾つあっても足りない。レオンハルトはホテルの部屋のドアを見た。鍵の他に、夜だけ仕掛けておく嫌がらせが解除されている。ホテルマンには夜には入るなと厳命してあるが、シャルロッテ・ゾフィーが酔っ払って乱入してくるかもしれない。あいつ、酔うとさみしがり屋になるとかで、おれの部屋や楽団の部屋の合鍵を持っているらしい迷惑なやつだから。そのせいで殺傷力のある仕掛けをしてなかったのがまずかったか。

 とにかくおれは。


 ――おれは、もう死んでいるじゃないか!


 ベッドの枕元に誰かが立っている。

 レオンハルトの全身から汗が噴き出した。

「――誰だ」

 レオンハルトが言った。

「すべての在処(ありか)は言わない。もし穴があったら私のチェック能力が見透かされるから。とりあえずそこのナイフはもうないよ」

 ベッドを這っていたレオンハルトの手が止まった。

「おまえは伯爵のくせにニンジャのようだから。猫のようだから。近づくときには気をつけろって」

 少なくとも危害を与える目的ではないらしい。

 ふうっとレオンハルトは息を吐いた。

 この当時の下着であるユニオンスーツ姿の体を起こし、肩越しに背後の人物を見てレオンハルトは眼を見開いた。

「ヌナガワ・シズカ!?」

(はるか)だ」

「たしかに――」

 その少女はヴァンパイアだ。

 ただの人である奴奈川(ぬながわ)(しずか)の中にいるヴァンパイアの妹。

「姉だ」

「おれはなにも言っていない」

 レオンハルトはベッドから足をおろし、手を伸ばした。さきほどとは違い反応してこない。つまり、どこに武器が隠してあるのか確かに確認されているのだ。レオンハルトはそのままテーブルの上のシガレットケースを掴み、片手で起用に取り出して咥えた。

「新潟港でヌナガワ・シズカは両腕と片足の骨を折られた。足の方は粉砕骨折だったはずだ。それを治したのは君か」

「そうだ」

「一瞬で」

「そうだ。スケベじじいだがさすがにキングの力はすごいようだ」

 あっさりと認める。

「君はキングなのか?」

「私のコントロール下にある。私を欲しがったので、ねじ伏せてやった。私のどこにも触らせてやるものか」

 あっさりと言う。

 ふつう、ヴァンパイアになればふたりの人格は融合することになる。たいていはヴァンパイア側が優位にたつ。そもそも人類側をねじ伏せてヴァンパイアになるのだから。でもこの少女はキングをねじ伏せているのだという。

「……」

 レオンハルトはタバコを深く吸い、吐いた。

「おれに会えと言ったのはだれだ。おれを猫だと言ったのはだれだ。気をつけろと言ったのは――」

「黒のシズカだ」

 遥が言った。

「私は黒のシズカのヴァンパイアだ」

 ほんと、あっさりと認めやがる。

 レオンハルトは顔を伏せた。

 その肩が震えているのは、笑っているためだ。

「新潟港で」

 と、レオンハルトが言った。

「泣いているおれを見て君は笑っていたのか、シズカ」

「遥だ。私は黒のシズカのせいで生まれながらにしてヴァンパイアだった。そこにキングが割り込んできた。黒のシズカとキングは互いを否定し合っている。その繰り返しをもう数年私の中で続けている」

「キングと君の身体を争って忙しいから、おれに挨拶する暇もなかったと」

「事実そうだ。私は私の体をキングに渡さなかった。あとは黒のシズカと――」

「なあ」

 と、レオンハルトが言った。

「おれは男だから構わないんだ。昔惚れた女に無視されても馬鹿にされても構わないんだ。道化師だって笑われてもなんでもないんだ。ただおれはこう言うんだ。男だからな」

「……」

 レオンハルトは微笑んだ。

「また会えて嬉しいよ、シズカ」

「……」

「それで? おれになんの用だ、()()()

「静を守ってほしい」

 遥が言った。



「君はなにを言っているんだ? 少なくともしばらくはバエルの足を止め、骨折を一瞬で治す君をおれが守るのか?」

「私じゃない。静を守ってほしいんだ」

「聞こう」

 レオンハルトは遥へと体を向けた。

 遥が嫌そうな顔になったのを見て、レオンハルトは自分がまだ下着姿なのに気づいたようだ。タバコを置き、立ち上がってクローゼットを開いてノリの利いたシャツを手に取った。

「裸なわけじゃないだろう」

「だらしない」

「それでだ、ヌナガワ・ハルカ。君はヌナガワ・シズカじゃない」

「そうだ」

「でも体を共有している」

「そうだ」

「少なくとも脳はふたつある」

「――そうだ」

 レオンハルトは「シュッ!」と音を立ててシャツに手を通した。ズボンでも「シュッ!」と音をさせている。練習したのだろうなと遥は思った。

「わからんな。君の身体のこともだが、その状態のどちらか一方を守れるものなのか」

「静は死ぬつもりだ」

 遥が言った。

「絶対に諦めないというおまえには理解できないことだろうが――」

 ふうん。

 君の中で、おれはまだそう思われているんだ。いつ死んでもいいと、死にたいと、おれも百年思っているんだがな。まあ、それをその原因の前で言うのはかっこ悪いよな。

「で?」

「静はこの戦争で死ぬと誓っているんだ。静は私をシャットダウンして行動できる。そうなると私はなにもできなくなる。私は静の体を支配するつもりだ。だけど静に陣取りで負けたら――」

「その時に、おれに守れと?」

「私の力がないときでも静は強い。だけど一〇〇人に囲まれたら? 銃隊に一斉射撃されたら? 静はそれを望んでいる」

 カフスボタンを留めていたレオンハルトが動きを止めた。

 遥の両眼から涙が落ちている。あふれ流れている。

「死ぬのなら私でいいのに! 静はきれいで愛されて大切にされて、死ぬんだったら私でいいのに! それなら誰も悲しまない。黒のシズカとキングの戦いも終わる。その方が絶対にいいのに!」

 ああ。

 レオンハルトは思った。

 この子は確かにヌナガワ・ハルカなんだ。

 黒のシズカじゃない。ごまかされたんじゃない。ただの、ほんの少女なんだ。

 レオンハルトは手にした上着を椅子の背に掛け、泣く遥の肩を抱こうとした。その瞬間、目から火花が散った。遥に頭突きされたのだ。

「――」

「ヴァンパイアの男はみなスケベか!」

 否定はしない。否定はしないが。

 こいつ、キングになにをされたんだ。いや、笹本(ささもと)助平(すけさぶろう)もいたな――やめろ、気を失うな、踏ん張れ、レオンハルト……!

 レオンハルトは遥の腕を掴んだ。

「放せ、スケベおやじ!」

 あ、そうか、そもそもおれがこいつにキスしたんだった。

「死ぬのは許さないぜ、ヌナガワ・ハルカ!」

 レオンハルトが吠えた。

「泣くな! 諦めるな! 守りたい人がいるなら泣く前に歯を食いしばれ! おまえが散れば、おれが惚れた女も散るんだ。そんなことは許さない。わかったか、ヌナガワ・ハルカ!」

「泣いているのは」

「なんだ!」

「おまえじゃないか。レオンハルト・フォン・アウエルシュタット」

「うるせえっ!」

 レオンハルトは袖で涙を拭いた。

「アウエルシュタットの騎士」

 と、遥が言った。

「私には黒のシズカの記憶があるんだ。その拾い方を教えてくれたのはキングだったけど。本当にたった今でも黒のシズカは戦っているんだ。キングの意識と。私は黒のシズカが嫌いだけど、それは信じてあげてやってくれ」

「ああ」

 レオンハルトは微笑んだ。

「そのうち、おまえが嫌いな黒のシズカと話せるのを楽しみにしている。だから死なないでくれ、ヌナガワ・ハルカ。おれは一〇〇年待ったんだぜ」

「検討する。そろそろ腕を放せ」

 こいつ……。

 本当に黒のシズカじゃない。あいつよりもっと冷たくあいつより更に性格が悪い……。

「帰る」

 遥が言った。

「送るか?」

「私を誰だと思っている」

 にっと遥が笑った。

「私は聖騎士団最強の剣士黒のシズカとソロモンの七二柱のソロモン王のヴァンパイアだぞ」

 遥が部屋を出ていったあと、レオンハルトは洗面器の水を使った。

 バシャバシャと何度も顔を洗った。

 戦争の中で、外国人として目立つおれがどうやって護衛する? まあいい。それはあとだ。

 死んだような目をしているレオンハルト・フォン・アウエルシュタット。

 しかしその眼は今、生気を帯びている。ぎらりと光を取り戻している。


 シズカ。

 君の名を呼んでも今は虚しくない。


 レオンハルトはもう一度顔に水を浴びた。




 午前三時。新政府軍の総攻撃が始まった。

 五月十一日。それは誰にとっても長い一日になる。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


笹本助三郎

夏見格之進

シャルロッテ・ゾフィーとファンタズマが静の監視のためにつけたスードエピグラファ。のん気コンビ。うっかり八兵衛とお銀はいない。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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