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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
65/77

集結

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「ヌナガワ・シズカの中にヌナガワ・ハルカがいる?」

 ホテルのロビーと元町(もとまち)の教会という離れた場所で、シャルロッテ・ゾフィーとファンタズマが同時に声をあげた。

「それは子供によくあるひとり遊びではないの?」

 シャルロッテ・ゾフィーが言った。

「それは子供によくあるひとり遊びではないのか?」

 ファンタズマが言った。

「違います」

 笹本(ささもと)助三郎(すけさぶろう)が言った。

「違います」

 夏見(なつみ)格之進(かくのしん)が言った。



 現代で言う解離性同一性障害、多重人格ではない。

 奴奈川(ぬながわ)(しずか)

 たしかに人間である時と、たしかにヴァンパイアである時があるのだ。そしてヴァンパイアの時には自分を(はるか)と呼ぶ。



「奴奈川遙は奴奈川静より少し怖いです」

「あの子たち、眠らないんです。どちらかが眠っていても片方は起きている。ちょっと触っちゃおうかなーとか思っても……いえ、なんでもないです。とにかくそういうことです」

「なにしているの、あなたは」

「なにをしているのだ、おまえは」

「ですから未遂です。美少女と狭い空間に閉じ込められているのです」

「凹凸がないんですよ。それなのに微妙な凹凸を感じる時があるんですよ」

「ムラムラするじゃないですか」

「ムラムラするじゃないですか」

「でも、いつも触る前に気づかれておっそろしい折檻が待っているのです。これは静の時でも遥の時でも同じです」

「だからなにをしているの」

「だからなにをしているんだ」



「……」

 シャルロッテ・ゾフィーは考え込んでいる。

「眠らないの?」

「そうです。もちろん横にはなりますが、片方は必ず起きている。どうも遥のほうがそれを調整差配しているようで、静のほうは普通に過ごしているつもりのようです」

 助三郎が言った。

 この戦争に参加してから遥は無口になった。静はそう感じていたが、実はこういうことだ。静が眠っている間は遥が起きていた。そして静が目を覚ますと自分が眠っていたのだ。

「レオンハルト?」

 シャルロッテ・ゾフィーは、黙って話を聞いていたレオンハルト・フォン・アウエルシュタットに顔を向けた。レオンハルトは肩をすくめた。

「人が起きていられるのはせいぜい二日か三日だ。それを越えると誰でもおかしくなる。一瞬だけ気を失ったり、幻を見たり、自分がなにをしているのかもわからなくなる。限界を超えた痛みを感じると気持ちよくなることがあるんだが、それが起きることもある。おれは伯爵だから戦場に出る。こいつは実際に戦場で見たり自分で体験したことだ。そしてヴァンパイア殺しとしての体験で言えるが、ヴァンパイアになってもそれは変わらない。ダメージが修復されるのが速いのは助かるけどな。結論を言えば、ふたりを相手にずっと起きている状況を作るのは不可能だ。短い睡眠を取りながらの演技だとしてもひと月は難しいだろう」

「レオンハルト、あなた他にも言ってたわよね」

「そう。新潟港でヌナガワ・シズカが言っていた。自分には妹がいる。そいつはヴァンパイアだ。ハルカ――というのだと。あの時、ハルカもおれの目の前にいたんだ」

「ひとりの体にふたり分が入っているというの?」

「少なくとも脳はふたつある。そこの助平(すけべい)が言う事が本当ならな」

「助三郎です」

「ありうることなのかしら、レオンハルト」

「おれは戦闘のプロだ。そのための医学の知識ならある。ちょっとした解剖学もな。だがおそらく、その問いは臨床医ではなく研究医の領域だろう」

「そして」

 と、シャルロッテ・ゾフィーが言った。



「そして」

 と、教会で同じ話を聞かされていたファンタズマも言った。

 彼の後では白の魔女が眼を細めている。

「そのハルカがキング。バエルだけがそれに気づいたということか」




 箱館港に蒸気船が入港してくる。

 ほんの半年前はここには旧幕府軍の艦隊が並んでいたのだ。でも今は外国の船だけだ。いま入って来たのも英国の船だ。ホワイト・エンサイン旗がはためいている。英国海軍艦(ロイヤルネイビー)だ。

「遥」

 と、静が言った。

「これが最後の戦場だ。北に北に追い込まれてきたけど、もうここから先はない」

「それで?」

 遥が言った。

「もし、この戦いで私が負傷してももう治さないでほしい」

「……」

「私には帰る家がない。斎姫(さいき)であることを捨てて、責任もなにもかも捨てて、すべてに迷惑をかけてここまで来た。弟まで斬り殺した。この戦いが終わってそれでも私が生き延びていたら、それこそが不幸だ。私だけじゃない。たとえば高子(たかこ)にも迷惑がかかる。お願い、遥。ここで私を死なせてくれ」

「……」

 黙り込んでいた遥が口を開いた。

「黒のシズカのように欧州まで渡る道がある」

鉄太郎(てつたろう)勇一郎(ゆういちろう)静馬(しずま)勝之進(かつのしん)。みんな死んだのに私だけ生き延びろと言うのか?」

俊輔(しゅんすけ)がいる」

「俊輔も私と同じだ。生き延びることなんて考えていない。私が決めることじゃないけど、きっとそう」

「ただ数年、剣術道場で顔を合わせただけじゃないか。友達でもない。高子たちより付き合いが短いくらいじゃないか」

「でも仲間なんだ」

 静が言った。

「赤ん坊の頃から斎姫として育てられ、ひとりぼっちだった私がはじめて仲間だと思った子たちなんだ。その仲間と誓ったんだ。この戦争で死ぬって」

 蒸気船に背を向けて、静は歩きはじめた。

「ごめんね」

 静が言った。

「私が死ぬのは私の選択。でもそれをあなたに押しつけられない。私が死んでもこの体をあなた使えるのならいいのに。使えるのかな。使えるのなら使ってね」

 遥は答えない。

「大好きだよ、遥」

 遥は答えない。




「いってらっしゃい、少佐」

「ありがとう、帰りはまた頼む」

 今入港してきた英国艦から連絡艇で上陸してきたのはきわめて長身の男だ。

「おや、ロジャー・アルフォードじゃないか」

 声をかけられ、ロジャー・アルフォード海軍少佐は顔を向けた。

 中肉中背、初老の欧州人がニコニコと笑っている。

「おめでとう、少佐に昇進したのだね」

「すまないが」

 アルフォード海軍少佐が言った。

「あんたはおれを知っているようだが、残念ながらおれはあんたを知らない」

「そうかね。私は目立たない男だし、君は目立つ男だ。しょうがないね。じゃあな」

 その目立たない男は背を向けて歩いていった。

 視線を逸らすと、すぐに雑踏に紛れてしまう。見ていたはずなのに視界の中から消える。

「相変わらず妖怪のような男だぜ」

 アルフォード海軍少佐は鼻を鳴らし葉巻を咥えた。

 フランス政府のヴァンパイア専門家。

 あのやろう、おれの身長と顔はエージェントに向いてないと皮肉をたれていきやがった。まあ、あの男からすればおれはただのペーペーだ。しょうがあるまい。

「ただ」

 煙を吐いてアルフォード海軍少佐は思った。

「数年前のキング日本上陸。そして今回の突然の白の魔女の渡日。どこも注目しているというわけだ」

 アルフォード海軍少佐は、ふとその日本人の少年に視線を向けた。

 よく鍛えられた軍人だ。歩いていて体幹がぶれない。しかし。

 あんな女の子のような少年までもが戦場に立つのか。アルフォード海軍少佐は渋面を浮かべた。

「だからおまえさんはまだまだなのさ」

 先ほどのフランス人が笑っている。

「ありゃあ、少年じゃない。少女だ。せいぜいがんばるんだね、英国の坊や」




 私だってひとりぼっちだった。

 誰からも守られ愛された静と違って、私は本当のひとりぼっちだった。私には静しかいなかった。

 それなのに静はあいつらが大切なのか。

 私より、あいつらと死ぬのを選ぶのか。




 犬が騒ぎ出した。

 ざあっと鳥が一斉に飛び立った。

 さらに激烈な反応を見せたのはヴァンパイアたちだ。みな外に飛び出した。そして空を見上げた。

「キング!」

「また始まったぞ!」

「キング!」

「キングだ!」

 アルフォード海軍少佐と初老のフランス人にはヴァンパイアの気配などわからない。ただ、騒ぐ犬たちになぜか彼らも空を見上げた。

「ファンタズマ!」

 白の魔女、アンナマリア・ディ・フォンターナは全身を戦慄かせた。

「よくやった! キングはいる。この日本に、この町に!」

 通りを静が歩いている。

 その気配を纏う静がその気配に気づかずに歩いている。




 私は鬼でいい。

 すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


 たとえそれが――。




 この気配に顔を上げた大男がいる。

「どうした、バエル」

 (かおる)が言った。

「いぶりがっこもうまかったが、この熊肉の燻製もいい。燻製とはなかなかいい調理法だ」

「キングがいる」

 にたり、バエルが笑った。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


笹本助三郎

夏見格之進

シャルロッテ・ゾフィーとファンタズマが静の監視のためにつけたスードエピグラファ。のん気コンビ。うっかり八兵衛とお銀はいない。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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