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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
58/77

決着

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「まあね……」

 つぶやいたのは(はるか)だ。

「試してすぐに通用するほど、バエルも甘くはないだろうさ」

 両腕が折れ、片足はぐちゃぐちゃだ。

 しょうがない。あいつの力を使うか。



 どおん!



 鳥が騒ぐ。犬が吠える。

 あの強大な気配が新潟港に巻き起こった。

 剣を手にバエルへと近づいていた聖騎士団大幹部ファンタズマも、聖騎士団も、シャルロッテ・ゾフィーも、彼女の楽団も動きを止めている。

 バエルも。

 そしてバエルは見た。倒れている少女、(しずか)の体を強力な生気(オド)が駆け巡ったのを。

「キング……」

 バエルは声を絞り出した。

「それだけの力を持ちながら、自らはなにもしようとしないただの老人よ。ただの卑怯者よ……」

 静が目を開けた。

「……」

 自分の腕を、自分の足を確認しながら立ち上がる。痛みまで消えている。

「あの子の腕、折れていたわよね」

 シャルロッテ・ゾフィーが言った。

「ああ」

 ファンタズマが言った。

「片足を踏み潰されていたわよね」

「そうだ」

「一瞬でそれが治せるっておかしくない?」

「ベルゼビュートとその十二宮ならできると聞く。そうでなければ――キング」

「なに言ってるんだおまえら」

 どこかから聞こえてきたその声に、ファンタズマとシャルロッテ・ゾフィーはきょろきょろとしている。どうやら通りにうち捨てられたボロ雑巾から聞こえてきたようである。

「キングだとかベルゼビュートだとか。よく見ろよ。その娘は人間じゃないか」

 ボロ雑巾が立ち上がった。

「主役、復活……」

 レオンハルト・フォン・アウエルシュタット。

 まだよろよろとしている。

 流れる血で顔は真っ赤だ。それでもにやりと笑う。

「依頼はされていないが、おいたはいけないぜ、バエル。その娘さんに加勢する」

 楽団がまた威勢のいいマーチの演奏を再開した。

「おれのファンかよ、おまえら」

 レオンハルトが言った。



 戸惑っているのは静も同じだ。

 両腕が折れた。足を踏み潰された。なのになぜ自分は立っているのだ。なにもなかったように。傷ならいつも治してもらっていた。だいたい、両足の腱を斬られたのに半日もかからずに治してくれたじゃないか。

「遥?」

「そうだよ」

「どこまで――あなたはすごいの?」

「言っただろう」

 遥が言った。

「すべてがあなたの敵になっても、私があなたを守る。それよりも下がったほうがいい。アウエルシュタットの騎士が相変わらず無茶をするようだ」



「バエル!」

 レオンハルトが声をあげた。

「こっちだ!」

 バエルが振り返った。

 レオンハルトは真夏だというのに着ている分厚いロングコートの裾を払った。コートが元に戻った時にはその両腕にライフルがある。

「あのコートって、どうなってるの!?」

 シャルロッテ・ゾフィーが言った。

「おれに聞かれてもわからない」

 ファンタズマが言った。

 ドン!

 ドン!

 レオンハルトの両腕のライフルが火を噴いた。

 ウィンチェスターM1866イエローボーイ。くるりと銃身を回転させリロードする。

 ドン!

 ドン!

 ライフルを両手に構えることができるのは彼が屈強なヴァンパイアだからであり、そしてM1866がレバーアクションライフルだからだ。銃を回転させることでレバーを動かしリロードする。スピンコックリロードという。聖ゲオルギウス騎士団のチャールズ・リッジウッドが愛用しているのは、このM1866の後継機種である。

 ドン!

 ドン!

「うおっ!」

 さすがのバエルも後退するしかない。

 ドン!

 ドン!



 静はバエルの攻撃から身を守るために手放した愛刀木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)を拾い、鞘に納めた。静が何事もなく歩いているのを不審に思っている者もいるようだが、多くの人々はレオンハルトの両手ライフルに呆気にとられている。

「すごいな」

「ああ、あの銃、すごいな」

 そっちかよ。

 日本に滞在して数年。レオンハルトは聞くだけなら日本語がわかるようになっている。

 スピンコックリロードは簡単にできるものではない。もとよりレバーアクションはそれを目的に作られているわけではないうえに、この銃は四キロもある。指を痛めてしまうだけだ。そしてその複雑な機構によりM1866は拳銃弾しか使えない。銃身が長く爆発のエネルギーを充分に弾丸に伝えることができるために拳銃より威力があるが、強力なライフル弾とは較べようもない。

 ドン!

 ドン!

 ほとんどの弾丸が当たっているのにバエルは散らない。

「バケモノめ……」

 まあ、自分を含めてバケモノなのだが。

「邪魔をするな、グラキア・ラボラス!」

 バエルが声をあげた。

「なにもわからん木っ葉ならその辺で風に吹かれていろ! おまえはいまの欧州の危険な状況をなにも知らない!」

「なにか高尚な理由があるなら人の少女を襲っていいって話にはならないんだぜ、バエル」

「そもそも、それが間違いだ、グラキア・ラボラス!」

 後退するバエルのかかとが、川辺の石垣の縁にかかった。

 しかしレオンハルトは両腕のM1866を捨てた。

「残念、弾切れだ」

 そしてふたたびコートを払い、手にしたのは巨大剣ツヴァイヘンダーだ。



 くるっと、今度はファンタズマがシャルロッテ・ゾフィーへと顔を向けた。

「私に聞かないでちょうだい」

 シャルロッテ・ゾフィーが言った。

「さすがにあのツヴァイヘンダーをコートに入れておくのは無理じゃないか。常に立っていたのならともかく、彼はあのコートを着て椅子に座っていたぞ」

「だから、私に聞かないでちょうだい」

 シャルロッテ・ゾフィーが言った。



「結局、こいつ頼みか。ま、実にドイツ騎士らしくていい」

 ツヴァイヘンダーを手にバエルへと突っ込もうとしたレオンハルトの足が止まった。

 バエルへと走る黒い影がある。

 黒のシズカ――いや、あの少女だ。

「仲間割れ? まあいいや、とにかくとどめは私が差す。いいだろう?」

 静が無意識に使っているのは英語だ。

 静は背を丸めているバエルの曲げられた膝に足をかけ、バエルの背に飛び乗った。そしてあぐらをかくようにして両足でバエルの首を極め、両腕はバエルの頭を固定する。

「母上は美人で元斎姫(さいき)(だい)で、言いよる男が多すぎて困ったそうだ。なのに私は、好きだといわれたのは今日でやっと二度目だ。悔しいじゃないか。しかもその貴重な物好きをおまえは殺してしまった」

 静が取り出したのはスミス&ウェッソン。

 (かおる)の部屋から遥が盗んできた拳銃だ。

 静はその銃口をバエルの耳に突っ込み、撃ち尽くすまで撃った。

「えげつねえ……」

 レオンハルトは中折帽をくしゃりと掴み、息を呑んだ。

「バイバイ、デカブツ」

 とん、と静はバエルを蹴って飛び降りた。

 バエルの巨体はゆらぎ、川へと落ちた。

 大きな水しぶきが上がった。

 楽団の演奏は最高潮だ。見ていた日本人からも歓声が上がるが、ヴァンパイアたちは緊張を解けない。散ったという感覚が届いてこないからだ。レオンハルトはM1866に銃弾をこめてバエルに備えている。そのレオンハルトに静が近づいてきた。

 嫌になるほど黒のシズカに似ている。

 レオンハルトは思った。

「これ」

 静がスミス&ウェッソンを突き出した。

「英語が使えるのか?」

「ドイツ語でもいい。それより、これ」

「なんだ」

「弾がなくなったから込めて。そのコート、なんでもありそうだ」

「……」

 レオンハルトは固く両眼を閉じた。

「なあ、おれは君によく似た日本人を知っている。クソ生意気で愛想がなく、傍若無人で、マイペースで」

「黒のシズカだろう」

 レオンハルトは、はっと目を開けた。

「君は――」

「私は彼女の三〇〇年後の子孫だ。日本にもその家ごとの命名基準があってね。私も奴奈川静だ。つまり、あなたは遥の言うヴァンパイアか」

 レオンハルトはじっと静を見つめ、そしてM1866に弾丸を込める作業に戻った。

「知っているのか」

「遥もヴァンパイアだから」

「ハルカ?」

「妹。ねえ、この拳銃の弾はないの?」

 レオンハルトは静の手からスミス&ウェッソンを奪い取った。銃身を跳ね上げてシリンダーを抜き取り、新たなシリンダーをコートの中から取りだす。

「あるじゃない」

「おまえ、ほんっとご先祖さまそっくりだね!」

「何度も私に求愛していおいて、おまえは私をそんな風に見ていたのか、アウエルシュタットの騎士」

「――」

 その瞬間をレオンハルトは見ていなかった。しかしシャルロッテ・ゾフィーとファンタズマは静が一瞬だけヴァンパイアになったのを見ている。

 いや、気のせいか。

 そんな器用なヴァンパイアなんているわけがない――。

「シズカ?」

 静にスミス&ウェッソンを渡し、レオンハルトが言った。

「なんだ。人の名を気安く呼ぶな」

 目の前の少女は人だ。

「ただ、礼はいう。弾をありがとう。そして助けてくれてありがとう」

「……」

 レオンハルトは首を傾けている。

「なあ、ヌナガワ・シズカ」

「なんだ」


 そして静にとって驚天動地のことが起きたのだった。

 レオンハルトは静の手を取って引っ張り込みキスをしたのだ。


「やっぱり君は黒のシズカじゃない!」

 呆然としている静の前でレオンハルトは高笑いを上げた。

「黒のシズカなら、どんなに油断していてもおれがキスできるわけがない!」

 楽団がこのとき高らかに演奏したのは、なぜかやはりマーチなのだった。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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