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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
57/77

敗北

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


 黒伯爵レオンハルト・フォン・アウエルシュタットが早々に退場したのは幸いだ。

 聖騎士団大幹部ファンタズマは思う。

 しかし、これはどういうことなのだ。ソロモンの七二柱序列一位バエルは、あの少女をキングだと言う。だが、あの少女はただの人ではないか。

「動けない」

 おれの使命はキングとの接触。

 まだ動けない。

 動くわけにはいかない。



「あっ」

 と、(しずか)は目を見張った。

 体が軽い。そして力がみなぎる。

「な――なにをしているの、(はるか)

「言っただろう。あなたの姿のまま、私の生気(オド)をあなたに注ぎ込む。人の姿のまま、あなたはヴァンパイアのように強くなる」

 「さあ!」と遥が言った。

()()()を出しなさい、静!」


 まず、音が消える。

 そして色が消える。


 静は地面を蹴った。

 周囲は暗い。

 そして誰も動いていない。

 静はなにも見ていない。見ないようにしてすべてを見ている。その中で静の前に光跡が伸びた。目の前の大男の左腕へと。静は木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)を放った。

「うおっ!」

 バエルが声をあげた。

 すでに動き出していたバエルの右拳は止まらない。そのまま地面に叩きこまれる。その時には静はバックステップで距離を取っている。

 バエルは静へと拳を振り下ろそうとした。

 その予備動作による隙と選択すべき攻撃部位、そのためにとる行動の最適解が光跡となって静に見えていたのだ。

 そして。

「ぬう!?」

 バエルは左腕を押さえた。血が吹き出ている。



「斬ったの!?」

 シャルロッテ・ゾフィーが言った。

「斬った」

 ファンタズマが言った。

「さっきまでは擦り傷のような傷しか与えられなかったのに! あの少女の剣がバエルの筋肉の鎧を斬ったの!?」

「そうだ」

 ファンタズマが言った。

「バエルでなければ、彼は今ごろ片腕を失っていただろう」



 静は正眼に構えている。

 また、なにも見ていない状態に戻っている。

「今ので腕を切り落とせなかったのは痛いかな」

 遥が言った。

「バエルは優れた戦士だ。彼は静の力量を認識した。もう簡単に隙は見せてくれないだろう」

 バエルは左腕から手を放した。

 握力とソロモンの七二柱序列一位の治癒能力だろう、血はもう止まっている。そしてなにか言っている。

「静の体を生気(オド)が走っているのが見えると言っている。よくそんなものが見えるものだな。あいつはここにいるどのヴァンアイアより洗練されている」

「ねえ、遥」

「なに」

「この状態の時、私には音が聞こえないのだけど。どうしてあなたの声は聞こえるの」

「直接あなたの頭に語りかけている。独り言姫でも独り芝居姫でもなくなるし、便利だろう。でもどっちの考えか混乱するだけだろうからこんな時だけだね、使えるのは」

「それで」

 静が言った。

「次は?」

「私のあなたへの()()を上げる。そして――」

 静はふたたび突っ込んだ。



「目を見るんだ、静」

「どこを見ているか、それで次の動きがわかる」

「目の動きと体の動きが違うときは誘いだ。体の動きのほうが本当の狙いだ」

「隙がないなら隙を作る」

「左上を打ったら、右下」

「対角線に散らす」

「こうして散らされると、ヴァンパイアの速さでもなにも見えなくなる」

「遥!」

 静が声をあげた。

「もっと()()を上げていいぞ!」

「了解」



 遥の言葉の通り、バエルにはもう静の斬撃が見えていない。

 速いとは思った。

 なぜかはわからないがヴァンパイアの姿ではなく人の姿だ。それでも確かにキングの気配を感じる。速くても非力だったのが今では力もある。

 速く、力強く、そして――なにも見えない。

「うおおおおお!」

 バエルの全身から血が噴き出した。



「いやだ」

 シャルロッテ・ゾフィーが両手で口を押さえた。

「強いわ、あの子、強い。人間が勝つの? あのバエルに勝つの!?」

「まだだ」

 ファンタズマが言った。

 バエルの言うキングはどこにいる。

 そして、たぶんおれにしかわからないこの違和感。この少女は――。

「ねえ、ファンタズマ」

 シャルロッテ・ゾフィーが呼びかけた。

 ファンタズマは反応しない。

 無視されているのかとシャルロッテ・ゾフィーはファンタズマの肩に手をかけた。その瞬間、シャルロッテ・ゾフィーの手からファンタズマの肩の感触が消えた。肩に置いたはずの手は空にあり、ファンタズマは振り返りもしない。

 これが。

 幻、幽霊――誰も触ることができない聖騎士団の大幹部ファンタズマ。

 ファンタズマは静の姿をじっと追っている。



 静もそれが気になっていた。

 静がこの状態になった時、観衆は自分を見ていない。道場で聞いてみたら、消えたように見えることがあると言われた。静がこの技を使えるようになってわかったのは、人は予想でものを見ているということだ。静の動きは経験からくる予想を大きく外すらしい。だから見えなくなる。

 それが。

 今、この港でたった一人だけ自分を正確にトレースしている男がいる。

 白い服の男。

 この男は一瞬も見逃すことなく静の動きを追っている。見ないようにして見ている静の視野の端でチラチラと目障りだ。

「静!」

 遥の声が頭の中に響いた。

 あっと静はバエルへと視線を戻した。

「バエルを相手にして視線を外すなんて、なにを考えているの!」

 遥の言葉が悲鳴のように頭の中で響いたとき、すでにバエルの巨大な拳が静の目の前にある。静は一瞬の判断で木花咲耶姫を手放し、両腕を顔の前で交差させ、足は地を蹴って後ろへと飛んだ。

 やるべき回避行動と防御行動はとった。

 しかも今の静は遥の生気(オド)によって強化されている。

 それでもバエルの拳は強烈だった。

 自身が後ろに飛んでいたのもあるが、静は軽々と数メートルは飛ばされた。ガードに使った両腕も折られた。

「ふーッ! ふーッ! ふーッ!」

 バエルは肩で息をしている。

 その着衣はボロボロで、全身は血だらけだ。

 しかしこの一撃で勝負はついた。

 静は動けない。

 バエルはのっしのっしと静へと近づいた。そしてその片足を踏み潰した。

「ぎゃああああっ!」

 静が悲鳴をあげた。

「ふーッ! ふーッ! ふーッ!」

 バエルは目に入った血を拭っている。バエルとしてもギリギリだったのだ。すぐには動けない。

「ふーッ! ふーッ! ふーッ!」



「うぬッ!」

 見ていたサムライたちが鯉口を切った。

 このままではあの少年が外国人に殺されてしまう。



「聖騎士団大幹部ファンタズマ!」

 シャルロッテ・ゾフィーも声をあげた。

「聖騎士団の修道騎士としての使命を果たしなさい、ファンタズマ! あの少女が殺されてしまうわ!」

 ――うむ。

 ファンタズマはうなずいた。

 ――ここまでだ。

 キングの情報は欲しい。しかしこれ以上は看過できない。ファンタズマは手にしたモップのボタンをカチリと押した。すらりと抜かれたのはレイピアの刀身だ。

「兄弟よ」

 モップをくるりと回し、モップ部分にレイピアを逆手に押し込む。ここでもカチリと音がして、ファンタズマはレイピアとモップを引き離した。ファンタズマの手には持ち手までついた完成形のレイピアがある。

「おれはこれから、シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルクの言う使命によって戦う。しかし君たちは聖騎士団としての使命を果たすために生きろ」

 他の騎士たちもモップからレイピアを抜いた。

「だめだ」

 モップを捨ててファンタズマが言った。

「堪えてくれ」

 ファンタズマは白いコートを払い、腰から盾代わりのパリーイングダガーを抜いた。

「あら、そっちは仕掛けなしなの」

「時間がなかった」

「つまんない」

 ファンタズマは歩きはじめた。

「兄弟よ。このファンタズマは現地指揮官としての責任より騎士としての誇りを優先させたくだらん男だ。すまない」



「ふーッ! ふーッ! ふーッ!」

 バエルは足を上げた。

 静のもう片方の足を踏み潰すつもりだ。しかし、あっと両眼を見開き、足を静の足の上に踏み降ろすことなくただ後退った。

 ファンタズマも足を止めた。

 シャルロッテ・ゾフィーはぽかんと口を開けている。



 どおん!



 かつてトリスタン・グリフィスを驚かせ。

 例大祭でも。俊輔たちに囲まれたときにも。さらに黒のシズカを呼ぶためにも。鳥を騒がせ犬を怯えさせたあのとてつもない気配が新潟港に巻き起こっている。



 キング!

 キング!

 キング――!?



 そしてその男が立ち上がった。

「主役、復活……」

 頭から流れる血で顔を真っ赤に染め、レオンハルト・フォン・アウエルシュタットが立ち上がった。


※人は予想でものを見ている:人の視覚は実際の0.1秒あとを見ているという。逆に言うと、その0.1秒のタイムラグを外すのが静のタキサイキア現象なのだろう。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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