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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
55/77

再会

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「あれはだれ、(はるか)

「私と同じ鬼。ヴァンパイア」

 沖に停泊している蒸気船から連絡艇に乗って上陸してきた欧州人たち。

 その中に、(しずか)をじっと見つめ涙を流す男がいる。

 おや、と静が感じたのは遥の様子が変わったことだ。この頃、この戦争になって遥は無口になった。もともと静から不機嫌な姫と呼ばれるほど無口だったけれど、それとは少し違う。表に出たくないから無口なのではなく、言う事がないから無口なだけのような。

 その遥から、今は少しだけ暖かい感情が伝わってくる。

 懐かしさに戸惑いにほんの少しの喜び。

 あっと、静は目を見張った。

 その欧州人の向こう。少年の侍がいる。静は声をあげた。

勝之進(かつのしん)!」


 黒姫(くろひめ)俊輔(しゅんすけ)鷹沢(たかさわ)勇一郎(ゆういちろう)米山(よねやま)鉄太郎(てつたろう)小林(こばやし)静馬(しずま)三浦(みうら)勝之進(かつのしん)


 ほんの数年だったけれど、同じ道場で競い合った「仲間」。

 その一人が目の前にいる。

 勝之進は先に静に気づいていたらしい。静と目が合い、嬉しそうに笑った。そして口を開きかけ、慌てて口を手で覆った。

斎姫(さいき)さま、とでも口にしかけたかな」

 静も笑った。

「それは困る。私は内藤(ないとう)隼人(はやと)なのだから」

 静は走り出した。

 レオンハルト・フォン・アウエルシュタットも静の視線に後ろを振り返り、少年の侍、少年のヴァンパイアを見た。先ほどまでは欧州人のヴァンパイアの集団に目を白黒させていた少年が、今は()()を見て嬉しそうだ。

 ()()

 ()()だろうか?

 一度黒のシズカだと思ってしまったから、もう少女にしか見えないのだけど。もしかして、あの少年のヴァンパイアは彼女のスードエピグラファか。

「いや」

 と、レオンハルトは思う。

 彼女――黒のシズカによく似た少女は()だ。

「東洋人なんか皆同じ顔に見える。アイツの生まれ故郷が近いからって、おれは少しセンチメンタルになってしまっているのだろうさ」

 レオンハルトは、くしゃっと中折帽を深く被りなおした。

 横を静が駆けていく。

 そしてその声が聞こえたのだ。


「まだ生きていたんだな、アウエルシュタットの騎士」


「!」

 レオンハルトは振り返った。

 少女はレオンハルトを見ることもなく、自分のボーイフレンドへと走っていく。




「おれたちは上野(うえの)寛永寺(かんえいじ)にいたんです」

 ふたりは茶屋の床几(しょうぎ)に並んで腰掛けた。

 遠くに蒸気船、カガノカミ号。

 出てきたお団子を頬張り、ああ、こんなのいつ以来だろうと静は思った。なんだか遠すぎて、ツンと泣きたくなる。

「大砲の弾がまるで雨のように降ってきて……おれたちは、ばらばらになってしまった。その中で勇一郎が散った。わかるんですよ、見てなくても。ああ、勇一郎がこの世から消えてしまったんだって。それを感じるんです。とにかくとんでもなくて、俊輔とも離れてしまった」

 そうか。

 勇一郎は散ってしまったのか。

「そのうち、奴奈川(ぬながわ)脱藩のすごいのがいるという話を聞いて。ざんばら髪の少年剣士。内藤隼人でしたっけ」

「ああ、うん。勝之進もそう呼んで」

 ふふっと二人は苦笑いを交わした。

「ちょうど北陸道に行くという人たちと一緒になって、彼らについてここまで来ました。俊輔とは会いませんでしたか」

「ううん」

「なんとなく、ええと――内藤殿は俊輔と一緒にいるのかなって思ってました。内藤殿を探せば俊輔にも会えるのかなって――ええと――」

 勝之進はなぜだか激しく首を振っている。

 静は団子をぱくついて勝之進の言葉を待った。

「違う。そうじゃない。内藤なんて名前じゃ嫌だ。もう一度だけ呼ばせてください。お願いです」

 ぱくぱく。

「お似合いなのは俊輔だ。わかってます。あいつは強いし、家柄だってふさわしいし、背だってあなたよりずっと高いし。でもおれだって言いたかったんです。ずっと言いたかったんだ」

 なんの話だろう。

 ぱくぱく。

「静さま。おれはあなたが好きです。ずっと好きでした」

 ぱ……。

 勝之進はうつむいたまま涙を落としはじめた。

「ありがとうございます。これでおれは死ねます」

 ご……ごっくん。

「勝之進」

「はい」

「私は斎姫だから、一生結婚できないぞ」

 がばっと勝之進が顔を上げた。

「そんな大それた事、考えたこともありませんよ! ていうか、あなたはもう斎姫さまじゃないでしょう! いや、そうじゃなくて!」

「ああ、ごめん」

 顔に泥を塗り、髪を切り、男装で両腰に剣。

 人をとうに斬り慣れた私が言われる言葉じゃない……静も泣きたくなった。さっきは我慢できた涙が出てしまいそうだ。

「ありがとう、勝之進」

 勝之進はまた顔を伏せた。なかなか上げることができない。




「あそこのなんだかキュンとしちゃいそうなカップル」

 茶屋の二人を眺めていたレオンハルトに、シャルロッテ・ゾフィーが声をかけてきた。

「片方は女だって確定でいいのか?」

 レオンハルトが言った。

「だって、黒のシズカそっくりじゃない。まあ、私は少年同士でもばっちこいですけど」

「だから?」

()()()()()()の近くなわけですし、あの子、あのおっかないお姉さんの子孫でいいのかしらね」

 「おっかないお姉さん」の当たりで、少女がジロリとこっちを見たような気がするが、気のせいだろう。こんなに離れてシャルロッテ・ゾフィーのささやきが聞こえるとしたら、それはよほどの地獄耳だ。ていうか、そもそもその瞬間だけ少女がヴァンパイアに見えた気までするが、そんな器用なヴァンパイアなんて聞いたことがない。

「まだ生きていたんだな、アウエルシュタットの騎士」

「なあに?」

 レオンハルトは片手で器用にシガーケースから紙巻きタバコを取り出してくわえた。

「あの少女に言われたんだよ」

「……」

「そういや黒のシズカってのはな、クールに見えるだろう。でもあいつ、悪口だけには敏感なんだ。冗談のように地獄耳だった」

 レオンハルトはタバコに火をつけた。




「おれは会津に行こうと思っています」

 勝之進が言った。

「ここまで一緒に来た幕臣たちはどうにも。小さな藩をおどしては金を出させたり。ほかにもいろいろと。内藤殿の前ではとてもいえないようなことも。おれはそんなことをしたくて脱藩したんじゃない」

 あれ、どこかで聞いた台詞だなと静は思った。

 ていうか、たった今、自分は勝之進の旅の道連れを殺してきちゃったのかもしれない。

「内藤殿は――あなたは、そろそろ帰りませんか。奴奈川に」

 静は顔をしかめ、またお団子を手にした。

 よく食べる。

「そういう話はいらない」

「あなたは姫さまです。こんなところにいてはいけない」

「さんざん人を斬った。穢れだらけだ。もう斎姫には戻れない」

「若殿は――」

 と、勝之進が言った。

 静の手が止まった。

「若殿は死んだという話です」

 静は眼を見開いた。

「布団の上での病死だそうです。筆頭連枝(れんし)の俊輔も脱藩しているので、もうひとつの連枝姫神(ひめがみ)家から若を迎えるとか。若殿がいなくなっただけじゃないのです。奴奈川家はあなたの血筋ではなくなる。酷いことを言いますが、斎姫に戻れないのもきっとそうでしょう。でもだからこそ、あなたをとりまくしがらみは軽くなる――」

 勝之進はわかっていない。

 その若殿(かおる)を殺したのは――斬ったのは、私だ。

 どうして勝之進にそれがわからないのだ。あのとき、私と薫が話しあって納得ずくで別れたとでも思っているのか。

 薫が死んだ。

 あれは手応えよりずっと深い傷だったのか。

 勝之進がまだ何か言っているようだ。自分を説得しているようだ。しかし、静にはもうその声は聞こえない。



 私は、実の弟を殺したのか。

 私は――。



 静はそれに顔を向けた。

 勝之進も顔を向けた。

 レオンハルトも、シャルロッテ・ゾフィーも。そして彼らを監視していたファンタズマをはじめ聖騎士団の一行も。

 巨大な影が茶屋へと近づいてくる。

 のっし、のっしと歩いてくる。

「キング!」

 ゴリラが吠えた。

「見つけたぞ、キング!」


※ちなみに、勝之進くんが言っている「寛永寺に雨のように降り注いだ大砲の弾」は「完成度たけーなオイ」で有名なあのネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲によるものです。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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