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  作者: 長曽禰ロボ子
魔都ロンドン編
5/77

 仏に逢えば仏を殺せという。

 祖に逢えば祖を殺せという。

 私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。


挿絵(By みてみん)


 花が舞う。

 色彩が華やかに咲き誇る。

 朝。(しずか)が友人たちとアパートを飛び出してきた。しかし、静だけは極端に異なる姿をしている。道行く人々も、馬車の中からも、だれもが静を振り返る。

 振り袖姿なのである。

 さらに足には編み上げブーツ。肩には大きなチェロケース。ロンドン子から見ても日本人から見てもエキゾチックな姿で静が街角を歩いている。



「それであなたは」

 ホワイトホール、海軍省。

 据わった眼と極端に冷え込んだ声で言ったのは、ストラドフォード侯爵メアリ・マンスフィールド。名前だけでウィルソン陸軍大尉を震え上がらせた”M”、その人だ。

「どうして昨日はシズカを連れてきてくれなかったのかしら」

「深夜でしたから」

 応じているのはロジャー・アルフォード海軍少佐だ。

「なぜ今、あなたはシズカを連れてきていないのかしら」

「シズカには学校がありますから」

「ばーーかーーねーー!」

 来た、と少佐は思った。

 Mはバンバンと両手で机を叩いた。

「昨日はね! 私はね! シズカの大好物を並べてここで待っていたの! 朝までね! 寝ないでね! 待っていたの! あんたね! あんた、馬鹿!?」

 バン!バン!

「学校とかーーそーーんなのわーーかってるわよーー。馬ーー鹿ねええーー、あんたが無理矢理でも連れてきなさいよおおーー私が会いたいんだからああーー。なに、あんた出世したくないのおーー、上司に忖度する気はないっていうのおおーー」

 うざってえ。これがバトルオブアルマダの昔から続く海軍の重鎮マンスフィールド家の現当主なのだ。

 多少、男顔。

 豊かな金髪に深く碧い瞳。くすみなどない透きとおる白い肌。つまりまあ、すこぶる美人なのだ。少佐より年上のはずなのに、年齢不詳になるわけなのだ。

 彼女がMと呼ばれるのは、サインをすべて「M」の一文字で済ますからだ。

 「MM」ですらない。

 深い意味があるわけではなく、ただの面倒くさがり屋らしい。

「それで」

 と、突然素に戻る。

 彼女の異名はMだけではない。”鉄のメアリ”もそのひとつだ。つまり、困ったことに有能でもあるのだ、この美魔女は。

「ソロモン?」

「シズカによると。さらに、ただの自己申告です」

「確かめる方法はないのかしら」

「直接にはありませんね。例によって跡形もなく散ってしまいましたし。ただ、間接的には裏付けられるかもしれません」

「ヴァンパイアたちが騒がしくなれば?」

「フルカスではないにせよ、大物が死んだとわかるわけです」

「嫌になっちゃう」

 と、鉄のメアリは片手で頬杖をついた。

「ロンドンはこれから賑やかになりそうね」

「機関銃の使用許可の事務手続きを簡略化していただきたい。おれたちだけでも。更なる小型軽量化も」

「他には?」

「さすがに、狙撃手をもっと揃えてくれとは言えないでしょう」

「無理。『掃除屋』は実際の稼働時間が短すぎる。貴重な狙撃手をこれ以上割けない」

「事の特殊性からいって、掃除の時だけよそから借りてくるというわけにはいかないのですよ」

「シズカがいてくれて助かるわね。彼女ひとりで、あんたたちの五人分は働いてくれる」

「五人? まさか」

「なに、私の目の前でシズカの悪口言うつもり? 覚悟しなさいよ?」

「シズカは、おれたちの一〇人分は働いてくれますよ」

 少佐の言葉に、鉄のメアリはとろけるような笑顔を浮かべた。

「そーーでしょおおーー!」

 また始まった。

「かわいくってー、強くってー、もう、たまんないいーー。今度は、ぜったいシズカ連れてくるのよおおーー、ぜったいよおおーー」

 バン!バン!

 どうにかしてくれないかな、この美魔女。


 彼らがいつ生まれたのか。

 彼らはどこから来たのか。


 彼らは定型の体をもたない。ただ霧のような存在だという。しかし人間の体に潜り込み一体化したとき、その能力は飛躍的に高まる。

 確かに人類にもいる。

 常人の数倍の筋力を持って生まれてくる人々が。

 しかしそれは筋力だけが異常なのであり、人と一体化したヴァンパイアは全ての能力が異常となる。視力、聴力。嗅覚。死ぬと散ってしまうために確認はできないが、骨もまた硬くなるようだ。それであるのに見た目は何ら人と変わるところがない。

 鏡に映らない。

 ニンニクや日光に弱い。

 十字架を嫌う。

 人の血を吸うというのも含め、それらはただの怪奇小説の趣向にすぎない。十字架に至っては、彼らのすべてがキリスト教徒である保証がない。

 ただ、彼らが昂ぶった時、戦闘態勢に入った時、彼らの目は金色に輝く。

 それ以外で彼らを識別する手段は人類側にはない。

 ヴァンパイア同士であればすぐにわかるというのだが。

「真実の眼があるわね」

「ヴァチカンの対ヴァンパイア組織、聖ゲオルギウス十字軍の騎士ですな。全身をヴァンパイアに支配される前に彼らを追い出す。はじめに支配される神経系、特に眼に彼らの影響が残り、彼らは人のまま人とヴァンパイアを区別できるようになる」

「つまり、なんらかの違いはあるのよ。明確な違いが。それを私たちが検知できるようになるまでは、この綱渡りのような戦いが続くのだわ」


 人との区別がつかないという点以外では、この戦いは人類が優位に進んでいる。銃器の飛躍的な進歩だ。

 特にライフルの登場が決定的だった。

 ライフル弾による長距離狙撃は安全にかつ確実に彼らを仕留められるようになった。聖ゲオルギウス十字軍の騎士も真実の眼で相手を見つけたあとは狙撃を使う。サブウェポンも、静の”悪い冗談”、Mや少佐は存在も知らないがレオンハルトのヴァルキューレのような大型拳銃が登場している。


「シズカはヴァンパイアを見分けている?」

「本人は、視覚では区別できないと言っています」

「視覚では?」

「あいつはヴァンパイアとの実戦をこなしていますからね。雰囲気でわかるそうです。ただ、殴り合いの喧嘩でこの相手は強そうだとあらかじめ察知するようなもので、勘のようなものだということです」

「あなたから見て、どう?」

「それはどのような質問でしょう」

「ただの質問」

「どうやらその通りのようです。私の知見と観察眼を信用して頂けるなら」

「ロジャー・アルフォード」

はい、レディ(イエス・レディ)

「真実の眼に頼る組織を私は欲さない。女王陛下もそれをお望みにならない。我々は人類として彼らとの戦いに勝つ」

はい、レディ(イエス・レディ)

「私たちも研究を続ける。あなたも現場でデータを集めなさい。私たちはやがて彼らを見分ける技術を得るでしょう。その時が人類の勝利よ」

わかりました、レディ(アイ・アイ・レディ)



 王立音楽院。

 静のレッスン室に、校舎の管理人ミス・オコナーが入ってきた。

「ヌナガワ・シズカ」

 ミス・オコナーの目には、レッスンを突然邪魔されて呆然としているミス・チェンバース教授の姿は映っていないようだ。

「はい、ミス・オコナー」

 静が言った。

「授業の無断欠席は二回で退学です。しかしこれはあなたの意志ではなく、あなたの瑕疵ではなく、あなたの怠惰でもない。政府の(Her Majesty's)馬車があなたを待っています」

「はい、ミス・オコナー。失礼します、ミス・チェンバース」

 静はチェロをケースにしまい、部屋を飛び出ていった。

 ミス・オコナーが、ミス・チェンバースにその感情のない視線を向けた。気づいていなかったわけではないらしい。

「詮索、他言はなしに、ミス・チェンバース。女王陛下の(Her Majesty's)公務でございます」

 ちなみに、能面のような顔をしたこのミス・オコナー。

 アパートのハウスマザーとは違い、なにも知らない一般人である。たぶん。



「授業中にすまない、シズカ」

 ロジャー・アルフォード海軍少佐が馬車を降りる静を出迎えた。

警視庁(ヤード)がマルタイを逮捕するつもりらしいという情報をMが拾ってきた。今夜だ。そのまえにマルタイを斃さなければならん」

「事務処理はきちんとしておいてくれ。無断欠席で退学はごめんだ」

「そいつはヘンリーがちゃんとやってくれる。こっちだ」

 ロンドン郊外。

 小川が通る森の中だ。

「マルタイはアーサー・ギリガン。資産家だ。この道をひとりで散歩することが多い。そこを狙撃する。すでに三人の狙撃手を配置してある」

「私は」

「ソロモンのヴァンパイアを斃した直後だ。何が起こるかわからない。おまえのバックアップが必要と判断した」

「理解した」

「しかし――おまえ、そのドレスのままで来たのか」

 静はあざやかな振り袖のままなのだ。

 両腰に朱い鞘の木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)と黒い鞘の石長姫(イワナガヒメ)

「目立つ?」

「いや、そうじゃなくてな。汚れたらどうするんだ」

「ヴァンパイア相手なら返り血の心配はいらない。少しくらい汚れてもロンドンの洗濯技術を信頼している。それどころじゃなくなったら――」

 静はにいっと笑った。

「英国政府に新しい振り袖を輸入してもらうさ」

「きた」

 少佐がささやき、二人は身を沈めた。

「いつもより早いな。おまえが間に合ってよかった」

 少佐は静に視線を向け、そしてすうっと視線を戻した。

「ところでな、シズカ。あれがヴァンパイアだと、おまえ、わかるか」

「遠すぎる。対峙してみなきゃわからない」

「そうか」

「なにをしたの、彼は」

「闇パーティの主催。うら若き少女がすでに数人犠牲になった。金色に光る目を参加者が見ている。警視庁(ヤード)はパーティ会場に踏み込んで一網打尽を狙っているらしい。おれたちは警官が惨劇に巻き込まれる前に掃除を済ます」

「了解」


 ライフルの銃声が鳴り響いた。

 静は立ち上がって木花咲耶姫を抜き、周囲を警戒した。違う角度からの二発目、そして三発目の銃声が続いた。


 アーサー・ギリガンだった者は、黒い塵となって散った。


※マルタイ:警察の隠語。捜査対象者。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。

奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。


ロジャー・アルフォード

英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。


ヘンリー・ローレンス

アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。


メアリ・マンスフィールド

侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。

英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。


レベッカ・セイヤーズ

静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。


ハウスマザー

静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。


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