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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
48/77

裏切り

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


俊輔(しゅんすけ)

「早いな、勇一郎(ゆういちろう)

 夜四ツ(夜10時頃)の鐘はまだ先だ。それでも少年たちは普済寺(ふさいじ)の山門の前に集まってくる。灯りも持たず、みな旅姿だ。


 曹洞宗(そうとうしゅう)普済寺は奴奈川の町の西外れの丘にある。

 俊輔が集合場所にここを選んだのは、住職と知己であり脱藩状を預かってもらえそうなこと。町外れであること。そして旅の出発点として都合がいいことがある。

 ここから海岸線に出て、そのまま西に向かう。

 その先には高田藩十五万石だ。

 譜代榊原家の高田藩も新政府に恭順の方針だという。

 ただ、藩の方針に不満な者も多いらしい。江戸の剣術道場で知り合った榊原家家臣が何人かいる。とりあえず訪ねてみようと考えている。


「いよいよだな」

 鉄太郎(てつたろう)が溜息交じりに言った。

「母上のおっぱいをちゃんと頂いてきたか、鉄太郎」

 脱藩状をまとめていると、そんなじゃれ合いの声も聞こえてくる。しかしやんちゃな鉄太郎が言い返さない。

「門を出たところで土下座してきた。おれ、一人っ子なんだ」

「そうか、そうだったな」

「おれは親不孝だ」

「もとより鬼に――」

「わかってらあ、なんども言うな」

 鉄太郎はカラッと笑った。

「すまん、おれはあの頃、そこまで考えが及ばなかった」

 俊輔が言った。

 キッと、これにはやんちゃを返す鉄太郎だ。

「ざけんな。おまえも一人っ子だろう。それもうちのような百石取りとはわけがちがう。連枝筆頭黒姫(くろひめ)家宗家の一人っ子だ」

 また鉄太郎は笑う。

「親不孝先祖不幸はお互いさまだ」

 俊輔も苦笑を浮かべた。

「あとは静馬(しずま)だけだな」

「夜四ツはまだ先だ。おれたちが早すぎたんだ」

「おい、俊輔」

 はっと少年たちはそれに気づいた。

 灯りが近づいてくる。

 静馬ではない。鬼である彼等に灯りは必要ない。わざわざ誰かいると教えるようなマネをする意味がない。

「おおい、そこにいるのか」

 声がした。

「いるのか、俊輔。勇一郎――」

 藩の剣術道場で少年たちを指導している相沢青年だ。声ではなく、俊輔たちはすでにその大柄な姿を視認している。

「相沢さんですか」

 俊輔が声をかけ、他の少年は腰の刀の鞘を掴み鯉口を緩めた。

「待て!」

 その気配を察した相沢青年が手をあげた。

「そうだ、おれだ、相沢だ。おれは止めに来たんじゃない。落ち着け」

「どうしたのです、相沢さん」

「まさか、おまえたちが脱藩するとはな。大人には一人もいないのにな。まあ、そういうこともあるだろう。おまえたちはとうにおれより強いのだし、剣ばかりではなく江戸で学問を学んできたのだろう。そうだよな、そうでなければ脱藩などなあ。そもそもおまえたちは若殿の――」

「相沢さん」

「おっ、そうだな、つまらん話をするために来たんじゃない」

 相沢青年が言った。

「おまえら、行くならはやく行け。この脱藩は露見している」



 闇の中でも白馬は目立つ。

 殿の天狼(てんろう)号だ。

 騎乗するのは若殿(かおる)。灯りを持った少年が先導している。



「若殿が乱心された」

 相沢青年が言った。

「今、大社には禁足の命令が出ている。若殿が出した。周囲を囲んでいるが、皆戸惑っている」

 大社に禁足を?

 そんな権限が若殿にあるのだろうか。

「若殿は――」

 首を振り、相沢青年が言った。

斎姫(さいき)さまを斬った」

 えっと、俊輔たちは眼を見開いた。

「むごい。斎姫さまは若殿に両足のかかとの腱を斬られ、動けないそうだ」

 ――バレている!?

 ――斎姫さまが脱藩すると言っていたのがバレている!?

 いや、そうじゃない! 斎姫さまの両足の腱を!?

「むごい」

 と、相沢青年は繰り返した。そして、

「おまえたち、斎姫さまを連れていくつもりだったのか?」

「まさか!」

 俊輔が声を張り上げた。

「おれたちは彼女を置いていくつもりだったんです! 連れてなんかいけるわけないじゃないですか! おれたちは――」

「そうだな。おまえたちは道場で仲が良かった。いつの間にかそういう話になったのだろう。しかしな、軽率だぞ。斎姫さまは女だ。そして正四位(しょうしい)――」

「だから違うッ!」

 俊輔の声は悲鳴に近い。

「おれは、おれたちは、彼女を置いてけぼりにするはずだったんだッ!」

 それなのに、なぜ!

 両足の腱を!?

 なんてことを!

「なぜだ――!」



「ほんとうなら、あなたが私の夫になったのだそうですね」

「ご無礼!」


 あの瞬間に、おれの未練はなくなった。

 あの瞬間で、おれはいつ死んでもいいと思った。


 (しずか)さまの両足の腱が!?



「とにかく行け」

 相沢青年が言った。

「若殿はご乱心だ。しかしおれたちを完全に掌握している。若殿の言う事であれば疑いもなく聞く。おれは護衛として大社まで着いていったから乱心を知っている。実際に錯乱状態に陥った大社を見たから、斎姫さまの腱が斬られたと聞いてそうだったのかと納得できるのだ。みなが事実を知るのはまだ先になる」

 「それでも」と相沢青年は言葉を継いだ。

「若殿に教練を受けている二〇〇名。若殿はそのうちの鉄砲隊のよくできたものを十名を呼び出した。夜四ツ、普済寺に忍ばせておまえたちを撃つためにだ。しかしさすがに露見して揉めている。おれは評定を抜け出してきた。夜四ツより先におまえたちが集まっていたのは幸いだ。はやく行け。若殿が来るぞ」

「若殿は、おれたちを撃ち殺すつもりだっていうんですか……!」

 鉄太郎が体を震わせた。

父母(ちちはは)は!」

 勇一郎が相沢青年に迫った。

「まさか、父母(ちちはは)さままで!?」

「ご乱心とはいえ、若殿もそこまでしないだろう。若殿はとにかくおまえたちを憎んでいるようだ――おい、おまえたち――」


 「しっかりせんかあッ!」相沢青年が大喝した。


「おまえたちの覚悟とはその程度だったのか! おまえたちの覚悟は父母(ふぼ)や斎姫さまに左右されるものだったのかッ!」

 びりびりと、俊輔たちの耳を打つ。

 少年たちの顔に生気が戻ってきた。そうだ、おれたちにはするべき事があるのだ。

「行こう、俊輔!」

 鉄太郎が言った。

「そうだ、行こう、俊輔!」

「俊輔!」

 斎姫さまが――静さまが両足の腱を斬られた。父母の無事より、そちらに後ろ髪を引かれるのはおれだけか。おれは軟弱だ。ちくしょう。

 それに――。

「静馬がまだだ」

 俊輔が言った。

 あっと、少年たちは立ちすくんだ。

 小林(こばやし)静馬(しずま)がまだ来ていない。

「おまえたち」

 相沢青年が言った。

「なにを言っているんだ。小林は――」

 馬の蹄の音が聞こえてきた。

 灯りと馬の音が近づいてくる。

「おい」

 と、闇の中から声が聞こえてきた。

「その馬鹿でかい声。相沢じゃないのか? 先ほどから姿を見ないと探したんだぜ。馬の先導をさせようと思ってな。もっともこいつも頼りになった。一度も休まずに走ってくれたぜ、意外だな」

 俊輔たちの眼には見える。

 白馬にまたがった若殿薫。

 あの美しい少年が、こんな残虐な表情を作れるものなのか。俊輔たちは息を呑んでしまう。

「なんてこった。おれは今日、どれだけの裏切りを見るのだろうな。静に、おれが育てた銃士隊に、相沢に」

 そして、灯りを持つのは――静馬。

 まだ来ていなかった小林静馬だ。

「――静馬に」

 と、薫が嘲るように言った。

 俊輔たちの視線を避けるように、静馬は顔をそらした。




 斎姫の間は使えない。

 血で穢れた。そもそもあの部屋では、静も落ち着かないだろう。もとより予備として用意されていた部屋に静は寝ている。替えのさらしを手にその部屋の襖を開けた黒姫(くろひめ)高子(たかこ)は手からさらしを落とした。

「どうした」

 声がする。

 高子は襖にすがり、両眼を見開き、動けない。

「なにを驚いている、高子」

 立っている。

 静が立ち上がって背を見せている。

 この昼過ぎ、刀で両方のかかとの腱を斬られた。高子も見た。あふれる鮮血を。その静が立ち上がっている。

「おまえ、信じていなかったのか、高子」

 しかも寝巻ではない。あの西洋の黒い軍装姿だ。自分で着換えたのだろうか。腰には木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)石長姫(イワナガヒメ)

 振り返り、静が笑った。


「私は奴奈川斎姫だぞ」


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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