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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
43/77

勝者の帰還

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「キング――おまえ――」

「……これは驚いた。ますます欲しくなったぞ……!」

「キング――(はるか)を甘くみるな――私は――そう言ったぞ――」

 組み合ったキングと黒のシズカから光の柱が立ち上がった。

 まるで群生する蝶のように、まるで冬の太陽柱のように、輝きが天に昇っていく。



「あれはなんだ……」

 深夜の大社のお山から立ち上る光の柱を俊輔(しゅんすけ)は屋敷の前で呆然と見上げている。音もなく灯りも持たず、鷹沢(たかさわ)勇一郎(ゆういちろう)たち、他の仲間たちもやってきた。みな、この衝撃に目を覚ましたのだ。

「キングが……!?」



 その衝撃は世界を駆け巡っている。

 ソロモンの七二柱。そのカノンであるキングが散った。



「キングではない」

 そう言ったのはソロモンの七二柱序列一位、バエルだ。

「だが、キングにも重大な異変があったらしい」



「ヨコハマ・たそがれ」

 午後の紅茶を楽しんでいたその若き紳士は、近づいてきた岩石のような体つきの男に苦笑いを浮かべた。

「ルキフゲ・ロフォカレです。無理があります、殿下」

「まさか君まで、これがキングが散った気配だと言い出すのじゃないだろうね。だとすれば、ぼくはぼくの君への評価を下げなければならないぞ」

「……」

「だが、たしかに何か起きたらしい。調べてくれ、ヨコハマ・たそがれ」

「はい、殿下」



 キングが!

 キングが!?



 光が天へと伸びていく。



 その光は横浜の外国人居留区でも確認できる。

 遠く離れたここでは、光の柱としてではなく天の川より仄かな黄道光のようだ。

「キングではない――だが、キングだ」

 バエルが言った。

 この衝撃にホテルを飛び出してきたレオンハルト、そしてシャルロッテ・ゾフィーにトリスタンはバエルを見上げている。

「散ったのはまだ人格がない若いアポクリファだ。キングから命を与えられて日が浅く、彼の人格が形作られる前に散ってしまった。だからキングの一部が散ってしまったように感じたのだ。――ダンタリオン」

「な、なんだね、バエル」

 ダンタリオンのトリスタンがビクビクしているのはバエルに指名されたからではない。ゴリラが喋った、それも頭良さそうなことを言っているという驚きからだ。シャルロッテ・ゾフィーもぽかんと口を開けている。

「君はキングが身体を入れ替えたときに近くにいたのだな」

「あ、ああ――日本人の同心の姿をしているキングを見た」

「その時に、この気配を感じたか。あの光を見たか」

「ないな……」

「黒のシズカが散ったとき」

 と、レオンハルトが言った。

「あんな光をおれは見たぜ」

 じろり、とバエルはレオンハルトを睨んだ。

「なにかがあったらしい」

 バエルが言った。

「おれもそれを感じる。しかし、散ったのはキングではなく生まれたばかりの七二柱だ。それは間違いない。同じ七二柱の君たちにもわかるだろう」

 いいえ。

 ぜんぜん。

 キングが散ったと素直に思いました。ごめんなさい。

「とにかく、キングがまだ日本にいることはわかった。これで当てのない旅ではなくなった。よし、おれは家を買うぞ。次の動きが起きるまでここで待つのだ」

 あらやだ。

 このゴリラ、ゴリラなだけじゃなくてお金持ちなのだわ。

 バエルはのっしのっしと歩いていく。

「バエル」

 と、レオンハルトがその大きな背中に声をかけた。

「あんた、キングと会えたら、どうするつもりなんだい?」

「食らう」

 あらやだ。なんでそこだけゴリラに戻るのかしら。

「おれがキングになる。おれがカノンになる」

 にやり。

 顔だけを向け、バエルは笑った。

 銃器の時代になった今ではほとんど意味はない。しかし七二柱序列一位は伊達ではない。原始的に殴り合えばだれも敵わないだろう。もしかしてキングですら。



「キングは散っていないのですね」

 物陰からソロモンの七二柱たちを監視しているのは聖騎士団だ。

 彼らもキングが散った気配に宿舎を飛び出してきたのだ。

 ちなみに彼らはとうにホテルを引き払って、掘っ立て小屋のようなものを借りて宿舎としている。清貧を尊び、そもそも予算がはじめから極小なため自給自足を目指しているが塩害には苦労しているようだ。周辺の外国人住民や地元の漁民とのトラブルも絶えない。

「バエルの話ではそうだな」

 ファンタズマは険しい顔で考え込んでいる。

「もしここで我々が誤認したままカステル・サントカヴァリエーレに戻っていたら……」

「やめろ」

 と、ファンタズマが制止した。

「想像させるな。白の魔女のお仕置きは長くしつこいんだ」

「……」

「……」

「あのう、バエルの思い違いという事は――」

「だって、あれ、ゴリラですし……」

「ていうか、そもそも騎士団長もキングが散ったと思い込んでいたら、戻って来ない我々に不審を――」

「……」

「……」

 生活の苦労も含め、中間管理職(現地指揮官)はなんと大変なことだ。

 とんでもない任務に志願してしまったものだと、聖騎士団の双璧と謳われるファンタズマは後悔を感じている。しかしこれも神が与えたもうた試練。

「あ……」

 と、ファンタズマは顔をあげた。

 レオンハルトたちも空を見上げた。


 あの光芒が消えていく。











         おまたちはだれだ。











       私はキングだ。私は黒のシズカだ。

           本当にそうか。

          誰がそれを決める。










 (しずか)は目を覚ました。

 そして、あっと飛び起きた。巫女装束が血まみれだ。そしてここは外だ。どうやら草庵の庭のようだ。腰には石長姫(イワナガヒメ)。そして抜き身のまま転がっている木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)。木花咲耶姫を拾い鞘に納め、静はぼんやりと思った。

 両腰に刀を()いている。左に木花咲耶姫、右に石長姫の鞘。

 こんな無茶をするなんて、誰?

 遥も剣術をするのかな、それも二刀流?

「あれ」

 と思った。

 遥の気配がない。



 なにがあったのか、静にはわからない。

 遥が消えた。

 静は斎姫(さいき)殿に戻り木花咲耶姫と石長姫を刀置きに納め、血まみれの巫女装束を着換え、血まみれの装束は高子(たかこ)に処分を命じた。立ちくらみを起こしていた高子は気丈にも持ち直し、朝の食事を運んできた。重箱を添えて。

「ああ、高子」

 なにげなく静はそれを口にした。

「今までありがとう。もう重箱はいい。元の私だけの食事に戻してくれ」

 あれ。

 静は思った。

 ほんとうにそれでいいのか?

 遥はそれでいいのか、誰かと会っていたんじゃないのか?

「はい、斎姫さま。お重はお下げしますか」

「いや、今朝はおなかが空いている。それもいただく」

 その空腹は自分の心臓を再生させたためだとは静は夢にも思わない。優に四人分はある朝食を食べながら、静はもういちど思った。


「遥が消えた」


 遥が気配を消すのは珍しいことじゃない。

 不機嫌な姫は、呼びかけなければひと月でも半年でも返事をしない。でもこの頃はいつもそばにいたのに。この不安はなんだろう。










           私は鬼だ。

        それ以外の何者でもない。


           ちがう。

          そうじゃない。


           だまれ。

    なにものでもないおまえたちが私を決めるな。











 春の例大祭を終え、夏が過ぎ、秋の例大祭を終えた。さらに春の例大祭。


 十四代将軍家茂(いえもち)逝去。

 第二次長州征伐――幕府側の敗北。


 時代は激動している。

 道場でも、男たちは竹刀を振るより数人で集まってヒソヒソ話をしていることが増えた。俊輔たちもだ。静が近づくと、さっと解散する。


 孝明(こうめい)天皇崩御。

 睦仁(むつひと)親王|(のちの明治天皇)践祚(せんそ)

 この年の夏、不思議な現象が起きる。空から伊勢神宮の御札が舞い、仮装した民衆が熱狂的に踊った。「ええじゃないか、ええじゃないか」と声をあげながら。


 大社より外を知らず。

 奴奈川(ぬながわ)の地以外の世界を知らず。

 それでも、静もまた日本が向かう先を思う。










          わたしはだれだ。









 はっと、静が眼を見開いた。

 斎姫の巫女装束の替えを折り畳んでいた高子は手を止めた。自分の隣でしどけなくしていた静の空気が一変したのだ。静は立ち上がり、斎姫の間の障子を開け放った。

「遥!」

 静が叫んだ。

「遥!」

 何が始まったのだろう、高子はただ呆然としている。

「あなたは遥よ! 私の遥だよ!」

 紅葉深い大社のお山に静の声が響き渡った。

 ごおっ!と一陣の風が吹いて紅葉を吹き上げたのは偶然か、それとも斎姫の声に反応したのか。高子はぞっと固まってしまう。










           わたしは――遥!











 高子はそれに気づいた。

 奴奈川斎姫が泣いている。

 なにがあったのかわからない。ただ、紅葉の美しさに感じただけなのかもしれない。それでも高子もなぜか涙を落としてしまった。

 悲しくて。

 暖かくて。

「おかえりなさい、遥」

 静は自分を抱きしめるように胸に両手をあてた。


 ありがとう、静。戻ってきたよ。

 でも少し時間がかかっちゃった。


 その声が聞こえたと思った。


 遥を甘くみるな。

 私はそう言ったぞ。


 もうひとつ、そんな別の声も聞こえた気がした。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。


黒のシズカ

かつて聖騎士団に所属した修道騎士。ヴァンパイア。

ヴァンパイアとしては特に名前を持たない。自身がカノンだから。太郎丸次郎丸の両刀を操る二刀流。黒の魔女とも。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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