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  作者: 長曽禰ロボ子
戊辰戦争編
41/77

仲間

私は鬼でいい。

すべてが私の敵になってもかまわない。静を守ることができるならそれでいい。


「私の眼から見てもシズカさんは人間だ。そのようにしか見えない」

 お重を食べ終え、キングはお茶をすすっている。

 いつキングは(しずか)を見たのだろう。

 まあ、同じお山にいるのだ。覗き見ることもあるだろう。ていうか、この人、私の体が欲しいとか言ってたし、思うより紳士じゃなくロリコンだったりもするのだろうか。

「そうではなく」

 軽く苦笑し、キングは、ちょん、ちょん、と剣を構えて振る仕草をした。

 ああ、静が男に化けて剣術道場に通っているのを見たんだ。だけどどうやって見たのだろう。西洋人は目立つはずだけど。

 それどころか、どうやって横浜からこの北陸道まで来たのだろう。

 外国人は港から離れられないはずなのだけど。

「しかし、ハルカ。あなたは――」

 と、キングの言葉は続いている。

「シズカさんの中にいてシズカさんの身体を使っているだけだという。それなのにあなたはヴァンパイアに見える。孤独であったり想像力が強い子供はもうひとりの自分を作ることがある。でもその場合はあなたとシズカさんが入れ替わってもヴァンパイアのままの筈だ」

「実に興味深いのだ」

 と、キングは言った。

「ねえ、ハルカ。その体を私に――」

「しつこいと、斬りますよ」

 どん、と(はるか)は、脇に置いていた石長姫(イワナガヒメ)を掴み鞘の先で地面を突いた。キングは子供のような笑顔を浮かべている。




草間(くさま)竜之介(りゅうのすけ)て同心がいてね」

「なんだそりゃ」

 ダンタリオンのトリスタン・グリフィス、アムドゥスキアスのシャルロッテ・ゾフィー・フォンシュタウフェンベルク、そしてグラキア・ラボラスのレオンハルト・フォン・アウエルシュタットの三人が歩いているのは、横浜の外国人居留地だ。さらにシャルロッテ・ゾフィーの楽団も最小編成とはいえ演奏しながら着いてくる。

「なあ、シャルロッテ・ゾフィー。それ、どうにかならない? うるさいよ? 迷惑だよ?」

 トリスタンが言った。

「あら、元気出るでしょう。ほら、みんな私たちを見ているわよ」

「どこのサーカスの一団だってな。ていうか、ぼくたちヴァンパイアだろう、忍ばなくていいの、ねえ、いいの?」

「それで、草間――」

 レオンハルトが言った。レオンハルトは旅の間もずっとこの楽団に悩まされ、とうに慣れてしまっている。

「――竜之介。どっしょーもないここの役人の中で唯一といっていいくらいスマートな役人でね。賄賂なしでも話を聞いてくれる。受け取るが要求しない。危ないと思えば受け取りもしない。酒も乱れない。頭が良く、融通も利き、英語もそこそこ通じる」

「それが?」

「ある日、彼が突然いなくなって、窓口を失った外国人は困ってしまったものさ」

「ふうん?」

「まあ、ぼくは驚かなかったけどね。だって消える前に見かけたとき、彼、キングだったから」

「……」

「……」

「あなた、身体をくれといわれたことあるんだっけ……」

「挨拶のようにね」

「キングを見たことがあるヴァンパイアは少ない。でもそれは……」

「身体をしょっちゅう換えるから……?」

「そういうことなんだろうな。彼、気配を消すとただのヴァンパイアになるし。まあ、カノンの特権だね。ぼくらアポクリファではそうはいかない。散るまでこの体だ。散ってしまえば復活できても前の記憶はない」

「おれは」

 と、レオンハルトが言った。

「おれのグラキア・ラボラスは、親父からのお下がりだぜ?」

「えっ」

「えっ」

「だから、親父の記憶もある。このごろ曖昧だけどな。ま、カノンだアポクリファだ言っても0か1かじゃないだろうさ」

「ということは、グラキア・ラボラスは身体を換えることができるのに、そのやる気のなさそうな死んだ目の身体で我慢してるってことなのね。健気ね。かわいそうね」

「うるせえな。ま、嫌になったらいつでも捨ててくれとは言ってるよ」

 今すぐだっていい。

 そのほうが面倒くさくなくていい。

 とは、レオンハルトは言わない。ただ、鍔の広い中折帽をくしゃっと押さえた。

「まあ、つまりさ。今、キングは日本人の姿だ。ということは、この国を自由に動き回れるんだ。自由ってわけでもないようだが、ぼくらよりは自由だ」

「今もいるのかね、日本に」

「いてくれたほうがいいわね」

 そういえば、とレオンハルトが言った。

「黒のシズカが言ったことがある。死ぬまでに見ておいたほうがいいってのがあるだろう。そのひとつがヌナガワサイキの舞だとさ」

「メモよ!」

 シャルロッテ・ゾフィーがシャキッとポーズを取り、声をあげた。楽団の全員が一斉にメモとペンを取り出した。

「ヌナガワサイキの舞! それはどこで見ることができるの、レオンハルト!」

「知らない」

「どんな感じ!」

「知らない。ただな、この世のものとは思えないほどきれいなものだそうだぜ」

 あいつがそもそもそのヌナガワサイキだったのにな。

 それを真顔で言うやつだった。でも、その時だけは漆黒の目を少しだけ遠くさせていた。

「役立たず! でもメモはとって。ヌナガワサイキの舞!」

 楽団は一斉にメモに書き込んでいる。

 よく訓練されている。

「日本を出るまえに必ず見るものリストに追加!」

「おいおい、もう何百年も前に聞いたんだ。まだあるかどうかなんておれは知らんぞ」

「ばかね、レオンハルト。もう廃れていても、なくなっていても、その夢のあとを偲ぶことはできる。それも旅の楽しみなのよ」

 レオンハルトは苦笑いを浮かべた。

 ま、奇妙なもんだ。

 黒のシズカの故郷なんて世界の東の果てだ、おとぎ話の世界だと思っていたのに、おれは今そこにいるんだな。

 レオンハルトは晴れた空を見上げた。


 でもあいつはいない。

 夢のあとだぜ。


「まあ、外国人遊歩規定があるうちは無理だ」

 トリスタンが言った。

「それに、どうやら戦争が起きそうだ。日本とどこかの国か、それとも内戦か。その両方か。ぼくたちもすぐに引き上げられる準備をしておかなければならない」

 その気はないくせに。

 シャルロッテ・ゾフィーとレオンハルトは思った。

 こいつもその気はないだろうな。

 シャルロッテ・ゾフィーを見てレオンハルトは思った。そして振り返ると、さっと姿を消す男たち。聖騎士団だ。

 あいつらも。

 レオンハルトはにやりと笑った。

 さらにその向こう。横浜の町をのっしのっしとゴリラが歩いている。




「ああ、これが俊輔(しゅんすけ)のにおいだ」

 口に出してしまったらとんでもない誤解をうけそうなことを、静は思う。

 ただ目が良く、合わせることがうまく、怖ろしく速く正確な竹刀捌きの「素人」だった静は、体系的な稽古を得て今や一個の「剣客」になっている。もう誰も小馬鹿にしたような目で静を見ない。もんもんとした気分は残ってはいるかもしれないが。

 ただ、相手ができるのがあの五人の少年しかいない。

 彼らからしても、本気を出しても大丈夫なのが静だけなのだから、相手をするのに不満はない。

「これが勇一郎(ゆういちろう)の太刀筋」

「これが鉄太郎(てつたろう)の得意技」

「これが静馬(しずま)

「これが勝之進(かつのしん)

 手合わせをしながら、静はそんなことを感じている。

 なんども相手を昏倒させながら。

 防具の上からでも容赦なく青あざを与えながら。

 それでもはじめての仲間だと静は思う。

 黒姫(くろひめ)高子(たかこ)をはじめとする巫女たちは「家来」だ。親しくても対等ではいられない。しかし、剣術道場には対等に剣を交わすことができる「仲間」がいる。相手は自分を若殿だと思っているのだろうが(それは完膚なきまで静の思い込みなのだが)、少なくとも静からすれば彼らは「家来」ではない。ただの「剣術仲間」だ。

 どん!

 静が米山(よねやま)鉄太郎(てつたろう)を体当たりで突き飛ばした。

(――とんでもねえ!)

 小柄な鉄太郎は羽目板まで飛ばされ、叩きつけられた。

(力が強いだけじゃない。おれの体重移動を見切られているんだ。くそ!)

「まだまだあッ」

 鉄太郎が吠えた。

「よし、来いッ!」

 静も吠えた。

 声変わりなどこれからもしない声に、鉄太郎の腰が少し砕けた。




 うわっと俊輔は目を覚ました。

 深夜だ。

 しかし胸がどきどきしている。ああ、あれだと思った。例大祭のとき、見知らぬ武士を取り囲んだとき。襲いかかってきた気配だ。

 ――キング。

 おれだけじゃない。きっと仲間たちも同じようにこの気配に襲われているのだろう。



 草庵の縁側に座り、キングは気配を解放している。

 人の気配にキングは顔をあげ、にっこりと笑った。

「来てくれたね」

 杉の影から姿を現したのは巫女装束の少女。両腰に刀を佩く。

「そろそろこの地を離れようと思ってね。それで君を呼んだのさ、シズカ」

 キングが言った。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

奴奈川斎姫。正四位下。

人を越える治癒能力をもち、そして守りに徹するなら最強の剣士となる。


奴奈川 遙 (ぬながわ はるか)

生まれなかった静の妹。


奴奈川 薫 (ぬながわ かおる)

静の双子の弟。奴奈川藩次期藩主。背格好も顔も静にそっくり。

ちなみにこの三きょうだい、気づいている人もいるかもしれないが、たがいを妹、弟扱いする。


黒姫 俊輔 (くろひめ しゅんすけ)

薫の学友。奴奈川家筆頭連枝黒姫家の嫡男。


鷹沢 勇一郎 (たかざわ ゆういちろう)

米山 鉄太郎 (よねやま てつたろう)

小林 静馬 (こばやし しずま)

三浦 勝之進 (みうら かつのしん)

黒姫俊輔を筆頭とする薫の学友。


黒姫 高子 (くろひめ たかこ)

巫女長。静のレディスメイド。斎姫代でもある。俊輔の従姉妹。


奴奈川日向守 (ぬながわ ひゅうがのかみ)

静と薫、そして遙の父親。奴奈川一万石領主。


奥方

日向守の正妻。静たちの母。

かつて奴奈川斎姫代をつとめていた。実は不思議ちゃんである。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

グラキア・ラボラスのヴァンパイア。黒のシズカの盟友。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

アムドゥスキアスのヴァンパイア。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


バエル

人間名不明。ソロモンの七二柱序列一位のヴァンパイア。

ゴリラ。


トリスタン・グリフィス

ダンタリオンのヴァンパイア。

詩人で旅行者。まだ身体をもたないヴァンパイアのセーレを連れている。


ファンタズマ

聖騎士団最高幹部。ヴァンパイア。名前の意味は「幻」「幽霊」。




※木花咲耶姫:コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫:イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫:コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。


※カノン:正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ:外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ:偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※聖騎士団:使徒座の対ヴァンパイア騎士団。全員がヴァンパイア。カステル・サントカヴァリエーレ(聖騎士城)に本部がある。


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