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  作者: 長曽禰ロボ子
魔都ロンドン編
20/77

倫敦(後編)

 仏に逢えば仏を殺せという。

 祖に逢えば祖を殺せという。

 私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。


 

 ――かように。


 ヌナガワ・シズカという異国からの留学生は奇妙で謎に包まれた存在なのだ。だからレベッカ・セイヤーズが通りで突然走り出し、手を振ってそのような反応をしてしまったのはしょうがないことなのだ。

「シズカ! やっほー、シズカ!」

 トップハットに仕立てのいいフロックコート。

 手にはステッキ。

 成人男子にしては小柄だが、珍しいほどではない。とにかくどこか見ても隙のない若き紳士だ。この当時、女性が男装するのは極めてエキセントリックなことだ。それでもシズカならありそうだと思ってしまうレベッカなのだ。

「なに、どうしちゃったの。そんな決まったかっこしちゃって!」

「……」

 若き紳士は、じっとレベッカの顔を見ている。

 あれっと、レベッカは目をしばたたかせた。

「ご、ごめんなさい。友人に似ていたもので……」

「どういたしまして、お嬢さん」

 その若き紳士は、トップハットの鍔を軽く掴み笑顔を浮かべた。

「その友人によろしく」

 澄んではいるが、たしかに男性の声のようだ。

 若き紳士は歩いていった。

「どうしたの、レベッカ」

 一緒に歩いていた友人たちが追いついてきた。

「今の人がシズカに似ていたの? 男の人じゃない」

「ちょっとかわいかったわね」

「似てるなんてもんじゃなかった……」

 レベッカは、まだ納得いかないようだ。

「ほんとにあの子と同じ顔してた……。だいたい男の人だとしたら、少しきれいすぎるんじゃない……?」

 身長も私と同じくらい。

 つまり、シズカと同じくらい。

 そんなになにからなにまで同じ人なんているだろうか。今のが彼女の変装、別の姿のヌナガワ・シズカだとしてもおかしくない。私に見つかって、あわててごまかしたのよ。

 そしてレベッカは思った。

 うん、ちょっとかわいかったな。



「ヴァンパイアどもを呼んだのは君か、ブラックストン神父」

 大司教も参席している大聖堂の参事会議。

 名指しされ、ブラックストン神父は読んでいた新聞から顔をあげた。

「なんですって?」

 大司教を前にした会議の最中でも、興味がない議題であれば平気で新聞を読み始める。それがさらに古参を苛立たせる。

「ヴァンパイアどもを呼んだのは君かと聞いている」

「あんた、なにを言いだしているんです」

「聖ゲオルギウス十字軍を呼んだのは君かと聞いているのだ」

「いろいろと間違っていますね。まず第一に聖ゲオルギウス十字軍の騎士はヴァンパイアじゃない。第二にぼくは教会参事でも下っ端です。そんなだいそれた権限はぼくにはない」

「君が報告したのだろう。ソロモンの七二柱とやらがロンドンで散ったのを」

「そうです」

 しれっと!

「ぼくは仕事をしただけで、その報告を読んで聖ゲオルギウス十字軍の騎士の派遣を決めたのは使徒座ですな。使徒座はさらに、同じくソロモンの七二柱グレモリーが散ったのも把握していて、どうやらそれもロンドンで起きたらしいのですよ。使徒座としては、あんたのように呑気ではいられんのです」

「ふたりとも落ち着きたまえ」

「とにかく騎士は送られてくるのだ。修道院に彼らだけの部屋を用意しろとの要求だ」

「修道院にヴァンパイアを入れるのか!」

 さきほどの神父はまだ騒いでいるが、誰も相手にしていない。

「あとは武器。なにやらグングニルとやらを数挺送ってくるらしい。覚悟しておけと書いてあるのだが、なんの覚悟だろうか」

「ああ、対ヴァンパイアの大きなライフル銃ですよ」

 ブラックストン神父が言った。

「大きすぎてそうは見えないけど、不用意なことはするなってことでしょう。人目に晒してしまったりとか、慌てて当局に問い合わせてしまったりとか。教会の特権で、聖遺物だとか十字架だとか言って税関をごまかすつもりなのでしょうな」

「派遣される聖ゲオルギウス十字軍の騎士は三名。はじめは四名だったのだが、取り消された。

 ひとりはアラン・カペル。フランス人。身長一六〇センチ。

 ひとりはデハーイィ。アメリカ人。身長二二〇センチ。

 ひとりはゲオルク・フォン・アウエルシュタット。身長一八五センチ。

 そしてロンドンで合流するのが、イングランドの騎士チャールズ・リッジウッド。身長一六二センチ――」

「彼、縮んだの?」

「スリーサイズは上から七八、五六、七七……失礼、これは彼の妹のオーレリア・リッジウッド嬢の情報であった」

「どうしたら間違えられるの」

「けしからんな」

「うむ、なぜこのような情報が紛れていたのだろう。実にけしからん」

「スレンダーなのだな」

「そこが残念というか私にはむしろご褒美」

「あんたら、なんの話をしてるんです」

「おそらく、すばらしい美人になりましょうな」

「だから、なんの話をしているんです」

 ここで大司教猊下が口を開かれた。

「写真はないのかな」

「猊下!」

「猊下!」

「いいえ、猊下! 残念ながら!(写真店に横流ししてもらった自分用の一枚をのぞいては)」

「そうか」

 猊下のお言葉には深い憂いが込められていたという。

「新聞読んでもいいですかね」

 ブラックストン神父が言った。



「いよーう、チャールズ・リッジウッド!」

 蒸気が立ちこめるロンドン・ヴィクトリア駅。

「やあ、アラン・カペル」

 アラン・カペルたち三人を迎えたのは、英国国教会の国イングランドで唯一の騎士チャールズ・リッジウッドだ。

 濃い蒸気の中、大きな影に貧相な影の二人組がチャールズとすれ違っていった。不思議な予感に振り返ると、風が蒸気を吹き飛ばし、そこにライオンのたてがみのような髪をした大きな背中と、カバンを山のように抱えた貧相な背中が見えた。風はライオン男のマントも翻した。チャールズはぎょっとした。ライオン男は上半身裸なのだ。この晩秋のロンドンでだ。

「なんだ、あれは……?」

 そして、「くしゅん!」と少女のくしゃみ。

 蒸気がすごくて姿は見えない。

「……?」

 さらに駅の外を、なにやらものすごい爆音が通り過ぎていったようだ。

「……?……」

「なにキョロキョロしてんだ、チャールズ・リッジウッド」

 アラン・カペルが言った。

「紹介する。こっちのでかいのがゲオルク・フォン・アウエルシュタット。あのヴァンパイア殺しの子孫だってよ。こっちのもっとでかいのがデハーイィ。アメリカからの参戦だ」

「やあ、チャールズ・リッジウッドだ」

 四人は握手を交わした。

「で、そっちの美人は紹介してくれないのかい、チャールズ」

 えっ?

 また「くしゅん!」と、くしゃみの声。

 輝くような美少女がチャールズのすぐ後に立っている。

「オーレリア!」

「だれか、私のウワサをしているのかしら……」

 とんでもない人たちに話題にされているようです。

「やだ、寒気もしてきちゃった……」

 でしょうね。

「なぜ君がここにいるんだ、オーレリア! どうしてわかった!」

「さあ、チャールズ。私の素敵なハンサムさん。私を聖ゲオルギウス十字軍の騎士さまに紹介してくれないかしら」

 オーレリア・リッジウッドは、にっこりと微笑んだ。

「眼のことも隠さずによ」

 チャールズの顔に、さっと苦みが走った。



 夜。

 この街は今日も深い霧に覆われている。

 霧とガス灯の中、ステッキを手にひとりで歩いている紳士がいる。隙のない紳士だが、腰まで伸びる長い黒髪が目立つ。

 なぜだろう。ふっと消えてはまた現れる。

 霧のためにそう見えているだけのようでもある。それくらい自然なのだ。

「……」

 はっと紳士が振り返った。

 霧の中、少女が立っている。

 うつろな表情。なにも見ていない眼。少女が纏っている白く薄い着衣は寝巻と呼ばれるものだが、紳士にはわからない。わかるのは、彼女がヴァンパイアだということだ。

「ここはどこ?」

 ヴァンパイアの少女が言った。

(しずか)はどこ? さみしい。私、さみしいよ、静……」

 少女の眼から涙が落ちた。

 紳士は少女に手を伸ばした。

 ふっと、少女が消えた。

 いつの間にか、少し離れたところに少女の後ろ姿がある。

「……」

 紳士が近づくと、少女はまた別のところに現れた。

 なぜだろう、いま紳士の心を捉えているのは恐怖だ。さきほどまで自分がそうやってこの街を歩いてきたのに。彼女と同じように、紳士もまた人に魔物と呼ばれる存在であるのに。

「私を見つけて……。静……はやく迎えに来て……」

 霧に紛れ、少女が見えなくなった。

 彼女はもうどこにもいない。


 霧が濃い。見上げてもこの街には星がない。


※途中、神父がメートル法を使っていますがお許しを。さすがに身長やオーレリアのスリーサイズをインチで書いても訳が分からないので。「インチ(メートル法)」の表記も試しましたが、ちょっとうるさくなってしまいます。


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。

奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。


ロジャー・アルフォード

英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。


ヘンリー・ローレンス

アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。


メアリ・マンスフィールド

ストラトフォード侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。

英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。


ハワード

レディの老従僕。長身痩躯。レディは侍女ではなくいつもこの従僕を連れている。


レベッカ・セイヤーズ

静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。


ハウスマザー

静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。


ミス・チェンバース

音楽院の静の担当教授。


ミス・オコナー

音楽院の静が所属する校舎の管理人。表情を変化させることがない能面のような人。


ゲオルク・フォン・アウエルシュタット

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。レオンハルトの子孫。そっくりだという。


エリザベート(エリーゼ)・フォン・アウエルシュタット

ゲオルクの妹。十五歳で死亡。


チャールズ・リッジウッド

イングランド唯一の聖ゲオルギウス十字軍の騎士。


オーレリア・リッジウッド

チャールズの妹。


アラン・カペル

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。少年のような容姿と声だが怪力。そして意外と歳をとっているらしい。


デハーイィ

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。2Mを越える巨漢で、岩石のような容姿。名前の意味は「おしゃべり」。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

黒伯爵の異名を持つヴァンパイア狩り。自身もヴァンパイア。「ゼニオ(senior)」。ソロモンの悪魔としてはグラキア・ラボラス。


ヨハン・ペッフェンハウゼル

アウエルシュタット工房の工場長。この人も実はヴァンパイア。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

ヴァンパイア名ダンタリオン。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


アスタロト

ソロモンに名を連ねるヴァンパイア。


ステュクスとアケロン

アスタロトの身の回りの世話を焼く少年と少女。ヴァンパイア。


ダーネ・ステラ

発明家。電気関連に異才をもつ。ヴァンパイア。


オリヴァー

ヴァンパイア名、獅子王プルソン。

上半身裸の筋骨隆々の大男。


ピップ(フィリップ)

獅子王プルソンのスードエピグラファ。


アンナマリア・ディ・フォンターナ

ヴァンパイア名ウェパル。白の魔女。

白髪で、まゆ毛、まつげも白い。碧眼。使徒座に忠誠を誓うヴァンパイアで構成された「聖騎士団」の騎士団長。


ラプラスの魔

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。


ファンタズマ

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。名前の意味は「幽霊」。




※使徒座:聖座とも。使徒ペテロの後継者たる教皇、ローマ教皇庁、そして広くはカトリックの権威全般を指す。ちなみに、司教座もそうだが、そのものはまんま椅子である。


※悪い冗談

静とロジャー・アルフォード海軍少佐の巨大拳銃。M500。

※ヴァルキューレ

レオンハルト・フォン・アウエルシュタットと聖ゲオルギウス十字軍の自動拳銃。コルトガバメント。

※グングニル

聖ゲオルギウス十字軍の対バンパイア用巨大ライフル。50口径。



※木花咲耶姫

コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫

イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫

コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。



※カノン

正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ

外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ

偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


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