入団式
仏に逢えば仏を殺せという。
祖に逢えば祖を殺せという。
私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。
カステル・サントカヴァリエーレの参事会室でその儀式が行われている。
「ここにあなたがたは、ゲオルク・フォン・アウエルシュタットが聖ゲオルギウス十字軍の騎士になることを承認した。もし、あなたがたの中にゲオルク・フォン・アウエルシュタットの入団に賛同できない理由を持つ人があれば、どうかあなたは、それを明らかにして欲しい。なぜならば、彼がこの場に出頭する時が迫っているからだ。よろしいか。沈黙は承認である。私は、いま一度あなたがたに問う――」
ゲオルクは別室で控えている。
そこにやって来たのはアラン・カペルとデハーイィ。
「聖ゲオルギウス十字軍の規律の厳しさと貧しさを知ってなお十字軍の一員になる事を望みますか」
「私は率先して規律と貧しさを守ります」
「よろしい。兄弟デハーイィ。参事室に行き、志願者の誓いを参事たちに伝えなさい」
「……」
「……兄弟デハーイィ、やはりそれは私がやりましょう。その間、あなたは志願者と語るのだ」
アラン・カペルが出ていった。
デハーイィはじっとゲオルクを見下ろしている。この人、自分が騎士になったときにはどう答えたのだろう。ゲオルクは思った。
男というものは、どの国、どの時代においても中二病を患うものなのか、先ほどからずっと演劇のような儀式が続いている。コスチュームもそれなりのものを着せられるのかと思ったが、意外なことに背広の上からチュニックを被らされているだけだ。アランやデハーイィもだ。このチュニックには聖ゲオルギウスの赤色十字が描かれているから、ちょっと見には別の騎士団に見えなくもない。
ゲオルクが密かにそのチュニックの下につけているタイは、ジュゼッペ・ピラッツィーニのものだ。彼は散ってしまったが、修道服に着替える前の服が残っていた。
「お願いだ、ゲオルク。ぼくを君の同期として死なせてくれ……!」
同期になるはずだったジュゼッペ。
これくらいはしてあげてもいいだろう。
白の魔女も参事として入団式に参加しているそうだが、これは嫌がらせではない。抗議でもない。彼女に気づいてもらいたいわけではない。ただ、彼のためにそうしたいだけなのだ。
やがて参事室に招かれたゲオルクは、集まった人々の前で跪いた。
「どうか、神と聖母にかけて私を皆さまの仲間にして頂けますようお願いいたします。私、ゲオルク・フォン・アウエルシュタットは、聖ゲオルギウス十字軍の騎士として規律と貧しさ、そして信仰の喜びに生きることを誓います」
その頃、黒伯爵のレオンハルト・フォン・アウエルシュタットは、村の居酒屋で真っ昼間から漁師の荒くれどもとワインを開けていた。
「あんた、思ったより気さくな男だな、黒伯爵ー! わはははー!」
「ガキがワイン呑んでいいのかよー! しかも聖ゲオルギウス十字軍の騎士がヴァンパイアと呑んでいいのかよー! がはははー!」
そして、いつの間にか合流している聖ゲオルギウス十字軍の騎士たちである。
「おれぁ、ガキじゃねえよー! わはははー! この野郎、ぶんなぐってやるー! わはははー!」
「やってみやがれ、このちんちくりん! がはははー!」
「なあ、あんたら」
渋面でおかわりを運んできたのは、この酒場の大将だ。
「子供に酒呑ませるのはよくないぜ」
お小言を口にしながらも、むっつり顔でドンと座っている巨漢のデハーイィにびびってしまってもいる。だがデハーイィが大きなジョッキで呑んでいるのはミルクなのだ。
「彼、ぼくより年上だそうですから」
苦笑するゲオルクの前にもミルク。
「ほんとうに?」
「それと、彼は、容姿のことを言われると怒り出しますから」
「まあ、もう殴りあいしてるねえ」
「ごめんなさい」
「こちらとら漁師の酒場だからねえ。慣れっこだけどねえ」
ゲオルクはミルクにも手をつけていない。大将はデハーイィのミルクのおかわりだけを置いて戻っていった。
見ると、新しいジョッキを手にするデハーイィの顔が赤く染まっている。こころなしか岩石のような顔が緩み、眼がとろんとしているようでもある。一方、さっきまで殴り合っていたアランとレオンハルトの酔っ払いコンビは、今度は漁師たちと喧嘩を始めたようだ。
「人間相手の力の抜き方でも知ってるのかな、あの人」
そうじゃなければ、今ごろはアランも含めて数人死んでいるはずだ。
それにしても、堂々と「ヴァンパイア」だの「聖ゲオルギウス十字軍の騎士」だのと差し障りのある単語が出ているのだが、誰も気にしないのだろうか。これが、秘密の組織と長く共存してきた人々なのだろうか。
ゲオルクは思った。
「頭痛え……」
そして翌朝には、しっかり二日酔いになっているアラン・カペルである。
たしか昨日は、「規律と貧しさ」とか言っていたはずなのだが。
背後でもデハーイィがベッドの上でげっそりとした顔をしているのはなぜだろう。彼のベッドは、カステル・サントカヴァリエーレの修道院のベッドを三つ並べて作った特別のものだ。まあ、ゲオルクにしてもこのベッドは少々狭い。
「このあと、ぼくはどうなるんですか?」
ゲオルクが言った。
気にはなっていたのだ。参事会は入団式が終わったらあっさり解散してしまったし、頼りにしている先輩はすぐに飲んだくれるし、もうひとりは未だにひとことも喋らないし。晴れて聖ゲオルギウス十字軍の騎士になったぼくは、これからどうすればいいのだろう。
「うちに帰ればいい」
苦虫を噛みつぶしたような顔でアランが言った。
「え?」
「それよりな、イニシエーションの時のあれ、あれはなんだ?」
「なんですか?」
「ジュゼッペ・ピラッツィーニを放り投げたあれだ。なにかやってるのか?」
「ああ、あれは家に伝わる格闘技術ですよ。傭兵出身の初代伯爵が持ち込んで、二代伯爵――あのレオンハルトですが、彼が完成させたと言われています。ペッフェンハウゼル、うちの工房長によると、黒の魔女の技も入っているとか。アウエルシュタット家の男子は子供の頃から叩きこまれるんです」
「ふうん。あとでおれにも教えてくれよ。喧嘩に使ってやる」
「いえ、ですから、ぼくはこれから――」
「だから、そのアウエルシュタット家に帰ればいい」
「はあ」
「そしていつも通りに生活して、自分のまわりで悪いことやってるヴァンパイアを見つけたらプチプチ潰していくんだ。ライフルは自分で調達しろ。おまえんちなら大丈夫だろう。射撃の訓練もしておけよ」
「……」
「あのな、ゲオルク・フォン・アウエルシュタット」
頭をかき、アラン・カペルが言った。
「なにを期待しているのか知らんが、おれたちが集められグングニル持たされて派遣されるってのは戦争だ。そんなもん、なんどもあるわけじゃない」
そうだったのか。
それはそれで、ちょっと拍子抜けかもしれない。
だとすれば、レオンハルト氏の仕事ももう終わりだな。かわいそうに。
「騎士アラン・カペル! 騎士デハーイィ! 騎士ゲオルク・フォン・アウエルシュタット!」
雷鳴のような声が響き渡った。
うっ!と、アランとデハーイィは目を剥いた。
「起きているか、騎士アラン・カペル! 騎士デハーイィ! 騎士ゲオルク・フォン・アウエルシュタット!」
部屋に入ってきた神父は嫌がらせのように繰り返した。
昨日の入団式にも参事として出席していた神父だ。
「起きてます」
「起きてます」
「……」これはデハーイィ。
ゲオルクは神父が入ってきたときにすでにベッドから降りていたが、アランとデハーイィはここでやっとベッドから降りて並んだ。ほんとうに、規律と貧しさはいったいどこに散歩にでかけてしまったのだ。
「騎士アラン・カペル! 騎士デハーイィ! 騎士ゲオルク・フォン・アウエルシュタット!」
神父さまも、そんな何度も繰り返さなくていいですから。
「おまえの名前って、無駄に長いよな」
「ほっといてください」
本当は、もっとだらだらと長いのだし。
「おまえたちの任務を伝える!」
アランとゲオルクは、えっ!と顔を合わせた。
「ソロモンの七二柱フルカスに続き、ソロモンの七二柱グレモリーが散った! どちらもロンドンであった可能性が高い! 騎士アラン・カペル! 騎士デハーイィ! 騎士ゲオルク・フォン・アウエルシュタット!」
もしかしてそれ、クセになったのですか、神父さま。
「ロンドンに行け! そこで騎士チャールズ・リッジウッドと合流し、ロンドンからヴァンパイアを一掃せよ! ロンドンを神が統治するに相応しい清浄な土地にするのだ!」
ゲオルクは思った。
騎士になっていきなり、「そんなもん、なんどもあるわけじゃない」戦争ですか。
「わかったかね! 騎士アラン・カペル! 騎士デハーイィ! 騎士ゲオルク・フォン・アウエルシュタット!」
アランとデハーイィは今にも吐きそうだ。
※入団儀式、発言等は、主に次の書籍を参考にさせていただきました。
レジーヌ・ペルニュー著/橋口倫介訳『テンプル騎士団』白水社、1977年
■登場人物紹介
奴奈川 静 (ぬながわ しずか)
戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。
奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。
ロジャー・アルフォード
英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。
ヘンリー・ローレンス
アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。
メアリ・マンスフィールド
ストラトフォード侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。
英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。
ハワード
レディの老従僕。長身痩躯。レディは侍女ではなくいつもこの従僕を連れている。
レベッカ・セイヤーズ
静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。
ハウスマザー
静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。
ミス・チェンバース
音楽院の静の担当教授。
ミス・オコナー
音楽院の静が所属する校舎の管理人。表情を変化させることがない能面のような人。
ゲオルク・フォン・アウエルシュタット
聖ゲオルギウス十字軍の騎士。レオンハルトの子孫。そっくりだという。
エリザベート(エリーゼ)・フォン・アウエルシュタット
ゲオルクの妹。十五歳で死亡。
チャールズ・リッジウッド
イングランド唯一の聖ゲオルギウス十字軍の騎士。
オーレリア・リッジウッド
チャールズの妹。
アラン・カペル
聖ゲオルギウス十字軍の騎士。少年のような容姿と声だが怪力。そして意外と歳をとっているらしい。
デハーイィ
聖ゲオルギウス十字軍の騎士。2Mを越える巨漢で、岩石のような容姿。名前の意味は「おしゃべり」。
レオンハルト・フォン・アウエルシュタット
黒伯爵の異名を持つヴァンパイア狩り。自身もヴァンパイア。「ゼニオ(senior)」。ソロモンの悪魔としてはグラキア・ラボラス。
ヨハン・ペッフェンハウゼル
アウエルシュタット工房の工場長。この人も実はヴァンパイア。
シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク
ヴァンパイア名ダンタリオン。
美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。
アスタロト
ソロモンに名を連ねるヴァンパイア。
シズカに敗れてから悲惨だったが、チャールズ・リッジウッドと結びつき、復活。
ステュクスとアケロン
アスタロトの身の回りの世話を焼く少年と少女。ヴァンパイア。
ダーネ・ステラ
発明家。電気関連に異才をもつ。ヴァンパイア。
アンナマリア・ディ・フォンターナ
ヴァンパイア名ウェパル。白の魔女。
白髪で、まゆ毛、まつげも白い。碧眼。
使徒座に忠誠を誓うヴァンパイアで構成された「聖騎士団」の騎士団長。
ラプラスの魔
ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。
ファンタズマ
ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。名前の意味は「幽霊」。
※悪い冗談
静とロジャー・アルフォード海軍少佐の巨大拳銃。M500。
※ヴァルキューレ
レオンハルト・フォン・アウエルシュタットと聖ゲオルギウス十字軍の自動拳銃。コルトガバメント。
※グングニル
聖ゲオルギウス十字軍の対バンパイア用巨大ライフル。50口径。
※木花咲耶姫
コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。
※石長姫
イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。
※木花知流姫
コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。
※カノン
正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。
※アポクリファ
外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。
※スードエピグラファ
偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。




