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  作者: 長曽禰ロボ子
魔都ロンドン編
16/77

イニシエーション

 仏に逢えば仏を殺せという。

 祖に逢えば祖を殺せという。

 私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。


 カステル・サントカヴァリエーレ。

 アドリア海に浮かぶこの孤島は、かつてカステル・ガンドルフォと並ぶローマ教皇の離宮のひとつだった。いまは聖下が訪れることはない。

 ひとつは、ヴァンパイアによる対ヴァンパイア組織、聖騎士団。

 ひとつは、人間による対ヴァンパイア組織、聖ゲオルギウス十字軍。

 現在は、そのふたつの騎士団の本部である。

 島内でほぼ自給自足できるのだが、さすがに多くの生活物資を()()()()()()()島内の漁村と、()()()()()()()()()()()城内の修道院に頼っている。

 なにも知らない。

 孤島で長くともに生活しながら、そんなことがあるのだろうかとゲオルクは思うのだが、日常に組み込まれてしまえばそんなものだと受け入れてしまうのかもしれない。聖騎士団の規律はアンナマリア・ディ・フォンターナ騎士団長のもと、厳格に守られているらしい。悪さをするわけではないなら、どうやらおかしなところがある人たちであっても、ただの隣人、島を守ってくれる頼りになるよき隣人なのだろう。

 聖ゲオルギウス十字軍は常駐していない。

 というより、本部といいながら聖ゲオルギウス十字軍の騎士がここにやって来るのは入団儀式がある時だけだ。そして、それがなぜ入団儀式なのかゲオルクは知っている。


「イニシエーションだ」

 ゲオルクの導師を勤める騎士、アラン・カペルが言った。

「おまえの身体をヴァンパイアがうごめく。おれも経験したが、気持ちいいもんだ。おまえはそれを追い出さなくちゃならない。信仰に生きるのだと実証しなくちゃいけない。もし、誘惑に負けてヴァンパイアになってしまっても気にするな」

 小柄な少年にしか見えないアラン・カペルだが、怪力のようだ。手に抱えている大きな鉄の塊を、ぽん、と叩いた。

 グングニル。

 銃身一メートル。全長一・八メートル。重量十七キロ。口径十三ミリ。アウエルシュタット工房謹製の巨大ライフルだ。ヴァンパイアであってもひとたまりもない。

「おれがこいつで吹き飛ばしてやる。それがおまえの導師としてのおれの役目だ。グングニルの威力は知っているよな、おまえんちで作ったライフルだもんな」

 知りませんよ。

 うちの工房で作っただけで、ぼくは使ったことないのですから。

 そんな反論をする雰囲気でもない。

 ゲオルクとアラン・カペルの隣に大男がふたり。

 片方はゲオルクと同じ聖ゲオルギウス十字軍入団希望者だ。ゲオルクも一八五の長身だが、彼はさらに大きい。そしてその隣に立つのが、彼の導師役だという聖ゲオルギウス十字軍の騎士だ。

 デハーイィ。

 アメリカの先住民族なのだという。

 小柄なアラン・カペルの隣にいるから余計に感覚がおかしくなる。デハーイィは二メートルを軽く超える巨人なのだ。横にも大きい。まるで岩石のような体と顔をしている。そして彼はひとことも喋らない。物言わぬ巨人がただ立っている。その圧迫感がすごい。

「デハーイィってのは、こいつらの言葉で『おしゃべり』って意味なんだってよ。皮肉なのか、昔はよく喋ったのかわからないけどな」

 アラン・カペルが言った。

 デハーイィの顔がアラン・カペルに向けられた。

 なにか喋るのかと思った。確かに口を開けかけたようなのだが、しかしうまく整わなかったのか、途中であきらめてしまったのか、そのまま一言も口にしなかった。

「こういうわけで」

 と肩をすくめ、もうひとりの入団希望者が言った。

「正直、ぼくはこれからどうしていいのかわからない。あなたたちと合流できて助かったよ。やあ、君とは同期ということになるんだな。ジュゼッペ・ピラッツィーニだ」

「ゲオルク・フォン・アウエルシュタットです」

 握手をかわしたが、握力がすごい。

「とにかくおまえたちは、これから修道服に着替えるんだ」

 アラン・カペルが言った。

「そして懺悔の部屋で、これまでの罪を洗いざらい告白して信仰への誓いを新たにするんだ。朝までみっちりだ。そのうちおまえたちには誘惑が訪れるだろう。それに負けるな。おれからは以上だ。デハーイィ、おまえからなにかあるか」

 がしゃっ!

 デハーイィの手にも大きなグングニルがある。それを片手で軽々と持ち上げ、デハーイィはジュゼッペに顔を向けた。そしてじっと見つめるだけでやはりなにも言わない。

「……」

「……」

 これにはジュゼッペだけでなく、ゲオルクも息を呑むしかない。



 修道服に着換えたゲオルクが入れられたのは、外壁がそのまま壁になっている小さな部屋だ。

 窓がひとつ。

 石の分厚い壁に穿たれた半円状の小さなものだ。ご丁寧に鉄格子がはめられている。これでは夜が明けたかどうかくらいしかわかりそうにない。救いは、南国だから明け方に冷たい風に悩まされることはなさそうだということくらいか。

 窓の下の粗末な机の上に、聖書と蝋燭。

 そして頭蓋骨。

 唯一の出入り口の扉は閉められ、鍵がかけられる音が聞こえた。

 不安を感じないといえば嘘になる。

 恐怖すら感じてしまう自分がいる。

 椅子に座り、ゲオルクは祈った。これから自分は、一瞬であってもヴァンパイアになるのだ。そして自分には、そのヴァンパイアを毅然と体から追い出すだけの強さがあるのだろうか。

 エリーゼ。

 ぼくは君のためになら頑張ることができる。

 ぼくは弱い男だから。

 ぼくは怠け者だから。

 だけど君の天国の門のためになら、ぼくはなんだってできる。

 神よ。聖ゲオルクよ。

 ぼくはぼくの弱さを受け入れます。


 ゲオルクの祈りは続く。


 どれほど時間が経ったかわからない。はっとゲオルクは両眼を見開いた。

 これか?

 これが、ヴァンパイアか?

 アラン・カペルによると、そう気づいた時には追い出さなければならないらしい。そうでないと彼らを相手に人であることを守るのは困難になる。

 隣の部屋にいるジュゼッペはちゃんと聞いたのだろうか。

 あの無口なデハーイィからそれを。

 ああ、そうだった。アラン・カペルがこれを口にしたとき、ジュゼッペもいたっけ。いや、人の事よりまずは自分だ。だけど追い出すといっても、いったいどうやって。

 なにもかも教えてもらおうと思うな。

 アラン・カペルはそうとも言った。

 全身が熱い。

 彼は、ぼくの体を奪うつもりだ。

 ぼくはヴァンパイアになってしまうのか。

 レオンハルト・フォン・アウエルシュタットのようになってしまうのか。

 君はどこから来た。

 ぼくをどこに連れて行くつもりだ。


 だけど、ごめんよ。


 ぼくはエリーゼの天国の門を守るんだ。これが教会からもらった最後のチャンスなんだ。ぼくはこのイニシエーションを乗り越え、聖ゲオルギウス十字軍の騎士になるんだ。

 だから、ごめんよ。

「神よ!」

 ゲオルクは祈った。

「聖ゲオルクよ!」

「エリーゼ!」

「エリーゼ!」

「エリーゼ!」



 ぼくの体から出ていけ、ぼくではない者よ!

 ぼくはぼくの体で、ぼくの行くべき道を行く!



 はっと顔をあげたのは白の魔女だ。

 聖騎士団団長、ソロモンの七二柱ウェパルのアンナマリア・ディ・フォンティーナ。騎士団長執務室には大幹部ファンタズマとラプラスの魔もいる。

「逃げきられたようですね」

 ファンタズマが言った。

「さすがはレオンハルト・フォン・アウエルシュタットの末裔、ですかな」

 ラプラスの魔が言った。

 白の魔女は唇を噛んだ。

「行くぞ」

 マントをひるがえし、白の魔女が歩きはじめた。


 ゲオルクは荒い息で机に突っ伏している。

 ぼくはまだ人間なのか?

 それとも――。

「ヴァンパイアってのは、人と一体化しなければ実態として存在しないので、こちらからもなにもできない」

 その声が聞こえた。

 はっとゲオルクは立ち上がった。

 振り返りざまにゲオルクは腕を振り、その声の主に叩きこんだ。予備動作が殆どない。それでありながら鋭い。しかもこの暗さだ。普通であれば避けられるはずはない。

 バシィッ!

 しかしその声の主は、避けるどころかゲオルクの腕を掴んだ。

「バラ手で目を狙ったな。修道士姿で徒手空拳の今なら正しい選択だ。どうやらかなり実戦的に叩きこまれているらしい――おっと!」

 声の主は、つづけてゲオルクが放ったローキックを足を上げて受け止めた。

「いってえな。わかった、わかった。おまえが()()のはわかった。落ち着け、ゲオルク坊や」

「ぼくの名を気安く呼ぶな、レオンハルト・フォン・アウエルシュタット!」

「なんだ、おれだとわかってたのか。それでこの攻撃か? おまえ、ご先祖への敬意が足りなさすぎじゃないのか」

「なぜあなたがここにいるんだ!」

 にやり、と、レオンハルトが笑った。

「依頼されたからさ」



「オオオオ!」



 ケモノの声が夜の城内に響き渡った。

 扉の前に控えていたアラン・カペルとデハーイィが、グングニルを手に弾かれたように立ち上がった。

 その声はゲオルクの部屋にも届いている。

「おまえはたいしたもんだよ、ゲオルク坊や」

 レオンハルトが言った。

「普通はああなるんだ。あんな強力なヴァンパイアを送り込まれたらな。よくやった。おまえはこの仕組まれたイニシエーションを乗り越えたんだぜ」


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。

奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。


ロジャー・アルフォード

英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。


ヘンリー・ローレンス

アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。


メアリ・マンスフィールド

ストラトフォード侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。

英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。


ハワード

レディの老従僕。長身痩躯。レディは侍女ではなくいつもこの従僕を連れている。


レベッカ・セイヤーズ

静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。


ハウスマザー

静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。


ミス・チェンバース

音楽院の静の担当教授。


ミス・オコナー

音楽院の静が所属する校舎の管理人。表情を変化させることがない能面のような人。


ゲオルク・フォン・アウエルシュタット

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。レオンハルトの子孫。そっくりだという。


エリザベート(エリーゼ)・フォン・アウエルシュタット

ゲオルクの妹。十五歳で死亡。


チャールズ・リッジウッド

イングランド唯一の聖ゲオルギウス十字軍の騎士。


オーレリア・リッジウッド

チャールズの妹。


アラン・カペル

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。少年のような容姿と声だが怪力。そして意外と歳をとっているらしい。


デハーイィ

聖ゲオルギウス十字軍の騎士。2Mを越える巨漢で、岩石のような容姿。名前の意味は「おしゃべり」。


レオンハルト・フォン・アウエルシュタット

黒伯爵の異名を持つヴァンパイア狩り。自身もヴァンパイア。「ゼニオ(senior)」。ソロモンの悪魔としてはグラキア・ラボラス。


ヨハン・ペッフェンハウゼル

アウエルシュタット工房の工場長。この人も実はヴァンパイア。


シャルロッテ・ゾフィー・フォン・シュタウフェンベルク

ヴァンパイア名ダンタリオン。

美人だが目立つことに執念を燃やす変人。レオンハルトを日本に誘う。


アスタロト

ソロモンに名を連ねるヴァンパイア。

シズカに敗れてから悲惨だったが、チャールズ・リッジウッドと結びつき、復活。


ステュクスとアケロン

アスタロトの身の回りの世話を焼く少年と少女。ヴァンパイア。


ダーネ・ステラ

発明家。電気関連に異才をもつ。ヴァンパイア。


アンナマリア・ディ・フォンターナ

ヴァンパイア名ウェパル。白の魔女。

白髪で、まゆ毛、まつげも白い。碧眼。

使徒座に忠誠を誓うヴァンパイアで構成された「聖騎士団」の騎士団長。


ラプラスの魔

聖騎士団最高幹部。


ファンタズマ

ヴァンパイア。聖騎士団最高幹部。名前の意味は「幽霊」。



※悪い冗談

静とロジャー・アルフォード海軍少佐の巨大拳銃。M500。

※ヴァルキューレ

レオンハルト・フォン・アウエルシュタットと聖ゲオルギウス十字軍の自動拳銃。コルトガバメント。

※グングニル

聖ゲオルギウス十字軍の対バンパイア用巨大ライフル。50口径。



※木花咲耶姫

コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫

イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫

コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。



※カノン

正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ

外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ

偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


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[良い点] こちらのサイトでも掲載されているのを見かけましたので、応援です! 改稿後のロンドン編を今読み直すと、日本編を思わせるワードや台詞が多く出てきていることに気づきます。 海外組で好きなキャ…
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