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  作者: 長曽禰ロボ子
魔都ロンドン編
13/77

ダーネ・ステラ

 仏に逢えば仏を殺せという。

 祖に逢えば祖を殺せという。

 私はなにに逢い、なにを殺すのだろう。この煌びやかなガス灯の街で。


 ザッ!

 大地に巨剣ツヴァイヘンダーを突き立て、ヴァンパイア殺しのレオンハルト・フォン・アウエルシュタットは座り込んでそれに背をもたれた。

 顔にべっとりと血がついている。

 返り血ではない。

 散ったヴァンパイアのものは着衣を含め同時に散ってしまうのだから。血も含めてだ。

「意外と粘ってくれちゃって……」

 これは自分の血なのだ。

 この男としては珍しく、眼が黄金色になっている。

 片手でシガレットケースを開け器用に一本取り出すと、こちらも片手でマッチを擦って紙巻きタバコに火をつける。

「……」

 おや、とレオンハルトは夜空を見上げた。



 蒸気機関が大量の蒸気を噴き出した。その豪奢なグランドスイートルームで機関銃が火を噴いた。

 ソロモンの七二柱、グレモリーのクリス・ランバート。

 秒もかからず。

 痛みすら感じることもなく。

 無数の銃弾によって刻まれ、千切られ、吹き飛ばされていった。



 レオンハルトは眼を細め煙を吐いた。目の色はすっかり落ち着いている。

 もしかして。

 またお嬢さんたちなのかい。ヴァンパイア全部を敵に回すつもりかい。なあ、シズカにハルカ。

 それが当たっているかどうかは別として。

 他にヴァンパイアを狩っているのがいるとして。

 どっこいしょと立ち上がり、ツヴァイヘンダーを引き抜いて肩に担ぎ、レオンハルトは紙巻きタバコの煙を吐いた。

「今度はグレモリーか。ソロモンの七二柱の命も軽くなったもんだ」



「ヌナガワ・シズカ。あなたに来客です」

 ミス・チェンバースに鬼のようにしごかれた夜。ベッドに突っ伏したまま、しばらく起き上がれそうにない夜。

 ハウスマザーが屋根裏の(しずか)の部屋のドアをノックした。

「ありがとうございます、ハウスマザー。すぐに参ります……」

 うう、心も体もむっちゃしんどいのに。

 でも、誰だろう。”掃除”なら、来客などとはいわず馬車が玄関に止まり呼び出されるだけのはずだ。

 この学生用アパートには来客が多い。

 全員が音楽院に通う為に親元を離れて地方からロンドンに出てきた少女たちで、なにかと親族が訪ねてくるのだ。しかし、親族、両親であっても玄関脇の応接室で会うように言われている。そして、そもそもシズカには訪ねてくるような親族がロンドンにはいない。

「いえ、あの……その……」

 あの厳格なハウスマザーの様子もなんだかおかしい。

「……ここにおいでです」

「はあ」

 首をひねりながらも静は部屋のドアを開けた。

 そこに立っていたのは、子犬のように体を震わせているハウスマザー。そしてパラソルを手に、満面の笑顔を浮かべたレディ・マンスフィールドなのだった。

「えへっ! メアリ、ホテルの部屋を吹っ飛ばしちゃったっ! ねえ、泊めて、シズカっ!」

 小首をかしげ、レディ・マンスフィールドが言った。



 ドドドド!

 夜の街道を爆音を上げて走る巨大なバイクが滑り込んだのは、郊外の森の中の古城だ。

「ステュクス! アケロン!」

 馬車まわしにバイクを乗り捨て、玄関の扉を開け放ち、アスタロトはずんずんと歩いていく。

 城には明かりが灯っていない。

 その闇の中を小さな足音がふたつ、早足で近づいてきた。

「ステュクス! アケロン!」

「はい、ここに! スタロトさま!」

「お帰りなさいませ! アスタロトさま!」

 現れたのはまだほんの子供の少年と少女だ。

 三人とも明かりを必要としていない。少年たちもヴァンパイアなのだ。

「バイクの整備だ! 明日の朝、すぐ使えるようにしておけ!」

「はい、アスタロトさま!」

「はい、アスタロトさま!」

「グレモリーが散ったぞ!」

「はい、アスタロトさま!」

「はい、アスタロトさま!」

「調べろ!」

「はい、アスタロトさま!」

「はい、アスタロトさま!」

「あとはヌナガワ・シズカ!」

「――?」

「――?」

「調べろ!」

「……?」

「……?」

「調べろ!」

「はい、アスタロトさま!」

「はい、アスタロトさま!」

「ダーネはいるか?」

「はい、アスタロトさま!」

「研究室に籠もっております!」

「見てくる」

「はい、アスタロトさま!」

「はい、アスタロトさま!」


 城の地下室を改造した「研究室」。

 地下室だというのに、いや、夜だというのに、この部屋は昼間のように明るい。比喩ではない。明るい上に色温度が高い。光が白いのだ。この部屋を明るくしているのはランプでも電球でもない。まだどこでも研究段階である蛍光灯なのだ。

 この部屋に電気を供給しているのは近くの運河の水を利用した水力発電機。もちろんそれも自家製である。

 この部屋の主は、黒髪の端正な顔をした青年だ。

 眉間に皺を寄せ、自分が発明した器具の調整をしている。

「ダーネ!」

 勢いよくドアを開け、アスタロトが入ってきた。

 無数のピアスに、ジャラジャラと音をたてるアクセサリーとともに。

「あ」

 部屋の主は口を開けた。


 バチバチバチ!


 発明品から放電された高圧電流がアスタロトに襲いかかった。

 アスタロトは悲鳴もあげない。さすがである。しかし爆発コントのような姿で煙を噴いている。長い赤毛は巨大なアフロ状態だ。

「あんた、どれだけ体に金属つけているんですか」

 部屋の主が言った。

「ダーネ、てめえ……」

「まったく。邪魔しないでいただきたいものですな。入室には私の許可が必要。そう言ったはずです。こういうこともありますから」

「てめえ……」

「ごらんなさい、アスタロト。そのアフロ頭、それが未来だ。それが電気の力だ。蒸気機関など、あっという間に電気に取って代わられてしまう。あんたの自動二輪だってそうだ。あれだって、不細工な蒸気機関を電気に置き換えてしまえば――」

 アフロ頭が未来って、別にそんな未来いらねえよ。

 激怒の形相で聞いていたアスタロトも、バイクの話にはたちまち顔を輝かせてしまう。

「すごいのか!」

「もっとコンパクトになり、しかも何倍も強くなります」

「大きさはいい。大きい方がいい、今くらいでいい!」

「あんた、変わってますな」

「それより、もっと速く飛ばしたい。もっと長く走りたい!」

「電気なら、当たり前にそうなりましょう」

「おまえは天才だ!」

 その言葉に、部屋の主の両眼もまた黄金に輝いた。

 この男もヴァンパイアなのだ。

 明かりをほとんど必要としないヴァンパイアが煌々とまぶしいほどの灯りをつけているのは、暗いより明るい方がやはり作業が捗るからだ。合理的選択なのだ。

「この私、それ以外の何者でもございません」

 この部屋の主、ダーネ・ステラは恍惚の笑顔を浮かべた。


「あれ。おれ、あいつの所になにしに行ったんだっけか」

 にっこにこでご機嫌に研究室から出てきたアスタロトは引き返そうとした。しかし閉じられたドアの向こうからは、なにをどうすればそんな音が出るのだという音が聞こえてくる。ノブに手をかけたら、すごい勢いでビリッとくる。

「……」

 まあいい。

「明日にするか」

 アスタロトは巨大なアフロヘアを揺らして研究室から離れていった。



「ねえ、泊めて、シズカっ!」

 うっきうきのレディ・マンスフィールドが言った。

「ハウスマザー……」

 静の顔から表情が消えている。

「ハウスマザー……」

 返事がないのでもう一度。

「……なんでしょう、シズカ」

「来客とは応接室で会う決まりですよね」

「……そうですね」

「たとえ両親でも、部屋に泊めることはできないはずですよね」

「……そうですね。それでは、私は――」

 逃げだそうとしているハウスマザーの腕を、今でも千回素振りを欠かさない腕力で静が掴んだ。

「誇りは。ハウスマザーとしての誇りは」

「やめて、おねがい……!」

 いつもの威厳はどこにいったのか、ハウスマザーは目を逸らし半泣きだ。

「私だって宮仕えの公務員なのよ……! ただのエージェントなのよ……! レディに逆らったら明日から職を失うのよ……!」

「やーだ、そんなことするわけないじゃないっ!」

 レディ・マンスフィールドは地獄耳だ。

「解雇とか、そんな面倒くさいっ! 私に逆らったら、その場でこの世から消してあげちゃうんだからっ!」

 両手で掴んでいたハウスマザーの胸ぐらを放すしかない静なのだった。



 闇の学生アパートを灯りもなしに動く影がある。

 ヴァンパイアではない。

 レベッカ・セイヤーズだ。

 今日はシズカのお部屋に、パトロンのレディがお泊まりよ!

 今日はシズカのお部屋に、パトロンのレディがお泊まりよ!

 グラスの縁をそっと静の屋根裏部屋のドアに当て、ぺろりと唇を舐め、レベッカは耳をグラスの底につけた。


 社会見学よ!

 将来のためにお勉強よ!


■登場人物紹介

奴奈川 静 (ぬながわ しずか)

戊辰戦争の生き残り。新たなる戦地を与えられ、魔都ロンドンに渡る。クールを気取っているが、実はすちゃらか乙女。愛刀は木花咲耶姫と石長姫。

奴奈川大社の斎姫であり、正四位の階位を持つ。


ロジャー・アルフォード

英国軍特務機関六課、アルフォード班(掃除屋)のトップ。海軍少佐。極めて長身で、強面。


ヘンリー・ローレンス

アルフォード海軍少佐の副官。童顔だが、階級は海尉補(中尉)。


メアリ・マンスフィールド

侯爵。六課の庇護者。別名をM、もしくは鉄のメアリ。年齢不詳。

英国海軍の名門であるマンスフィールド家の現当主。爵位はやがて弟に継がせることになっている。本当は名前はもっと長ったらしいのだが、そちらは出さない。


レベッカ・セイヤーズ

静の音楽院の友人。下宿も同じ。実は実力者。Aオケの次席ヴァイオリン。


ハウスマザー

静が暮らす下宿、学生アパートの管理人。実は軍特務機関のエージェント。


ミス・チェンバース

音楽院の静の担当教授。


ミス・オコナー

音楽院の静が所属する校舎の管理人。表情を変化させることがない能面のような人。



※悪い冗談

静とロジャー・アルフォード海軍少佐の巨大拳銃。M500。

※ヴァルキューレ

レオンハルト・フォン・アウエルシュタットと聖ゲオルギウス十字軍の自動拳銃。コルトガバメント。

※グングニル

聖ゲオルギウス十字軍の対バンパイア用巨大ライフル。50口径。



※木花咲耶姫

コノハナサクヤヒメ。静の愛刀。朱鞘。栗原筑前守信秀。

※石長姫

イワナガヒメ。静の愛刀。黒鞘。栗原筑前守信秀。

※木花知流姫

コノハナチルヒメ。薫の愛刀。栗原筑前守信秀。



※カノン

正典。そのヴァンパイアグループの始祖。ソロモンの七二柱のカノンは「キング」と呼ばれる。

※アポクリファ

外典。カノンが直接生んだヴァンパイアのグループ。

※スードエピグラファ

偽典。アポクリファが生んだヴァンパイアのグループ。


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