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私たちの311

作者: Giya

#311

#私たちの311


2011年3月11日。

私は、数日前に訪れた大雪の大津からの土産である名刺の束を抱えて、用賀オフィスに出社していた。

大津に行く少し前、唐突に行われた避難訓練で使ったヘルメットは誰もが未だ机の辺りにあった。

恒例の昼食休憩を兼ねたメールチェックを終えた後、客先に向かうための報告書を再確認して、印刷して、コピー。

そろそろ出かける準備しないと間に合わないな、と思っていた午後2時半を廻った頃であった。


何だろう、これは胸騒ぎか、それともいつもの自分だけ地震か………

気が付くと、周囲もざわつき始めていた。

そして、突然始まる横揺れ。ここは地上27階建ての17階、柔構造は伊達じゃなく真ん中はかなり揺さぶられる。

キャスター付きの椅子ごと数メートルは行ったりきたりした。

未だ揺れる中「今なら未だ固定電話は繋がるな」と自宅の留守電に「こっちは無事、みんなの無事を確認して、必ず帰る」と録音した。

周囲は「この揺れの中何やってるの????」と不思議そうな顔と不安そうな顔、そしておもむろに手元にあったヘルメットを被り出す顔。

つい最近やった避難訓練は伊達じゃなかった。

みんな手早く机の上を片付けて、荷物を纏めて、ヘルメットを被ったり抱えたりしながら、非常階段に向かった。

非常階段は、柔構造なビルと別の作りの鉄骨であるためか、一緒くたに塗られたペンキがバラバラと矧がれ落ちて舞っていた。

避難訓練以外で降りた事が無かった非常階段であったが、つい最近降りた事があったため、それほど不安でもなく、それでも舞い散るペンキに戸惑いながら、手すりに頼りながら、地上まで降りた。

同じオフィスに居た人達は、これもつい最近行われた避難訓練の成果か、在席していたメンバーは全員無事が確認された。

あぁ、と思い出して客先に携帯で電話してみるも繋がらず。

近くにあった公衆電話でも繋がらず。

ふと降りてきたビルを観ると、余震で揺れていた…それも手前にあった電柱よりも左右に数メートルは振られながら。

あれは中に居たままだと酔っ払うだろうなぁ、と思った。


点呼の後、部署毎に纏まって行動する事となり、当時所属していた部署は、近場で何故か営業を続けていた喫茶店にみんなで入った。

電気もガスも水道も無事なようで、営業していたらしい。

つけっぱなしのテレビでは、緊急放送が流れっぱなしだった。

暫くそこにいたが、そろそろ夕暮れという頃、これからどうするかをみなで相談した。

自宅が遠い人は、オフィスに戻って泊まると言う。

私は、徒歩で帰宅する事を選択した。

まぁ、今日中には辿り着けるだろう、そんな気持ちでいた。

ヘルメットを被り、荷物を持ち、用賀から大田区の自宅へ向けて、歩き出した。

道路は渋滞、電車は止まり、所々停電しているらしき場所もあった。

途中、全然似合わないママチャリに乗った背広姿数人に抜かされた。

あぁ、タクシー拾うより賢いなぁ、とは思ったが、通りすがりの自転車屋は閉まっていた。売り切れたか。

歩きながら、耳にはイヤホンで常時携帯していたラジオでFMを聴きながら、手元では携帯を操作してTwitterを眺めていた。

頑張って情報発信している企業公式さんが居る。

噂をリツィートする人が居る。

誰もが不安で、誰もが今どうなっているのかを知りたがっていた。


数時間後、日付が変わるより少し手前に、自宅に辿り着いた。

自宅は、それほど被害が無かった。

ただ、液晶テレビが倒れ、CD/DVDの山が崩れ、腐海がさらに混迷を極めただけだった。

家族は一応全員無事だった。

ただ、長女だけ、帰宅が遅れていた。

彼女は、日付が変わり、夜が明ける頃帰宅した。

電車が止まった高田馬場から、色んな手段で、何とか帰宅したらしい。


散らかった腐海を片付けて、PCを起動して、文面を作成したのが「我が家の、災害時の約束事。」であった。

「0.「生きる」ことを最優先にすること。

(1)大怪我しても、諦めないこと。諦めると、本当に死んじゃうよ。

(2)金品や荷物を盗まれたり、暴漢に遭っても、とにかく「生きる」ことを最優先にすること。

1.自宅を目指すこと。

(1)我が家は、震度7程度ではびくともしない。中身はぐちゃぐちゃになるかもしれないけれどね。

(2)我が家は、中から火が出たり、周囲が大火事にならない限り大丈夫。

(3)徒歩でも何でも、24時間以内に辿り着けそうならば、必ず我が家を目指す。

(4)怪我等で動けない場合は、次項以降参照。

2.万が一我が家が駄目になったら、母校を目指すこと。

(1)中から火が出たり、周囲が大火事になったり、多摩川決壊等で床上浸水になったら、迷わず母校体育館に行くこと。

(2)母校が入れない状態だったら、とにかく体育館周辺で待機すること。

(3)学校や役所の人が、別の場所に行けと言っても、極力残る努力をすること。もし移動するなら、次項以降参照。

3.我が家に居ない場合、必ず連絡を取る努力をすること。

(1)携帯が通じなくても、公衆電話なら通じる場合がある。固定電話にかけてみる。

(2)携帯が通じなくても、ネットならサクサクということがある。NTTの「171」やYahoo!災害伝言板等を活用すること。一応、携帯各社の災害伝言板もチェックするけどね。

(3)怪我等で自分が動けなくても、周囲の人に頼んで、極力努力すること。

4.怪我や遠方等で我が家付近まで24時間以内に辿り着けない場合は、必ず連絡を取る努力をすること。

(1)3項に準じます。


(筆者注:場所の固有名詞はぼかしてあります)


数日を自宅で過ごし、さて改めて出社となった日。

手元のヘルメットが、嵩張って、恨めしかったのを鮮明に覚えている。


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