百華領蘭
説明回
遥か昔、この大陸には様々な国が存在していた。否、国と呼べるほど法も秩序も人もいない、動物の縄張りといったほうが近い有様であった。彼らは自国を広げようと領土を奪っては奪われ、同盟を組んでは裏切り裏切られを繰り返すいたちごっこを繰り返す日々を送っていた。
だがそんなある時、数名の若い男女が建立したある国が、無法地帯であったこの大陸に変革をもたらした。彼らは比類なき武で他国を吸収し、類稀なる才で国として機能する為の法を創り、未来的な独創性で瞬く間に領土を広げ、大陸に一つの大きな名を刻んだ。
数百年たった今、その国は大陸の半分を統治下に置き、残る半分も圧倒的武力で吸収し続けている。あまりに圧倒的に勝ち進めている為、国民達は戦争中だということを感じないほど、普通に生活を送り暮らしを送れている。またその噂を聞きつけ反対側の国民が逃げ込んでくることもしばしば。
今国はようやく『国』として機能し始めた、いわば絶頂期である。国内には一獲千金を狙う商人や平穏な暮らしを求めやってくる夫婦、建国に立ち会った若者達の影響で多く存在する道場に入門、道場やぶりを目論む輩で溢れかえっている。
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「着いたな【百華領】に」
【百華領】
説明は前述の通りだが、吸収された国にはそれぞれ百華領に加えて一文字の名を与えられる。首都であり百華領の総本山であるここは『蘭』の文字が後ろに付く。
「にしても相変わらずの騒音っぷりだな。外にいても声が聞こえてきやがる」
目の前に聳え立つ巨大な壁。防壁と検問を名目に造られたが、攻め込まれることはなく検問と国内からあふれる声が外に漏れないようにする為の防音としての役割が殆どの役割を占める。
「はぁ……はぁ……」
二人の後方数十メートルの地点、疲労しふらついているシクスの姿がそこにはあった。シクスは二人から流派の説明を受けたてからこの場所に着くまでの三時間、ある訓練を行っていた。早々にバテはしたが、その意思が消えることはなく、体力が切れた後でも数十分に一度のペースで試みている。
「中々どうして、初めてにしては上出来だとは思わんか出雲。基礎的肉体の低さから見るに、おそらく今まで激しい運動や訓練を行ってはこなかった筈。そういう子は決まって途中で手を緩めがちだが、シクスはやろうという気合が見て取れる」
「っまその点に関しては同意するよ。俺の特訓法にも一回の疑問を示しただけで、ちゃんとしたがってくれたからな。案外育て方によっちゃあ、いい戦人になるかもな」
出雲の提案した訓練は『腕の強化』及び『刀への馴染み』を深める修行である。内容としては目的地に着くまでの間、出雲の真剣を借りて出雲に斬りかかり続けるというもの。勿論出雲は武器を用いず、適当に落ちていた先が二股の枝のみで対処するという、即興で考え付いた訓練法である。
体の鍛えすぎは出雲の剣技に支障をきたすが、そもそも刀を振るえなければスタートラインに立つことすらできない。とにかく刀を振ることを肉体に覚えさせ、且つ人を斬るという事への抵抗を薄れさせることが、第一のは始まりである。
「おーい餓鬼ぃ! 踏ん張ってあと一回斬りかかってこい。それで一旦終了にしてやる」
本来喜ばしきその言葉を聞いても、足取りが早まることはなかった。喜びで湧き上がってくるような力は、とうに使い果たしているからだ。ようやく射程圏内に入り刀を振るうも力は入っておらず、重力の力のみで刀は上から下へと落ちている。そんな刀を出雲は今までのシクスの攻撃同様、枝の股の間で受け止める。
「刀はお前が持っとけ。持っているのと持っていないのでも、今のお前には差異がある」
「は……ぃ……」
「鍛錬が終わったとはいえ休憩ではない。もうひと踏ん張り、いけるかシクス?」
「は……ぃ……」
機械的に返事をしている。もはや返答を変える事すら無駄な労力と無意識に脳が命令を出しているからだろう。それほどまでに今のシクスの体力は既にピークなのである。
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三人はゆっくりと百華領の検問所の前に立つ。白い壁の中で唯一木製でできた大扉が高々と構え、その周りには百華の兵士が巡回している厳重っぷり。
しかしその反面に入国審査は厳しくなく、新しくこの国に入るのならば紙に自分の名前と出身国を書くだけ。書き終わった数分後に、自分の名前が彫られた腕輪を渡され、国内にいる際は必ず身に着けるかはめることを勧められる。
「これが噂に聞くこの世で最も固い【白剛】ねぇ」
【白剛】
金剛よりも固い鉱物であり、石は名の通り白い。百華が所有している鉱山からでしか取れず、また白剛を使った技術の使用は領主の認めた技術者にしか認められてはおらず、それを違反したものは厳罰に処される。
「白剛は緊急時の身元確認に使われますので、身から離さずできるだけ着用するようお願いします」
「緊急、時?」
「妖怪だよ妖怪。ここはでかい街だから、出現する妖怪も相応の強さで、一年に何人かはぱっくり食われちまうわけ。でも白剛だけは胃に消化されることなく残り続けるから、どこの誰が犠牲になったかすぐにわかるって寸法」
「その通りでございます。また白剛には妖怪が近くにいると輝くという性質を持っています」
「えらく丁寧に教えてくれるじゃねぇか。大国の兵士なんざ、威張り散らしている屑ばっかだと思ってたんだがな」
「ハハ、兵士なんてのは肩書だけですよ。実際我々の仕事は検問と壁上での見回りくらいですし」
そんなことを兵士がペラペラとしゃべっていいのだろうか。いや、ある意味兵士の危機感のなさは今まで敵国からの侵攻を受けてこなかったことによる弊害だろう。
「まーその話は半分冗談として、今日か明日は妖怪の出現日にぶち当たる可能性が非常に高いですから、我々は新しく入国される方に説明しているというわけです」
「そうか、もうそんな日か」
以前にも説明した通り、妖怪の強さは街の大きさによって上下する。首都であるこの街に出現する妖怪は一癖ある妖怪が多い分、出現する日数は約一月に一体と頻度が少なく、夜間に出現する。
その為その日が近づくと国民は夜間の移動を控え、白剛で出来た家の中に隠れるのだが、どこの世界にも危険を顧みずに出かける阿保がいる為、被害は絶えない。
「えーでは改めて確認させていただきます。既に白剛の腕輪を所持されているのは入道様のみで、新規にお造りになられたのが志楠様と落葉様ですね」
「あぁ間違いない」
出雲はお尋ね者の為、こういった街へ入国する際は入道の名を使っている。またこの国に道場を持っている葉昏は、訳アリの為に新たに落葉の名前で入国審査票を書いた。
「確認できました。今、門を開けます」
兵士が合図を送ると、鈍重な門がゆっくりと開き始める。そしてその隙間から大音量の人々の熱気と活気にあふれた声が溢れ、鼓膜をダイレクトに攻撃してくる。