遥かなる頂
弟子をとるということを決めたはいいが、何度も言うようにガッツリ教えることはできない。二人の目的はあくまで死合いであり、シクスの存在は言ってみればイレギュラー。本来なら無視するなりしたいところを、やむを得ず承諾した形だ。
「やはりここは王道の基礎鍛錬から始めるべきだな。重荷を背負えは道中でも肉体を鍛えられよう」
シクスの肉体は痩せているといえるほど細くもなければ、太っているといえるほど太くもない、ある種肉体を鍛える上でハンデもアドバンテージもない。
「出雲もそれで……何をしとる」
葉昏が後ろを振り返るのと同時に反対側からゆっくり素早くシクスの近くへと行った。子供染みた嫌がらせだがそんなことより、出雲がシクスの体、主に関節部分を入念に触っている。路上で他人が見れば変態行為と間違えられかねない。
「何って、素質を見極めてんだよ。俺のはそこいらの剣術とは毛色が違うからな」
「それで、素質はどうでした?」
「まぁ悪くないんじゃねぇの。体もガチガチに硬いってわけじゃねぇみてぇだし、許容範囲内だろ。あーそれとおっさん、今言った通り俺のは毛色違うから鍛えすぎは厳禁なんだわ。ほんのりくらいならいいが、腹筋割れるくらいまで鍛えると駄目」
「そうか。ならばもう一考しなくてはならんな」
大きなくくりでは同じでも、細分化すると全く別物ものとなる。これは武術に限らず、あらゆるものに言えることだ。全く性質の違う者同士ならば起こりにくいが、くくり上同じ故に下手なことをすれば双方に悪影響を及ぼしかねない。
今回の場合、本来基礎トレーニングはあらゆる武術において通じている筈が、それすらも片方に悪影響を及ぼしかねないといわれ、より慎重を期さなければならなくなった。
「あの、お二人の剣術って具体的にどう違うんですか?」
「そういやおっさん、開闢流に所属してるっつったけど一刀流だよな? マジであの道場の師範代してたわけ?」
「……人にはそれぞれ合う合わないがある。儂の場合は一刀流だった、それだけのことだ」
「ふーん……そうだおっさんよ、鍛錬始める前に、俺らの技術がどんなのか説明してやるのが筋って奴じゃねぇか?」
「それはそうだが、わかっているのか。それは互いに手の内を見せるということだぞ」
「わかったところで俺のは対処しきれねぇってのは、おっさんが一番理解してるんじゃねぇか?」
「……それもそうか。よし、一度道から外れるぞ」
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街道から大きく外れた開けた場所。ここが街道という、人が通る道でなければ、ここを死合いの場としたくらいうってつけの場所だ。
「さてシクス。儂の流派は『一刀開闢流』という流派だ。開闢流の教えはただ一つ『型に捕らわれるな』それだけだ」
「型、ですか?」
『一刀開闢流』
人間には得手不得手があり、自分にあった道場を見つけるのにも一苦労する。見つけるも何も極めなければ得手不得手なんぞわからないといわれそうだが、極めた時に合わなかったでは時間の浪費が激しい。開闢流はそんな人に合った剣術や武器を見出すことに特化した道場である。
例として最もオーソドックスな一刀流。刀を一本だけだが、片手持ちを主体とするか両手持ちを主体とするかで差異が出る。また刀の改造、簡単な所でいえば刀の底、頭金と呼ばれる場所にわっか状の紐をつけただけでも戦略の幅は広がる。
初めの頃はその人に合った剣技に近い他門派に紹介などをしていたが、今では見出してくれた開闢流に恩義を感じ、残り続けている生徒がほとんどである。
「葉昏さんはどんな剣技を?」
「儂か? 儂は普通の一刀流だ」
「何が普通だよ。防御特化のクソめんどくせぇ型のくせによ」
現在の葉昏の刀は、防御を主体とした一刀流である。
慎重派の葉昏の性格を投影したかの如く、先頭の前半部分は防御に特化して一切攻撃を仕掛けない。攻撃を受け続ける事で相手の性格、癖、実力を隠しているか否かを判断できる。故に相手の実力を見切ったが最後、後半の攻めは圧倒的優位を見せつけ瞬殺する。
「儂から話すことはこれくらいだ。基礎鍛錬ができん以上、シクスに合った型を選ぶことが最初の課題となる。では次は貴様だ出雲」
「教えるっつっても……あーじゃあ餓鬼、これからやる俺の動きをよく見てろ」
「は、はい?」
そういうと出雲はそこらへんに落ちていた石を拾い、近くに生えていた木の近くまで歩み寄る。一呼吸の間の後、手に持った石を出雲の身長よりも少し高いくらいに投げた時、シクスは妙な現象を垣間見た。
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「……っま、こんなもんか。これが俺の技ね」
「……えっ、今……え?」
出雲の前に立っていたそこそこ立派な木がバラバラにされ崩れている。それだけでも十分に驚くべきことだが、木が大勢を保てず崩れ切った後に、出雲の投げた石が地面に落ちていた。
それが意味していることは、木をバラバラにし報告した時には石はまだ投げられた力が残り、宙を上がっていたということ。時間にして一秒にも満たない早業を、只の人間がやってのけたという事実を突きつけられている。
だがしかしシクスが驚いているのは、そんな少し常識から外れれば理解できることに驚いているのではなく、シクスがその早業を一部始終見て記憶しているという自分に驚いているのだ。突然覚醒したのだとかそういうわけでは当然ない。だからシクスは訳も分からず、同質問していいかもわからず困惑しているのだ。
「理解できんか?」
「い、一体何がどうなったんですか!? 今の一瞬の動きを、なんで僕ちゃんと見れて……」
「人間って奴は戦っている最中ですら他のモンにも目が行っちまうんだ。生えてる木とか壁とか。そういう関係のないものを完全に遮断し、対している相手の動きのみに集中している状態のことを俺たちの間じゃ『達人の領域』っつぅんだよ」
侍が刀を振る時、普通であれば『斬り初め』『斬っている最中』『斬り終わり』の三段階として斬る動作を認識する。段階が少ない為、侍の刀の動きやその途中を目が認識できない。
しかし達人の領域中はそれら三つを更に細分化しているため、認識する量が増える。『斬り初め』『第一加速』『第二加速』『第三加速』と、段階が増える。カメラの連続シャッターのように、認識できるものが増えた分、敵の動きがより理解できるようになる。
「ちょっと待ってください。それは戦っている最中に起こる現象ですよね。ならなんで戦てもいない傍観者の僕がそんな領域に入れたっていうんですか?」
「それが、俺の剣技だから。俺の技は達人の領域に加えて『魅了』の力もあるんだよ」
「魅了? 魔法の魅了みたいなことではなく?」
「んなややこしいことじゃねぇよ。あるだろ? お前なら。美しいもんに目が奪われて、時が過ぎるのを忘れちまうって現象。あれだよあれ」
達人の領域と、出雲のいう魅了の現象は似ているが対極に存在している。前者は自分に関係している動的なモノ。後者は自分に直接的関係はあまりない静的なモノ。その両方を自在に扱えるのが出雲の剣技である。
「俺の技、見てどう思った?」
「何というか……すごく綺麗でした」
「それで合ってる。俺の動きは一切の無駄を省いた『靡く雲』ように優雅な動きだ。そのあまりの洗練された動きにお前は魅了され、そこに俺の達人の領域も加わり疑似的な達人の領域の現象を周りの人間にも与える。それが俺の剣技。理解したか?」
理解できるはずもない。こういっては何だが、葉昏の王道のような剣技に対して、異端すぎるのが出雲の剣技だ。自分で弟子入りを志願しておいてなんだが、無理という考えが頭をよぎる。
しかし同時に、先ほど素質はあるといわれたことを思い出し、若干の笑みが浮かび、酷く引きつった顔が出てしまう。仮面をつけていて今日ほど思える日はない。
「あの領域は非常に厄介でな、対している相手は相手がどんな動きをしているか認識しているのに、動けないという恐ろしさもある。あくまであれは疑似的領域であって、敵からすれば突然出雲以外の時間の流れが遅くなったのだからな」
「その領域もおっさんの防御の前じゃ効果薄かったがな。ガキの頃以来だ、初手で殺せなかったは」
「ところで出雲。その技、我流か?」
「『殆ど』我流さ」
「儂は昔、似た流派を見た覚えがあるのだが、それと関係は?」
その言葉が発せられた瞬間、辺り一面の空気が凍り付いた。
原因も出処もわかっているが、シクスは咄嗟に下げた顔を上げない。上げられるわけがない。上げた途端、自分が化け鳥の様なバラバラ死体になりかねないと、空間が教えてくれている。
「……その話、続けるか。おっさんよ」
「……尾を踏んだのなら謝る。故に殺気を抑えてくれ。これ以上の詮索はせん」
「それだけじゃあ俺の虫の居所は収まらねぇ。俺からも一つ質問させてくれや。おっさんの一刀流、本当に始めっから一刀流だったのか?」
「開闢流は自分に合った型を見つけるのがモットーだ。若き頃は様々な型に触れたわ」
「そういう話じゃねぇんだわ。俺が言いてぇのは、どっかで自分の型を捨てて仕方なく一刀流にしたんじゃねぇかっつぅ話をしてるわけよ」
「!!?」
明らかな動揺と共に、葉昏から出雲に匹敵する殺気が放たれる。
それを感じ取ったシクスは、自分が脳天から股下まで両断するイメージが確かに脳裏を過り、腰を砕けてしまう。あまりにリアルすぎるイメージは、そのイメージを現実に一割投影してしまうというが、シクスの頂点から又先までに、確実に何かが通ったような幻痛を感じてしまう。
「一刀開闢流の出の奴とは何度か戦ったからなぁ。死の間際にほざいてたぜ? 『何であの男が師範なんだ』『開闢流に泥を塗ったあの男が』」
言葉の最中に刀と刀が接する金属音が、辺り一帯に響き渡る。
冷静沈着な葉昏が汗を垂らし表情を崩している。
「……十分であろう。ここでお開きとせんか」
「なら殺す気満々の刀を抑えてくれねぇか? これ以上されッと、お構いなく殺しちまいそうだ」
諭さとされても力を緩めなかったが、大きく深呼吸をした後、葉昏は刀を納めた。しばらくぴりついた空気が続いた後、誰が言うでもなく三人は自然と街道へと戻り、首都へと向かい歩き始めた。