アルコール度数30
村では化物を撃退した二人を祝し、大きな宴会の場が開かれた。実際は化物を撃破を祝ってでは無く、志楠を助けてくれた感謝の祝い事だが、この際どちらでもいい。
「ゲフ~、四日ぶりの飯はそこそこ旨めぇな。強いていやぁ肉がねぇな、肉が」
「黙って食に没頭しろ。これだから礼のなって無い奴は」
「じゃぁ、ありゃいいのかよ」
指の先にある光景は人だかり。彼らは豪勢な食事にも、圧倒的武勇を見せつけた二人にも目もくれず、シクスの周りに集まっていた。
「アレはもうどうにもならん。……にしても異様な光景だ。取り囲っておる連中の態度は、子供だから可愛がっているのとは訳が違っている。まるで絶世の存在を我が物にせんとする勢いだ」
「まーな。人も百華領の姫君でも見に来てみてぇに集まってるが、別にそんな気にすることか? 鮮黄色した髪は珍しいが、ありゃ只の非力な餓鬼。一々気にしてたら只でさえ短い寿命が縮まるぜ?」
「お前は戦い以外に興味が無さすぎる。そんなことでは死の間際後悔するぞ」
「長生きしてくだらねぇ毎日送るより、短い生で刺激的な毎日を送るからご心配無く」
水と油とまではいかないが、二人は所々合わない。
しかもその所々が、極端に合わな過ぎるせいで反発しあっている始末。
そんな二人の間に空気を読んでか、もしくは余程の鈍感だからか、村長が村の銘酒を手に持って、二人の間に座り込んだ。
「お二人さん。村の銘酒、どうだい?」
「酒なら何でもいいよ。さっさと注いでくれ。波波にな」
「……頂こう」
お猪口になみなみと注がれた酒。透明で仄かに甘い香りがする。
口に含めば舌が一瞬ピリッと痺れるのだが、その一瞬だけで痺れはその後一瞬も顔を見せない。鼻を抜ける良き香りは桜、味も崇高だ。嗅覚と味覚、全てが喜び震えているのがわかる。
しかし結構なアルコール度数があるようで、普段酒を飲まない葉昏はこの一杯で酔いが回り始める。
「いい、酒だ」
「珍しく意見があったな。村長さん、もう一杯くれ!」
「ははは、口に合ったみたいでよかったよ」
「っー……ところで、村長殿。ニ三聞きたい事があるのですが……あの童は、一体何なのですか?」
吐く息がアルコール臭い。
自分でも大雑把な質問をしているとわかっているが、思考が回らない。普段から酒を飲まないせいもあるが、この酒自体も相当のアルコール度数があるようで、一口で葉昏の顔は真っ赤だ。
「志楠の事ですか? あの子は今月の初め頃、出雲殿がこの村に来る少し前に門先で倒れていたんです」
「つぅことは捨て子か? 時代だねぇ~」
何の悪意も無く、素の発言だった。
だが言葉を聴いた近くの村人達はそうは思わない。
一斉に鋭い視線を出雲に送るが、本人は気付いていながらも全く意に介していない。
「志楠君を捨てるだなんてあり得ません!」
「いやでもよ、あんな薄気味悪ぃ仮面付けた餓鬼だぜ? それをなんでここの連中が注目してるのかは知らねぇが、俺から見ればただのくそッ、むぐぐ!!?」
一番聞きたかった事を言ってくれたのはいいが、余計な一事を言いそうになっていることを察し、左手で口を塞ぐ。その際も力加減を誤り、平手打ちの形になってしまったが、酒の席というだけあって不自然には見られない。
「あぁそういえば、貴方達はあの子の素顔を知らなかったですね」
「素顔ですか?」
「そうです、素顔です! 私は今年で米寿ですが、あれほど美しい人を見たのは生まれて初めてで……あぁ、今思い出しただけでも心臓が高鳴ります!!」
八十八歳の老人が頬を赤らめている。初孫を可愛がる様なんて生ぬるいものではない。完全に恋をしている顔だ。九つ年上とはいえ、その表情は不気味過ぎると無礼を承知で思ってしまう。
「ッン!! だけどまだ餓鬼だろ? その年頃なら肥えてなけりゃ誰だって」
「若いから綺麗ではないんです! 殻縄志楠だから美しい。それが真理なのです! 彼は普通の時すら愛おしく美しいのです!」
宗教家の演説を聞いている感覚に近い。
全く共感はしないが、熱弁してくれている温度差に出雲すら気味悪さを覚える。
「貴方達も一度見ればわかります。っあそれに貴方達になら、あの子も素顔を久方ぶりに見せてくれるかもしれません」
「そういえばあの仮面。あれは一体何の為にしているのですか? 美しい顔なら普通、見せびらかすまでしないにしろ、隠す理由が思い浮かばんのだが」
「それがさっぱりです。この村に来た次の日、目が覚めた時から仮面を付け始めていましてね。まぁ、凡顔の私共なんかではわからない苦労があるのでしょうきっと。それを見られたこの村の人間は本当に運がいい!!」
結局志楠を信仰している彼らも、殆ど志楠の事を知らない。
わかったことと言えば捨て子であり、美しい顔立ちをしていて、何かしらの理由でその顔を隠していることくらいだ。
「……でさー、結局の所志楠って男なの、女なの!!」
唐突に出雲はその場にいる人間全員に聞こえるように言った。
露骨すぎる。そんな事をすればどうなるか、知らぬわけではない筈なのに。
案の定、すぐさま二人を囲い込むように村人が集まり囲いだす。
「そりゃお侍さん見てわかる通り志楠は女」
「何言ってるんだい! あの声色は多数決で男性寄りって決まったはずだろ!! だから志楠君は男性!!」
「お前こそ忘れてんじゃねぇのか。あの美しい腕の曲線と時折見せる生足は白魚が勝負を捨てて陸に逃げるほど美しいって多数決で決まっただろ!!! これだから艶のねぇ腐った魚みたいな肌の女は……」
「ホント男ってヤラシイぃ目でしか判断しないわね!! サイテー!!!」
宴会の席が一瞬にして喧々諤々の険悪な場に早変わりした。しかも場の空気は一瞬でヒートアップし、張本人である二人は既に付いていけないと外へと出ているというのに、お構いなしに会話は続いている。
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「全く、わざとにしてももう少しマシな方法でやれんのか」
「別に和むためにここに来た訳じゃねぇだろ? おっさんこそ、本来の目的、忘れてんじゃねぇのか?」
刀の柄をポンポンと叩き、あからさまな戦闘の意思を見せつけている。
真剣な表情、戦場関連の時にしか見せないマジの表情。
出雲の言う通り、この世に未練はないと死合いに望んでおきながら、不慮の事故が起きたとはいえ、たった一人の子供の謎に入れ込むのは愚かな事だ。それより重要なのは目の前の男との決着。何方が真の頂に立つ者かの証明が重要だ。
「……確かに儂が間違っとったようだな。早く別の死合いの場を見つけ、続きを始めようぞ」
「そうそう、それでいいんだよ。雑魚しか呼ばべない匂いを放つ餓鬼なんざ、放っておくに限る」
「その言い草。もしあの童が強気妖怪を呼ぶ者なら関わっていたと、儂には聞こえるんだが?」
「否定はしねぇさ」
二人は村を出た。
誰にも告げることなく、人知れず何処か人のいない地へと赴き死合う為に。
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「……」
千鳥足気味の二人の後方に小さな影が一つ。
普段ならば気付く二人だが、酒が入ったせいで気付かない。
村の銘酒、あの森の奥に群生する固有の米から作った酒が、相当二人に合っていたようで、達人の気配察知範囲を劇的に縮めてしまったようだ。