静粛に
地に伏し、敵に首元を掴まれている。これは非常に危機的状況だ。しかも刀と互角の強度を持ち、人間離れした瞬発力を持つ指力ならば、容易に二人の喉を潰すことが出来るだろう。だが相手はそうはせず、二人にその状況を理解させる時間を与えた上で、何もせずに待った。
「……」
「(どういうつもりだ。殺せる機会を伸ばし、脱する機会を与えるなど……!?)」
「……静粛にして頂きたい」
初めて聞く相手の声。鍔迫り合いの時も、二人を地面に伏せさせた時に生じた衝撃の時でさえ、全く声を発しなかった相手が、漸く口を開いた。
「静粛……やと……?」
「思慮して頂きたい。現在の時刻は四時過ぎ。一般人は睡眠を取る時間です。それは城主で在られるラーダ・クリエラ様も例外ではありません。貴方方が攻め込もうが、逃げようが私の知った事ではありませんが、どうか静かに行動していただきたい。そう申し上げる為に態々このような状況を作り出した次第」
「!?」
「……じゃあなんだ。別にとどめ刺しに来た訳やなく、それ言う為にこんな事したって言うんかい?」
「? そう申した筈ですが?」
「……ちゃかすんも大概にせぇや!!!」
手に持った刀を、不完全な態勢ながらも敵の頭向けて突いた。
一般的に、油断さえしていなければ首元を押さえられている状態は圧倒的に不利だ。敵の視力は並外れており、並の人間の動きならばゆっくりとした、欠伸すらしてしまう程の余裕がある程鈍く感じるだろう。だが敵は喉を潰すといった手っ取り早い方法はとらず、葉昏の喉を押さえている右手を解放して刀を制したさせた。
「!?」
「……っ!」
本来喉元を押さえている手が離れているかどうかを見誤る程、脳は衰えてはいない。だが今度は瞬きをしていたいと断言できる状況下でありながら、敵が喉元に置いた右手をは離して刀を制止させるために動き、止めて見せたまでの一連の動きの一遍も見ることが出来なかった。
実際敵も見られていないであろうと自信に満ちているからこそ、刀を止めて見せた場面を一秒二秒、葉昏に見せた後に後ろに跳び、定位置ともいえる場所に再び同じ構えで立ったのだろう。
「っつァ!! クッソ……一太刀も浴びせられん処か、恥掻いてもうたわ」
「……今まであって来た化け鳥とは何か違う。儂等に対する接し方と言うかなんというか……」
「俺にそないな事言われても知らんわ!! とーにーかーく、こいつをぶっ飛ばさん事には、何も先には進まへんにゃろ? だったらあらゆる手を尽くすんが普通やないん??」
「それはそうだが……」
言葉を濁し、同意を遅らせたのには訳がある。
鸚鵡ほどではないが、この男の気迫に嘘偽りを隠している様な後ろめたさは感じない。一種の潔さすら感じ、感心する一面すらある。また呑気に作戦会議している間も相手は無表情に同じ場所に居続けている。
「(一体どういう事だ? 殺そうと思えば殺せた隙をミスミス逃すか? 仮に時間稼ぎを言い渡されていたとしても、儂等の存在は死んだほうが面倒にはならん筈……一体どういう裏が……?)」
敵に攻撃の意思が全くないと、自然と考え込んでしまう。道場で一人素振りの練習をしている時は、正に今のような心境だ。攻めないという選択肢はないが、今攻めても対策が無い以上同じ二の舞を被るだけ。しかも、敵は何時までも同じような対応をしてくれるとは限らない。
加えて言うなら葉昏の剣は守りの剣。敵が行動してくれている事を前提とした剣技。仮に相手が先手を打たなくとも、葉昏が少しちょっかいをかければ大抵の敵はボロを出した。だが相手は全くしない。それこそ、無機質な岩の様にドンと構え、攻撃して来た者のみを鋼鉄の鎧で痛めつける、そんな相手。
「(……出雲も同じようだな。それもそうか。出雲は儂と違い、一度手合わせをしている。度量の具合も、奴なら測れ易かろう)」
三人はその場に硬直し続け、互いに攻撃しない時間が数分間続いた。




