影人
黄泉蘇理の光は傷が治るだけでなく、包まれた時に途方もない幸福感に包まれる。それは日々のストレスが肉体から溶け出し、地面に沁み込んで自分の肉体には戻って来ないと確信できる程、圧倒的なリラックス状態になる。出雲はこれで二度目だが、一度目は完全に死んでいて感じはしなかったが、二度目でその癒しを全身に受け止めている。
「(あ~……気持ちいいなぁ……こんなの覚えたらぁ、按摩に戻れなくなっちまう……)」
至極の時間を噛み締めるように身を委ねていたその時、真冬の風が背中に当たった冷たさを感じ取り身を震わせる。
『あかんなぁ……やっぱりお前はぁ、劣等種や』
「!!!」
夏休みの子供の様に、背中に当たる冷たい感覚など無視して前面に当たる癒しを味わおうとしていた出雲の覚悟が、その声を聴いた途端に跳び起き、刀を抜刀して声のした背後の方を見る。
「出て来い!!!」
『出て来い? ちゃうやろぉ? もう俺はお前や。お前が阿保踏んだおかげで、俺はこうしてお前の後ろに……』
先程までの癒しがまるで嘘のように、びっしょりと額から汗が吹き出し、何時もの様な妖艶な剣技などを使わぬ、お粗末な素人の剣捌きで何もない背後を幾度も斬ってかかる。
『ハハハハハハ!!!!』
「こんなもの、幻聴だ!!! お前は……お前は……!」
『お前ぇ???? 誰に向かって口聞いとるんや雲助?』
「!!!」
確かにそれを感じた。
小指、薬指、中指、人差し指、親指と指の一本一本が肩に触れているのを確かに感じた。その手も冷たく、唯一温まっていた前面が一気に凍り付いたように冷たさを感じ始めた。
『俺はお前にとってなんや雲助?』
「お、お……おっ、し……おし……ッ!!!」
嘔吐くように何かの単語を口から吐き出そうとしていたが、両掌で自分の口を力一杯掴んで、その言葉を出さないようにした。爪が頬を削り、目に涙が溜まって、腹を引っ込ませては出し引っ込ませては出しを繰り返している。
『もちっと強めにいかな分からんか? 俺はお前にそんな事はしたないんや雲助。だからなぁ……早う挨拶せんか』
「ッ!!!!!!!!」
強めの口調に出雲は恐怖を感じ、思わず口を押えていた両手を解いてしまった。
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「……さん。……ずもさん! 出雲さん!!!」
「!!!」
「大丈夫か出雲!! 一体どうしたというのだ!!!?」
目が覚めた時、そこは現実の世界だった。
周りは砂だらけで、出雲を心配するようにシクスと葉昏が傍にいた。
「はぁあ……はぁあ……お、俺は……寝てた、のか……?」
自分の置かれている状況を理解できない。ただ分かっているのは、傷は治っているが体中汗でびっしょりに濡れ、息も上がっているという事。だがその割に肉体疲労は感じられず、それどころかこんな状況にも関わらず爽やかさすら感じる。
「何があったんですか? 黄泉蘇理中に寝ちゃって、その後何度揺さぶっても起きなかったんですよ?」
「しかも黄泉蘇理を受け終わった後、すぐに苦悶の表情を浮かべていたぞ」
「俺は……」
何も覚えてはいない。否、正確にはある一点を覚えている。
それは真っ黒な景色だ。それは何も覚えていないのではないかと言われるかもしれないが、そうではない。黒い景色は出雲の身体より一回り大きい人の形をし、その背後からは温かな光が漏れている。そんな景色を覚えている。
「……何も、覚えてない」
「そ、そうか……で、肉体の方は大丈夫か?」
言われて体を立たせる。
体に異常はなく、受けた傷は再生してストレスなどといった精神的疲労も全く感じ取れない。汗で服の感触が気持ち悪い以外、絶好調といっていい。
「大丈夫みてぇだ」
「良かった……黄泉蘇理が失敗したのかと思い……まし……」
安心し切った所で、黄泉蘇理の代償が身に降りかかり、体の体勢を崩す。
「シクス! 大丈夫か!!」
「だいじょ、うぶ……です……」
「……スマン。お主の力に頼るしかなく……!」
シクスは全快とは程遠い、空元気状態である。
バクサ到着時に熱中症で完全にダウンしているというのは嘘ではあったが、予備軍的な状態ではあった。反逆の森にて水を補充し、何とか完全な熱中症にはならなかったが、三人分の冷気の魔力を継続して使っている分、徐々にではあるが疲労が溜まっている。
「いいん……ですよ。それより、白人の人が……!」
「! そうだ出雲、そんな状態でスマンが、一体何があったというんだ!!」
「……おっさんが風の中に引き籠ってた時、増援が来た。上で観察してた奴とは別にな。戦えなかった憂さ晴らしには丁度いいと思って戦い挑んだら、このザマよ……」
「!? (負傷していたとはいえ、出雲を倒したというのか! まさか奴が嘘を……いや、奴の言動にそんな気配は感じなかった。突発的な行動か?) ……いや待て。それ以前に、何故白人の子なのだ? シクスではなく、何故……」
「そんなの俺に聞くなよ。俺だって最初はこっちの餓鬼狙いかと思ったが、奴らは明確に白人の餓鬼の方を狙って連れ去って行ったぜ? っあそう言えば、戦ってる途中で独り言ブツブツ呟いていやがったな」
「……恐らく母様とやらと話していたのだろう。鸚鵡とかいう奴の力では、それが可能らしいからな」
「ッチ、今度会ったらそんな余裕かませないくらいにボッコボコにしてやる」
「して奴らはどの方角に?」
「ここを真っすぐ。早い話がバクサの方角だな」
「国へ戻ったか。母様から連絡があったのならば、余程重大な事に違いない。出雲、馬は?」
「戦ってる最中に逃げたよ」
「となれば歩き……できれば夜明け前には辿り着きたいが」
「反逆の森に戻る何て選択肢はねぇんだ。歩くしかねぇだろ」
「……ならばシクスは儂が運ぼう」
「お? 珍しく俺の心配してくれてんの?」
「馬鹿を言え。汗で濡れた背に童を預けたくないだけだ」
「ヘイヘ、ッ!」
葉昏がシクスを背負っている最中、猛烈な頭痛が出雲を襲った。堪らず膝を折り、右手で頭を鷲掴み、歯を食いしばる。
「ん? お、おい出雲どうした!!!」
「……何でも、ない。それ、よりも……早くいかなきゃ、何だろ」
「確かにそうだが……」
「さっさと行って、俺達の目標を、達しよう、ぜ?」
フラフラな足取りだが、目は死んではいない。
此処で問答をするのは時間も、出雲の決意すら踏み躙る行為。葉昏はそれ以上は何も言わず、ただ黙って頷き、バクサへと向かって走り出した。
「そう、それで……ええんや』




