望むは死合い
「僕の名前は【殻縄 志楠】といいます」
【殻縄 志楠】
幾つかの点に目を瞑ればいたって普通な童だ。
服はどこにでもある子供用の着物と草鞋。山吹色の髪を結い、性別は顔を隠しているから分からない。声色はどちらとも取れる両性的な声で、胸部の凹凸も育ち盛りだからと言われればそうかと納得する他ない。
声に関してはそういうものとしてみればいい。なんらおかしくない。
だが問題はその後ろに敷き詰められている連中だ。
最初は町娘連中だけかと思っていたが、後ろの方にいる若い男連中も全員が頬を赤らめている。
「あの時はどうも……」
「ちょいちょい、勝手に話し進める前にさ、後ろの連中何? お前の追っかけ?」
「それはっ」
「おい、志楠さんの名前を教えてもらったんだから、ちゃんと名前で呼んでやれよ」
志楠の後ろにいる男が、いきなり喧嘩腰に話しかけて来る。それ自体にもイラっとするが、それ以上に周りにいる連中も男の意味不明な物言いに対して、賛同の声を上げ、出雲を貶す発言を繰り返し始める。
「見た目通りの無礼千万なやつね」
「育ちが悪いのよ。どうせ真面な教育を受けてこなかったんだわ」
「剣の腕は一流か知らねぇが、それ以外が人以下とか獣かよ」
「……」
無言のまま、出雲の手は刀へと伸びる。しかし柄を持った辺りで、葉昏から鋭い生死を訴える視線を受け、ほんの少し抜刀しようとする気を納める。
「止めてください皆さん!」
誰も止めようとはしなかった罵詈雑言の嵐が、小さな子供の一声で止んだ。段々と止み始めるようなものではなく、予め練習でもしていたかのようにピタリと止み、全員の視線は志楠の方を向いている。
「……僕はお二人と話があります。皆さんは扉を閉めて出て行ってください」
そう言われると、今度も素直に部屋の外へと出て行った。しかし表情は露骨に残念そうな表情を浮かべている。大名が民衆を端へ除ける場面は何度も見てきたが、一介の童が命令し従わせる姿は、二人も初めて見る光景だ。
「……スミマセンでした」
「あぁ、ホントにな」
「何かあったのか? 儂は西の村から来たから此方の村事情は知らんが、初対面の人間に対して見せる行動では無かった」
「それは……それより、先日は助けて頂きありがとうございました」
「先日?」
葉昏はこの台詞を聞いた時、過去の記憶に遡ろうとする努力をした。過去に助けた子供が、何らかの事情があった二人を態々病院まで連れてきた、そう仮定して思考したが、出雲は違う。合戦で殺戮の限りを尽くし、人助けなど一文の得とも考えない出雲が、誰かを直接的に救ったとは、本人すら考えはしない。
「待て待て待て、待て! 俺が、お前を、助けたぁ?? そんな訳ねぇだろ。俺はお前みたいな仮面を付けた餓鬼なんざ知らねぇぞ!」
「覚えてないんですか? 三日前に森の中央にある広場で助けてくれたこと」
「!? あの場所に来たのか!!」
噂で知ってか、何かに引き寄せられてか侍達は村を通ってあの森の中央へと向かう。その場所で何が行われ、何故帰ってこないのかは村人達には分からないが、決して近付かないというのが村の掟となっている。
「ごめんなさい! 僕、この村に来てまだ日が浅く、侍という職業の方が来たのもあなた方が初めてで……それにあの時、僕は【妖怪】に追われていたんです!!」
【妖怪】
人や動物と違い、村や街等に出現する化け物。
姿形は様々で家の様に巨大な大蜘蛛や、人に化けた人食鬼など様々存在する。
その生態系や発生原因全てが不明の存在である。
「アイツは烏と人を混ぜたような姿で、その手に大鎌を持って襲ってきて。僕、必死で逃げたんです。その先が偶然、森の中央だったんです!」
「……そいつぁありえねぇな。この村は確かにそこらの村よりは栄えているかもしんねぇがよ、人に害を及ぼす妖怪が出現するなんてあり得る筈が無い」
「それに妖怪が外へ出る事はない。あの森はどちらの村の所有地で無い以上、決してな」
出現する妖怪の種類は様々だが、その実力はある程度確立できる。
数万人が暮らす大規模な都市ならば妖怪の強さは一から百まで様々だが、百数人程度の村では精々一から五、畑を荒らす悪ガキ程度の妖怪しか出現しない。
また外へ出ないのは、外へ出た瞬間に消滅するからである。。
過去にそのルールのアウトラインに踏み込んだことがあるのは、とある街に出現した城よりもでかく細長い妖怪くらい。その妖怪自身も自分の体の大きさを制御しきれず、出現と同時に風に煽られて街の外に頭が出てた瞬間に消滅した。
「もうちっとマシな嘘をついてくんない?」
「本当なんです! 信じてください!!」」
二人の常識から考えれば、志楠の話す事全てが言い訳にしか聞こえない。
志楠は次に出す言葉を思い付かず、黙ってしまう。
「おっさんよぉー、どうする? とっちめて正直にさせるか?」
「馬鹿か。そんな事をして何になる。それに儂らの目的はただ一つ。そんな時間があるなら、早々に森へと戻り再開する方が有意義だ」
「それもそうだな。餓鬼の絵空事に付き合う必要はねぇか。よっと!」
「あっ」
志楠が何かを言おうとしたが、言葉を詰まらせる。
ここで何を発言しても裏目に出る。いい方向に持って行けたとしても二人の行動を止める事は出来ない。二人は志楠を再び見る事無く、扉から出て行った。
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「今度こそ決着をつけようぜ? 邪魔無しでな」
「当然だ。お前は儂が殺る」
二人の姿は対照的だ。
葉昏は侍の手本ともなる様な歩き方。姿勢を正し、軸は真っ直ぐでブレていない。対する出雲は開いた胸元に左手を突っ込み、利き手である右手は常に裸の刀の柄に置かれている。
正道と邪道、その両極端を垣間見た様な感覚を覚えながら、二人が森へと入ろうとした瞬間、偶然にしては出来過ぎる事態が二人を襲う。
上空から突然一本の刀が葉昏目掛けて落下してきた。間一髪後ろへ下がったが、危うく頭を貫かれる寸前であった。出雲の方は、何故か出雲にしか吹いていない突風が吹き、どこからともなく飛んできた矢の雨が後ろへと後退させた。
「何だ!?」
「知らん、突っ切るぞ!」
その後幾度も森への侵入を試みるも、その度に何万分の一の確率で起きる出来事に阻まれ続ける。
動物の骨がマシンガンの様に狙って来たり、唐突に噴き出る間欠泉に後退を過されなくされたり、最早誰かに仕組まれているのではないかと疑い始めた頃、この村の村長が諦めの悪い二人を見かねて話しかけてきた。
「諦めたらどうです。それ以上挑んでも、命を落とす確率を上げるだけ。それなら私の話を聞く方が賢明というモノ」
「話聞いたら森ん中入れんのか。あぁ!!!?」
「それは無理でしょうな。あくまで私がするのは森の神聖性であって、森を開く術ではありませんから。ですから言ってしまえば、私の話は諦めのキッカケとなる話でしょうかね」
「んな話なら結構!!!」
出雲は構わず森への進行を試みているが、葉昏は村長の話を聞く事にした。そしてこの森の事、過去に森を切り開こうとした男達が次々に奇怪な『事故』に遭って死亡したことを聞いた。
また、それ以来自分達と同じような侍が現れては、森の中へと入り二度と戻ってこないことも。
「神聖、そう呼んでしまえば楽だろうが、そんな話を聞いた儂からすれば、この森は食虫植物。いや、侍を誘き寄せる食侍植物だな」
「何とでも言いなされ。もう片方の型が入れない以上、最早あなた方に森へと入る権利はないでしょう。諦めて別の場所を探すか、全く別の事をなされたほうが時間を有意義に使えるというモノ」
「喧しいぃ!!! 何にも知らねぇお前が、他人の人生の優位性なんざ語るんじゃねぇ! 俺らはただ死合いたいだけなんだよ!!!」
幾ら森に挑んでも踏み切れず後退してしまうという事実は、鬼雲の名を傷つける。たかが自然の風に、たかが自然の水に、たかが自然の死骸に妨害され踏み込めないなんてことはあってはならない。
「落ち着け出雲。他人に当たってどうこうなる問題でも無かろう」
「じゃあおっさんはこのままでいいのかよ! 不完全燃焼で、半端なまんまでいいのかよ!!!」
葉昏は答えない。理由は単純、葉昏自身も納得がいかないからだ。出雲と違って理性がある分、内に押し込める思いは、今にも破裂しそうだ。何とか押し殺し、押し殺し、押し殺してはいるものの、思わず口から本音が漏れてしまう。
「……今儂等は睡眠を取ったのみ。食事もとらず、若干の回復をしただけ。ならば適当な場所、不完全な場所で死合ってもいいのではないか? 決着も三日後とは言わず、早ければ死合ったその日で決着が付くやもしれんぞ?」
「! ……おっさんの口からそんな大胆発言がされるとは思ってなかったぜ。そうだ、そうだよなぁ。俺達は満身創痍で、闘い始めりゃボロが出まくる状態。なら道端の広場でも十分かも知んねぇな」
何時しか二人の間には火花。否、燃え上がる戦火が部外者である村長にまでしっかりと視認し、感じ取れるまで具現化していた。それ程までに二人の死合いに対する思いは本物であり、今すぐにでも戦いを再開したいとする考えは変わっていないのだとわかる。
だが二人の考えとは余所に、燃え上がる戦火の中に冬将軍が入り込むような場違いな存在が入り込んでくる。
「お侍さん!! 助けてください!!!」
助けを求めて走り、近付いてきたのは村娘だった。二人は覚えてはいないが、その村娘は志楠の取り巻きの一人である。娘は必死の形相で、着物が開けながらもお構いなしに近付いて来る。
「なんだよ、この村は俺らに恨みでもあんのかぁ!!!?」
「……落ち着け出雲。それで娘さん、一体何が起きたので?」
「し、志楠君が、妖怪に襲われているんです!!!」