砂の世界
『心頭滅却すれば火もまた涼し』
数多の苦痛も心の持ち方次第で耐えられるという意味で、武を行く者にとってこの言葉は、常に心の中心の片隅に置いておかなければならない重要なモノである。
何故このタイミングで心構えの話をしなければならなかったのか。
それは三人が現在いる場所に関係するからだ。
「……」
「……」
「あっちぃ‥…」
見渡す限りの広大な砂。しかも只の砂ではない。炎天下に熱せられ、灼熱を得た砂を素肌で触れようものなら、途端に火傷を負う事は不可避と直感できる。
灼熱の原因は当然、お天道様に燦々と輝く太陽だ。三人が先程いた世界に比べ、太陽が近く巨大さが伺える。
ぺんぺん草一本どころか、痕跡すら見当たらない。
シクスの魔法で体周りに冷気を発している為、多少はマシだがそれでも汗は滝の如く流れ、水をがぶがぶと飲んでしまう。
「口に、出すな。余計に暑くなる……」
「実際暑いんだからしょうがねぇだろよぉ。まさかこんな所に出るなんて。予想が外れたよクソッ!」
「長い言葉を連ねるな」
「おっさんだってそうだろ!? てっきりお出迎えがあるかと思ったら、誰もいねぇでやんの」
「……童の術によれば、十人以上の人が密集している場所は数キロ先。加えてこの暑さだ。いつ来るか分からん相手を炎天下の中待つ理由はない。それに来たとしても、童の力無しでは途方に暮れて干からびるのがオチだからな」
「なーる程ね。ところでおっさんよ」
「……なんだ」
「長い言葉を連ねねぇでくれよなぁ、あっちぃんだからよぉ」
「貴さっ……はぁ」
暑いと人は苛立つが、度を越えた暑さはその気すら失せさせてくれる。
本来ならば修行も同時進行で行いたいところだが、シクスがバテて倒れれば荷物が増え冷気の魔法も消える為、只数時間歩くだけ。
初異世界の二人だが、驚愕こそあったモノの何の面白味の無い世界に来てしまったことに、若干の後悔を覚える。ここでは死合いに相応しい場所もある筈もない。
「……ん?」
突然先頭を歩いていた出雲が歩を止める。
それに気付かず前へと進もうとしていたシクスを葉昏が静止させ、同時に刀に手をやる。
「どうし……たんですか?」
「何かが来る。それも一直線にこちらに向かって」
「! 敵、でしょうか」
「普通に考えりゃ十中八九そうだろうが、敵さんもお前みたいな千里眼みたいな技を使えるんなら、敵じゃない可能性も微々ある。どっちにしろ構えてて損はないだろ」
言葉通り砂丘の向こう側から砂煙が舞い上がり始める。
「……人、か?」
「恐らく……だが、少し違う。『肌が黒い』……!」
砂丘の向こう側からやって来たのは紛れもなく人ではあった。
馬に似た生物に跨り、手には原始的な槍が伺える。
だがそんな事よりも目に付くのは彼らの容姿であった。
鍛え抜かれた筋肉は無駄な贅肉や脂肪を削ぎ切った、ある肉体改造の完成形の様な肉体。そんな筋肉は黒檀の如く黒々とし、見るだけで威圧されそうな程だ。
「『白人』発見! 白人発見!! 報告に合った通り、白人を発見!!!」
「なーんか殺気立ってるよな」
「人数は三。老人二人、子供が一人!!!」
「話を聞いてくれは……せんな」
「奇妙な恰好をした連中だ! 油断はせず、確実に殺せ!!」
「ラァー!!!!!」
「来て早々現地住民と戦闘とは、思ったより幸先がいいな」
「何処がだ戦闘狂。いいか、殺すな。気絶で止めるのだぞ」
「……そりゃぁ向こうさんの実力次第、ってぇことで」