いざ異世界
純白の扉。塵山の中にあったにも関わらず、美しい。
造りは木造で、余計な装飾は一切ないシンプルな一枚扉。触れても何も起きず、知らぬ者が興味本位で開けても、あるのは扉の向こうにある変哲のない景色が広まるのみ。
こんな場所に扉がポツンとあるのもおかしいが、それ以上にこの扉はこの場所から決して離れない。屈強な男達が何十人掛かりで動かそうとしても、ピクリとも動かない。さらに破壊しようと試みても、木造の扉に傷一つ付ける事が出来ない。
「……ホントにこんな扉の先にあんのかよ」
「あります。どんな世界が広がっているかはわかりませんけど、僕の住んでいた世界とも、この世界とも違う世界がこの先には広がっています」
「但し席が見えるかどうかはそのものの信ずる心のみ。出雲、信じぬのならば儂が開けてやろうか?」
「餓鬼じゃあるまいし、扉開けるくらい一人で出来るっつぅの。……ったく」
そう言って扉の取っ手部分に触れる。
引き戸式の指をくぼみに入れるタイプではなくドアノブ式で、触れた瞬間に鉄特有の嫌な冷たさが手の平に広がるが、そんな事出雲は意に介しない。異世界に繋がる扉を開くという行為に一切の緊張を感じておらず、普通の扉を開けるように間などなく開いて見せた。
扉を開けた出雲は、勢いのまま扉の中に入ってやろうと考えていたが、実際の光景を見るとそうはいかない。扉の先に広がっているのは、向こう側の景色でもなければ、これから行く異世界の光景でもなく、絶え間なく色の変わる渦であった。
「これが……!」
「……異世界への入り口、ね。こん中に入れって?」
「はい、渦巻いていますけど別に目が回ったりはしません。それに歩き続けなくても、中に入って数秒待っていれば異世界に飛ばされます」
感覚的には扉というよりはエレベーターに近い。
出雲が試しに手を渦の中に入れてみると、手に風が当たるのを感じる。どういった原理かは知らないが、中の空気は渦巻いている様子。
「それじゃあ僕が先に入りまっ」
「おいおい、先頭は俺で先に入る権利は俺にある。それに敵が待ち構えていやがったら、てめぇじゃなんも出来ねぇだろ。っつぅーわけで行ってくらー」
こんな時まで、出雲非常に楽観的だ。調べたり最終確認をしようともせず、渦の中へと早々に入っていった。出雲の姿は分厚い雲の中に入り込むように、一切の影すらいえなくなる。
「シクス、次は主だ。最後尾は任せろ」
「あっはい。よろしくお願いします」
シクスは慣れたように、何の緊張もなく入っていった。
「入ったな。……」
この世界に留まり続けながらも、二人を追うように扉の中へと入っていく。
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そこは暗く静かな場所。水が上から下へと滴り落ちる音と、サラサラと何かが流れ落ちる音心地いい音だけが、その空間を支配している。そんな空間に幾つかの黒い影が三つ集結していた。
「……どうやら敵が進行してきたようです」
「大丈夫よ。所詮今まで送ってきたのは『屑児』。先兵にも満たない雑兵よ? この世界に来たからには、私が首を持ち帰って見せるわ」
「否、次男は戦闘は極力せず偵察の任に着け」
「どうして~長兄様?」
「私もその方がよろしいかと。丁度『アノ時期』にもぶつかりますし、正直不確定要素は極力抑えておきたいのです」
「その点に関しては……反論できないわね。でもそうなると必然的に長兄様が直々にお出になるの?」
「其れも否。あの者に侵入者の撃滅を命じた。傍ら、奴自身の判別も兼ねてな」
「……あー! あいつに依頼したの? 確かにあいつは屑児なのか『早児』なのか微妙な時期に生まれたけど」
「正直に言えば私も不安です。ですが、今の私たちには戦力と呼べるものがありません。他世界で何匹もやられたので、屑児といえどこれ以上の消費はいただけません」
「母様の寵愛が終わるまでの期間、我々は如何なる手も知略も使い守らねばならない。例え命を捨てようと、母様の害となり得る存在は抹消するのだ」
「わかってるわよ長兄様。全ては愛しき母様の為」
「了解です長兄様。全ては愛しき母様の為」
「全ては愛しき母様の為」
意思確認を終えると三人はその場から離れ、持ち場へと戻った。
言葉を発する者がいなくなれば必然的にその場は静まり返る。だが、三人が過ぎた後、その空間の奥から女性の美しい歌声が聞こえてきた。
ねんねんころりよ おころりよ
ぼうやはよい子だ ねんねしな
ぼうやのお守りは どこへ行った
あの山こえて 里へ行った
里のみやげに 何もろうた
でんでん太鼓に 笙の笛
「……早く大きくなるのよ……お父さんみたいに……ね?」