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死処を求め異世界順道  作者: 飴口
三命
13/49

譲れぬ本気


 頭痛は止んだが、その代わりに顔を見せたのは視界が揺らぐほどの混濁(こんだく)であった。その揺らぎはまるで嵐の大海を進む船に、自分自身が転生したかのようであり、真面に両の足を揃えて地面に立つことが出来ない。


「(本当に、これは……儂の目から見た、視界なのか……?)」


 そう疑いたくなる程、自分の体が自分のモノでは無いように感じてしまう。精神の揺らぎと肉体の揺らぎが合致しない陽炎のようだ。そんな陽炎も敵からしてみれば絶好の隙、敵として認められた葉昏の体目掛け、(りき)んだ手を突き立てる。


「死ね」


 放たれた手突の威力は、地面に散らばっていた何ら変哲の無い砂粒を周りから吹き飛ばす程であった。しかし鷹の手から伝わってくるのは、肉を貫いた柔らかな感触でも、血が伝う温かでねっとりとした感触でもない。あるのはただの無、ただ空気を切り裂いただけの虚無感しかそこには残ってはいない。


『……利き手では無い左手に刀。そして利き手に『(さや)』を……』


 声は背後から聞こえた。また振り返った瞬間に攻撃されるのではないかと思い、同時に腕を横に払う動作をしたが、思い過ごしであったようだ。葉昏は言葉の通りの事をしていた。


 利き手である右手に刀を納める鞘。栗型(くりかた)と呼ばれる場所を薬指と人差し指で挟み、一見すれば木刀を持っていると錯覚しそうだ。


 対する左手には先ほどまで持っていた刀の本身を持つ。しかしそれもただ行儀よく持っているのではなく逆手で持ち、刀身(とうしん)は地面に付いている。その姿は一見すれば気だるげにさえ見える。


 右半身は行儀良い姿勢で鞘を持ち、左半身は気だるげに刀を逆手に持つ。

 熟練の侍でも難航しそうな構え、戦闘経験も浅い鷹ではそこからどのような技が繰り出されるかなど予見できる筈もない。だから今まで通り、心臓目掛けての手突き。一撃必殺で、誰もこれを避けられたものはいない。


『』


 何の捻りも無い、只早いだけの突きを再び繰り出すも結果は虚無。ただ違う点があるとすれば、右脇腹の傷が開いて、辺りに血を撒き散らしたという一点だけ。しかし確実にその一点は、鷹の膝を折る確実な一点であった。


「痛い。何故。何が」


『傷がぁ……浅いな』


 刀に付着した血を払う以上、何らかの形で脇腹に刀を入れたのだろうが、鷹の目には何も映っていはいない。ただ何故だか葉昏が何をしたのかと考えると、突き出した右手の指がジンジンと痛みを伝えて来る。


 では実際葉昏は何をしたのか。何も特別な事はしていない。ただ、鞘を持つ手を鷹の腕に合わせて流し、伸び切ったと同時に先ほど付けた右脇腹に刀を氷の上を滑るかのように滑らせ、あとはゆっくりと鷹から距離を取っただけ。何でもない、一秒にも満たない事だ。


「お前。殺す」


 腹の傷が深まったからと言って戦意を失った訳では無い。それどころか殺意が湧き、戦意が増す。恐らく鷹自身の人生の中で最高最強の手突だったであろう。体を捻り、後先考えず全身の力を込めた一撃は、塗装だけとはいえ最高硬度の白剛を貫いて見せた。


 だが重要なのは矛盾を解消した事ではなく、狙い通り相手の体を貫くことが出来たかどうか。そしてその結果は鷹自身が良く理解している。


 何度も同じことを言うのは気が進まない故、何があったかだけを言おう。葉昏は何気ない道を通るように平然と歩き、その(つい)でに開いた右脇腹の傷に再び刀を滑らせ傷口はより広ませた。加えて鷹自身も体に捻りを加えていた為、ブチブチと自らの体を破ける。


「うぐ」


 堪らず脇腹を抑え、激痛に膝を折る。生まれて初めて受ける物質的痛み。だが初体験で鷹は一段階成長する事が出来た。これ以上の痛みは御免だと体を丸め、攻めなど糞くらえと言わんばかりの完全防御の構えを取る。その姿はダンゴムシの様相である。


(とう)しいなぁ』


 完全防御の構えといえば聞こえはいい。だが実際はいじめられている子が最後に取る降伏の構え。それに対し葉昏は無慈悲に斬撃を連打するでも、罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせる事もしなかった。

 ただ優しく背中の中心にある脊椎部分に鞘をコツンッと当て、刀を入れる鯉口(こいぐち)と呼ばれる場所に右掌に付け、力一杯押した。


「。アァ。!!。!!。!!」


『外すつもりだったがぁ。固い、な……うぅ……」


 生物は痛みを感じる部分を抑え、それ以上の痛みを感じると前の痛みを忘れてその部分を抑える。鷹も脊椎の痛みに反応して両手を背中に移動させたが、その隙に葉昏は再び傷口に刀を入れ滑らせる。


「お、。お前。絶対。殺す。!!。相撃(あいうち)。覚悟。!!」


 完全に立場が確立されていた。

 鷹は下で葉昏は上という状況は揺るがない。だが其れでも攻撃の道を選んだのは下らないプライドが、最後の最後で肉体を突き動かさせてしまったからだ。


「死ね。!!っ」


 振り返った先に葉昏がいない。

 分かっていた。予想は出来ていた。一瞬恐怖を感じそうになったが、それが実感に変わるより早く、自らの力で自らの肉体を半分に()じ切れた。


 第三の斬撃は臍を抜け、反対側の脇の皮一枚を残し切り裂いていたとは知らず、力強く振り向いた勢いに体が耐えきれなかったのだ。


『……り、理解、した。俺は……』


 そう口にした葉昏は膝を折り、震えてた。


 ----- ----- ----- -----


 鷲との戦闘は優に数時間を超えている。

 なのに肉体の損傷はほぼ無傷。逃げ惑っていた訳ではない。刃渡りが包丁にも満たない小刀ではとても太刀打ちが出来なかったのだ。


「蠅。殺す。邪魔」


「蠅ねぇ……刀の戻った俺に対しても、同じ台詞が吐けるかな?」


 名前は違うが見た目もほぼ同じ鷹。攻撃の手段も同じ、直線的で速い拳が飛んでくるも、出雲の剣技の前ではその速さすら遅くなってしまう。合わせて刀を関節部に当てるが斬る気は無い。長時間の戦闘で、肉体的強度の固さは身に染みて実感している為、確認程度の斬撃だ。


「っ! 真剣でも硬ってェな」


「痒い。死ね。早く」


 代り映えの無い、直線的殴打の連打。

 しかし拳に伝わってくるのは地面が砕ける感触のみで、生物が水風船のように弾ける感覚は一切なく、腕にこそばゆい感触が(はし)るのみであった。


「無駄。無駄。往生。早く。死ね」


「(刀が通らない……なら久々にあの手でも使うか!) ッ!」


 それは何ら特殊な動きをする訳では無い。只これをやってしまうと、相手が早々に戦意喪失してしまうからあまり使いたくない手段というだけ。

 だが今回の相手は固いだけで強敵とは程遠い為、拳が地面に刺さった瞬間に駆け上り、躊躇なく両の眼を刺し取り出した。


「!?。う、。ウォ。ォオ。オォ。!!。!?」


 連打が止み、両目を抑える。


「(おっさんも片付いたか。そうでなくちゃ困るけど。)……冥途の土産に行こと教えてやる。どんな時だって、口を開けちゃいけないぜ」


 痛みを叫んで開いた口。ガラ空きの喉元を狙い、無慈悲の一閃を捧げる。

 声が止んだ時、声の代わりにべちゃりと落ちた上半分の頭の音だけが出雲の耳に聞こえた。


「俺みたいに勝利を確信しているとき以外はな」

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