三つの視点
塵山は西南区の三分の一を占めている。他二区から出たごみが一挙に集結する為当然といえば当然だ。鼻に汚物を詰め込まれるような立ち込める悪臭と、土の代わりに敷き詰められたゴミの道、何より人の死体や骸が隠されずに放置される様子は如何ともしがたい。
「『見た目は八十代くらいの老婆』『紫色のド派手な衣服』『西南区には似つかわしくない装飾品を身に着けている』『周りには屈強な男共が数名』『光る看板が目印』。道端であった奴らから絞り出した情報からしても……こいつだよなぁ」
西南区一の情報屋を訪ねて訪れた葉昏であったが、情報通りの見た目をした老婆の死体が塵山の中心で転がっていた。死体は死後何日か経っており腐敗が進んでいる事と、うつ伏せに倒れ背中に死因となったであろう穴が開いていることから、何かから逃げている所を背後から貫かれたと容易に想像できる。
「人間業じゃねぇな。まさか破城槌でブチ抜かれたってことも考えづれぇしな。っま何にせよ、俺に無駄足を踏ませた奴は即殺してやる」
そういって葉昏は老婆が逃げて来たであろう道筋を辿り始めている。不安定で尚且つ年齢が年齢な為、目的地である老婆の経営する店の跡地だった場所にはすぐに着く事ができた。あいにく店は粉々に吹き飛ばされ、看板と男共の真新しい死骸がなければ分からないほどだ。
「(何かしらに襲撃されたか? だがそれなら何で店を破壊する必要がある。何かを探していたか、あるいは見るからに数人しか入れない小屋みてぇな店が、小さくて邪魔だったから破壊したか……)俺的には後者であってほしいんだが、っ!!」
躓いた場所的に店の裏側にそれはあった。明らかに人工的に掘られたであろう穴は、真っすぐ土の地面にまで続いている。
「如何やら後者の大当たりみたいだ……ん? 何だあれ?」
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妖怪についてわかっていること
妖怪は生物のような見た目をしているが、雄と雌があれこれした結果生まれるのではなく、特定の条件下で自然発生する無機物に近い存在である。
妖怪の脅威度と発生頻度は街の繁栄度、もしくは住民の数によって決まってくる。
数百人程度が暮らす村ならば妖怪は小さく、やることも悪戯小僧程度の悪事しか働かないが、頻度は週初めの月曜日に発生する。
逆に百華のような数万人単位で人が住む街は、人食い大ムカデや人に化ける人狐など種類も様々だが、月初めの一日目にしか生まれない。
他にも『最大二体までしか街の中に発生しない』や『死んだ場合亡骸は残らず霧のように消える』『街の外へ出ても消滅する』『妖怪が近付くと白剛が発光する』など様々な事が歴史の中で判明した事だが、真実には誰も到達していない。
「そろそろか」
そして今日は三月の終わり日である。
百華領ではこの日に限り夜間での営業を禁止し、日の出があるその時まで絶対に家からは出てはならない。また領主によって選ばれて道場師範代、並びに師範が選抜した三名を引き連れ、妖怪撃破に尽力を尽くさねばならない。
「沈明様、此度は我々をお選びいただき感謝の言葉もございません」
一刀開闢流は昔からこの役割を欠かした事はなく、この危険日を絶好の修行と考え、一年を通して同じ三名を選んではならないという規則もある。これに選ばれるという事は、師範に多かれ少なかれ認められているという証明になる。
「畏まるな。お前達は私が師範に変わって以来の逸材、今日でなくとも今年中には選ぶつもりだった」
「にゃらばなんでもっとはやくにえらんでくれなにゃんだ?」
「言葉慎め」
「そう怒るな。私も昔は同じ疑問を先代の葉昏様に思ったからな。だが、開闢流のモットーは真の型の追求、その一点だけだが師範代になるとそうはいかない。領主様との契約確認や他流派との試合設定、時には戦争に赴かなければならない時だってある。限られた時間の中で逸材を探し出すのは、中々大変なのだ」
「運悪く師範代が見ている時、無様な姿を晒せば良い印象は持たれない。そういう事でしょうか」
「まぁな。私は葉昏殿の様な天賦の才を持ち合わせてはおらんかったからな」
「そんなことないにゃ! 沈明様もすっごくつよいにゃ!!」
「同意」
「同じく」
和んだ雰囲気も束の間、遠くで白い光が点灯した。
灯の正体は街路灯や民家の外壁などで使われる白剛。白剛は普段はただの硬く白い石に過ぎないが、月初めの夜は妖怪探知機として妖怪接近時は白い輝きを放つ。
「向こうだ! 行くぞ!!」
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宿に戻った葉昏は疲労からまだ眠り続けていたシクス同様、床に就き次の朝を迎えた。シクスの体は筋肉痛で悲鳴を上げ、特に右手親指と人差し指の間の部分は激痛が走る。
「葉昏さん、今日はどうするんですか?」
「儂はもう一度外へ出て情報収集をしてくる。主はどうする?」
本来であれば休憩も兼ねた同行をさせるのが手かもしれないが、筋肉痛でガタついたロボットのような動きをしているシクスの手には刀が握られていた。
他人から渡された物だから大切に扱っているともとれるが、昨日の諦めない精神力を見ている。シクスと知り合いまだ数日だが、優しい気遣いも折れない根性もどちらとも取れる。
「(無理に鍛錬をせんでもいいと言うのは、半ば強制さを含んでいる。故にここはシクスに任せるが吉)」
「僕は宿で待っています。行ってもお役に立てないでしょうし、それなら宿で刀を振るって体に刻み付けているほうがいいでしょうから」
「そうか。なら宿の者に頼み飯時以外は声をかけぬようにと言っておく。飯も勝手にとるといい」
「ありがとうございます!」
「それからこれも渡しておこう」
手渡されたのは小太刀であった。葉昏の一刀開闢流は一刀流に拘らない為、あらゆる道具から自らの型を見出す必要がある。故に小太刀や予備の竹刀、鞘なども時には型を見出すのに有意義な道具となる。
「熱心な主の事だ。腕が上がらなくなった後の時間も惜しむだろうが、無理に振るい続ければ腕は壊れる恐れがある。肉体を磨くことも重要だが、知識を蓄えることも重要だ。疲れた時は、自らの型を見出すのに専念するといい」
「小太刀が、自分の型を見出すキッカケに?」
「それはわからん。わからんが、何故だが小太刀というのは殻を破るのにはうってつけの道具らしくてな。小振りで軽く速いが短いというのは、刀とは真逆だからな。それにあくまで小太刀は刀の補佐という認識も強いから、常識から外れるにはいいのかもな」
「成程……」
「兎角帰ってくるのは、夕方頃になりそうだ。その間、主の体に合わせた鍛錬を行うがよい」
「わかりました! いってらっしゃい!!」
そういって見送り、手を振る姿は子供だということを思い出させてくれる。どうしても仮面と聞かされた話が、シクスを少し大人だと勘違いさせてしまう。
宿から出た葉昏は昨日と同じく、街の酒場を転々とする予定で歩き始めようとしたその時、周りにある違和感に気が付いた。その違和感というのは、人の少なさだ。幾ら朝とはいえ、人っ子一人いないのはあまりにもおかしい。
「おいアンタ! 何外に出てるんだ!!」
「宿屋の主。いないと思えば、どこに隠れていた?」
「そりゃ隠れるさ! 妖怪が倒されてねぇんだからな!!」
「!? 其れは真か!!!」
明らかな動揺。それもその筈、妖怪が倒されていない理由は三つしかない。
『壁や人に化ける変容妖怪』『素早いもしくは固い手間取妖怪』そして『徒党を組んでかかっても勝てない強者妖怪』の三つだ。殆どの場合は前者の内のどちらかだというのに、葉昏の心中では何故か後者の気がしてならない。
「ほ、本当だよ! だからあんたも早く中に……!!!?」
店主の顔が青ざめる。普段の葉昏であれば、禍々しい気配に逸早く気が付けたが、動揺し気が動転していた為、自然の風とは思えない段々な風が背中から前へと通り過ぎ、大鷲の羽よりも大きい羽搏きの音が聞こえ始めてようやくその存在を察知することができた。
「感じる。兄弟。気配」
「よよよよ、妖怪だぁ!!!!」