表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死処を求め異世界順道  作者: 飴口
三命
10/49

表と裏


 百華領〈蘭〉は、四つ区域に分別されている。


 商人達の店や旅人の宿が連なる、主に短期的で外から来る人用に作られた東区。この街に在住している住民や道場が主な北区。犯罪者や国賊を捕らえ、また廃棄物などをを放棄する西南区。そしてこの国を作ったとされる一族が住む中央区。

 三人はある情報を得るために百華の街へと訪れ、今は東区の宿屋に泊まっている。


「来て早々に倒れたな餓鬼」


「無理もない、今は寝かせておいてやれ。それより先に話しなんだが、死合いの場所に相応しい場所を探すのに加えて、この子の親元を探るのも加えるがいいか?」


「いいも何も、それはおっさんの勝手だろ? 俺は別に奴の親なんぞ興味ない」


「そうか……てっきり協力してくれると思ったのだがな。楽観的で戦闘狂の主が、あの子の事情を聴いた途端に認めた故、人情味があるのかと思ったのだがな」


「それをわざわざ言うのは嫌みのつもりか? 兎に角、俺は西南区で情報を探っから、三日後に合流でいいな?」


 大都市だから探れる情報を探ろうとすれば数日かかるが、西南区での情報収集の場合はまた話が別になってくる。西南区は犯罪者を収監するための場所とされているが、実際の所は手錠などもつけずに西南区に入れているだけで、一種のスラム街的な場所になってしまっている。


 一応罪人を入れるための入り口が北と東の両方にあるが、一般人であれば入ろうとは思わないのが普通。しかし出雲同様に、表では入手し辛い情報が西南区には集まる為、毎月幾人かは立ち入っている。


「ああ、儂は北と東で情報を探る。シクスには情報収集とだけ伝え、この宿に泊まらせておく。それでいいな?」


「了解。んじゃ、子守ヨロシクー」


 ----- ----- ----- -----


 数時間後、目覚めたシクスに待機を命じた葉昏は、北区にある酒場を転々としていた。しかし『静かな場所を知らないか』という漠然とした質問をしても、望んだ回答が返ってくることはなく、時間を浪費し続ける。


「静かな場所ねぇ……あ、少し行った所にいい雰囲気の酒飲み屋が出来たけど?」


「そういった静かさではないのだが……(やはり難しいか。一昔前は静かな場所を探すのにここまで苦労はしなかったんだがな。良くも悪くも、百華は広がってしまったな)」


 国とはややこしい。互いにいがみ合わず、一切の武力を捨て手を取り合う平和など幻想に過ぎない。実際は他国に見下されないように強気の姿勢を取り、相手の裏を掻いてやろうと画策する状態が続く事が一番の平和という状況。


 だが其れもいつまでも続かない。新しいトップが無能であれば、均衡を無視して武力行使を使う可能性は大いにありうる。それが本人の意思に反してかどうかはさておきだ。


「聞いたか? 近々大規模な大陸整備がされるって話だぜ。何でも街と町とをつなぐ道路を整備するだとか、占領した街の復興する為だとか」


「はぇー、やっぱし領主様は民衆のことをよく考えてくださってんだな。しかも占領した国の整備だなんて、懐の深さが違ェわ」


「道路づくりにも復興にも人手がたんねぇとかで、御者(ぎょしゃ)を募ってるって話だ。給料たんまりで」


「そんなおいしい話、見過ごすわけにはいかねぇよ! ママぁ付けといてくれ! 給料入ったら返すからよ!」


「期待せずに待っとくよ~」


 死合いにふさわしい場所は年々減り続けている。大陸の中心では百華と他国との戦争が繰り広げられ、他国の領土も土地勘がないため外れる。街周辺も人の行きかいがあり、また今の話が本当であればこの辺一帯は騒々しくなる。山などは立地が不安定で除外、単純な森などでは動物や草木に被害が及ぶ可能性がある為不可。

 あの村にある森のあの草原がどれほど条件に優れていたか、今更ながらに思い知る。


「あいつらも言ってるけど、ここらへんで静かな場所って言ったらもう谷底くらいしか無いんじゃない?」


「……邪魔をしたな」


「また来てね~」


 酒場を出るとまた別の酒場を転々とするがやはり結果は同じ。葉昏の気持ちを投影するかの様に、陽が沈み始め、橙色に染まり始める。


 肉体疲労は無いが、精神疲労は溜まる一方。そんな重い足は無意識に、ある方向を進み始めた。

 目的地に近付くにつれて『パチンッ! パチンッ!』と何かがぶつかる音が聞こえてくる。その音を聞いている葉昏の表情は、自然と引き締まっていた。


「ッタァ!!」


「ヤァア!!」


 日も沈み始めた夕暮れ時、朝早くから鍛錬を開始しへとへとになる時間帯。にも拘らず、開闢流の門下生達は一切気だるげな表情を見せず、一心不乱に竹刀を振るっている。


「(五年ぶりだが、何も変わっておらんな)」


 開闢流の稽古に基礎訓練はない。

 ほとんどの時間を試合に費やしている。


 用いる物も竹刀一本とは限らない。

 主流の二刀流に始まり、逆刃(さかば)なども開闢流では一般的だが、開闢流の元生徒が運営している鍛冶屋に頼めば、特殊な日本刀も作成可能である。

 頭金(かしらがね)から鎖を伸ばしたり、鞘自体が砥石の代わりになる日本刀なども過去には存在した。


 常識から逸脱している一方で、実践の身を追求した結果、過去も現在も様々な場所で開闢流の名は敬われ、恐れられている。


「整レーツ!!!」


 門下生達の猛々しい声や竹刀のぶつかる音を押しのけ、一人の男の声が道場中に広がる。すると生徒達は攻撃の手を止め、叫ぶ声を止め、現師範代の眼前に正座し整列した。


「今日も鍛錬ご苦労。皆家に戻り体を休めて、飯を食ってくれ! 解散!!!!」


「ハイ!!! ありがとうございました!!!!」


「(【沈明(しんみょう)】は上手くやっているみたいだな)」


 解散の声を受けた門下生達は身支度を終え帰る者、まだ足りないと少し残る者など様々だが、全員の顔が満ち足りた表情を浮かべている事に安心感を覚える。


「さて、元気も貰ったことだしもう少しあたるか」


「あ、あの……葉昏先生、ですよね?」


 不意に背後から女の声。

 気を抜いていた訳では無く、幽霊の如く突然現れたような感覚に一瞬刀を手にしそうになる。だが殺気は一切感じられず、逆に尊敬の眼差しを感じ、手を止める。


「……主は」


「やっぱり、葉昏先生だ!! 私【御萩(おはぎ)】って言います!!!」


 【御萩(おはぎ)

 一刀開闢流で修練を積む笄年(けいねん)

 男が刀を握るのが常識とされる侍の世界ではあるが、近年ではその考え方も古いとされ、主に男勝りの女性が入門する事が多くなってきた。特に一刀開闢流の三割は女性と、かなりの人数がいる。


「そ、そうか。で何用だ?」


「あっ、別に用ってほどじゃないんです!! ただ私、葉昏先生に憧れて開闢流に入ったのでつい……」


「こんな老いぼれをか? もっと良い奴も、っと余り長居はできんのだった。御萩といったな。儂がこの街にいること、誰にも話さんでくれよ?」


 そういってそそくさと泥棒のように速足で且つ忍び足で帰ろうとする葉昏であったが、純粋というか無神経な御萩の声量マックスな声が後ろから呼びかけてくる。


「黙っててあげる代わりに、私と立ち合って下さい!!」


「何?」


 おそらく今思いついたのだろう。だがその割には、道楽や興味本位といった不純な気持ちは感じ取れ無い。有るのは純粋な、自分の勝利を信じて疑わない、子供が持つ唯一絶対の気持ちだけ。

 ほんの二十四時間前に同じ目を持った童の願いを聞き入れた身としては、ここで申し入れを断るのは気が引ける。何より引退したとはいえ、自分を慕っている一刀開闢流の現役の門下生が試合を願い出たのを断るのは、開闢流の看板に泥を付け、自らの人生にも傷を付けるのと同意義である。


「……始めに頼み事をしたのは儂だ。(やぶさ)かでは無いが」


「が?」


「人目につきたくないと言うのも事実だ。何が言いたいかはわかるな?」


 そういうと葉昏は刀を地面に置き、鞘を木刀のように構えた。八十越えの老人とは思えない芯の通った姿勢と背後が歪む程の迫力。年下だから、弱者だからと手を抜いたりはしていない、純粋に勝ちに来ているとわかる。


「主が構えた瞬間が始まりだ」


「! はい、ありがとうございます!!! では……」


 元気溌剌(げんきはつらつ)な感謝の言葉からも見て取れる、御萩という子の持つ太陽のような純粋さと情熱。しかしその後の集中段階への移行は、葉昏すら天晴(あっぱれ)と言いたくなるほど素晴らしいものだった。


「(まるで暦日(れきじつ)のような子だ。今の今まで太陽のように明るく振舞っていたというのに、試合が始まった途端、夜の如く静かな集中力を見せきおる)」


「ッ!!」


 右手に持った竹刀を左手でも持ち、両手持ちの状態になった瞬間、葉昏の右脇腹目掛けての胴打ちを仕掛ける。持ち打ち込むまでの初速は並の相手ならば不意を打たれるほど早く、稲妻のようであった。


「!? 消えっ」


 横に払った竹刀は何者にも当たる事無く空を斬る。御萩自身も早さには自信を持っていた為に、この一撃を避けられたことに驚愕し、一瞬気を抜いてしまう。そんな御萩の肩を後ろから葉昏がやさしくコツンッと叩き実力の差を見せつけてくる。


「何時の間に……やっぱり葉昏先生は強いや」


「いやいや、そういう御萩こそその齢にしては相当の実力を有している。儂の世代の時に主がおれば、儂は師範代になれんかったかもしれん」


「本当ですか!!!? ヤッター!!!!」


 地面に倒れ、喜びを全身で表現してくれている。本当に戦闘時と非戦闘時のオンオフが激しい子供だと、葉昏は思わず笑ってしまう。


「(こんな子がおるなら、シクスを道場に入れてやるのが正解やもしれん。あの子もこの子同様、同年代の強者がいるというだけで励みになる子だろうしな。)さて、約束通り誰にも言わんでくれよ?」


「葉昏先生! もうちょっとだけ立ち合お!」


「ダメだ。約束は守らねば、真道より外れるぞ」


「ぶー」


「餅のように膨れても駄目だ。言う通りにせんと、醤油を付けて食うぞ」


 膨れた頬をより一層膨らませ、帰路についた。

 死合いをすると決め、この世に未練何ぞないと思っていた葉昏ではあったが、一刀開闢流の未来は安泰だという事を再確認できた事は、シクスに感謝せねばならないと心ながらに思い、破願してしまった。


 ----- ----- ----- -----


 所変わって西南区域。

 掃き溜めと呼ぶに相応しいこの場所は、法に触れる商売で名を馳せている人間が幾人かいる。出雲が今訪れている酒場もその一つで、ここのオーナーは情報屋としては相当腕の立つ人間だ。しかしかなりの偏屈で、初見さんはお断りしている。


「で、何か知らねぇか?」


「しししし、知りません!! だからもうこれ以上はッッ!!!!」


 しかしそれは常人に対しての対応である。武器を持たなくとも出雲の腕はそこいらのチンピラ負けるほど劣ってはおらず、用心棒含め数十人の肩の骨を外し、現在は情報屋の肩をキメている所だ。


「おいおいおいおい、わざわざ俺がここまで足を運んでやったんだ。何にも知りませんで許してもらえるほど甘く無い事くらい、此処に住んでるお前らなら百も承知してるよなぁ?」


「か、金なら……」


「二度三度繰り返さねぇでくれよ。俺が欲しいのは、誰も来ない静かぁ~な場所が何処にあるかだけ。それ以外は交渉材料としては不向き。ご理解?」


「知らないものは知らねぇって!! 大体このご時世に人気もない静かな場所なんてありっこない……そ、そうだ! 村と村の間にある森があった!! あそこは村人でも入り込まない場所らしいから、あそこならっ」


 説明している最中の情報屋の腕を半回転させると、あまりの激痛に失神してしまう。


「その場所はもう行ったんだよ。ったく、何の役にも立ちやしねぇな……ん? まだいたのか」


 端の方でビクビクと震えている屈強な男が一人。実はこの男用心棒の中でも相当腕の立つ男なのだが、腕が立つことが幸いし、出雲と自分の力量差を察して隠れていた。


「ヒィィィ!! 殺さないでェ!!!」


「はぁ、情報屋でもないお前に聞いても無駄か。ならさっさと腕回して帰るか」


「ま、待ってください!! 『塵山(ごみやま)』、塵山に住む老婆なら何か知ってるかもしれません!!!」


 『塵山』

 東と北、中央から出たごみが山となりそう呼ばれている。西南区に住む力無き者は、このごみから食べ物や生活用品を手に入れている。


「こいつは同業者だからって言って話したがらなかったが、あの婆さんがこの地区で一番の情報通だ! 何でも中央区のお偉いさんと繋がってるとかで……ゆ、有益な情報だろ!!? だから助けっ」


 男の顔面目掛けて出雲の蹴りが直撃する。男の頭は後ろの壁にめり込み、当然意識を保つことなどできずに気絶してしまう。


「よ~し、有益な情報の礼だ。次目覚めた時も普通に暮らせる体のまま気絶させてやる」


 ついでと言わんばかりに酒場から、活きていて薬の入ってない健全な酒を何本か取り、出雲は塵山目指して歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ