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死処を求め異世界順道  作者: 飴口
三命
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脱線


 運命とは決められたレールであり、その上を走るトロッコは人である。

 この言葉に対して『そんなことはない。人の運命は白いキャンパスであり、そこに何が描かれるかは死ぬまでわからない未知なものなんだ』という人もいるだろう。


 だが重要なのはそれを議論することではない。

 重要なのはこれから出てくる二人は少なくとも『運命とはそういうモノだ』と考えている而立(じりつ)漆寿(しつじゅ)であることだけは覚えておいてほしい。



 ----- ----- ----- -----



 話は変わってとある二つの村とその村に挟まれているある森の話をしよう。


 二つの村は中心にある森を挟み、対の場所でそれぞれの文化を発展してきた。

 東の村は首都が近く、若者が首都へと出る。

 西の村は海が近く、漁業が盛んだ。


 その二つに挟まれている中央の森は、ある出来事が起きるまでは何の変哲もない普通の森だった。

 採れる野草や果物は何の変哲も無い。動物は草食動物が多く、人間に害をなす動物はほとんどいない。

 あえて特徴を上げるとするならば、森の中心はまるで誰かが切り開いたかのように木の一本も花も咲いていない、ただただだだっ広い草原が広がっているだけの空間があることくらいだ。


 二つの村は仲がいい。

 互いの文化を否定せず、逆にそれぞれの長所を更に伸ばすために尽力し合っている。一時は真ん中にある森を切り開き、大きな一つの街にしようという計画があったほど仲がいい。


 だが今現在も合併はされていない。

 自然保護団体のような輩がグチグチと文句を垂れているわけではない。


 切り開こうと木々を一本切ろうと男が斧を振りかぶった時、天から一本の刀が落ちてきて男が絶命した。おそらくカラスが咥えていたのが落ちてきたのだろう。

 男の葬儀が開かれて数日後、別の男が斧を振りかぶった時、突風が森から吹き出てよろめき、拍子に口を開けると男の中に猛毒キノコが入って男が絶命した。

 またある男は雷に。またある男は地面から吹き出した高温の温泉に。またある男は再び落ちてきた刀に。


 その後も何人かが犠牲になり、双方の村は森を切り開いての合併を止め、その森を神聖な森とすることで一切の伐採を禁じた。



 ----- ----- ----- -----



 合併の話が白紙になったのは今から数百年前になるが、その時から奇妙な出来事が起き始めた。

 ほぼ同時に双方の村に一人の侍が訪れるようになったのだ。


 旅人が珍しいのでも、侍が珍しいのでもない。

 現にその侍が着た直前は村の人々は何の疑いもなく、普通に暮らしていたのだから。

 しかし二人の侍は特産品である村の御馳走に目もくれず、一直線に森へと入って行き、二度と戻って来ない。


 初めは誰も気にも留めなかった。留めても意味がないから。

 伐採に対しては森から天罰は下るが、秋の実りを収穫するなどに対しては一切のお(とが)めがない。時期も時期だった為、秋の味覚を取りに来た食通の侍だと思っていたからだ。


 だがそれが不定期ではあるが、同じような侍が双方の村に同時に現れて、同じように森へと直行していく姿を見れば、誰かがおかしく思い始める。


 「ねぇおじちゃん。森に何かあるの?」

 「ねぇお侍さん。何で森へ行くの?」


 双方の村に住む少年と少女が侍に問いかけた。


「何があるか、か……」

「森へ行く理由ですか……」


 二人の侍はすぐに答えられなかった。


「……たぶん『そういう道だったんだろうな』」

「……おそらく『行かなくてはならないのでしょう』」


 回答らしい回答ではない筈なのに、まるで答えを見い出せたような表情を見せてくれた。

 結局その二人も戻ってはこなかった。


 おそらく答えは中央の平原にある。

 だが村人達は誰もそこへ立ち入ろうとは思わない。

 森を切り開くのを止めた時の様な、一抹の恐怖と神聖な領域へ足を踏み入れる感覚が、侍の言葉を聞いた村人たちの心中に渦巻いたからだ。


 何があるかはわからない。だが侍達は二度とは戻ってはこない。

 ならばと村人達は侍達の為に食処を造った。

 彼らの心が万全で、豊かであることを願って。

 それ以来侍は森へ直行せず、食処で腹を満たしていくようになった。



 ----- ----- ----- -----



 では侍達は何をしているのか。

 堪えは森の中央、鉢合わせた二人は寝ずの戦いを繰り広げて二日目になる。


「ッ!!!」


「!!!!」


 二人が行っているのは【死合い】と呼ばれる真剣での戦いである。

 行うのに必要なのは二人の侍と刀だけ。

 ルールもいたってシンプルで、どちらかの命が終わるまで何日でも続ける。それだけである。


 これだけを聞けば道場の試合と戦場での戦いとの中間にあるモノと思いがちだが、戦っている本人達にとって死合いとは命を賭けるだけでなく、これまでの人生を賭けての戦いである。


 道場の試合は今までの鍛錬の成果を出すという点では同じだが違う。本気の勝負ではない。


 戦場での合戦は命を賭けているが過去を賭けていない。まして一対一ではない。


 死合いをする者達の心情は如何(いかん)とも言い難い。

 ただ分かっていることは、こうなることは必然であり運命だったとしかわからない。


「はぁ……はぁ……」


「はぁ……はぁ……」


 人間は水も食料も食べなければ三日程度しか生きられないというが、二人に関して言えばその間動き回っている。意識は半分なく、一太刀の重みを合わせるごとに軽くなっている。

 ついには鍔迫り合ったというのに、鉄同士の衝突する甲高い音さえ聞こえなくなるほどに。


「(糞……瞼が……意識が……)」


「(儂の足はこんなにも(やわ)だったとは……)」


「(まだ、眠るんじゃねぇ……! ここで落ちるくれぇなら、目なんぞ(えぐ)り取ってやる!!)」


「(だがそれは奴とて同じ。……実力が拮抗し、思考も似ている)」


「(動けないなら、次に取る行動は一つ!)」

「(ジリ貧の斬り合いをするくらいなら!)」


 覚悟を決めた瞬間、辺り一帯から音が消えた。


 侍はゆっくりと刀を鞘に納め、無を見つめている。

 休戦でも終戦でもない。

 これは『居合』の構え。


 どちらも相手が自分と同じ居合の構えを取っているとは思わない。思う必要すらない。

 居合の構えは水面(みなも)に落ちる葉の波紋を感じるように繊細で一瞬の事。相手が何を考え、どう考えているかなんてものはどうでもいい。


 時が来るまで心穏やかに待つ。

 只それだけである。


「……」


「……」


 静かな空間が続いた。

 何秒何分何時間といった時間の概念には捕らわれない。静寂が続き、水面を揺らす存在は誰もいない。


 その刹那、水面が大きく揺れ動いた。

 両名とも相手の気が緩んだと一瞬考えたが、動かない。波紋の広がる中心点が、相手がいる位置から発せられているものではないからだ。


 例えるのならば、無礼で口うるさいカップルが、穏やかな湖に悪ふざけで石を投げ込むような、その場にふさわしくない行動。これが試合の最中に起こっていることならば、一旦中止してその無礼な輩を外へたたき出すのだが、この場はそうはいかない。


 相手からすればその行動は絶好の隙。

 両者の死合いを思っての行動だろうが知ったことではない。

 否、こんな考えすら二人はない。

 一瞬の騒音に意識が戻ったが、すぐさま自分の居合に集中している。


「……」


「……」


 次第に騒音が近づいてきている。

 水面のそこら中で波紋が広がっている。

 波紋に当てられ、集中力は削れ、次第に五感が外界に戻っていく。

 余計な思考が戻ってくる。


 『ヒュオン』という音。刃物を振り回している。

 『ザクリッ』という音。何かを切る音。

 そしてその後に『ドサリ』と、切り落とされた音。


 『クシャクシャ』と、草花を踏みにじり走る音。

 再び『ヒュオン』という音。そしてそのすぐ後に『ザクリッ』という音。だが今度のは切る音ではなく、刺さる音。


 そして誰かと誰かの声。


「……けて!! お……ん!!!!」


 何かを言っている。そう考えた時点で、二人の思考は戻りつつあるという証拠。


「ま……。待て……」


 これ以上は待てない。先手を取るというのはこの場面では悪手。


「殺して……るから、待……」


 だが劣等な技を繰り出し、死合いを締めくくる訳にもいかない。


「そこにいる奴ら……殺してやるか……!」


 ならいっそ、悪手で結構と斬り込むべきか。


「そこにいる奴らと一緒に殺してやるから待てって言ってんだ!!」


「助けてください!! お侍さっ」


「黙れェや糞がァ!!!!!!」

「じゃかぁしぃ!!!!!!」


 山の噴火、竜神の怒りにも匹敵する二人の怒号。

 怒りは本来居合には必要のない物、あってはならないものだが、出てしまった以上は処理しなければならない。だがあと少しで決心を固め、対している相手に向けようとした怒りが、間近にまで接近した異物のけたたましい声で方向転換してしまった。


 相手との決着が、跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)な輩の排除に。


 全生命を賭けた居合は、二人合わせても一秒にも満たないほどの俊敏性。

 輩は斬られた痛みすら。いや、そもそも斬られた事にすら気付くことはなく、厚さ二センチの肉塊となって、辺り一面に(あか)みを足した。


「……!!!」


 どうやらもう一人の輩は殺せなかったらしい。

 運がいい。足が(もつ)れて転倒していなければ、同じ肉塊として散らばっていた。そして余力が少しでも残っていれば、二人は身を(ひるがえ)して斬りかかっていたが、生憎そんな力は残ってはいない。

 二人は刀を納める動作を終えると、膝から崩れ落ちて倒れた。


 疲労によるものではない。

 絶命したのだ。

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