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王太子の気持ち



 静かになった部屋でルパート王子が大きく息を吐いた。強く抱きしめていた手を緩める。少しだけ距離ができて、それを寂しく思った。


「話を聞いてほしい」

「……はい」


 ルパート王子と並んで長椅子に座る。彼はしばらく黙っていたが、すぐにわたしを目を合わせた。


「まずは、あの女のことから」


 背筋を伸ばして真っすぐに彼の目を見返した。


「あの女はローラと言って男爵家の庶子だ」


 そう説明が始まった。彼女は15歳になるまで平民として暮らしていた。小さい頃から自分の容姿を武器に取り巻きを作っていたようだ。その中で平民でも比較的裕福な男と婚約をしていた。


 転機になったのは、15歳の時に男爵家に引き取られた時だった。平民から貴族になったことで、平民との結婚は考えられないと婚約を破棄。

 その後、夜会に出席し、見目の良い爵位持ちに近寄っていく。近寄っては甘い言葉と庇護欲をそそる態度で男を篭絡し、いくつか婚約を駄目にしたらしい。


 いくつかというところがひどい話で、初めは喜んでいるのだがもっと爵位の上の、もっと裕福な貴族へと乗り換えていくそうだ。

 そんな中、目を付けられたのがルパート王子だった。後は知っての通り、近づいていき、婚約を破棄させて自分がその座に収まろうとした。

 ところが彼女はやってはいけない過ちを犯した。限られた人間しか知らない抜け道を使って王城の奥までやってきたのだ。


 これがかなりの問題に発展した。王族がすべて集められて、どこから洩れたのかを調べられた。王族とは何の関係もないつい数年前まで平民だった女が城の奥まで護衛をすり抜け入り込めたのだ。これが暗殺者だったらと思えば、笑って済ませられる話ではなかった。


 ところが、誰一人としてローラと接点がある人間がいなかった。しいて言うなら、目を付けられたルパートだけとなる。しかも、使われた道は今現在知っている人のはほんの数人しかいないというのだからかなり混乱を引き起こした。使用人や護衛達も疑われてしまったのだ。


 黙って聞いていたが、彼女に対しては特に何も思わなかった。お兄さまが大変なことが起きて城に行かなくてはならなくなったと言っていた理由が分かった。傷心な妹を魔境に送るよりも優先順位が高い。


 そして今日の夜会にエスコートしてもらえない理由も分かった。今日、ローラを取り押さえるために準備を進めていたのだろう。わたしとルパート王子が変わらずに仲睦まじい様子なら、もしかしたら忍び込むのを辞めてしまう可能性があった。

 色々わかってくると、自分のことだけに捕らわれていたことがとても恥ずかしい。


「抜け道のことで対応している間に、魔境に逃げられたらどうしようかと思ったよ」


 ルパート王子は心底安心したように呟いた。わたしはまだ納得できていないところがあった。


「ですが、ルパート殿下が」

「殿下は付けない」


 すかさず注意されて、仕方がなく言いなおす。


「ルパート様が彼女を見て気持ちが向いたことにわたしは気がつきました」

「あー、うん。エレインにはバレるとは思っていた」


 誤魔化すように少しだけ視線がうろついた。覚悟を決めたのか、ルパート王子はもう一度わたしを見つめた。覗き込むように近い位置で見つめられ、視線が唇に注がれた。熱い眼差しに、先ほどのキスが思い出して胸がドキドキし始める。


「多分、僕でなかったらころッといってしまったと思う」

「どういうことですか?」


 意味が分からない。


「王族はね、あの縋るような不安定な瞳が好きなんだよ。どうしても手に入れたくなる」

「……」


 縋るような不安定な瞳、と言われて何とも言えない。


「一目惚れなんてそんなものだろう? きっと魂に刻まれた何かがあるんだと思う」


 そう言いつつ、さらに覗き込むように目を見つめられた。至近距離で視線が合わさり、不安になった。


「ほら、今エレインはとても不安に思っただろ?」

「ええ」


 何を言いたいのか。


「僕はもうすでに手に入れているんだよ」

「ルパート様?」


 ルパートへ目を細めて笑みを浮かべた。


「誰よりも王妃にふさわしい上に、僕に対して誰よりも不安で揺れている。君以上の人がいるわけがない」

「わたしはルパート様と婚約破棄されないのでしょうか?」

「誰よりも愛しているからね。手を離してあげられないな」


 静かに静かに彼の言葉が心に染みていく。彼女よりも選ばれた喜びに胸がいっぱいになった。でも同時にこれはいつかは壊れてしまうのかもしれないという気持ちももたげてくる。


 なんで信じられないのだろう。

 いつまでも不安でいるのなら、一層のこと今ここで別れてしまった方がいいのかもしれない。最後まで愛されていたという思い出を胸に、魔境でひっそりと暮らした方が幸せなのではないだろうか。目の前で愛が萎れてなくなってしまうのを見るよりはとてもいいように思えた。


「ごめんね。エレインはこれからずっと死ぬまで不安から逃れられないんだろう。だけど、僕は君に側にいてほしいんだ」 


 ルパート王子はわたしの心を読んだように告げる。ゆっくりと距離が近づいて、触れるだけのキスが贈られた。


「では、ルパート様の気持ちがなくなってしまった時に魔境へ行くことを許してもらえませんか?」

「今のところエレイン以上の人に出会う予定はない」

「それでも」

「はあ、わかった。その時は僕が魔境に送ってあげる」


 しっかりと彼に抱きしめられながら、わたしはふと歴代の日記を思い出した。

 あの日記はルパート王子から愛情がなくなるまで書き連ねられるのだろう。




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