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新天地が……遠い


 何故、わたしはここにいるのだろう。


 今日の夜会会場について、一人でゆったりと歩く。いつもなら必ずルパート王子がエスコートしているので、一人で歩くわたしにすれ違う人たちは驚きの表情を浮かべた。

 何も言わせないように、笑顔を貼り付け、軽やかに挨拶をする。


 新しく送られた真紅のドレスを身に纏い、美しい緑の宝石をふんだんに使った首飾りと耳飾り。


 ドレスも宝飾品もルパート王子からの贈られたものだ。身に纏うものはドレスであったが、わたしにとっては甲冑に等しかった。ただただ、今はまだ自分が婚約者であるという矜持だけで俯かずに歩いている。


 ルパート王子と見知らぬ令嬢が逢引きをしているところを見た後、そのまま魔境へと移動する予定であったが、実現していない。一緒に行く予定だったお兄さまが急遽、城に詰めなければならないほどの重要な出来事があったとだけ連絡があり、魔境への移動が保留になってしまったのだ。

 一人でも移動したかったのに、必要な数の護衛が用意できないからと許可が下りなかった。お兄さまの護衛達も連れていかないとたどり着くことが難しいらしい。それだけ危険な場所だという事なのだ。まだ行ったことはないのでどれほど危険なのかはわからないが、噂は聞いているので無理は言えなかった。


 このような状況のため仕方がなく王都の屋敷に残っていたのだが、驚いたことにルパート王子から贈り物が届いた。

 王宮で開かれる夜会への招待状と贈り物だ

 開けてみれば、一番好きな花の色である真紅のドレスと透明感のある大粒の宝石を使った首飾り。


 これを着て夜会に出席してほしい、エスコートはできないが一番目のダンスを踊ろうというメッセージが入っていた。


 これを最後に婚約破棄でも伝えられてしまうのだろう。

 そう考えれば、このドレスもわたしの目には輝きのない、暗い未来への道しるべのように見えた。


 このドレスを選んだのはルパート王子のようで、わたしにはよく似合っている。うっとりとしたため息とともに侍女たちが口々に褒めるが、一番喜んでもらいたい人に褒められない現実に胸が痛んだ。


「エレイン」


 夜会会場をゆったりと進めば、いつの間にか目の前にルパート王子がいた。ちらりと視線を走らせ、連れがいないことを確認する。おかしい、と首を傾げた。あの令嬢と一緒にいるものとばかり思っていたのだ。


「ルパート殿下、ドレス、ありがとうございます」

「ああ、よく似合っているよ」


 丁寧にお辞儀をすれば、彼はいつもと変わらぬ艶やかな笑みを見せる。わたしの両手を握りしめるとそのまま唇を寄せた。指先に彼の息を感じ、思わず息を詰めた。

 じっと見つめられ、瞳を見返せば不思議な感覚だ。彼の目にはまだわたしを愛おしいと思ってくれる気持ちがあるように見えたのだ。


 そんなはずはないのに。


 期待した分だけ辛くなることを思い、慌てて否定する。

 これは仕方がないのだ。お兄さまは王家の呪いと言っていたがまさにその通りだと思う。きっと彼だってこんなことになるとは思っていなかっただろう。


「では、行こうか」


 当たり前のようにエスコートされて驚きに目を見開いた。そんなわたしの様子を見たルパート王子はくすりと笑う。


「婚約者をエスコートするのは僕の役目だろう?」

「ですが」


 反論しようとした唇を彼の指が抑えた。これ以上言うなという仕草に言葉を飲み込んだ。


「その話は後でゆっくりしよう」

「……わかりました」


 できれば聞きたくない。そう思うけれども、彼の変わらない態度に不安を隅に追いやった。これが最後かもしれない。抱きしめているような距離でダンスをする。


 くるくるとダンスホールを回っていると、じっとルパート王子を見つめる視線を見つけた。ルパート王子に熱い眼差しを向け、わたしには憎々し気に睨みつける。まだわたしが婚約者であるのだが、心が通じ合った彼女にとっては許せないのだろう。


 楽しい気持ちが萎んでいく。これが最後だと実感した。


「エレイン」


 そっと名前を呼ばれてうつむきがちになっていた顔を上げれば、彼がほほ笑んだ。


「何も心配はいらない」


 嘘だ。

 そう思うけれども、縋りたいと思うのも本当のことで。

 このままの時間が続けばいいと願いながら彼の顔を見つめた。


 でも時間は有限で、ダンスも一曲が終わった。終わったと同時に抱き寄せられた。


「黙ってついてきて」


 ルパートに促されるまま、歩き出す。彼は王宮の奥へ奥へと進む。そのたびに騎士たちがいて、その物々しさに眉を寄せた。いつも以上の人数の騎士が配置されていた。気配を消しているが、通ってきた道の警備ですら、騎士の数が多すぎる。通った道だけではなく、他の場所も騎士が警備しているのだろう。いつにない緊迫した状況に、落ち着かなくなる。


「気がついた?」

「ええ。何が……起こっているのですか?」


 躊躇いがちに聞けば、ルパートが目を細めた。わたしと一緒にいる時の優しい目ではなく、執務をしている時の冷静な目だ。自分のことしか考えていなかったわたしは目が覚める思いだった。わたしに婚約破棄を言い渡すためではないと気がついた。


「嫌でもこれからわかるよ」


 そう言われてたどり着いた場所は会わずに帰った時に待たされていた部屋だった。思わず足が止まった。

 隣に立つルパート王子をわたしは不安気に見つめた。




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