何故か王城にいます
何杯目かのお茶を出された。そろそろ飲み過ぎて飽きてきていた。
困ったように侍女を見れば、侍女の方も無表情ながら困ったような目をしている。どうやらわたしをここに閉じ込めておくのが彼女の仕事らしい。
彼女の仕事だとわかっているから、しばらくは付き合うつもりであったが、こうも何時間も放置されいるとため息が出る。別れの言葉でも、なんでもいいからせめて早く終わりにしてほしかった。こうして王城で待たされていると、胸の痛みがひどくて息が苦しくなってくる。
「そろそろお暇するわね」
午前中の早い時間に王妃様から呼び出されて王城に来たものの、誰とも会わずに部屋に通された。部屋はいつもの部屋ではなくて、好みの内装がされている部屋ではあるが見知らぬ部屋だ。きっと王妃様の使う部屋なのだろう。
お昼の時間もかなりすぎてしまっているので、そろそろ帰りたい。
出奔する準備が整っていても、わたしがいなければ始まらないのだ。予定よりも遅くなってしまったが、今からでも十分に出かけられるだろう。
帰るために立ち上がれば、侍女が慌てて止めに入る。わたしを通さないつもりか、扉の前に立ちはだかる。
「申し訳ありません。もうしばらくお待ち願います」
悲壮感漂う顔をしているが、こちらだって都合がある。それなりの時間、ここで待ったのだから彼女が咎められることはないはずだ。
「ごめんなさいね。これから用事があるのよ。王妃様もお忙しそうですし、お話は改めてまた後日にいたしますわ」
もう一度会うことはないだろうけど、とりあえず当たり障りのない言葉を告げる。ここから出て行くことが出来さえすれば、いいだけなのだ。
侍女もこれ以上わたしをここに押しとどめておくことができないと思ったのだろう。青い顔をして扉の前からどいた。
本当にごめんなさいね。
心の中でもう一度謝ると、扉を開けた。扉から出たのはいいけれど、知らない場所だった。
王城の行ける場所はほとんど知っていると思っていたけど、ここは知らない。驚いて部屋の中にいる侍女に声をかけた。
「外に出る道を教えてもらえるかしら?」
「外に出る道はわかりません」
意味が分からない。
瞬きをすれば、侍女は困ったように項垂れた。
「申し訳ありません。この部屋は特殊でして。入る時には見慣れた場所なのですが戻る場合は全く違ったように見えるようです」
「ということは、あなたもしかして」
恐ろしい事実に聞きたくないと思ってしまった。
「はい。全く戻る道がわかりません」
開き直ったのか、侍女は顔を上げると堂々と胸を張って言い切った。
「……」
「……どうしましょう?」
侍女がへにゃりと情けない顔をする。わたしは深くため息を付いた。ここへ来て何度目かのため息だ。
「仕方がないから、彷徨いましょう」
「え! 部屋に残るという選択肢はないのですか?!」
「ないわね。閉じ込められていると気が滅入るもの」
引き留めようとする彼女を置いて、廊下へと出た。しんと静まり返った廊下には誰一人いない。誰の気配もないことに眉が寄った。
「普通は護衛騎士とかがいるのではなくて?」
「そうです。ただここは守られていて大丈夫なのだと説明されました」
何が大丈夫なのか全く不明だが、とりあえず廊下を歩く。どちらに向かうかは適当だ。歩き始めると後ろから侍女がついてきた。足を止めて振り返れば、彼女の足も止まる。
「ついてくるの?」
「あの部屋に一人でいるのは不安なので」
その理由も納得できたので、二人で廊下を歩き始めた。
本当に不思議な場所で知っているような気がしても、記憶とは違いあったはずの部屋がなかったり、あるはずのない道があったりしていた。黙々と二人で彷徨っていたが、ついには立ち止まった。
「エレイン様、やはり部屋に戻りましょう」
「そうね」
侍女の情けない声に同意した。いくら歩いても、ぐるぐるしているのだ。これはどこかに隠し扉があるとしか思えない。いくら帰りたくとも、このまま彷徨いながら今の状況を突破するのは無理な気がした。
ゆっくりと考えないと。
落ち着けと自分を言い聞かせて、大きく息を吸う。
「あの」
躊躇いがちに侍女が声をかけてきた。何か迷っているような様子に優しく見えるように笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「声が聞こえませんか?」
そう言われて耳をすました。話している内容まではわからないが、確かに人の声が聞こえる。壁を伝い、一番大きく聞こえる壁を見つけた。静かに音を立てずに壁を押してみる。ほんのわずかだけ、動いた。
「静かにね?」
声を出さないように指示して、薄く開いた隙間から覗く。侍女もそっと覗き込んだ。
「あっ……」
慌てて彼女は口を抑えた。わたしは隙間から見える光景を見ても、大した感情は湧いてこなかった。ルパート王子と婚約した時に、こうなることは覚悟していた。
わたしは幸せになれる、と信じていたかった。
何かを囁き合っていた二人は抱きしめあった。しばらくして、抱き合った二人はその場を離れていく。
どのくらい、そうしていたのか。
いつの間にか詰めていた息を吐き出すと、壁を大きく開けて表に出る。出た先はわたしの大好きなあの庭だった。色とりどりの花が満開で、それぞれの香りが漂っている。
いつ見ても美しいはずの花が今日はひどく色褪せて見えた。
「あなたも持ち場に戻りなさい」
「あの、きっと何かの間違いで……!」
必死に彼女は言い募る。ただその物言いはわたしを慰めると言うよりも自分を説得させているような感じだ。彼女自身、とても衝撃が強かったようだ。
わたしは首を左右に振った。
「気にしなくていいのよ。人を好きになるのは強制できないのだから」
「でも、あの部屋に呼んだのは王太子様です! 何か事情があるのだと思います」
「王妃様ではなかったのね。では、わたしはこれで帰るわね」
「エレイン様」
呼び止める声には応えずに歩き出す。この庭なら迷うことない。少しだけ立ち止まり庭を振り返った。
大好きだった花も庭の様子もすべてがよそよそしいものに見えた。つい先日ここで笑いあっていたことも夢のように遠ざかっていく。
もう二度とここに来ることはないのだと、初めて目の前が滲んだ。