選択すべき未来
実際の所、どのくらいこの家の女性が不幸だったかと言えばシャレにならないほどとしか言いようがない。第二の王族と言われるように、我が公爵家は300年ほど前の国王の弟が起こした家だ。時折、王族の姫をもらい受け、血を薄めないように管理されている。王族から公爵家に嫁いでくる王女は幸せであったが、逆に公爵家から王族に嫁ぐ令嬢はことごとく不幸だった。
不幸の始まりの令嬢は、王太子と結婚した。二人の仲は順調で、子供も3人生まれた。ところが夫婦に亀裂が入ったのは、結婚して10年目のことだった。
16歳で結婚した令嬢は26歳。王太子妃は十分に夫に愛されてしっとりとした美しさを持つようになった頃だ。
それにも関わらず、どこかの夜会で出会ったという子爵令嬢に王太子が一目ぼれしたのだ。
そこからが苦難の始まりだった。王太子は公務を投げ出し、それを補ったのが王太子妃だった。王族の掟により、跡取りのいる王族の愛人には子供を産む権利はなかった。王太子妃にはすでに3人の王子がいたため、愛人には常に避妊薬が盛られていた。
愛人となった子爵令嬢は王太子の寵愛を受けていたが、特に優遇されることはなかった。王族の愛人には乱れさせないという理由で金品も政への口出しもさせないのだ。ただ王太子が愛でるためだけに後宮に置かれる。
もちろん後宮の調度品は最高級であるし、ドレスや宝石も惜しみなく贈られる。ドレスや宝石は後宮にやってくる王太子だけのために身に着けるのだ。
愛人となって3年目。
子爵令嬢は誰にも称賛されず、子供も出来ず、華やかに過ごす王太子妃を逆恨みした。その時、3人に何があったかはわからない。逆上した子爵令嬢が王太子妃を刺殺したのだ。
こうして公爵家の不幸が始まった。
何代か先に進んで、次の犠牲者の婚約者は第3王子だった。第3王子と言うとおりに、側室の産んだ王子で後ろ盾を付けたかった当時の国王が年回りの合う令嬢ということで選ばれた。幼い頃から一緒に過ごす時間を設けられていたようだが、二人の性格が合わなかったのか男女の情は育たなかったようだ。政略結婚だからとお互いが割り切っていたようでもある。それでもお互いに尊重し合うようなそんな関係だったらしい。
ところが、留学してきた隣国の王女に第3王子が恋をした。隣国の王女も側室どころか愛人の産んだ王女で、国で持てあまされていた。第3王子も側室である母親の身分が低く後ろ盾がない。お互いに何の利益も産まないどころか、のちに禍根を残しそうな血筋である。
強硬に周囲が反対し、王命により無理やり公爵令嬢との婚姻が結ばれた。その結果、公爵令嬢は夫となった王子に憎悪され、屋敷に閉じ込められた。初めのうちは使用人が面倒を見に来ていたようであるが、そのうち間隔があき、令嬢は忘れ去られた。家族が助け出したときにはすでに死んでいた。死因は餓死だそうだ。
他にも色々な令嬢がいるが、あれこれ違っていても最後は死に至る。
一番最悪で一番多い事例が、冤罪による処罰だ。流石に死罪とまではいかないが、秘密裏に幽閉や国外追放、病死とした毒杯などあらゆるものが書き連ねてある。もちろん、後日、家族によって冤罪だと証明されるが、死んでしまっているので今更だ。
この公爵家は不幸な出来事があるたびに、当主が遠縁の者と交代する。娘の不幸になった家族が王族を信用できなくなり、領地に引きこもるからだ。
公爵家は第二の王家と言われる血筋だ。潰せずに家を存続させるためだけに血の遠いものが当主になってきた。そのため、直系ではないのに、同じことを繰り返す。
こんな例が暇なく書き連ねていた。日記と言われたものは本人が書いたものもあるが、その家族が書いたものもある。そこには悲痛な嘆きと、どうしたら回避できたのかという反省が綴られていた。
怨嗟の声を閉じ込めた日記を読めば読むほど吐き気がする。そして自分も彼女たちの仲間入りを果たすべく、入り口に立ったことを知った。
ルパート王子との婚約が決まった後、渡されたこの日記を何度も読み返した。
一度目は血を吐くような言葉に涙した。
二度目は冷静になろうと頑張ったが、やはり涙が止まらなかった。
何度も何度も読み返し、そして一番最後に書かれている希望を、彼女たちの残した指針を読み解く。
彼女たちはそれぞれの経験と過去の事例からいくつかの道を示してくれている。
長い間、日記が継承されてきた理由だ。
お飾りの妻になること、修道院へ入る、国外など物理的な距離を持つ、など様々な回避方法が書かれているのだ。もちろん実体験から導き出した方法だ。それで逃れた人もいるし、そんなわけはないと信じずに不幸になった者もいる。
お父さまもお母さまもきっとこの日記を読んで、長い間、わたしの幸せを真剣に考えてくれたのだろう。大きな愛情に痛む胸が少しだけ和らいだ。
新天地として魔境を選び、わたしが生まれた時より準備を進めてくれた両親に感謝した。それに異を唱えない兄にも感謝しかない。
あれほど側にいて、あれほどお互いを理解し合っていたと思っていたのに。
それでも一瞬で奪われてしまうものなのか。
その現実たとても辛くて、胸が痛い。痛みで息をするのが苦しい。想像以上の苦痛に目をきつく閉じた。いつかはこの時が来るとわかっていたから、心構えは十分していたはずだ。
でも、それは思っていただけだった。
実際に目の当たりにすれば、辛くて苦しくて。どうやら思っていた以上にルパート王子を心の底から愛していた。この気持ちはどうしたらいいのかわからなくて、途方に暮れる。
扉がノックされた。返事をしようと顔を上げれば、すでに扉が開いていた。
「お兄さま」
「今、父上に聞いた。本当なのか?」
言葉にすると現実になるのではないかと言うように躊躇いがちに聞いてくる。わたしはほろ苦く笑った。
「はい。夜会でわたしも見ました」
「そうか」
「お兄さまにはご心配かけます」
申し訳なくて謝れば、お兄さまは笑う。お兄さまはわたしの隣に腰を下ろした。そして優しく肩を抱くと自分の方へと寄りかからせる。優しく優しく頭を撫でられて、体から力が抜けた。知らないうちに緊張していたようだ。
お兄さまはため息を付いた。
「あれほど愛し合っているように見えたのに」
「愛し合っていましたわ。壊れてしまっただけです」
簡単に壊れてしまうのは悲しいことだ。
悲しいけれど、消えてしまうものだから耐えられるのかもしれない。
愛なんて簡単になくなってしまう。
わたしの彼への愛も早く消えてしまえばいい。