ついにこの日が来ました!
婚約者候補から婚約者に格上げになって、2年。
わたしもとうとう17歳になった。1年後には結婚だ。
この2年でお互いの距離が近くなった。婚約者候補の頃よりもさらに一緒にいる時間が増えた。王妃の担う公務を勉強し、わからないところや疑問に思うことをルパート王子が聞いてくれる。彼はいつも嫌な顔をせずに丁寧に王族の在り方が考え方を教えてくれるので、わたしは知らない間にルパート王子を頼るようになっていた。
理解できることが増えて、できることの範囲が広がればさらにルパート王子の思っていること考えていることを話してもらった。
王になる彼にふさわしくいられるようにと、できる限りのことはしたと思う。
「ルパート様」
今日も長椅子に座って力いっぱい抱きしめられながらの、お茶会である。既にお茶会と言っていいのかわからないけど、あちらこちらに触れるだけのキスをされている。
ルパート王子はキス魔で、状況が許せばどこかしらキスをしている。婚約する前もキスされていたが、あれよりもひどい。あれは控えめだったのだと思うほどだ。
首筋に息がかかりくすぐったくて身をよじれば、少しだけ離してもらえた。とはいえ、彼の腕の中であることは変わらない。視線を上にあげれば、蕩けるような笑みを浮かべていた。
初めてあった時には天使のような美貌であったが、ここ数年、精悍な顔立ちになってきた。甘い顔立ちをしていたので王妃様に似ているかと思っていたのだが、こうしてみれば国王様にも似ている。ただ残念なことに笑ってしまえば、精悍さがなくなってしまう。
「何?」
「今日は庭を散策するのではなかったの?」
「ああ、忘れていた」
本当に忘れていたのだろう、思い出してばつの悪い顔をしている。わたしはくすくす笑うと、立ち上がった。
「ねえ、折角満開なのだから、散策しましょう?」
王宮の奥まったところにある限られた人間しか入れない庭園は実はお気に入りだ。色とりどりの花が咲き乱れ、丹精込めて世話をしている庭師たちの気持ちが伝わってくる。
「どんな花よりもエレインが一番美しいよ」
「お世辞は結構よ。わたしよりもルパート様の方が美しいわ」
綺麗な顔をした男に褒められてもちっとも嬉しくはない。拗ねて見せれば、少し悲しそうな顔をした。
「本当のことなんだ。僕にとっては君はすごく輝いて見える」
「ありがとう」
「エレイン、愛しているよ」
「ふふ、わたしもよ」
ルパート王子の言葉に応えながら、笑みを浮かべた。ルパート王子も部屋に引きこもるのを諦めたのか、立ち上がった。彼はわたしの少し乱れた髪をちょいちょいと指で整える。こういうところも器用なのだ。
ルパート王子はわたしのドレスを整えるのも完璧にできるらしい。らしいというのは、させていないからだ。ドレスを整えると言うことは、人に言えない状況になっているということで。流石のわたしも婚姻前の関係はためらいがあった。
「では、行こうか」
手を差し出されて、庭に向かう。
婚約者になってから、ルパート王子とはより距離も近くなった。一線は超えないけれど、彼のわたしへの欲も感じる。
確かに愛されているのだと思う。わたしも素直に愛している。
それでも、時々。
不安でいっぱいになるのだ。幸せになれなかった令嬢たちと同じ道を通っているだけではないのかと。
彼女達だって途中まではとても愛し愛されて幸せだった。
彼女たちの辿った道を知っているのに、わたしの幸せはこのまま続くのではないのだろうかと思っていた。
知らないうちにそんな期待で満ちていた。
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「どうかなさったの?」
ある夜会にエスコートされながら、いつもとは少し様子の違うルパート王子に気がついた。今夜はどこか気持ちが別に向けられているように思えたのだ。いつもなら、わたしから視線を外さずさない。それなのに、気もそぞろで隣に立つわたしのことを忘れているのではないかと感じるほどだ。
ルパート王子はばつが悪そうな顔をしてから、そっとわたしを抱き寄せた。
「エレイン、愛しているよ」
唐突に耳元に囁かれて、顔をしかめた。言い訳のように呟く言葉にもやもやとした不信感が生まれる。
「ルパート様」
「だから、信じてほしい」
何を。
疑問は声にはならない。
ルパート王子の視線が少しだけ泳いだ。わたしは逸らすことなくその視線を追う。彼の視線の先にいたのはこの国に多い茶色の髪に茶色の瞳をした一人の令嬢。
どこか社交界に慣れていない浮いた存在。
ああ、彼女なのか。
仄かな希望がみるみるうちに小さくなっていく。
そっとルパート王子を見上げれば、彼の顔には何の表情も浮かんでいない。
嬉しそうな顔をすればいいのに。きっとわたしに気を遣って感情を殺しているのだろう。
二人がどこで出会ったのかはわからない。王宮や夜会などの催し物はほとんど一緒にいるので、出会っていたら気がつく。可能性としては。お忍びでよく行く城下で出会ったのだろう。お忍びで出会っていたのであれば、いくらわたしが注意していたところで気がつくはずがない。
つい先ほどまでのルパート王子を思い出す。いつもよりも少しだけ距離が遠い。そのわずかな距離が彼の心が離れていっているように思えた。
いくら愛し合っていると思っていても、その気持ちは簡単になくなってしまう程度だったというだけだ。
わたしの彼にする愛情と彼がわたしに対する愛情に温度差があっただけの話。
男の人は複数の愛情を持てるらしいから、唯一を求めるわたしが愚かだったのだ。
ああ、そうか。
彼女達も唯一の愛情を求めて不幸になったのか。諦めきれない気持ちが強くて自ら不幸になってしまったのだ。
すべてを悟ったわたしは体から力を抜いた。
「エレイン?」
わたしの様子が変わったことに気がついたのか、ルパート王子はわたしの方へと視線を向けた。どこか心配そうな色を浮かべる瞳に苦笑する。
そんな演技をする必要はないのに。
嘘つきな彼にわたしは微笑んだ。
「ダンスをしたらお暇したいわ。少し気分が優れませんの」
わたしには愛してくれる家族がいる。
すべてを捨てて、新しい場所で幸せになれる場所を用意してくれる家族がいる。
彼の愛だけがすべてではない。
家に帰って、お父さまに伝えないと。
早ければ早いほどいい。
今から屋敷に帰って準備をしたら、明日の朝には魔境に向けて出発できるだろう。