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The Big Bear

第一章――

「ズドン」

 鈍い音が界隈に鳴り響く。

 三〇口径のライフルが火を噴いたのだ。黒々としたライフルの先端からは白い煙が放たれ、さながらハリウッド映画のハードボイルドさを感じさせる。ライフルを持っているのは、赤銅銀二せきどうぎんじ齢七〇歳になる老人である。茅葺屋根が特徴のとある一室でそれは起きている。

 アメリカ製の特注のライフル。地元の狩猟会に所属している銀二はこのライフルを二〇年ほど愛用しており、今まで数多くの獲物を仕留めてきた。

 熊、猪、鹿、猿……。

 銀二が住む杉沢村(○○県にある作中の架空の村)では、害獣による事件が頻発している。山の伐採や、環境の変化、開拓により、山は変貌しているのだ。その結果、食べ物を求めて、害獣が人間の住む区域までテリトリーを広げているである。

 これは忌々しき問題。特に杉沢村では若い人間が都会に出稼ぎに出るため、残されている人間は高齢者と子供、そして女性だけだ。野生の害獣には到底太刀打ちができない。だからこそ、銀二のようなリタイアした人間がダックを組み、狩猟会を結成。時折、見回りをして村の安全を守っているのだ。

 銀二の額には脂汗が光っている。

(まだだ、まだ終わっていない)

 既に装填は終わっている。後は引き金を引くだけでライフルは火を放つ。もう一発撃ちたいところ。そうしなければやられるのは眼に見えている。銀二の前には三mに近い、巨大な熊が立っている。背中にふさふさとたてがみのような金色の毛が生えている特徴的な熊。

 通称ビッグベアー

 この熊は突如として村に現れ、特定の村人を襲うのである。まるで恨みを持つ人間のように、意志を感じさせる。銀二とビッグベアーは三〇年来の付き合い。ちょうど銀二が趣味の狩猟を広げ、狩猟会に所属した時からのつながりだ。

 銀二はその昔、この熊に婚約者を殺害されるという悲劇を経験している。だからこそ、この積年の恨みがあるビッグベアーを倒すのは、この村人の誰でもない、自分であると自覚しているのだ。

 ビッグベアーは三〇口径のライフルの弾丸を右肩部分に浴びている。にもかかわらず平然と立ち尽くしている。黒い瞳。それがまざまざと銀二に注がれている。

(こいつ、何を考えている)

 と、銀二はビッグベアーを見つめる。

 ライフルを撃ち終わった後の独特の静寂の時間が終わろうとしている。

 もともと、熊の寿命は二十五年から三〇年と呼ばれている。しかし、このビッグベアーに関して言えば、そのような一般的な解釈がまったく通用しない。五〇年前の文献にも克明にその被害が描かれているのだ。

 まさに害獣でありながら、神聖な霊獣。杉沢村のそばにある△△山が誇る、山ノ神といっても良いだろう。

 その霊獣を倒そうと試みているのが、銀二なのだ。

 銀二と霊獣ビッグベアーの距離は五mほど。完全にビッグベアーの手中である。季節はずれの汗が滴り、銀二の頬を伝う。

(構いやしねぇ。俺はこいつさえ殺せれば……)

 思うことはそれだけである。

 しかし、そんな銀二の思惑を嘲笑うように、ビッグベアーは背中を向けた。ライフルを持つ銀二に対して背中を向けたのである。その仕草には余裕が感じられる。稚児の駄々を治めるような圧倒的な余地を感じさせる。

 銀二は自分の真剣な行為を逆撫でされたと感じた。ビッグベアーの背中には特徴である金色の毛がふさふさと垣間見える。

(こいつ、俺を舐めてやがる!)

 怒りが迸る。積年の恨みが怒涛の如く浮かび上がり、銀二の神経を高める。徒に刺激された感情を武器に銀二はライフルの引き金を引いた。

「ズドン!」

 再び銃声が轟く。

 しかし、ここで妙なことが起きた。地元の狩猟会のメンバーの中でも特出した技量を持つのが銀二。恐らくその実力は一、二位を争うであろう。それだけ経験豊富なハンターなのだ。そんな銀二が狙いを定めた宿敵を外すわけがない。しかし、一発目の弾丸も肩に外れ、二発目は身体にすら当たらなかった。

 横にある砂壁に弾丸が炸裂し、穴をつけている。

(おかしい。こいつ本当に熊なのか?)

 確実に霊獣という言葉が相応しい。それがビッグベアーだ。彼奴の周りからは独特のオーラが放たれているようで、それが銀二の放つライフルの玉を歪めているとしか思えない。少なくとも、この熊はこの山に住むどんな生物よりも利口であり、知恵があり、体力もある。まさに宿敵と呼ぶのが適切であろう。

 翻ったビッグベアーは悠然とその場から消えた。三mに近い巨大な身体を揺り動かしながら、死の淵に佇む銀二のそばをあっさりと通り抜けたのである。この行為には銀二もいささか驚きを覚えた。ライフルを持つ銀二に何の躊躇もなく立ち向かい、あっさりとその場を駆け抜ける。

 それはまるで、自分と貴様では立場が違うといわんばかりの行為。

 ビッグベアーに舐められている。いや、同等とは思われていないのかもしれない。

 蟻と巨獣。

 あるいは、人と神――。

 それだけの違いが二人の間には存在した。

 ビッグベアーが消えた後、緊張感のある、そして殺気じみた環境が急速に緩んでいく。たちまち、銀二のライフルを持つ手が震えた。今回もビッグベアーを撃ち倒せなかった。今まで来た中で最大のチャンスと言えるだろう。しかし、手も足も出ない。既にビッグベアーは煙のように消えており、山の中に戻ってしまっただろう。

 但し、傷はつけた。ライフルで肩を貫いたのだ。大したダメージを感じているとは思えないが、確かに傷は与えたのだ。それは勲章と呼べるのだろうか?

(いや、駄目だ……)

 銀二は露骨に肩を落とし、ライフルを肩に下げ、着ている弾丸ホルダーのポケットの中からハイライトを取り出し、それを吹かし始めた。

 吸い慣れたハイライトの味が口内に染み渡っていく。

「やったんですか?」

 突如、後方から声が聞えた。その声は緊張感を帯びていささか恐怖を与える。

「いや」と、銀二。

 銜えタバコのまま振り返り、静かに煙を吐く。

「でも、二発の銃声が聞えました」

「だが仕留め損なった。彼奴は魔獣だよ」

「魔獣?」

「そうだ。霊的な力が働いているとしか思えねぇ」

「そうなんですか……。なんとか仕留めてもらいたかったんですが。まぁ、結界が間に合わなかったから仕方ないんですけど……」

 と、青年は言う。

 ここで、この青年のことを紹介しても良いだろう。

 彼は知屋城博ちやじょうひろし。東京都の小さな出版社に勤める二十九歳の編集者である。仕事はオカルト関係の記事を書くこと。今回のビッグベアーの件は数ヶ月後に発売される、オカルト雑誌(月刊オカルトミュージアム)に記載するために取材を重ねているのである。

 村に現れる霊獣。

 そんな理由があるものだから、知屋城は、なんとしても銀二にビッグベアーを狩ってほしかったのだが、現実はそう上手くはいかない。今回のビッグベアーとの遭遇も数ヶ月ぶりのことだったのである。

「無茶言うな」

 銀二は銜えタバコのまま、二発目に打った弾痕を見つめる。生きているかのように、めり込んだ弾痕。弾をゆっくりと取り出す。

「俺は」銀二は言う。「確かに彼奴の心臓に狙いを定めた。これは確かだ」

「でも外れましたよ」と、知屋城は囁く。

「あぁ。これはどう考えてもおかしい。俺がはずなんてことはありえねぇんだ。だが、そのありえねぇことがビッグベアーの前では起こる」

「銀二さんはビッグベアーが魔獣だといいました。それはつまり、ビッグベアーには人智を超えた力があり、山の神として君臨している村の伝統を信じているということですか?」

「そうさ。あの熊には俺たちが知らない秘密が隠されている。それは間違いねぇよ。俺とビッグベアーは三〇年の付き合いだ。その頃からあの体躯だし、それ以前にも記録が残されている」

「本当なんですか? そ、そのビッグベアーの噂って言うのは」

「それはお前さんのほうが詳しいんじゃないか? 何しろそういう事件を専門的に扱ってるんだろう」

「ま、まぁそうですけど」

 と、知屋城は口ごもる。都会の出版社勤務とはいえ、弱小の部類に入る零細出版社である。生まれに難があり、優良大学を出ているわけではないし、特筆すべき取材力や行動力があるわけではない。十万部売れれば大成功! という小さな社会の中を生きているのだ。

 今回のビッグベアーの件だって、それほど売れる見込みはない。

 許婚を殺害されたハンターがその生涯をかけて、霊獣と対立する。

 それは奇譚めいているし、どこか人の興味をかきたてる話題だ。なんとしても今回の取材は成功させたい。と、知屋城は考えていた。

 室内は二〇畳ほどの広々とした空間。日本間であり、リビングでもある。見た目は大きく、邸宅と言える室内である。それもそのはずで、銀二と知屋城がいるこの空間は麓の村で一番の富豪、不知火家の住まいなのである。

 不知火家とビッグベアーには因縁が存在し、ビッグベアーは知能を持ったアンドロイドの如く、不知火家の人間しか襲わないのである。まるで、不知火家に積年の恨みがあるかのように。その事実を銀二は知っている。

 その昔、将来を誓い合った、不知火小夜子という女性がいた。今はもう、この世には存在しない。銀二や村人たちの心の中にしかいないのだ。銀二はそっと目を瞑り、ため息をついた。今回も敵討ちができなかった。

 人を殺害した熊は法的に処罰することが可能。銀二はきちんと狩猟の免許も持っているし、何度もビッグベアーに遭遇している。しかし、毎回仕留めることができずに、歯痒い気持ちを経験していることになる。

「銀二さん」

 と、知屋城は氷のように固まった銀二に声をかけた。

 その言葉に、フッと銀二は記憶の水から引き上げられ、スッと視線を知屋城に向ける。二人の間に静寂が起こり、空気が徐々に弛緩していく。既にビッグベアーは立ち去った。しばらくの間はここに来ることはないだろう。

「次は必ず仕留める」

 明確な意志を感じさせる銀二の声。

 極限まで高められた緊張は緩み、今はもう、存在しない。

 二人が顔を見合わせ、どう会話を切り出そうと四苦八苦していると、リビングのトビラが開いた。ビッグベアーが去ったことを知り、館の人間がリビングに入ってきたのである。それは小さな人間、不知火隼人、小学六年生であった。

「おじいさん」隼人は言う。「熊は……、ええと、ビッグベアーはどうなったの?」

「駄目だったよ。すまないねぇ」と、銀二。声はがっかりと静か。

「そう。でも。撃ったんでしょ?」

「あぁ二発撃った。その内の一発は彼奴の肩に命中したが、大したダメージを負わないだろう。それだけ彼奴は体力があるし、回復力もある。次に出会うときには、今回受けた痛みなど忘れている」

「次こそ仕留めてよ。おばさんの敵をとってほしい」

 銀二の許婚である小夜子。これは前述したが、隼人にとっては伯母という存在である。不知火家のほとんどはビッグベアーに殺害されており、現在残っているのは、当主の不知火正輝(四〇歳)。不知火美佐子(三十八歳)二人は隼人の両親。そして正輝の母であり、隼人の祖母の不知火千代(六十九歳)それだけである。他にいた人物たちは皆殺害されている。

 それだけビックベアーは強敵なのだ。

「正輝さんはどこに?」

 銀二は隼人に向かって尋ねる。

 すると、隼人はスッと指を天井に向け、

「書斎にいるよ。たった今帰ってきたんだ」と、一言。

「立ち去る前に挨拶をせんとな」

 銀二と知屋城は、正輝の部屋に向かうことになった。

 古い、階段は軋り黒光りしており、人が二人、優々と上ることができる。階段を上ると、一本の長い廊下があり、その一番奥が正輝の書斎である。階段を上る音を聞きつけたのか、正輝は廊下の前に立ち、パイプをくゆらせていた。紫煙が廊下を生き物の如く舞い、チェリーの心地のよい香りが充満している。

「銀二さん、どうでしたか?」

 と、正輝。彼は察しがよく、ビッグベアーの撃退に成功しなかったとあっさり見抜いていたが、あえてそう尋ねた。既に危険が去った館。安堵しているようにも見える。

「駄目だった。すまねぇ」

 と、銀二は頭をかきながら告げる。

「そうですか」残念そうに言う正輝。

「でも肩は撃ち抜いたんだ!」

 唐突に後ろを追ってきた隼人が言った。隼人は銀二のことを慕っている。戦前、兵隊に少年たちが憧れたように、隼人も銀二に対し憧れに近い気持ちがあったのだ。同時に、銀二が引退する前に、彼の許に弟子入りしたいとも考えていた。狩猟の免許は二〇歳にならないと取れない。隼人は現在十二歳だから、まだ八年の猶予がある。

 以後八年。銀二が隼人の成人まで狩猟を続けているかは分からないが、銀二は命尽きるまで狩猟を続け、ビッグベアーを追い続けると覚悟している。己の人生は、ビッグベアーを仕留めることで終幕する。そう考えているのだ。

「隼人。駄目じゃないか。ビッグベアーがいる間は家に入っちゃならんと言ってるだろう。万が一のことがあったらどうする」

「大丈夫だよ。僕はビッグベアーには負けない」

 強気な発言だった。しかし正輝は納得しない。隼人のそばまで駆け寄り、そっと肩を抱いた。

「とにかく危険なことは止めてくれ。私たちは狙われているのだよ」

 寒気を感じさせる正輝の言葉。相当な恐怖を強いられてきたのだろう。彼の肩は震え、歯はカチカチと音を鳴らす。ここは山の麓だが、寒さを感じさせるにはまだ早い。つまり、恐れを抱いてるのだ。ビッグベアーに対する圧倒的な脅威を……。

「それは知ってるよ」と、隼人は言う。「だけど、どうしてビッグベアーは僕たちの一家を襲うの?」

「それはね、未だにはっきりしないんだ。だが、五〇年前、戦後の復興期に事件が起きたと想像されている。隼人にとっては祖父の時代だよ」

「つまり、おじいちゃんの時代ってことだね」

「あぁ、その時代に何かがあった。それだけは確かだ……」

 正輝の言葉通り、ビッグベアーが現れたのは五〇年前。不知火家を襲うようになったのは、三〇年前になる。しかし、その全貌はまったく明らかになっていない。熊が五〇年生きることは、人が二〇〇年生きることと同じで、ありえないことなのだから。

 但し、そのありえないことが現実には起きている。

「銀二さん。次は必ず仕留めてください! お願いしますよ」

 懇願する口調で言う正輝。肩は震えており、愕然としている。気分を落ち着かせるように、過剰にパイプを吸いながら、精神統一に努めている。

「えぇ。もちろん。それは分かっているんだが」

 不可思議なのは、二発目の銃弾が銀二の予想とは反して外れたことだ。あれは決して故意に外したわけではない。確実に銃弾はビッグベアーに注がれたはず。にも関わらず、銃弾は滑るような意志を持ち、脇の土壁に外れたのだ。こんな不可解なことはない。

 ビッグベアーと対峙するといつもこのような現象に見舞われる。神の意志が働き、銃弾を捻じ曲げているとしか思えないのだ。

 銀二と編集者の知屋城は一旦麓の狩猟会の集会所に戻ることになった。

 季節は九月――。

 夏の暑さはひと段落し、秋も少しずつ深まってくる。山の中は秋を迎えることで、これから賑やかになるだろう。ビッグベアーの行動にも注意しなければならない。定期的にビッグベアーは不知火家の人間に牙を向くのである。なんとしてもこの霊妙な現象を食い止め、ビッグベアーと不知火家の三〇年に渡る因縁を断ち切る必要があるのだ。

 その重大な役目を担っているのが銀二。唯一無二の存在。けれど、自分にはビッグベアーを打ち倒すことができるのだろうか? 毎回、それだけが不安であり、ビッグベアーに鉢合うごとに、自信は揺らいでいく。自分は神をも恐れぬ蛮行をしようとしているのではないか? そんな風に感じるのである。

 麓までおり、狭く簡素な造りの集会所へ戻る。そこには狩猟会の仲間が数名待っていたが、銀二のうな垂れた姿を見て、今回の狩猟も失敗に終わったと見てとったようだ。銀二は温かいコーヒーを二人分用意して、室内に入り込んだ。

 集会所の広さは八畳ほどの空間である。故に酷く狭い。室内中央に机が設置され、そこに軽食や飲料が置いてある。また、入り口の対面には小さな窓があり、そこから日差しが差し込んでいて、脇にラジオが置いてある。古びた大型の真空管ラジオ。村長の趣味で置いてあるのだ。しっかり手入れすれば、蓄音機が全盛だった時代の代物も現役で使えるのである。

 テレヴィやPCといった類の電子機器はなく、あくまでアナログな空間。室内の右壁には狩猟会のメンバーのベストやハンティングジャケットがかけられている。ライフルなどの銃は安全面から別室の倉庫にまとめて収納されている。

 銀二は倉庫に行き、自分のロッカーにライフルをしまい込んだ後、再び、集会室に舞い戻った。

 そして熱いコーヒーを飲みながら、パイプ椅子に座り込み、ハイライトを吸いはじめた。タバコによるヤニの影響で、室内の白い壁は、うっすらと黄ばんでいる。染み付いたタバコのニオイが、妙に鼻につくが、文句は言えない。

 銀二の前には村長である木下金蔵がいる。

「今回も駄目だったようだな」

 察しの良い金蔵は銀二に言った。

 金蔵と銀二。昔はその腕の確かさから、『金』と『銀』のコンビと呼ばれていた二人。

 今でもその名残があり、二人はお互いを尊敬しあっている。

「あぁ。彼奴は不思議だよ」と、銀二。

「不思議?」と、金蔵。

「弾が外れる。まぁ今に始まったことではないがね」

「彼奴は霊獣だ。仕留めるのには時間がかかる」

「そうだろうな。だが……」

 銀二は口ごもる。自信がなくなっているのだ。

「銀二。大丈夫さ」

 励ますように、金蔵は言う。彼は今、ほとんど狩猟をやらなくなったが、全盛期は素晴らしい腕の持ち主だった。それを銀二は知っているし、隣に座った知屋城も自覚している。

「金さん」銀二は言う。「ビッグベアーっていうのは何者なんだ? 俺はたまにさっぱり分からなくなる」

「それは銀二のほうが詳しいんじゃないのか? 俺たちが知っていることをまとめると、不知火家の人間を襲う。そして、今日みたいな日だ」

 今日みたいな日――。

 それは若干オカルトじみた日。つまり、ビッグベアーが現れる日は決まっているのだ。

 六日――。

 それがビッグベアーが現れる日。この世界に顕現される日。狼男が満月の夜に現れる伝説と同じ理屈。そもそも、なぜ六日になると現れるのか分からない。すべては謎に包まれている。

『六』という数字には神秘的な意味合いがある。六個一組の概念があるし、魔術やオカルトの世界では『六』は聖なる数字であると認知されている。それが、果たしてビッグベアーの登場とどこまでつながっているかはわからない。しかし、事実言えるのは、ビッグベアーは六日になると決まって現れる。

 怪盗のように。

 聖なる使者のように。

 あるいは眠れぬ暴君の如く。

 銀二はそれを知っている。故に毎月六日を目指して鍛錬を積んでいるのだ。しかし、それもいつも失敗に終わる。結界を張ろうとしたが、間に合わなかったのだ。いずれにしても、今回も被害者は出ていないのだから、喜ぶべきであろう。とは言うものの、銀二はそれほど喜びを感じてはない。

 仕留め損なった。そして脇を悠然と駆け抜けられた。その印象が頭から拭えない。圧倒的な差が存在しているのだ。それは否めない。たまらなく自分が情けなくなる。

「彼奴は」銀二は誰に言うでもなく呟く。「なぜ六の日に現れるんだ?」

 その言葉を聞き、答えたのは知屋城である。こういう話は、彼の得意な分野。オカルト雑誌を発行している彼は、『六』についてを少し語った。そう、彼も銀二と同様でビッグベアーが『六』の日に現れることを知っている。

 それは大いなる謎であり、ミステリは人の興味を著しく刺激する。つまり、何かあるのだ。六=ビッグベアー。この縮図には何かまだ銀二やその他の関係者の知らない事実が隠されている。それは間違いないだろう。

「来月かぁ。今度は仕留めたいですね。次までにはきちんと結界を張り、準備をしましょう」

 と、知屋城は他人事のように言った。

 今回の取材はなんとしても成功させたかった。けれど、それは失敗に終わっている。

「いや」そんな中、金蔵が口を開いた。「まだ六の日は終わっていない」

「終わっていない?」と、知屋城。

「そう。まだ夜がある。夜の山は危険だ。何が起こるかわからない。警戒しなくちゃならん。そうだろ銀二?」

 問われた銀二は深く頷き、鋭い視線を窓辺に向けた。

 時刻は午後三時――。まだ暗くなるには早い。しかし、時期は九月。確実に日は短くなっている。次にビッグベアーが現れるとしたら、

「次は夜。山の中だな。村人には外に出るなと警告しておこう。恐らく、ビッグベアーはいつもの通りを使って不知火家に現れるはずだ。それは間違いないだろう」

「そうか、俺も手伝おうか?」

「いや金さんはここにいてくれ。彼奴を仕留めるのは、あくまで俺だ。俺は彼奴に恨みがあるからな」

 金蔵は当然であるが銀二の過去を知っている。つまり、許婚をビッグベアーの殺害された事実を完全に把握しているのだ。そして、銀二が打倒ビッグベアーに命をかけている事も。

 九月六日。まだまだ終わりそうにない。

 同時にこの時この場にいた三人は気づく由もなかったが、一つの事件が起ころうとしていたのである。界隈を吹く風が、魔界からの風のように生温かく、妙に汗ばんで感じられた。

 事件は午後七時に起きる。夕食を終えた不知火家の下男からとある連絡が来たのである。なんと、不知火家の当主、不知火正輝氏の息子、隼人が帰ってこないという話なのだ。狩猟会のメンバーに緊張が走り、有志で山を捜索することになった。その数一〇名。

「不味いな」と、銀二は言いながら、愛用のライフルを背中に背負い、暗くなった山の中を歩いた。道は湿気でぬかるんでいた。そして足跡が見える。四〇㎝は越える、巨大な足跡。一目見ただけで銀二はそれがビッグベアーによって付けられたものだと察した。

 まだ足跡は付けられたばかりのようだ。あまりにはっきりと付けられているし、山の奥に向かって足跡は続いている。

「不味いって言うよりも妙ですよね?」

 隣にいた知屋城が言う。彼の記者魂が危険を顧みず、銀二に同行することを可能にしていた。しかし、妙というのは何事だろうか? いや、銀二も妙なことは感じている。そして、その奇々怪々な現象は今に始まったわけではない。

「よく気づいたな」褒めるように銀二は言う。

「足跡は山から麓に向かったものではありません。麓から山に向かって付けられている。これはつまり、ビッグベアーが麓のどこかに潜んでいて、その後、山の中に向かって入っていったことになります。高度な知能を持っていますね」

「そうだ。彼奴は霊獣。一筋縄ではいかないのだよ」

 二人の間に緊張が走る。その理由は至って単純。眼の間に足跡にはビッグベアーのほかに小ぢんまりとしたものがあるからだ。見るからに子供のつけた足跡。

 子供。それが意味しているのは、現在行方不明になっている少年、隼人の存在であった。同時に隼人の友達である、杉田優馬すぎたゆうまという人間もいなくなっているようだ。この二人がビッグベアーに襲われた可能性は否めない。

 山の奥に入ると、突如割れるような叫び声が聞こえた。少年の声。

 知屋城と銀二の間に緊張が走る。生命の危機を感じさせる悲鳴だ。同時に熊が唸り声を上げる。山中の動物たちが騒ぎ出し、あたりの藪がガサガサと意志を持ったように動き始める。界隈は完全に魔界に変わる。

 たちまちビッグベアーのテリトリーの中に踏み入れてしまった。そんな心象を知屋城は感じていた。止め処ない負のオーラをヒシヒシと与えてくれる。このままでは不味いという不安があり、たちどころに周囲を覆っていく。

「お前は危険だ。一度麓に戻れ」

 と、銀二は言う。しかし、知屋城は聞かない。ここで引き下がるなど、記者としてはできない。危険があるが、子供の叫び声が聞えたのだ。大人として、放っておくことなど、そんなことは不可能である。

「大丈夫です。僕も行きます」

 真に迫る真摯な声。仕方なく銀二は帯同を許した。一歩一歩山に足を踏み入れる。なるべく足早に悲鳴の許まで近づく。銀二は捜索に慣れているため、すいすいと山道を進む。レッドウイングのアイリッシュセッター。年季の入ったブーツがくっきりと足跡をつけた。

 しばらく山の中を進むと、少年がへたり込んでいる姿が見えた。すぐに駆け寄る知屋城と銀二。少年は優馬だった。亡霊に出会ったかのように意識は混濁しており、ガタガタと震えている。『神曲』でダンテが地獄を目撃した時のような態度。

「大丈夫かい?」

 たまらず知屋城が駆け寄る。持っていた簡素な懐中電灯を向け、優馬に怪我がないかを探る。怪我はしていないようだが、精神的に酷く参っているようである。PTSDにならなければ良いのだが。

「は、隼人が……。隼人が……」

 優馬はマントラのように親友の名前を繰り返し言った。

 最早、隼人がビッグベアーと遭遇したという事実を否定することはできない。確実に何かあったのだ。

「知屋城」銀二は囁く。「お前はここにいるんだ。この少年を守ってほしい」

「銀二さんはどこに?」

「俺は足跡を追う。その先に隼人の坊ちゃんはいるだろう」

 悲観している口調。果たして隼人は生きているのだろうか? それだけが気がかりだった。黙って頷く知屋城を尻目に銀二は山の中へ単独で進んでいく。

 足を進めるごとに額を汗が伝う。激しい緊張から喉がカラカラになり、携帯していた水筒から水を一口飲む。あくまで自然に振舞い、足跡を追い、とうとうその足跡に追いついた。銀二の立つ位置からおよそ五m前方に、巨大な熊が立っている。

 ビッグベアーである。ビッグベアーの口元には赤黒く光る物体が……。

 一目見ただけで銀二はそれが何であるか分かった。事態は最悪な方向へ進んでいる。隼人はビッグベアーに襲われたのだ。無惨な姿がそこにはあった。歳幾許もない少年を無惨にも噛み砕くビッグベアー。銀二は素早くライフルを向け、ビッグベアーのドテッ腹に向かって魂の一撃を発射した。

 しかし、不思議は再び起きた。これは何も今に始まったことではない。ビッグベアーは映画『マトリックス』のような俊敏さで弾丸を交わしたのである。そして、嘲笑うかのように、口で銜えていた異物を放り投げた。

 銀二は諦めず、二発目を装填する。汗ばんでいるが、その姿は流麗である。慣れた手つきは人を恍惚とさせる。すぐさま二発目の弾丸を飛ばす。

「ズドン!」

 炸裂音が辺りに響き渡る。

 これも外れだ。弾は意志を持っているかのよう、ビッグベアーからそれていく。熟練の狩猟者である銀二が立て続けに二発の弾丸を獲物から外すことはありえない。

 そんなありえない異常事態が眼の前に広がる。どうしてビッグベアーと相対すると、このような不可思議な現象が起こるのであろうか? まったく理由が分からなかった。今はそんなことを言っていられない。とにかく仕留める! それが先決。

 とはいうものの、この圧倒的な実力差は如何ともし難く、銀二はあっさりとビッグベアーに逃げられてしまう。一日二度会い、そのどちらも子供ようにあしらわれてしまった。これはどこまでも銀二のプライドを傷つけた。

 ビッグベアーが消えると、山を覆っていた霊妙な雰囲気が断ち切られた。地獄から日常へ変わる。そんな気分である。

 銀二は首に下げた懐中電灯を、つい数秒前までビッグベアーが立っていたところに向けた。そこには無惨にも引き裂かれた少年の躯が転がっていた。抵抗できない現実が広がっている。

(すまねぇ)

 銀二は念じる。少年の命を救うことができなかったからだ。

 午後八時――。

 金蔵からの連絡を受けた、麓の警察官と村人の男集で一斉にビッグベアー狩りが行われることになった。しかし、どういうわけか、ビッグベアーは見つからなかった。不可思議にも足跡は途中で消え、狩りだされた警察犬の嗅覚を持ってしても、ビッグベアーの足取りはつかめなかったのである。

 一方、不知火家は絶望で染まっていた。隼人の母、美佐子は反乱狂となり、叫び散らしていた。やがて到着した医師の処方により、鎮静剤が与えられ、ようやく落ち着きを取り戻し、今では眠りについている。

 当主正輝も表情も失望している。『六』の日。それがどれだけ危険であるか重々承知していた。毎月徹底した監視や警護を維持し、危険を回避してきたのだ。それがなぜ、今月はできなかったのだろうか? 九月六日。それは特別なのだろうか?

 地元の狩猟会の事務所に戻り、銀二は一人肩を落とした。室内は沈黙しており、積極的に話そうとする人間はいない。皆、隼人の死を悲観している。

 そんな中、記者の知屋城が事務所に顔を出した。彼の隣には青ざめた面持ちの少年、優馬と不知火家の下男である不知火久雄が立っていた。

 不知火久雄。経歴が不詳である謎の人物。生まれながらに捨てられ、それを拾い育てたのが、不知火家である。しかし、家族の者とは境遇が違い、下男という立場で活動している。今年三〇歳になる壮年の人物。

 久雄は優馬の手をとり、そして言った。

「優馬様は無事でした。しかし、隼人様は……」

 声は震えておらず、淡々としている。まるで感情を忘れたロボットのよう。銀二はあまり久雄のことが好きではなかった。どこか人間味がなく、生きていることを惰性の連続だと考えているように思えてならないからだ。

「優馬くん。話を聞かせてくれるかい?」

 と、銀二の隣にいた知屋城が尋ねる。しかし、優馬のショックは大きかったようで、喋ることができないようだ。ただ立ち尽くし、脇に立つ久雄の手によって支えられている。

「一時的な失語症のようです。医師に診せたほうが良いかもしれません」

 久雄はそう言い、銀二のことを見つめる。

「そうか、なら、医者を呼んでくれ。話を聞くのは明日になってからでも良い。今はてんてこ舞いになってるからな」

「そうですか、なら麓の医者を呼びましょう。すぐに駆けつけてくれるはずですから」

 久雄はそう言うと、ゆっくりと大きな身体を動かした。

 体型は優々たるものである。身長は一八五㎝。体重は八〇㎏。ファッションには無頓着なのか、黒のへインズのTシャツにスカイブルーのデニムパンツを穿いている。下男というと、執事服を彷彿させるが、不知火家の執事は、辞書の意味どおりの、執事や下男ではない。あくまでお手伝いさんといった立場。

「久雄」銀二は大きな背中に向かって声をかける。「身体、どうかしたのか?」

 銀二がそう言ったのも無理はない。久雄は体幹が崩れているのか、左肩がやや下がっている。怪我でもしたのだろうか?

「寝ているときに痛めました。すぐに治るでしょう」

 と、漠然と答える、久雄、彼はそのまま優馬を連れて、狩猟会の事務所から出て行った。室内は死のように静まり返り、絶望という二文字をヒシヒシと感じさせる。

 決して、銀二が悪いわけではない。悪いのはすべてビッグベアーだ。にも関わらず、ここにはどういうわけか銀二を非難するような空気が漂っていた。恐らく、銀二もそれを感じていることだろう。口を噤み、試練に耐えるように体を固めている。

 今日の昼。ビッグベアーを仕留めていれば、このようなことにはならなかったはずだ。すべては自分の所為だ。十二歳の少年の尊い命が失われた。その際、自分は何もできなかったのだ。そんな呪縛のような感情がわきあがり、やるせない気分になる。

 それを察した知屋城は銀二の気持ちを汲み、声をかけた。

「仕方ないっすよ。誰の所為でもない。悪いのはみんなビッグベアーです」

 そう言うのが精一杯であった。それにそう言わなければ、空気が淀み、耐えられそうになかったのである。

「いや、俺の所為だな」

 ぼんやりと否定する銀二。それを聞き、知屋城は反論することができなった。小さな命が失われ、ビッグベアーにも逃げられた。これ以上、最悪なことはない。不知火家の人間はこれで残り三名。唯一の跡取り息子が亡くなったため、この先の繁栄は絶望的な状態であった。不知火家はたった一匹の熊により、崩壊寸前のところまで追い詰められている。

 こんなにも不可解な話はない。しかし、事実、現実にはそんな不可解な状況が起きているのだ。これは否めない。そして、来月は必ずビッグベアーをしとめなければならない。

 銀二は密かに覚悟していた。己の生のすべてを賭けて、一〇月六日は戦おう。そして、その時敗れることがあれば、自分はこの世とおさらばする。つまり、自害しようと考えていた。ビッグベアーと自分の能力差は如何ともしがたいものがある。こっちはライフルを持ち、相手は腕力のみ、道具の差は歴然としている。なのに、まったく歯が立たないというのはどういうわけか。

 銀二はベストからくしゃくしゃになったハイライトを一本抜き、それに火をつけた。不味い。特にこんな感情のときは、何を摂取しても旨味を感じられない。ただいつもの癖でタバコに火をつけただけだ。

「次は来月か? それともこれから熊狩りに行くか?」

 そう言ったのは、村の狩猟会の会長、金蔵であった。既に時刻は午後九時を回っている。山の中は完全に闇に包まれているし、ライトを使わなければ捜索はできない。地の利は完全にビッグベアーに偏っている。むしろこれ以降の捜索は危険であろう。

「いや、止めておいた方が良いだろう」

 と、銀二が言うと、納得の面持ちで金蔵が答えた。

「そのようだな。だが、銀二。あまり自分を追い詰めるなよ」

 慰めの言葉。それは銀二のためを思って放たれた言葉である。それは痛すぎるほど分かる。けれど、そんな文言が針のようにちくちくと銀二を刺激する。どこまでも自分が非難されている。そんな風に感じるのである。

「俺の所為だよ。金さん」と、銀二。

「止めろ、そんなことをここでいっても仕方ない。ビッグベアーは一発お前の弾丸を受けたはずだ。傷口が化膿し、やがて死に至る可能性だってある。まだわからねぇよ」

「そんな可能性はない。彼奴はあんな柔な一撃ではびくともしない。脳みそをふっ飛ばさない限り、絶命はしないだろう。あるいは心臓を握りつぶさなければ……」

「とにかく、自分のことを追い詰めることはやめることだな。俺はこれから不知火家へ行く。今頃忙しいだろう。手伝ってやらなければならねぇ」

「俺も行こう。何かしないと、やっていられない」

「お前は今日は帰るんだ。疲れているだろうし、お前の存在はきっと不知火家をかき乱す。今日はそっとしておいた方が良いだろう。事件の説明は明日行う。恐らく、警察と一緒に、今後のビッグベアーの対応が検討されるだろう。それには出席してほしい。携帯。持っていただろう」

 二〇一五年現在。携帯電話の普及率は一〇〇%を超える。一人が二台持っている可能性もあるので、一億二〇〇〇万人の全国民が一人一台持っているわけではないが、ほとんどの人間が持っているといって良いだろう。電子機器に疎い銀二であったが、彼もまた携帯電話を持っていた。

「あぁ。連絡してくれ。すぐに行くから」

 と、寂しそうに肩を落とし、銀二は言った。

 そして、狩猟会の事務所を出て、闇に包まれた山の中に身を動かす。その後に、知屋城が続く。彼は取材のために、近場の民宿に泊まっていたが、今日は銀二のそばにいたいと感じたのである。

「銀二さん。御一緒しても良いですか?」

 静かに知屋城は言う。その声は、漆黒の闇に包まれた山の中にしんみりと消えていく。

 しばし沈黙があったが、銀二は静かに言葉を返す。

「一人にしてほしいところだが、そうはいかねぇか」

「ええ。色々聞きたい事もありますし」

「そうか。ならついて来るんだ。俺の家はそんなに大きなものじゃねぇぞ。びっくりするくらい古い家だ」

「かまいませんよ」

 とは言ったものの、銀二の家は知屋城が感じていたよりも古い建物であった。藁葺屋根であり平屋。それでいてセキュリティの欠片も感じさせない引き戸。八畳ほどの居間と、四畳ほどの台所。それと風呂とトイレがついている非常に簡素な建物であった。若干リフォームされているのか、トイレと風呂だけは西洋式になっており、新しさを感じさせる。しかし、それ以外の箇所は旧日本式。時代が昭和で止まってしまったかのような錯覚を与える。

 部屋の中心には九〇㎝ほどの丸型の卓袱台があり、砂の壁にはハンターが着るような衣類が無数にかかっている。銀二は知屋城を卓袱台脇の座布団に座らせた後、グラスにアンティークな冷蔵庫から取り出したお茶を注ぎ、それを卓袱台の上に置いた。

 自身は何も飲まず、新しいハイライトを取り出し、それを徐に吸いはじめる。紫煙が生き物のようにうごめき、室内をタバコ臭さが覆っていく。経年のヤニの臭さが室内には漂っており、耐え難いわけではないが、知屋城の鼻腔を刺激していく。

「ビッグベアー。強敵ですね」

 麦茶を一口。知屋城は言う。

「そうだな。だが、そんなことは言っていられねぇ」

「明日から大規模な捜索が行われるようですね。僕の仕事も終わりかなぁ……」

「仕事が終わり? どういうことだ。始まりじゃねぇのか?」

「いえ、被害者が子供。それをオカルト的にかきたてるのは、記者として心が痛みますね、編集長の支持が得られないでしょう。きっと、大手の出版社が書くでしょうし、そうなったら、自分の所属する弱小出版社は記事を書く必要がありません。僕らが書く記事はオカルトだから役に立つんです」

「オカルトか……。俺はカタナカ言葉をよく知らねぇが、ビッグベアーは怪異だよ」

「それは分かります。銃身は確実にビッグベアーを捉えていました。しかし、弾は外れた。あれには何か意味があるのでしょうか?」

「昔、こんなことを聞いたことがある。零戦の操縦士の話だ」

 突然、戦前の話になる。戦後七〇年。銀二はギリギリ戦後の生まれだ。だから零戦のパイロットではないし、戦争を経験していない世代の一人だ。彼が経験したのは、高度成長期の日本。一億総中流社会を目指した、あの熱が迸っていた時代の経験者なのだ。

「零戦ですか?」

 やや視線を上げ、睨むように知屋城は銀二を見つめる。

 銀二が吸うハイライトの先端が赤く光り、蛍のように見えた。

「そうだ。優秀な操縦士は後ろから敵に狙われたとき、真っ直ぐ機体を飛ばしているようで、実は平行に横に動かすのだという。そうなると、いくら真っ直ぐ撃っても弾は機体に当たらねぇ」

「確か、零戦は時速五〇〇㎞くらいですよ。つまり、著しく高速で動いている。そんな零戦を撃ち落すためには、未来の位置を予測して撃たなければならない。そういうことを聞いたことがあります。でも、ビッグベアーは決して高速で動いているわけではありませんよ」

「あぁ、もちろん分かってる。だが、零戦にも弾が当たらない秘策があるように、ビッグベアーにも秘密があるはずなんだ。そうじゃなければおかしい。知屋城。そう思わねぇか?」

「思います。それだけの秘密がビッグベアーにはある。銀二さんはビッグベアーのことを霊獣と呼んでいますよね? それは何故ですか?」

「山の神だと察しているからだ」

「山の神?」

「不知火家のことを知っているか?」

「一応、知っていますけど……」

「不知火家はこの杉沢村界隈を収めてきた、由緒正しい家系だ。それは江戸時代にまで遡ることができる。明治期には華族として繁栄してきたんだ」

 その事実は知っている。

 隼人という跡継ぎを失い、失意の底に沈んでいる不知火家には申し訳ないが、あの家には色々な噂があるのだ。それも不穏な噂が。

「でも、不知火家って不思議ですよね。どうしてビッグベアーに襲われるのでしょうか?」

 もっともな疑問であった。

 ビッグベアーの他にも害獣の問題は多々ある。この杉沢村を悩ませているのだ。自然破壊や環境の変化により、山の作物は少なくなっている。故に人里におり、動物たちは食料を得ようとしているのだ。それに餌付けの問題もある。杉沢村の後方にある○○山は、なだらかな山で散策にはもってこい。

 それゆえに、アルピニストのビギナーたちが数多く訪れる。観光地と言えば聞こえが良いが、マナーの良い観光客ばかりではない。中には悪質な輩もいるのだ。ゴミを捨てたり、山の動物たちに餌を与えたり、さも良いことをしていると勘違いしているから性質が悪い。

 山の動物たちは人間を恐れなくなった。だからこそ、山の動物たちと杉沢村の人間たちの関係は悪化している。頭を抱える問題なのだ。

「不思議なことなんだよ」

 と、銀二は言う。

「不思議ですか? それは不知火家だけが、ビッグベアーに襲われることですよね」

 頷きながら知屋城は答える。

「その通りだ。不知火家だけが襲われる。これをどう思う」

「どう思うって言われても。ビッグベアーが不知火家に対し恨みを持っているとしか考えられないですよね」

「そうだ。だが、そんなことが考えられるだろうか?」

 銀二はハイライトを吸いきり、卓袱台の上に置いてある灰皿に押し付ける。灰皿は既に山盛りの吸殻で一杯で、強い悪臭を放っていた。

 ビッグベアーが他の動物たちと違うところは、確固たる意志を持っていると言うことだった。知能がある動物。そういえば良いのだろうか? 積年の恨みを晴らすように、ビッグベアーは標的を不知火家に絞っている。

 まるで、ハンターが標的を狙うように。

「不知火家とビッグベアー。何か関係があるんでしょうね」

 知屋城の言うことは正しい。しかし、そこにどんな関係が潜んでいるかは分からない。銀二は頭を抱え、二本目のタバコに手を掛けた。億劫な顔をし、疲れているようにも見える。いや、事実疲れていた。精神的には重く岩が圧し掛かったような気分であるし、肩は重く、体も悲鳴を上げている。

 一日中ビッグベアーと対峙して、肉体的、そして精神的に疲労はピークだ。脳が回らない。

「関係はあるだろうな。それも長い関係だ」

 と、銀二が言い、知屋城が密やかに答える。

「長い関係。資料によっては、関係は五〇年前にまで遡ることができる」

「五〇年。そんな長いことを生きる熊なんて聞いたことがねぇ。だが事実、それは起きている。都会の学者は何かの間違いだと、声を揃えて言うがね。しかし、事実は事実だ。間違いなくビッグベアーは人間のように長い年月を生きている」

 どう考えても神秘的で、ありえない話であると思える。それでも、そんな神話めいた話を銀二を始め、村人たちは信じている。不知火家も同じ。彼らは前述の通り、ビッグベアーに悩まされ、衰退の一途を辿っている。いや、最早勝負はついたのかもしれない。

 跡取りである隼人が殺された。残っているのは中年夫婦と老婆の三人。これから繁栄していくとは思えない。もう、勝負は決まった。ビッグベアーは人間の家系という存在に打ち勝ったのだ。たった一匹で……。

「ビッグベアーは」知屋城は髪の毛を掻きながら言った。「肩に弾痕を受けましたよね。あれが致命的になるってことはありませんか?」

 銀二は首を左右に振る。まったく期待しているようには見えない。

「いや、彼奴の体は不死身にできている。今まで多くのハンターが弾痕を与えてきたが、びくともしねぇ。天然の防弾チョッキを着ているみたいにな。不思議な熊だ。それが彼奴を霊獣と呼ぶ由縁でもある。恐らく、今回の傷もまったく致命的にはならねぇよ」

「そうなんですか。それじゃ来月、また対決することになりますね」

「そういうことだな。来月は必ず仕留める」

「勝算はあるんですか?」

「…………」

 銀二は不自然に黙り込んだ。

 勝算というか、策略はある。それは特攻に近い作戦。悪魔じみた計画だ。

 玉砕覚悟でビッグベアーに近寄り、至近距離からの攻撃を行う。今まで、標的とはある程度離れて攻撃をしていた。それを破り、超至近距離で近寄り、ライフルをぶっ放すのである。こうすれば、弾が反れるということはありえない。

 但し、命の保証はない。保証がないというより、多分その先に待っているのは『死』ということだろう。それは否めない。だが、不知火家の跡取りである隼人を守れなかったという気持ちが、自爆覚悟の決死の作戦を生み出すことに一役買っていった。

 銀二は死ぬつもりである。但し、それは誰にも言わなかった。そんな不穏な空気を感じとる知屋城であったが、彼は何も発言せず、ただ黙って状況を見守る。あくまで銀二には何か特別な作戦があると思えたのだ。

 就寝前――。

 銀二も知屋城もほとんど会話をしなかった。

 会話をする勇気もなければ、元気もない。あるのは悲壮感と寂寥感。圧倒的な沈黙が銀二の家の中には漂っている。年季の入った布団の中で、銀二は一人考え込んでいた。

(ビッグベアー。お前は何を考えている)

 考えても埒は明かない。答えの出ない難問。

 何十年も解き明かされないノーベル賞クラスの疑問。

 銀二はビッグベアーが何らかの超自然的な能力を得ていると、ほぼ確信していた。もちろん、そのことは誰にも言わない。言っても誰も信じないであろうし、笑われるのがオチだと分かっているからだ。しかし、何度も言うとおり、ビッグベアーの能力、体躯、そして行動力は異常だ。一般的な熊が見せるものを遥かに凌駕している。

 つまり、何かあるのだ。

(彼奴が霊獣たる由縁。それは何か?)

 布団に包まり、見慣れた天井を見上げる。薄暗い中、銀二は眠れずに淡々と考えをめぐらせていた。ずっと考えている。いつの間にか、銀二の生きる希望はビッグベアーを倒すことになっている。彼の目的。ビッグベアーを打ち倒す。それができればいつ死んでも良かった。

 同時に、銀二がビッグベアーに玉砕覚悟で突っ込むことを考えたのは、もう一つの理由があるのだ。ビッグベアーは不知火家の人間しか襲わない。これを逆手に利用してやろうという考えであった。この行動が正しければ、銀二がいくら近づいたところで、ビッグベアーは銀二には攻撃してこないだろう。あくまで根拠のない話ではあるが。銀二には何となくそんな風に思えていた。

 ビッグベアーは確実に不知火家に対し恨みを持っている。これだけが現状で分かっているすべてである。つまり、人間のように意志を持ち、それを糧に行動している。まさに○○山の神。そして霊獣たる由縁だ。

 翌日――。

 銀二と知屋城は不知火家へ向かった。

 通夜の準備がされている不知火家は慌しく、手伝いの人間が数多く訪れていた。残された不知火家の三名。

 つまり、『不知火正輝』『不知火美佐子』『不知火千代』の三名は、隼人を失い、失意の底に沈んでいた。特に美佐子は亡霊に取り憑かれたように真っ白で、一日で白髪になってしまうくらい、精神的なダメージを負っていた。そのため、隣町から心療内科の医師がやって来て、治療に当たっているという話。

 正輝も疲れきっているようで、通夜の準備のほとんどを村の有志たちに任せていた。何もできず、自室で引きこもり、これからくる絶望の生活に備えているようでもあった。

 老婆、千代はどうだろう。彼女もまた、眼に入れても痛くない孫を失ったことで、絶念し、ぼんやりと糸の切れた操り人形のように部屋に引っ込んでいた。既に六〇歳を越える老齢の体は、孫を失ったという悲しみに耐えることができなかったのである。

 一人、部屋の片隅で泣き濡れ、そのまま死んでしまいたいとさえ、思っていた。

 そんな中、知屋城は一人、不知火家へ向かっていた。理由は一つ。取材をするためである。

 警察の連中が朝早くから集まり、山の中を捜索し、ビッグベアーを射殺しようと試みているようであったが、ビッグベアーは煙のように姿を消し、数時間の捜索の甲斐なく、未だに見つかっていない。

「見つかりませんよ」

 と、言ったのは不知火家の下男である久雄であった。

 彼はどこか冷静で、現在、悲しみにくれる不知火家の中でもっともまともであると思える。そのどこまでも毅然とした態度に、幾分かの怪しさを感じた知屋城であったが、それは声には出さなかった。だた、現状を見守り、持ってきたICレコーダーやメモ帳を片手にインタビューを重ねていた。

「見つからないという根拠は?」

 徐に知屋城は尋ねる。

 知屋城と久雄がいるのは、不知火家の邸宅の脇にある作業場であった。不知火家には古めかしい暖炉があり、寒くなってきたこの時分、朝晩は暖炉に火を灯すのである。その際に使う木材の調達を久雄が行っているのだ。

「ビッグベアーは『六』の日にしか現れません。だから、今日はいないんです」

 と、久雄はしっかりとした口調で言う。何か確固たる考えを持っているようであった。久雄は何を考えているのだろう? 記者としてそれほど経験豊かな知屋城ではないが、若干の訝しさを感じていた。

「久雄さんは今回の事件に関してどう思っているんですか?」

「隼人様が亡くなられたことは悲しいことです」

「本当にそう思ってますか?」

 鋭利な斧を振り上げ、薪を適当に切る手が止まる。

「どういうことです?」

「僕はあなたを見ていると、あまり悲観しているようには思えないんですよ」

「悲観しても仕方ありません。今、不知火家は深い闇のどん底にいます。そんな中、下男である自分までも一緒になって負のオーラを出していたら、使用人としては失格ですよ。特にこういう日はいつもどおりに振舞わらないと」

「それは良いことだと思いますが、どこか不自然に感じますよ。まるで……」

 隼人が亡くなることを予期していた。あるいは喜んでいる。

 そんな風に感じさせるではないか。知屋城は決して声には出さなかったが、そのように思案していた。

「あなたは」久雄は言う。「都会の記者さんでしたよね。こんな日にも取材ですか? ご苦労なことです」

「そうですね。でも仕事ですから」

「今回の件を記事にするんですか? 面白おかしく」

 非難している口調だった。どうやら久雄はあまり、知屋城のことを快く思っていないようであった。それは彼が発するオーラで分かる。久雄は作業を終えると、薪を紐で縛りそれを室内に持ち込んでいった。

 一人残される知屋城。どこからか、視線を感じる。粘ついた視線。

 それは一階の一室から注がれていた。カーテンの隙間から、老婆である千代がこちらを見ているのが分かった。軽く会釈をする知屋城であったが、千代はその仕草を無視して、魔物に取り憑かれたように窓辺に立ち尽くす。

 隼人の死が、千代の精力を吸い取ったようである……。彼は迷惑だと思ったが、千代の部屋の向かうことにした。こんな時にする話ではないが、少しビッグベアーの話を聞きたいと考えたのである。

 千代の部屋は大変薄暗く、昼間とは思えない状況であった。これから魔術でも行うかのような、おどろおどろしい空気が流れ、全体的に淀んでいる。一家の長老であるから、室内は割合広い。一〇畳ほどあるだろう。但し、全体的に物が少なく、室内は閑散としている。部屋の入り口から見て、対面に窓、その下に小机。そして左右の壁に箪笥と書棚。中心部にはアンティークな火鉢が置いてある。

 火鉢の中には黒い鉄瓶があり、コトコトと音を立て、そばに湯飲みが置いてあった。しがらみのある空気さえなければ、割合過ごしやすそうな部屋であるが、そんなことはない。部屋の天井に近い壁には、元当主であろう老人の遺影が飾られている。少しだけ、現在の当主である正輝と似ている。面影のある表情がどこか悲しさを帯びていた。

 部屋に入り、ゆっくりと深呼吸をした知屋城。その隣にいるのは銀二。

「何の用があるんでい?」

 そういう銀二の声は不安さで満ちている。

 確かに彼の言うとおり、今ここにいる理由はあまりない。千代は悲しみの極致にいるのだから、刺激しない方が良いだろう。だが、窓辺に佇んでいた千代の姿をみて、なんとか励ましてやりたいと思うのは、知屋城の人情からくる思いやりなのである。

「特に用はありませんよ」と、知屋城。

 引き戸には有名な絵師が描いたであろう、日本画があり、重鎮な印象を与える。しばらく、沈黙が続いたが、やがて室内からくぐもった声が聞えてくる。

「開いてるよ」

 沈み、淀んだ声。本当に人間の口から発せられたのか分からなくなる。ゆっくりと戸を開き、室内に足を踏み入れる。

 すると千代は既に中央にある火鉢のそばに座っていた。

 火鉢は一見すると暖かいように思えるが、実はそんなことはない。暖かそうに見えるのは外見だけで、まったく防寒にはならないのである。それ故に室内はエアコンの空調が効いている。まだ九月の初旬であるが、老婆である千代には寒さが堪えるのであろう。少し、暑いくらいだった。

 銀二はばつの悪そうな顔をしながら、戸の前で立ち尽くす。何かこう足を踏み入れてはならないテリトリーに来てしまったような気分になる。自分は隼人を救えなかった。みすみす殺してしまったのである。それはすべてハンターである己の責任。そんな風に考えていたのである。

「千代さん。この度は申し訳ないことをした」

 銀二の声は震えていた。とにかく謝るしかない。

 しかし、千代の声は穏やかだった。

「銀二さん。仕方ありません」

「けれど、俺は隼人坊ちゃんを守れなかった。みすみす目の前で……」

「隼人はもう戻ってはきませんよ。今更何を言っても後の祭りです」

 千代は、冷静なのか、壊れているのか分からなかった。ただ、精神的に酷いショックを受けていることは確かである。

 目線は宙をフラフラとしているし、体も小刻みに震えている。おまけに、亡霊のように白い顔。その眼には恐らく失意の底に沈んでいたであろう、涙の痕が克明に残されていた。

 知屋城はどう会話を広げていくか、困惑していた。今、彼女を慰める手段はない。孫を失ったのだ。その気持ちがどういう悲しみか、想像するのは決して難しいことではない。千代はお茶を一口飲むと、静かに窓の方を眺めた。

 ガラス窓は端が僅かに開いているようで、そこから風が入り、カーテンを静かに揺らしていた。空は曇り空で、日差しは入ってこない。どんよりとした空間の中、銀二と知屋城は入り口で立ち往生していた。

「まぁ座りなさい」

 と、窓を見ていた千代は、身を返しそう言った。

 千代は藍染のチュニックに、古めかしいストールを巻いていた。もうすぐ七〇歳を迎える老齢であるが、なかなか洒落っけ毛があり、見た目の印象は六〇代には見えない。五〇代といっても通用するかもしれない。しかし、今日だけは暗黒に満ちており、その洒落た印象もどこか薄く見える。

 幸い、火鉢の前には人数分の座布団が置いてある。銀二と知屋城はそこに腰をおろす。火鉢から聞える『パチパチ』と火が爆ぜる音が心地よく耳に届く。慣れた手つきで、千代は火鉢をいじり、中に設置してある鉄瓶からお湯を出し、そばにおいてあった湯のみにお茶を入れ、二人の前に置いた。どこにでもある緑茶。淡い香りが鼻腔をくすぐる。

「これでこの家もおしまいです。ビッグベアーが勝ったんですよ」

 と、千代は言う。

 一瞬、知屋城は勝ち負けの意味が分からなかったが、すぐにその言葉の背景を察した。つまり、将来の跡取りを失ったことで、この不知火家は衰退の道へ進んだということを言いたいのだろう。残された人間の悲しみは深い。

「ビッグベアーは……」知屋城は答える。「どうして不知火家を狙うのでしょうか?」

 念のため、取材用のICレコーダーを起動させておいた。

「もうかれこれ五〇年も前になるかねぇ」

 五〇年。半世紀というのは長い年月である。

「五〇年前、何かあったんですね?」と、知屋城。声には力が入る。

「ビッグベアーの小熊を当時の当主であるおじいさんが殺したんだよ」

「殺した? つまり、狩猟でってことですか?」

「詳しい理由は分からない。しかし、当時からビッグベアーの目撃情報は沢山あったんだよ。それで、村の狩猟会が一致団結をし、ビッグベアーを仕留めようと試みた」

「その時も『六』の日は関係しているんですか?」

「それがね、不可解なことに、当時は『六』の日は関係なかったんだよ」

「と、いうことはいつでも村を襲撃することができた。そういうことですね」

「そう。当時はね。だが、それがいつの間にか『六』の日にしか現れんようになった。かれこれ三〇年くらい前かね。そんな風になってからだよ。ビッグベアーに異様な神通力が働き、私たちを襲うようになったのは……」

 自分の小熊を殺害され、その一家に対して恨みを持つ。

 これが人間だったら話は分かる。恨みは非常に大きいものだろう。事実、日本には死刑制度があるから、遺族が加害者を憎む気持ちがあることは容易に察することができる。その気持ちを代弁するのが死刑だ。

 やはり、人を殺した罪は、自らの死を持ってでしか償うことができないのであろうか? シビアな問題。しかし、ここで言いたいのはまったく違う。相手は人間ではなく、熊なのだ。

 熊を殺害した場合、『緊急避難』というケースで無罪になることもある。当時の状況がどのようなものだったかは分からないが、不知火家の元当主が警察に捕まっていないところを見ると、特別な事情があったのかもしれない。

特に、ビッグベアーは巨熊である。山の中で一般人が遭遇すれば、命を失う危険性もある。故に村のハンターが発見次第射殺してもおかしいことにならない。だからこそ、当時の不知火家の当主は責任を持ってビッグベアーの小熊を殺害したのだろう。

【鳥獣保護法 39条】によれば、狩猟する場合は免許が必要である。違反すると1年以下の懲役、100万円以下の罰金になるが、ビッグベアーを射殺したのはれっきとした村の狩猟会のハンターであるから、問題はないだろう。

 人間を殺害する場合とはまったく話が違うのだ。熊殺し。それが不知火家とビッグベアーを繋ぐ唯一の繋がりであると察せさせる。

 事実、小熊を殺されたビッグベアーは霊獣として進化し、不可解な現象を巻き起こすようになったのだから……。これは完全にオカルトである。雪男やイエティが発見されるくらい衝撃的な事実。知屋城はそう考えていた。

「ビッグベアーはどうなるんですか?」

 と、知屋城は思い切って尋ねた。千代はその言葉に露骨に反応し、眉根を顰める。

「どうなる? もうどうにもならんよ。私たちは皆殺しにされる。それは決まっているんだよ。今更あたふたしても仕方ないさ」

 皆殺し。室内を不穏な空気が覆っていく。しかし、その空気を諌め、覚悟を決めている人間が一人いた。それは言わずもがな銀二である。

「千代さん。次は必ず仕留める。約束しよう」

「今更仕留めても遅いですよ。隼人は既に失われました。もう二度と戻りません。人は決して蘇らないのですからね」

 ぐっと詰まる知屋城と銀二。

 淡々と事実を述べる千代は、再び言葉を継ぐ。

「殺されるのが私であればよかった。どうして、ビッグベアーは隼人を襲ったんでしょうか? 私のような老い先が短い老婆が襲われるのが、宿命と言えるでしょう。やはり神様なんていないのです。私たち不知火家はもうおしまいなのですよ」

「ですが、敵はとります。必ず……」

「チャンスは十分にあったはずですよ。銀二さん、あなたは村の狩猟会の代表として、今まで何度もビッグベアーと対峙してきたはず。にもかかわらず、今までの努力はすべて無駄に終わっている。何年ビッグベアーを追っているんですか?」

 かれこれ、三〇年。

 とは、口が避けても言えなかった。確かに千代の悲観する気持ちは分かる。三〇年といえば、人が成長するには十分すぎる年月だ。敵を追うような年月ではない。いくら許婚を殺害された銀二であっても長すぎる。人生の四分の一を賭けて追ったビッグベアー。しかし、その勝負はついたように思えた。

 完敗――。その二文字が目の前で揺らぐ。ろうそくから放たれる明かりのように。

「もちろん」千代は言葉を継ぐ。「小夜子のことは知っています。とても器量が良かった。ビッグベアーに襲われなければ、よき妻になったことでしょう」

「小夜子の敵、そしてこれまで殺害された不知火家の恨みを晴らすまでは、俺は死ねないんですよ」

 はっきりと意志のある口調であった。銀二は覚悟を決めている。

「千代さん。俺は次回、つまり、来月でありますが、玉砕覚悟の特攻を仕掛けます。来月にはすべて終わるでしょう」

 千代は目を大きくしたが、何も言わなかった。代わりに口を開いたのは知屋城。

「玉砕? どういうことですか?」

 そこで、銀二は思いつき、淡々と練っている作戦を話した。千代も知屋城もそのあまりに現実離れした作戦に度肝を抜かれていた。

「危険ですよ。確実に死にますよ」

 と、知屋城は諌めるように答える。

 ただし、銀二の意志は石のように固く、決して曲げることがない。彼は死を持ってビッグベアーとの三〇年に渡る対決を終わりにしようとしている。

「長すぎた。千代さんの言うとおりだよ」

 ため息をつく銀二。湯飲みに手をかけ、クッと一口飲んだ。それに対し、知屋城が言葉を重ねる。

「だからといって、特攻なんて。成功するか分かりませんよ。だって相手は霊獣なんでしょう? 不可思議な力がある熊ですよ」

「他に作戦はあるかね?」

「そ、それは……。でも」

「今まで数多くの人間たちがビッグベアーに挑んできた。しかし、その誰もが彼奴を倒すことはできなかったんだ。その伝説の終止符を俺が打つ。来月にな。千代さん。それで勘弁してくれねぇか。今までの不甲斐ない戦いを」

 すると千代は言った。

「三〇年。長い年月だよ。それだけの長い期間。狩猟会は大したことができなかった。それを今更玉砕覚悟の特攻と言われても後の祭りだよ。すでに勝負は決した。私たちはね、たった一匹の熊に負けたんだよ。それだけは変えられない事実だよ。もう、あんたが特攻しようが、しまいが関係はない」

 その言葉は銀二のことを刺激し、悲しみを与えた。

 すべて遅すぎた。彼女の言うことは尤もだ。今更玉砕したところで何かが変わるわけではない。今まで殺された不知火家の人間たちが蘇るわけではないのだ。しかし、積年の恨みを晴らすことはできる。

 なんとしても、来月作戦を続行しなければならない。

 そんな時だった。室内の戸がノックされ、外から下男の久雄が入ってきた。

 相変わらずの冷静な態度。

「銀二さん。警察の方がお見えになっています」

 銀二は身を翻し、久雄の方を向いた。

「俺に用があるのか?」

「はい。三千院さんが来ています」

 銀二と知屋城、そして久雄は千代の部屋を出て、屋敷のリビングへ向かった。

 リビングには大きな木製のテーブルが置いてある。とはいっても、ダヴィンチの描いた『最後の晩餐』のようなものではない。一般的な六人がけのテーブル。色はダークブラウンで落ち着いた心象。使っている木材は恐らくオークでがっしりとしている。

 室内はひっそりと静まり返り、出入り口のトビラの対面にある大きな窓、そして左壁に設置してある出窓から、うっすらとこもれびが差し込んでいる。レースのカーテンの隙間からこぼれる日差しは柔らかいが、今の部屋の雰囲気にはマッチしない。

 右側はキッチンとつながっており、簡単なパーテンションがある。キッチンの大きさもかなりのもので、しっかりと充実の設備が整っている。ある程度の人数が来ても対応できるキッチンであろう。

 不知火家は五人で暮らしていた。

 つまり、当主の『正輝』その妻である『美佐子』。正輝の母『千代』そして亡くなった『隼人』最後に下男の『久雄』この五名だ。よってそれほど大掛かりなキッチンは必要ないだろう。あまりに充実した設備も、これでは宝の持ち腐れである。

 調理場には三口のコンロがあり、イタリアンレストランの調理場のように、フックに様々な調理器具がかけられていた。だいたい調理は久雄と美佐子が行っていたが、それは幾分か寂しい行為であると思えた。

 さて、部屋の中央のテーブルに視線を移そう。

 その中心に三千院という刑事がいる。ダークグレーのスーツに白シャツを着た壮年の男性である。スーツは恐らくオーダーものであろう。しっかりと体にあっており、今風のピッタリとしたスリムなスーツである。

 但し、忙しいのか髪の毛はボサボサである。若干ではあるが、柑橘系の香水の香りがしており、落ち着いたフレッシュな印象を与える。

 三千院という刑事は半ば、この不知火家の担当刑事という役割で、頻繁に訪れている。だから、久雄のことも知っているし、家庭内のことを熟知している。通夜前の慌しい空気の中、三千院は現れた三名の人間を見て、うっすらと笑みを零した。

「こりゃ皆さんお揃いで」

 と、三千院は言った。声質は見た目の心象とは違い、少し甲高い。独特の声であると言える。

「三千院さん。銀二さんや記者さんをつれてきました」

 と、久雄。

 彼はそう言うと、自分の役目を終えたといわんばかりに、キッチンの方へ向かった。そしてそそくさと人数分のコーヒーを用意するために準備を始めた。慣れた手つきでヤカンを取り出し、それを火にかける。そして、本格的にもコーヒー豆をキッチン脇にある、水屋箪笥から取り、丁寧に挽き始める。半ば喫茶店の主のように。

 中央に残された銀二と知屋城は、三千院の前に座った。難しい顔をした三千院はスッと顔を崩し、落ち着いた態度で喋り始める。

「今回は大変でしたね」

「大変どころじゃありませんよ」

 後悔の念が、銀二の脳内に沁み渡る。いくら悔やんでも悔やみきれない。

 二度と隼人は戻ってこないのだから。

「そうですね」と、三千院。「今、警察と村の有志でビッグベアーの捜索が行われています。見つかればすぐに連絡が来ますが、恐らくそれはないでしょう」

「まるで分かったような言い草ですね」

 今度声を挟んだのは知屋城であった。知屋城も一応三千院と面識がある。一度、ビッグベアーに対するインタビューを慣行したことがあるのだ。しかし、あまりに警察然とした態度に、知屋城はあまり良い印象を持っていなかった。どちらかと言えば苦手である。

「分かったような? 君は確か都会の出版社の……」

「知屋城です」

「そう、知屋城君。こんな事件に発展したのに、君はまだ取材をしているのかね。まるで悪魔的だね。まぁ君だけじゃないがね。既にこの界隈は今回の事件を受けてマスコミが殺到している」

「悪魔的ってどういうことですか?」

「失意の底に沈んでいる不知火家を面白おかしくオカルト的に取り上げる。この行為がどこまでも悪魔的であると思えないかね」

 壮年の三千院から放たれる言葉は、どこか悪意がある。つまり、知屋城と三千院は馬があわないのだ。銀二もそれを知っている。……が、どう対処するべきか悩んでいた。自分自身、他人の調子に合わせて会話をすることは苦手である。

 そんな時、キッチンからコーヒーの良い香りが漂ってきた。しっかりとドリップされたコーヒーの心地の良い香り。その香しい匂いは三人の間に漂う不穏な空気を一新させ、幾分か冷静さを取り戻させた。

「僕はそんな記者じゃありませんよ」と、知屋城。表情は真剣であり、さらに三千院を睨みつけていた。

「そうですかね。それなら良いのですが」

 三千院がため息混じりに言うと、今度は端から銀二が口を挟んだ。

 あまり三千院と知屋城を話させてもメリットはない。そう考えたのだろう。

「三千院さん。それで俺には何の用なんですか?」

「もちろん、ビッグベアーに関することです。不知火家の御長男の尊い命が失われました。我々としては調査をしなければなりません。そこで、ビッグベアーと対決したあなたの話を聞きたいと考え、村の狩猟会の施設へ行ったところ、今は不知火家にいると告げられたわけです」

「捜査といっても、俺には話すことはありませんよ」

「昨日は『六』の日。つまり、ビッグベアーが現れる日です。一体何が起きたんですか?」

「何っていつもどおりですよ。ビッグベアーは不知火家へ現れた。連絡を受ける前に俺は待ち伏せしていました」

 銀二はそこで、ビッグベアーとの経緯を話した。

 対面に座る三千院はいそいそとメモに取り、時折相槌を打ち、自分なりに事件をまとめているようであった。

「隼人君は……」メモを取る三千院の手が止まる。「あなたに憧れを持っていたようですよ」

「憧れですか?」銀二は半ば不思議そうな顔をして、鸚鵡返しに尋ねた。

「ええ。将来はあなたのような狩猟会に所属したいと考えていたようです。友達である優馬君がそう言っているのですよ。今回、ビッグベアーに対峙したのも、その影響が強いようです。自分の力でビッグベアーをやっつけたいという希望があったのでしょう。山の中には簡易に造られた落とし穴がありました。穴の深さは一mほど。かなり大掛かりなものです。自分の身を危険に晒してまでも、なんとか落とし穴にビッグベアーを落とし、退治しようと考えていたようです」

「落とし穴ですか。それはまた酷く幼稚というか、浅はかというか」

 と、話を聞いていた知屋城が容喙する。

 声を聞いた三千院は視線を窓辺に注ぎ、やりきれないといった表情で、

「そうですね。小学生が考えることですから、作戦に穴があっても仕方ありません」

 と、囁く。

 ちょうどその時、人数分のコーヒーを持った久雄がリビングに現れた。

 黒の木製のお盆に上には、黒備前のコーヒーカップがある。それを机の上に置き、自身はテーブルの脇に護衛の剣士のように立ち尽くした。

 コーヒーには手をつけず、三千院は語る。

「まぁこんなことを言っても後の祭りですがね。しかし、尊い命が失われたことには違いありません。銀二さん、あなたはこれを受けてどう思いますか?」

『どう、思う?』そう問われても、場当たり的なことしか答えられない。

 三千院は明らかに銀二を非難している。それはそうだろう、三〇年という長い間、ビッグベアーを追い続け、未だにその決着を迎えていないのだから。イライラが鬱積してもなんの不思議はない。その空気を感じながら、銀二は言った。

「捜索の手伝いをしましょう。俺にできるのはそのくらいです」

「しかし、見つからんでしょう」

「でも、何かしないとならない」

「それよりも昨日のことを教えてください。ビッグベアーはいつ頃現れたのですか?」

「時間帯は午後三時。不知火家の前に悠然と現れました。そして大柄な体を動かし、何の躊躇もなく、室内に侵入してきたんだよ」

「室内に侵入する時点で、普通の熊ではありませんね」

「ええ。だがな、ビッグベアーはその不可解を確かに実現しているんだよ」

 銀二はやや丁寧な口調で言う。

 当時の不知火家の戸締りは万全だった。と、下男の久雄を初め、不知火家の人間は証言している。にも関わらず、ビッグベアーは煙のように室内に侵入してきたのである。これは不可解としか言いようがない。

「ビッグベアーは」三千院は続ける。「どこから不知火家へ入ったのでしょうか? 銀二さんはどう考えていますか?」

「入る場所はいくつか考えられます。一つは玄関。二つ目は裏口。後はこの部屋の……」

 すべてを言う前に、銀二は鋭い視線を窓辺に注いだ。

 三つ目の入り口は、このリビングの窓だ。二m以上の体躯を持つビッグベアーが通れるかは微妙なところであろう。しかし、どの部屋のトビラの窓も厳重に戸締りがされていたのである。

「不可思議ですね」

 三千院はメモを取りながらそう発言する。

「確かに妙ですよ。まるで、初めから家の中に潜んでいたような感じだ」

 銀二は言う。

 ビッグベアーに関する謎はそれ以外にも多くある。銀二は決して言わなかったが、自分の中である疑問が沸々とわきあがってくるのを感じる。

 それにはビッグベアーを霊獣であると確実に認める必要がある。

「ビッグベアーは霊獣だよ。何があってもおかしくはない」

 銀二の言葉を受け、三千院は露骨に醜悪な顔になり、

「霊獣ですか? まさかそんなオカルト的なことを本当に信じているのですか? 私の場合、不知火家の負の歴史とビッグベアーがつながっていると思えてならないのですが……」

 不知火家の負の歴史。それは果たして……。

 もちろん、その事実を銀二も知屋城も知っている。しかし、この場では何も言わなかった。外が慌しくなる。村の有志や警察が集まり、山狩りをするのだ。それに新聞や雑誌社の連中も数多く現れる。ニュースや記事にするのであろう。

 特定の人間を襲う巨熊。それだけである程度のニュースになる。ビッグベアーを追う銀二を取材したいというドキュメンタリー映画の監督もいるらしい。しかし、銀二は断っていた。自分のしていることを、脚色し、格好つけることをあまり心地よく思っていないのである。

「人が増えてきましたね」

 と、知屋城は言う。

 窓の外から熱気が伝わってきそうだ。

「そうだな。時間も時間だ」と、銀二。彼は古びたオリエントの時計を見つめる。

 時刻は午前一〇時――。

 ビッグベアーの捜索が始まっている。本当に巨熊に出会えるかは未知数。『六』の日にしか現れないのだから、今日はいくら探しても見つからないように思える。少なくとも銀二はそう考えていた。けれど、そうは言っていられない。捜索隊の隊長には金蔵が選ばれ、老体に鞭を打って捜索を始めているのだ。

「見つかるんでしょうか……」

 徐に知屋城は言う。口調は疑心暗鬼で、あまり肯定的ではない。彼もまたオカルト雑誌の記者として『六』の日を心酔している一人である。ビッグベアーには不思議があり、それは事実だ。恐らく今日は見つからない。それが何を意味しているのか? 知屋城には痛いほど分かった。にもかかわらず、それは誰にも言わない。

 ビッグベアーを霊獣として認めているのは、ごく僅かな人間たちの間だけである。それはそうだろう。いかに巨熊であり、霊的な力を働いている可能性があるとしても、オカルトを信じる人間は少ない。杉沢村に住む人間は、ビッグベアーのことを知っているが、その熊を霊獣だと本気で思っている人間は多くないのだ。

「みつからねぇよ」

 ため息混じりに言う銀二。諦めの声が悲しさを助長させる。

「随分と諦めるのが早いのですね?」

 その後、三千院が言った。彼は『六』の日の伝説を信じているのだろうか?

「ビッグベアーは今、どこにもいないんだよ」と、銀二。

「どこにもいないということはどういうことですか?」

「わからねぇ。ただ、人の力を超えた何かがあの熊にはある」

「その証拠は?」

「肩の傷だ」

 肩の傷。それは銀二がライフルを発射し、ビッグベアーに与えた一撃のことである。通常の熊であればかなりの致命傷になったであろう。弾が貫通しない場合、肉体に弾が残され、そこから傷が広がり、腐り、やがて死に至るのである。

 けれどもそのような一般的な常識がビッグベアーには通用しない。あの熊は、昼間受けた肩の傷をもろともせず、夕方に現れたときは、新品の製品のように肩の傷が回復していたのである。

 これはありえないことだ。そのことを説明する銀二であったが、三千院はなかなか首を縦には振ろうとしない。この時、銀二、三千院、知屋城の三名は気づかなかったが、下男である久雄が静かに頷いていたのである。

 フッと、視線を銀二が久雄に変えたとき、久雄の顔は元のロボットのような愛想のないものに戻っていた。何を考えているか分からない久雄の表情。銀二はそれを訝しそうに見て、

「俺も捜索に加わるとするか」

 と、言い、知屋城を子分のように引き連れて、不知火家を後にした。

 その時、久雄も三千院も追っては来なかった。三千院はほとんど捜査を諦めていた。長年ビッグベアーを追ってきた彼であったが、事件は恐ろしいほど進展しない。人間の殺人事件でも、もっと多くの手がかりがあるはずである。それなのに、ビッグベアーは本当に神の意志が働いているかの如く、謎に包まれているのだ。

 銀二と知屋城は村の有志らと結託し、山狩りを始めた。可能性のない山狩り。本来なら銀二がこのようなことをする意味はない。しかし、彼は行動しなければならなかった。なぜなら、彼を見据える村人たちの視線、そして信頼は完全に揺らいでいるからだ。

 熊一匹仕留めることのできない、弱気のハンター。信頼はなく、悪口ばかりが聞えてきそうである。その言葉の重みを銀二は痛いほど分かっていた。だからこそ、何も言わずグッと世間の非難に耐えながら行動を重ねていたのである。

 銀二は一旦、村の狩猟会の集会所に行き、そこで愛用のライフルを持ち出した。黒光りする愛器。それを背負い、山の中に入る。基本的に銀二は単独行動である。ライフルを携帯しているし、狩猟者としての資格も持っているので、それを許されている。但し、今日は例外であり、後ろに知屋城の存在がある。この若きオカルト記者は、銀二の信頼を完全に勝ち得ていた。

 どんな場面に出くわしても、物怖じしないし、ビッグベアーを仕留めたい、そして謎を解きたいという、飽くなき探究心があるのだ。それは他のどんな記者も持ち得ない感覚の一つ。それが気に入り、銀二は知屋城との関係を続けていた。

 二人は山の中に入る。遠くから有志たちの捜索の足音が聞えてくる。緑の藪が生き物のように揺れ、ガサガサと人工的な音を立てる。捜索を行う人間は地元の警察官二〇名と村の有志三〇名。そして狩猟会の面子である。つまり、五〇人を越える大人数で捜索する。

 これが恒例であった。但し、未だにその効果は出ずに、村人の不満は今にも表面張力を越えてあふれ出しそうになっているのだ。

 九月の山は寒い。最早夏の息吹はどこにもない。○○山の短すぎる夏はとっくの昔に終わっているのである。ややぬかるんだ道。足跡を残すが、ビッグベアーの巨大な足跡はどこにもない。煙のように消えている。しかし、銀二と知屋城は懸命な捜索を続ける。

「銀二さん……」

 と、知屋城は銀二の背中に向かって声をかける。まるでライフルに尋ねているような感覚。

「何だ?」と、銀二。彼は振り返らずに、歩き続ける。

「どうして捜索をするんですか?」

「お前もみつからねぇと思ってるんだな」

「当然ですよ。毎回、人数をかけて捜索をしていますが、未だに見つかりません」

「俺たちはビッグベアーに負けた」

「勝ち負けなんかあるんですか?」

「少なくとも、不知火家の血は途絶えた。どこからか養子を取らないかぎりはな」

「養子ですか。隼人君は殺されました。でも、久雄さんがいるじゃないですか。 彼は生まれたときから不知火家の人間として迎え入れられたんじゃないですか?」

「久雄は下男だ。不知火家の人間ではないはずだ」

「でも……」

「確かに久雄を跡取りにするという話はあった。だが、元当主、つまり千代の旦那がそう遺言に示した。不知火家の直系の人間がいなくなった場合、久雄が当主になるということが書かれていたんだよ。けれどもな、久雄が頑なに拒否している。遺産がもらえるというのに、あの男には物欲というものがないんだよ」

「不思議なオーラがある人間ですよね。久雄さんは」

「不思議というか奇妙な人間だな。あいつは不知火家の人間に冷遇されて育てられたというのに、それをまったく外面にみせねぇんだ」

「冷遇ですか」

 不知火家と久雄の関係をまったく知らない知屋城ではない。

 もともと、久雄は○○山に捨てられた孤児である。山に捨てられるという現実にはありえない蛮行があり、久雄は不知火家に迎え入れられた。当時の当主、不知火彦治しらぬいひこじが率先して育てようと告げ、それが鶴の一声になり、久雄を迎え入れたのである。しかし、彦治以外の人間は決して久雄を快く思っていなかった。しっかり家系のある不知火家。それに対し、どこの馬の骨かも分からない久雄。両者の関係は当初から冷え切っていた。

 故に、不知火家の人間としてではなく、下男として育てられることになったのだ。

 当の久雄はどう考えていたのか? それは久雄のみが知ることである。齢三〇歳を迎える久雄の成長は、銀二が抱えているビッグベアーとの三〇年に肉薄し、酷似していた。

「久雄は冷遇されていた。普通ならどうする?」

 と、銀二は言う。

 サッと考えをめぐらせる知屋城。普通に生き、大学を出て、働き始める。日本の就業プロセスから何一つ外れず、彼は生きてきたのである。それ故に、久雄が抱えている闇(そんなものがあるかは分からないが)を感じ取ることができなかった。だが、不可解なことはある。

「僕なら、グレルかも知れませんね。家出するかもしれない。たとえ、未来を切り開く可能性がなくても……。おざなりな扱いって、思春期には重荷になりますよ。何のために生きているかわからない。アイデンティティを否定されるような生き方は、僕にはできない」

「そうだ。その感情が普通だ。しかし、久雄はそれがない。恐らく彦治はその姿勢が気に入ったのだろう。だからこそ、遺言に久雄のことを書いたんだ」

「でも、彦治さんは暴君として有名な部分もあります」

「あぁ。彦治の時代の不知火家の評判は酷かった。村人を完全にロボットのように扱っていたし、村の権力者としての力を自分の力と勘違いしていたんだな。だから、村人は影でビッグベアーのことを崇拝していた。そんな時期もある」

「事実、ビッグベアーは不知火家しか襲わない。そんな背景もあるから、ビッグベアーを影で賛美している人間がいてもおかしくはないってことですね」

「そういうことだ」

 二人は山の奥へ入っていく。天気はよく、太陽の日差しが山の緑に反射し、心地よく見える。これがビッグベアーの捜索でなければ、さぞ良い散歩日和になったであろう。そんな時だった。知屋城の前を歩く銀二の脚が不意に止まった。

 それがやや不自然だったので、知屋城は怪訝そうな顔で、銀二の背中にむかって声をかける。

「どうかしたんですか?」

 と、知屋城。彼の神経はすべて銀二に向かって注がれていた。

「見てみろ」

 銀二は振り返らずに、ただ、平然と地面を指差した。そこには巨大な……、

「足跡ですね」

「ビッグベアーだ。しかし妙だな」

「いきなり足跡があり、それは淡々と続いている。だが、ここで不意に途切れていますね。どうしてでしょうか?」

「分からない。言えるのはここをビッグベアーが通った可能性があることだ。足跡はやや乾燥している。つまり、この足跡が付けられたのは今日ではない。恐らく昨日だろう」

「足跡を追いますか?」

「当然だ」

 知屋城、そして銀二の間に緊張が走る。

 四〇㎝はあろうかという巨大な足跡。ヒグマの場合は大きな部類であっても三〇㎝程度の大きさだ。しかし、ビッグベアーはさらに大きな脚を持っている。まさに神が遣わせた使途の如く、不知火家を襲撃するのだ。

 足跡を追う二人であったが、それは突如途切れた。なんと足跡の終着は不知火家の前だったのである。つまり、足跡は不知火家へ向かう途中に付けられ、山のなかで突然消えたということになる。これはどこまでも不可解な現実。

 いや、だが銀二はこの事実を知っていた。三〇年もの長い間、山の神であるビッグベアーを追ってきたのである。足跡を見つけたのはこれが初めてではない。銀二はあくまで冷静に対処し、ぼんやりとため息をつく。足跡は不知火家の裏口の前で止まっている。

「不知火家……。ビッグベアーはここから邸内に侵入したんですね。そして家の人間を襲撃しようと試みた。まるで悪魔のように……」

 呟くように知屋城は言う。

 不知火家全体は訪れたマスコミ関係者、あるいは麓の村人で溢れている。皆、ビッグベアーに興味があるのだろう。長年、ビッグベアーが現れるたびに、このような日常が繰り返される。もはや定期的なイベントと化していた。

「彼奴の足跡は不知火家から山の中へと続いている。これは恐らく、捜索隊も気づいているはずだ。隊長の金さんがこれに気づかないはずがない。今頃、山の中をくまなく捜しているはずだろう」

「けれど、毎回見つからない」

「そうだ。足跡は今回同様、不自然に途切れている。これをどう思う?」

 銀二は冷静な瞳を知屋城向け、そう尋ねた。

 不可解な足跡の消失。それはまさに本格黄金期を醸し出すミステリのような謎。

 足跡を使ったミステリ作品は数多くあるが、今回のビッグベアーの足跡の件も、何か得体の知れないトリックが使用されているのだろうか。とはいうものの、ビッグベアーは突き詰めれば、熊なのだ。いくら霊獣と囁かれていても、人間のような知能を持っているとは考えにくい。

 しかし、知能を持っている可能性が高い。そうでなければ一連の出来事がすべて証明できないからだ。知屋城は懸命に考え、そして言葉を発した。

「山の中で消えた。ビッグベアーの足跡はいつもこうですよね?」

「あぁ」知屋城が言った後、銀二が答える。「そうだな。俺も長い年月追っているが、いつも不自然に足跡は消えるよ。もう一度足跡の許へ向かおう」

「分かりました」

 知屋城と銀二が足跡の許へ向かうと、そこに一人の老人が立っていた。

 黄土色の着古したベスト。一九三〇年代のアメリカ西部を髣髴させるような、ハンティング用のベストを羽織り、黒のワークパンツを穿いている。足元はダナーのマウンテンブーツで身なりは完全にハンターであった。同時にこれは、金蔵が本気を見せるときの、儀式的な服装であり、黒光りするライフルが妙に印象的に見える。

「金さん」銀二は声をかける。

 すると、金蔵は気づき、くるっと身を翻した。

 その手には何やらスカーフのようなものを持っている。洗いざらした藍染のスカーフ。大きさは一五〇㎝×一五〇㎝。正方形のやや大きなものである。一体誰の物であろうか?

「そのスカーフはどうしたんですか?」

 と、興味深そうに知屋城が尋ねる。スカーフを見る限り、金蔵の服装にはマッチしない。ということは、どこからかスカーフを持ってきたか拾ったか、その可能性が高い。金蔵はスカーフを広げると、それを見やすいように知屋城と銀二に見せた。

「これは」金蔵は言う。「俺の記憶が正しければ千代さんの物だ。そして下男の久雄が首に巻いているのを見たことがある」

「久雄さんが?」と、知屋城は冷静さを取り繕い答えた。

「そうだ。俺は確かに見ている。銀二、昔久雄が首を怪我したことがあったな。それは覚えているか?」

「あぁ」銀二はゆっくりと記憶を巡らせながら、質問に答えた。確かに昔、久雄が首元を怪我したことがあったのである。「あれは確かビッグベアーが現れた翌日のことだったな」

「同時に、お前と俺でビッグベアーを追い詰めた次の日だ。あの日のことを良く覚えているよ。三〇年の間で、あの日ほどビッグベアーの『死』に近づいた日はない」

「僕には良く分かりません。説明してくださいよ」

 知屋城は言う。彼がビッグベアーの取材を始めて数か月。どうやら、金蔵の言う記憶は、それよりもはるか昔のことを指しているようだ。銀二はフッと目を細め、視線を晴れ晴れとした大空に向ける。緊張感が走る山の内部。そして無限に広がる青い空。それはどこまでもミスマッチに見えた。

「あれはな」銀二は囁く。「かれこれ十五年くらい前の話だ。当時は金さんも現役で、ビッグベアーの行方を俺と一緒に追っていたんだ。あの日も確か九月六日。つまり、ビッグベアーが光臨する日だったよ。俺と金さんはビッグベアーを追い詰めた。山の中でな。首を撃つことに成功し、致命的なダメージを与えることができたんだよ」

「首を撃った。普通なら一撃で死にますよね」

「そう。普通の熊ならな。だが、彼奴は……、ビッグビアーは普通じゃない。一筋縄ではいかない。血を噴出しながらも、平然と立ち尽くしていたんだよ」

「それがどう今回のスカーフと関係があるんですか?」

「事件の日、久雄が怪我をしたんだよ。ビッグベアーの捜索中に首を怪我したらしい。出血が止まらず医師の診察を受けたはずだ」

 銀二がそう言った後、補足するように、金蔵が続いた。

「あと数㎝ずれていたら、頚動脈を傷つけ命に関わるところだったのだよ。俺もあの日のことは良く覚えている。しばらく首周りに包帯を巻いていたからな。それを不憫に思ったか、あるいは気まぐれか分からないが、千代さんが自分の持っていたスカーフを久雄に与えたんだ。一時的だが、久雄はそのスカーフを首に巻き、傷を隠していた。これは間違いない。そのスカーフが今回こうして見つかった」

「久雄はどこにいる?」と、銀二。

「分からん。だが捜索隊に加わっている可能性はない。あいつはあまり捜索に熱心じゃないからな。まるで見つからんことが分かっているようだ。恐らく、不知火家で通夜の準備をしているはずだ」

「そうか、後で問い詰めた方が良いかもしれないな。何か知っているかもしれない」

「久雄がか?」

「そうだ。俺はあいつには何か秘密があるような気がしてならない」

「秘密……。それは何だ?」

 訝しそうな視線を送る金蔵は、言葉を選びながら尋ねた。

 一瞬、三人の間に沈黙が走る。木々が揺れる音だけが耳障りに聞え、その後、一斉に静寂が訪れた。その静まり返った空間を破るように、銀二は再び言葉を継ぐ。

「ビッグベアーが現れたのが三〇年前。そして、久雄がこの○○山に捨てられ、杉沢村にきたのも三〇年前だ。そして、ビッグベアーに与えた傷と同じ箇所を久雄も痛めている」

「おいおい、銀二、まさか久雄がビッグベアーに変身しているとでも言うのか? そんなバカな話があるか」

 そう、確かにバカな話である。しかし、ビッグベアーを取り巻く環境は、そのような普通の常識で縛ることができない。何かこう、霊的な力が働いている。そんな風に思えるのである。

 久雄が持っていたスカーフが山の中で発見されたということは、久雄が山の中に入ったことを意味している。なぜ山に入ったのか? それもビッグベアーが現れる可能性が高い日に……。

「金さん。ちょっとスカーフを貸してくれ」

 銀二は金蔵からスカーフを受け取り、それをまじまじと見つめる。インディアンが、文明の利器に対し、興味深そうに視線を注ぐように、真剣な瞳を向けていた。

「何かわかるんですか?」

 口を開いたのは知屋城。彼の視線もまた、藍染のスカーフに注がれていた。藍染は千代の趣味であり、数多くの品物を持っていることを、知屋城も知っている。

「外見は使い古してあるが、綺麗だな。ということは落としてからまだ日が経っていないということだ」

「最近、落とされたということですね」と、知屋城は言う。それに対し、銀二はあっさりと答える。

「そうだ。つまり、久雄は何らかの理由があって山ん中に入ったということになる」

「一体、なんの目的で……?」

「金さん。俺と知屋城はちょっと不知火家へ戻る」

 すると金蔵は目を瞬かせながら、

「かまわねぇがどうするんだ?」

「少し、久雄に話たいことがあるんだ」

「分かった。俺はもう少し、辺りを捜索しよう」

「金さんなら大丈夫だと思うが、くれぐれも注意してくれよ。俺はあんたを失いたくない」

「大丈夫だ。俺のことなら心配するな」

 そう言い、知屋城と銀二は金蔵と別れた。

 金蔵はさらに山の中に足を踏み入れ、捜索を続けるようである。

「大丈夫でしょうか?」

 不安そうな眼差しを、消え行く金蔵に注ぎながら、知屋城は言う。当の銀二はそれほど心配していなかった。今日、ビッグベアーが現れる可能性は皆無。それは絶対的だと思っている。彼の右手には金蔵から受け取った久雄のスカーフが握られている。それを持ち、知屋城と銀二の二人は山を下り、不知火家へ向かった。

 不知火家の中では、夜に行われる隼人の通夜の準備が始まっていた。マスコミ関係者や警察の人間、そして地元の葬儀業者、村の女性陣が集まり、せっせとそれぞれの仕事を行っている。

 話によれば、当主の正輝とその妻美佐子は体調を崩し、自室で休んでいるようであった。それはそうだろう。息子を……眼に入れても痛くないと形容できる、跡取り息子が無惨にもビッグベアーの餌食になったのである。この現実は覆すことができない。特に美佐子の容態は重く、心療内科の医師が担当し、薬を処方し、今やっとヒステリが収まったようである。恐らく、今後は長い通院、あるいは入院生活が続くことになるだろう。

 銀二と知屋城の目的である久雄はどこに行ったのか?

 彼は警察の取調べやマスコミの問い合わせに淡々と答え、今は邸内で通夜の準備の手伝いをしていた。相変わらずロボットのように、銀二と知屋城が不知火家へ舞い戻ったとき、ちょうど、久雄は自室で着替えをしていた。そこで、彼は一つの事実に気がついていた。

 それは果たして――。


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