村八分
勇者橘風夏は、陣内陽一を見下ろしながら呆れていた。
強姦魔2号が先走って村から飛び出し、魔物を追って行ったので、生意気だと思い自分もそれの後を追って村を飛び出した。
夜の為に視界が悪かったが、仲間の後衛役に生活魔法”アカリ”でなんとか、視界を確保しながら戦闘を開始した。
魔物はすぐに見つかったのだ。
前を走っていた強姦魔2号が魔物の群れに突き進むので、それを囮代わりにして、離れた距離から弓WSで敵を射抜いていったのだ。
狼型の魔物を粗方倒した辺りで、後ろの村の方から魔法の音がした、きっと自分達に早く戻って来いと言う意味で、そこで戦闘が行われているとは考えなかった。
何故なら、村に迫っていた魔物は、いま自分達が倒しているのだから。
そんな事を考えていると、一匹の狼型の魔物が村に向かって走っていった。
追って倒せない事も無いが、それには全力で走らないといけない。
だったら、その魔物一匹は強姦魔1号に任せればイイかと考えた。
どうせ、村でボゲ~っとして暇をしているのだろうから、役立たずに仕事を割り振ってやると言う気持ちで、その一匹の魔物を見逃してやった。
村に戻る途中で強姦魔1号の奴隷二人がいた、亜麻色の髪の方は最近反抗的は感じがするので、避けて通るようにして村に戻った。
何故か2人とも疲れているのか、肩で息をしていたのだ。
村に戻ると、なんと村を守る柵が一部壊されていた。
見逃した一匹が壊したのだろう、だけどあの3人は魔物一匹も止められないのか?と疑問に思ったが、村の中に入ったらその疑問は確信に変わった。
その一匹の魔物が強姦魔1号を上から押さえつけているのだから。
前に見た時は、もうすこしマトモに戦えていると思っていたが、まさか雑魚に殺されそうになっているとは予想外だった。
一瞬、もうこのまま見捨ててもいいのでは?と頭によぎったが、すぐ横に怯えた赤髪の女の子がいた。
しかもその子は昨日男に無理矢理襲われた子、こんな事で怖い思いをさせては駄目だと思い、すぐに弓WSで狼型の魔物を貫いた。
そして今、殺されかかっていた強姦魔1号を呆れて見下ろして言った。
『アンタ、雑魚の魔物一匹に何やってんよ』
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「アンタ、雑魚の魔物一匹に何やってんのよ」
俺は橘の言葉に、コイツは魔石魔物を目撃していないと確信した。
少なくとも、魔石魔物の狼を見ていたら出てこないであろう言葉だからだ。
――こいつ、マジ使えねぇ‥
しかしコイツ、魔石魔物を見ていないのに、このタイミングって、
いくら何でも、神がかってんだろ、
なんなの?わざとなの?わざと俺の活躍は見ないようにしてんの?
俺が仰向けに倒れながら、心の中でそんな感想を述べていると、橘が俺に追撃をしてくる。
「アンタね、少しは働きなさいよ、アタシが魔物をほとんど倒してんじゃん」
橘がグチグチと俺に不満をぶつけている間に、ラティとサリオが駆け寄ってきて、手持ちの薬品を俺に飲ませたり、脚などにかけていく。
「サリオさん、まだ足りないです予備を小屋からお願いします」
「はいな、ラジャです」
俺の痛みを少しでも和らげようと、薬品を使っていく二人。
頭の中で「これって必要経費とか出ないのかな?」と考えていると、俺に無視されているのが気に喰わないのか、橘の罵倒が激しくなる。
「大体アンタなんで村に魔物侵入させてるのよ!彼女にも怖い思いさせて」
『可哀想に‥』と発言しながら、橘はレイヤの方に顔を向ける。
橘の可哀想には、きっと色んな意味も含まれている印象だった。
俺を支えているラティから、怒りで体が強張るのを感じる。
ラティは橘の発言に腹を立て、もしかしたら反論でもしてやろうと考えているかも知れないが、相手は勇者様なのだ。
決して一介の奴隷が気軽に諫言して良い相手ではないのだ。
何か言った後に、それ相応のモノがある事をラティは理解している。
だからもし、もしこの場で、勇者に何かを言える人物は同じ勇者か、上級の貴族や王族など。あと他に勇者に何かを言える者がいるとすれば、それは感情的になってしまった者だけ。
「ふざけないでください!勇者様は何を言っているのですか!?よく周りを見てください!何故これを見てそんな事が言えるのですか!」
レイヤは感情的になっていた。
身振り手振り体を使って周りを示し、最後に壊された小屋を指差す。
その指に釣られ、橘が壊された小屋を視界に入れる、まるでショベルカーで強引に壁を押されたように破壊された小屋を。
「そ、それはさっきの魔物がやったんじゃ‥」
「本当にそうお思いなのですか?先程の大きさの魔物がやったと?」
「じゃあ、誰がやったってのよ!それこそこの男がやったとでも?」
橘は自分が否定されているのが気に喰わないのか、無茶苦茶な事を言い出す。
だが、この言葉がレイヤをもっと感情的にさせた。
「だからふざけないでください!」
俺はふと思った。
何故レイヤはこんなにも感情的に怒っているのだろうと。
――恐怖でパニックったのか?
まぁ、確かにあのデカイ狼に喰われる寸前だったからな、おかしくもな‥
「この方が身を挺して守ってくれたんですよ!昨日の晩だってアタシを助けてくれたのですよ!」
「貴方‥何を言って、」
「さっきだって信じられない位に大きい魔物から私を助けてくれて‥」
「大きい魔物なんて何処にもいないじゃないのよ!」
なんか酷い会話が繰り広げられていた。
だが、レイヤが感情的になって怒っている要因の一つは俺のようだった。
今も『この方の事を悪く言わないでください!』と橘に向かって叫んでいる。
俺はコレどうしたら良いかな~と考えていた。
橘もヒートアップしており、仮に俺が何かを言っても油にガソリン入れて火を注ぐようなモノだし、間違いなく俺の意見は聞かないだろうと。
そう思っていた時に――
「勇者様、彼女の言っている事は本当です。この場に魔石魔物が居ました」
この村に俺達の働きを監視する為に派遣された人物。
監視役の男だ。その監視役を見つめながら、橘が呟く。
「エルドラさん‥」
( あ!名前エルドラなのか )
「先程は勇者様は何処に行かれていたんですか?」
「え?」
「何処に行かれていたんですか?」
「魔物を倒しに」
「村を放っておいてですか?」
「ち、違う!そう村を守るために打って出たのよ」
「なるほど、誤解しておりました。勇者様は村を守る為に、打って出たのですね」
「――ッ!!」
エルドラはわざと強調して確認をしていた。
気付くと、逃げていた村人達も戻ってきており、現在は俺達を囲むようにしてこの状況を見ていたのだ。
どうやらエルドラは、この見物人が多い中で勇者を貶めるような事をするつもりはなく、今回は俺達が村を守り、勇者様は打って出た、それで手打ちにして終わろうとしていたのだ。
橘も馬鹿では無いのだから、エルドラの言っている意味を理解したのだろう。
彼女は無言でそれ以上は言い返さなかった。
勇者様と称えられ称賛されてはいるが、最近まで普通の高校生だったのだ。
しっかりとした大人には、精神的な部分では全く相手になっていなかった。
さすがは外見がナイスミドルのエルドラさんだった。が――
もう一人いたのだ。
「ふざけんな!ただ単に俺の手柄を横取りする為に、打って出ただけだろ」
「ジムツーさん、それ以上はいけない」
ジムツーが遅れて乱入してきたのだ。
激昂している辺り、多分魔物はほとんど橘に取られていたのだろう。
必死になって打って出てたのに、結局武勲をあげる事は叶わず、そして自分のいないところで、手柄を横取りをした勇者が評価されている。
奴にしてみれば、とても面白くない状況だ。だが
――馬鹿かコイツ、
ここで騒いでも全く意味ない上に、恥の上塗り、
しかも纏まりかけてた話をぶち壊してやがって、
騒ぐジムツーはエルドラに標的を変え、彼に厳しく追及する
「大体何処に魔石魔物が居たってんだよ!しかも倒したのは3人でだと?魔石魔物なんて強いのをこの3人で倒せる訳が無いだろうか!」
「はい?何を言っているのですか?倒したのは全部で5匹ですよ。しかもその内一体はレベル78でしたからね」
エルドラから伝えられたこの情報には、ジムツーだけではなく橘も驚いていた。
「78なんてそれこそ倒せるわけないだろうが!?」
「そう思うなら【鑑定】で見ることをオススメします」
エルドラに言われるままに、【鑑定】で確認しだすジムツー達。そして‥
「――っんな!?レベル79と84だと?」
「なんでそんなレベル高いのよ、アタシだって56なのに‥」
――あ!橘、こいつレベル上げやってねぇな!
地下迷宮潜らないで、ほぼ外で戦ってやがったな!
俺はジムツーのレベルはラティに確認させていたが、橘のレベルは確認し忘れていたのだ。まさかレベル上げをサボっているとは思わず迂闊であった。
俺達が5匹の魔石魔物を倒せることを理解はしたが、納得はいかず。
「嘘をつくな!俺達は打って出たけど、そんな魔石魔物は見ていないぞ!」
「そこの勇者と一緒にいたが一度も見ていない、雑魚魔物しかいなかったぞ!」
( あ!馬鹿‥ )
本人は無自覚だが、この発言は勇者橘の顔に泥塗ることになるのだ。
彼女は打って出て魔物を倒してきた、だが、雑魚しか相手にしていなくて、村を守った俺達は強大な魔石魔物を倒したと言う事になる。
それは事実ではあるが、言う必要の無い事実。
ジムツーは意図せずに橘の働きを貶めたことになる。
しかも、自分と勇者の働きには、そこまで差は無いと主張しだしたのだ。
「最初に打って出るって言ったのは俺だ、それに着いて来たのが勇者だ」
ジムツーは自分の活躍を成果でアピールするのではなく、勇者橘と自分が相対的に見て、そう変わらないとアピールをし始めたのだ。
俺は別に構わない事だが、勇者側から見ると、”役立たずと同じ評価”になるのだ。当然そんな事は認められず、勇者側が抗議の声をあげる。
「貴様!勇者橘様のご活躍を貴様と同等だと申すのか!」
「そうだろうが!俺達とかわらんだろうが」
橘パーティの前衛役の男が激しく抗議する。
今度はそれに反論するジムツー。
今度は沸点の低い橘がジムツーと同じ土俵に立ち、反撃。
「何言ってんのよコイツは!アンタは――」
――おい、話が完全に逸れてんぞ、
外野が場外乱闘し始めたみたいだな‥
橘は完全にキレてんし、
村の住人全員が見守る中、勇者パーティとジムツーが互いに罵り合う。
監視役のエルドラも割って入れない程の加熱っぷりだ。
だがその時、罵る語彙として、昨日の晩‥レイヤの事を橘側が引き合いに出してしまう。
「大体貴様はそこの娘を手篭めにするような輩ではないか!」
その発言は絶対に、今は必要無い言葉。
だが、橘パーティの男はそれを気にせずに、ジムツーを貶める為だけに発した。
視線が一斉に、俺の横にいるレイヤに集まる。
下衆の勘繰りのような視線・好奇心だけの視線・残酷な期待に満ちた視線。
そこには、好意的や同情など視線は一つも無かった。
そして尚も続く罵り合い。
「私は貴族なんだ!村人のひとり位なんだってんだ!」
「アンタ、彼女に謝りなさいよ」
より一層下卑た視線がレイヤに集まる。
俺はこの集まる視線を知っている。
味わった事がある。
誰も助けてくれなかった、あの時。召喚され能力が無いと馬鹿にされたあの時。
「――ッそれが!いま関係あるのかぁぁぁぁ!」
叫ぶと同時に、ズタボロの体に鞭打って全力で木刀を地面に叩きつけた。
叩き付けられた場所は激しく抉れ、そこに一㍍近い深さの穴が出来上がる。
「お前等関係ねぇ話を言い出してんじゃねぇ!」
「っう、だって陣内、」
「橘!お前は今自分が何をしてんのか分かってんのか!」
「――ッ!!」
俺が言ったことを理解したらしく、橘が思わず息を呑む。
自分達がジムツーを罵るために彼女を引き合いに出し。そして晒し者にしてしまっている事に気がついたのだ。
突然に訪れた静寂。
誰も何も音を発していない空間。そこに慟哭とも思える告白の言葉が、突然響く。
「くそぉぉ、悔しかったんだよぉおお!」
突然激しく声を上げたのはジムツーだった。
彼はその場に膝を付き、頭を垂れながら語りだす。
「貴族とは言え五男だからと冷遇されて、冒険者紛いの事をしてでも力を付けて、いつかは分け与えれた領地での生活を考えていれば、家にやってきた勇者にすべて取られ、見守っていた妹すらも奪われ‥」
ジムツーは溜めていた物が決壊したかのように言葉を吐き出した。
そこには上辺を取り繕おうとするものは一切無く。ただ吐き出していた、自分の思いを。
考えればすぐに解る事。
彼は一杯一杯だったのだと、周りはそう感じていた。
そうでなければ勇者に噛み付くようなマネは普通しない。
勇者への暴言は、謝罪と己の葛藤に変わっていた。
「貴方に手柄を取られるの悔しかったんだ、自分の実力が足りていないのも理解していた。だけど‥なんとか見返したくて、親も兄も、そして妹を取っていた勇者を、うう‥くそ、」
その内に溜め込んでいたモノの吐露に皆が聴き入っている。
中には同情的な視線を向ける者も出てきた。
あの橘ですら、その吐露に当てられたのか、冷静になって彼を見つめている。
酷い茶番のようなモノに感じる。
茶番とは演ずる座興、底の見えすいた物事だ。誰にでも分り易く理解るモノ。
ジムツーはソレを無意識にやっている。
彼の落差が激しい。
見れば、橘パーティの騎士は、言い過ぎたか‥っと顔をしかめている。
ジムツーは勇者パーティに謝罪を始めている。
きっと今、この状況でジムツーをこれ以上咎める事は出来ないだろう。
そういう空気を彼と皆が作っている。
そしてジムツーが勇者に暴言の謝罪を終え、次はレイヤにまで謝罪を始める。
「本当にすまなかった。私は君を傷つけてしまった、決して許される事でない」
周りの村人からは『おおー!』と感想の声が漏れる。
貴族が平民の村人の女に頭を下げ、誠心誠意謝罪をしているのだ、これは驚くべきことなのだろう。
「本当に申し訳ない。だがどうか許して欲しい、そして償わせてくれ」
きっとコレは貴族が平民に言って良い言葉では無いのだろう。
周りからひときわ大きな驚きの声があがる。
村人は達は貴族の発した償いに期待を感じている。
橘達は、心を入れ替えた奴に心から感心している。
監視役のエルドラもこの流れには驚き、困惑の表情を浮かべている。
俺はそれをすべてぶち壊す
「ふざけるな!」
俺は声を張り上げた。
「お前のやっている事は、ただの脅しだ!自分を許せと周りを巻き込んで彼女に”強要”しているだけだ!」
「陣内!アンタ何言ってるのよ!」
「うるせー!お前はもう喋んな!」
「っな!?」
今、この場にいるすべての奴等は、レイヤの顔を見ていない。
彼女は許して欲しいと言われた時に、悔しそうにしていたのだ、耐えていたのだ。
絶対に許してたくないのに、ジムツーが、周りが、勇者が。すべてが許してあげるべきだと、雰囲気で語っていたのだ。
もちろん俺の勘違いと言う可能性もある。
だが、奴は償いも行動も何もしないうちから、許しを要求したのだ。
謝罪と償いがあってからの許しなのだ。それでも許されない場合もある。
それなのに、いきなり許しを求めてきたのだ‥
俺の中の矜持がそれを許したくなかったのだ。
当然、和解の流れを壊したのだから、俺への批判が吹荒れる。
「おいお前!魔石魔物倒したんだからって調子乗るなよ」
「何様のつもりだ」
「アンタだって同じ強姦魔でしょ!」
「大貴族様になんと言うことを」
「うるせー!」
俺は再び地面に深さ1㍍程の穴を作る。
暴力を見せ付けるのは最低の行為だろう。だが
理解は出来るが納得がいかなかったのだ。
強制的に場を鎮め、俺は無言でその場を後にする。
そして村の小屋の陰に入ると、そのまま倒れた。
倒れきる前にラティとサリオが俺を支え、俺はラティ達が泊まっている小屋へと運び込まれる。そう体が限界だった、最後の一振りで激痛が走り、体が限界を超えて気絶するように倒れてしまった。
ただ、最後の意地で人前で倒れるの避けた。
――わりぃ二人共、
また俺はやらかしたな、すまん‥
我が侭を言った、けど、我慢出来なかったんだよ、
そして俺は完全に意識を手放した。
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