大脱出
胸くそ悪い表現があります
俺はルリガミンの町の冒険者達に囲まれていた。
誰の入れ知恵かは知らないが、冒険者に武器を持ってるいるのが少ないのだ。
もし武器を持っていれば、迷わずに敵認定していたのだが、判断が遅れた。
「ちくしょう、ラティ!ラティ!平気か?」
俺は状況判断の為に、まずラティに声をかけていた。
サリオは俺の目の前で、冒険者の1人に後ろから脇の下を支えられ、親が子供をあやすような形で確保されている。
状況から察するに、ラティとサリオは生きたまま確保という流れなのだろう。
だが、俺は――
「お前等は俺を殺す気なのか?どうなんだ!」
「さあな、取り敢えずは生け捕りにしろって言われてるな」
「それに公爵様の命令は絶対だからな」
信じる訳では無いが、一応は生け捕りを命じられて動いているようだった。
今は俺を囲むように冒険者達がいて、目の前では俺の槍を奪わんとするために、6人程の冒険者達が槍を掴み引き剥がそうとしていた。
「くそ、マジかよ6人がかりでも槍を手放さないだなんて」
「どんだけ力強いんだよ」
俺も少し驚きだった。
6人の冒険者を相手にしても引けを取らない膂力で対峙していたのだ。だが
「おい!後ろからも締め上げろ、槍は抑えるから」
「っち、わかったよ」
「足も誰か取れ!俺は腕にいく」
「ああ、さっさとやるぞ」
俺は判断が遅かったのかも知れない。
6人相手でもレベル差やステータスの差で余裕があった為に、槍を奪われないことに執着していたが。その結果、完全に背後が無防備になってしまっていたのだ。
「っくっそぉ!」
「抑え付けろ!」
「足を取って転がせ!倒しちまえ」
「後ろから乗りかかれ」
槍を両手が塞がっていた俺は呆気なく地面に押し倒されてしまったのだ。
押されるのは耐えれたが、体重差はどうにもならずに足を浮かされ倒されたのだ。
「っがぁ!いってぇ、」
足・太もも・腰・背中・両肩・両腕を男達が上から乗るように押え付けてくる。
そして最後のトドメとばかりに、俺の顔を地面に押し付けようとしてきた。
「―ッジンナイ様!」
さっきまで後ろから確保されてしまっていた為に、驚きと恐怖で固まってしまっていたサリオが必死に声を上げ俺の名前を呼んだ。
その瞬間に、サリオの声に反応したように亜麻色の煌めきが駆ける。
「ぎゃああああああ」
「がぁぁぁぁあ!腕がぁぁ!」
「手が手がてがあああ」
気が付くと、体に圧し掛かっていた重さが消えていた。
そして俺の横には両の手に剣を構えたラティが身を低くして構えていたのだ。
「すいませんご主人様!お助けするのが遅れました」
「いや、助かったよラティ」
助けにきたラティに返事を返すと同時に、背後に炎が落ちてきた。
「な、なんだコレ!近寄れねぇぞ!」
「うわ!あちい!」
身柄を確保されていたサリオがローブの結界を発動させ、それで男から逃げ出し、次に魔法の炎の斧で俺達の背後から迫って来ていた冒険者を遮ったのだ。
「ナイスだサリオ」
「ひっ必死でしたよですよです」
俺達はラティとサリオの活躍で、この状況を膠着状態に持ち込む事が出来た。
ただ、依然囲まれたままだが。
「ラティそのまま警戒を頼む、サリオはMPを注意しろ結界は解いておけ」
「はいご主人様!」
「ラ、ラジャです」
俺達が陣形を組み、囲んでいる冒険者達を対峙していると、愚痴が聞こえてきた。
「誰だよ瞬迅は弱体系魔法で止めるとか言ってた奴は」
「ふざけんな!腕切られたんだぞ俺!」
「知るかよ!でも睡眠の魔法も麻痺も全部弾かれたんだよ」
「はぁ?弱体系の能力持ちはどうしたんだよ?」
「そいつ等のも、全部弾かれたんだよ!わかんねえよ」
「それより誰か回復魔法かけてくれよ!腕が、腕が」
宿屋の入り口に目を向けると、何人もの冒険者が呻き声をあげていた。
その呻き声の理由は、手を切り落とされているからだった。
ラティは俺を救出する為に、邪魔をしていた冒険者達の手を切り落としていたのだ。しかも10人単位で。
よく見れば、俺の足元にも3個ほど手の平が落ちていた。
――おおお、頼もしすぎる、
俺を助ける為に、首は落とさなかったけど、手首は落としたのか、
そんな事を考えていると、囲んでいる冒険者から再び声があがる。
「んあ!?なんだよあの魔法は!」
「魔法が停滞している‥?」
「焔斧‥‥」
気付くとサリオの頭上には炎の斧が浮いていた。
そう、浮いていたのだ。普通は出現と同時に振り下ろされる炎の斧が止まったままキープされ、サリオの手の動きに合わせるように3㍍ほどの炎の斧が浮いていた。
ある意味、最高の牽制になっていた。
「サリオ、それって普通は出来るモノなのか?」
「ぎゃぼう、、必死で咄嗟で出来ちゃったです」
サリオに話し掛けると、視界を下に向けたので肩のモノが目に入った。それは―
「ラティ!居るぞ」
「はいご主人様!わたしの指輪にも反応がありました、――っそこ!」
ほぼ返事をすると同時に、ラティが食堂から拝借してきたと思われるフォークを投げつけた。
「っぐふ!?」
「なぜバレた!」
姿を隠す魔法を使って、宿の二階窓からこちらに飛び掛ろうとしていた男に、フォークが突き刺さったのだ。
状況が完全に膠着状態になってきた。
次の手が無いのか、冒険者達があからさまに引いているのだ。
――あぶねぇ、今まで用意したモノは無駄じゃなかった、
ららんさんにお願いした付加魔法品すげぇよ、感謝!
だけど、このままじゃマズいよな、まず情報が欲しい、
「もう一度聞くぞ!誰の差し金だこれは!?」
「うるせぇ!こっちは一昨日から待ってたんだ、勇者様達が離れるのを」
「そうだそうだ!勇者様に贔屓にされてるからって調子乗りやがって」
「伊吹様に近寄り過ぎなんだよ!」
どうやら知らないところで色々あるらしい。ただ‥‥
「一昨日って事は、前から計画されてたのか?」
「っは、教えてやる必要は無いな。ただ、お前を拘束したあとの財産の配分の相談をしていたって事は教えてやるよ」
「あ、溜め込んでる金貨と、瞬迅に焔斧は今も揉めてるけどな」
俺達を取り囲んでいる奴等は、俺の持ち物を山分けする予定のようだった。
確かに最近の俺は稼いでいるように見えていたのだろう。 だが――
「ざけんな!来る奴は全員ぶちのめしてやる!」
――またかよ!
誰かが、俺の捕縛を命令してきやがったみたいだが、
欲に釣られて来た馬鹿も多いなコレは、、
硬直状態が再び動き出そうとした時、それを制する聞き覚えのある声が響いた。
「待てお前達!その様な事は許した覚えは無いぞ!」
「あ、貴方は‥」
「すまないジンナイ、私の不手際でこの様な事なってしまって申し訳ない‥」
「アゼルさん‥なんで、?」
人垣を割って姿を現したのは、北の防衛戦で指揮官をしていたアゼルだった。
しかし、前のような派手な色の鎧では無く、地味な色の鎧を装備していた。
「アゼルさんこれはどういう事ですか?あの時に貴方は‥‥」
「すまない、本当に申し訳ない、私の見通しが甘かったのだ‥」
アゼルは心底申し訳無さそうに顔を歪めていた。そしてトレードマークのポニーテイルが、今は似合っていないツインテールに変えていた。
「どう言うことですか!説明をして欲しい」
「っぐ、」
アゼルは手で周りにいる冒険者達に距離をあけるように指示を出し、腰の剣を地面に置いてからこちらに近寄ってきた。
「武器は無い、近くで話をさせてくれ」
「‥‥わかった、だけど変なマネをしたらすぐにヤリますからね、」
「ああ‥」
そして近くに寄ってきたアゼルが周りに聞こえないように小さい声で話してきた。
「実は、」
アゼルは手短に俺にこの状況を説明してきた。
その内容は。
捕らえたジャアを公爵の権限で処刑をしたが、それに激怒したフユイシ伯爵が裏でクーデター紛いの事を行ったというのだ。
北防衛戦に出ていた公爵家の長男を堀に突き落とし暗殺。
それに駆け付けた次男も魔物に襲われたように見せかけ暗殺。
そして公爵も謎の食中毒で死亡。
当然その証拠が無いので、誰もそれを咎める事が出来ない。
そして、ジャアに襲われたと言っていた公爵家令嬢のお腹にいる子を、ジャアの息子だと言い張り公爵家を乗っ取ったというのだ。
そして、もう小声ではなく、吐き出すようにアゼルは口を開いていた。
「しかも、その公爵家令嬢とジャアは愛し合っていたと言い張りおって‥」
「馬鹿かよ!そんなのが通るのかよ!それで伯爵がその子の後見人だと?」
俺は絶句した。
王女様から貴族の事は聞いていた。多少の無茶でも通せる権力を持っていると。
だがこれは、多少の無茶などでは無い。
完全にネジの飛んだ行動と考え方だと思った。だが――
「すまない、私も資格を剥奪されて今じゃ飼われている状態なのだ、」
「そんな‥どうして、」
「はは、見てくれよこの滑稽な髪形を、これすらも命令なんだよ」
「なんでそこまで伯爵に従うんだよ、」
「罵ってくれて構わない、だが、ボレアスの血を守る為なんだ、公爵令嬢のミレイ様を御守りする為には仕方ないんだ!」
もう言葉が出なかった。
このアゼルも何かを守る為に理不尽な扱いに耐えているのだろう。
「すまない、だから私達に投降して貰えないだろうか?悪いようにはしない」
「‥‥‥」
――何を根拠に悪いようにしないだと?
そんな事も分からない位に疲弊してんのかアゼルさんは、
「それとこの町も北のボレアス領の支配下に入るんだ」
『だからこの町にいる限りどうしよもないよ』と言葉を続け、俺を説得してきた。
アゼルの表情は疲れ切っていて覇気がなく、以前とは別人になっていた。
そして気付くと、回りの冒険者達がこっそりと距離を詰めて来ている。
俺に残された選択肢をもう一つしか無く。
「アゼルさんわかりました」
「ジンナイ!分ってくれたか!ありがとう私が身の安全は保障し――」
「ラティ!サリオ!強行突破だ!押し通るぞ」
「っな!?」
アゼルの提案に乗るという選択死はない。
俺達は強行突破の方針に決めて、いざ行こうとした時に。
――パンパンパン――
「はいはい、すとっぷ~ちょっと止まってね~」
注意を引くために手を叩き、そしてやる気の感じられない声がしてきた。
そして一斉にその声の主に全員の視線が集まった。
「ちょっと俺の提案聞いて貰っていいかな?ねぇ、ダメ?」
「警備隊のおっさん‥‥」
そこに姿を現せたのは、警備隊のおっさんだった。
やる気の無さそうな姿の後ろには、他の警備隊が何人も立っている。
俺は警備隊まで介入して来るのかと警戒を高めていると。
「そこの人達はもう”この町に居なかった”って事にしない?ねぇ、ダメ?」
「は?何を言ってるのですか警備隊殿は!居なかったとは一体‥?」
「いや、だってねぇ~このまま戦ったら、たぶんこっちは半分くらい死んじゃうよ?しかも運が悪ければそのまま逃げられちゃうだろうし、ねぇ」
「だ、だからって‥」
おっさんの提案には俺よりもアゼルの方がうろたえていた。
だが、その理由は解る。おっさんの提案は俺を逃がせと言ってるのだから。
うろたえるアゼルをおっさんが畳み掛ける。
「うん、だから最初からすでに居なかった事にしちゃうのさ、それなら彼らも君も町の人も、みんな問題ないでしょ?だからミンナで幸せになろうよ~」
にや~っとした嫌な顔で警備隊のおっさんが語った。
その提案は無茶苦茶だが、感情を抜きにしれば成り立つモノに感じられた。
俺達は逃げれて、アゼルは居なかったといういい訳が出来て、警備隊は町のゴタゴタが無くなるという。
だが、アゼルがまだ食い下がる――
「だ、だがそこに居るのだぞ?それを――」
「いやいや、見てよあの炎の斧を、あれ振り回された大変だよ?死んじゃうよ?」
アゼルは炎の斧を眺めながら懸命に言葉を出そうとするが、なにも言葉が出せずに固まっているとそこに。
「僕もその提案に賛成かな、彼を怒らせると手が付けられないしね」
「赤城、」
「勇者様、何故‥」
「今日はもう地下迷宮にもう向かわれたはずでは」
「ドライゼンか‥知らせたのは」
ダメ押しの追い風が吹いた。
実は心の中で、赤城も今回の件に絡んでるのではと疑っていたが違ったらしい。
周りの反応を見る限りでは、どうやら赤城はシロのようだ。
「じゃあ、居なかった事でいいよね~?危ないしさぁ」
「‥‥‥」
アゼルは無言のままだった。
反論が無いと言う事は、口にはしないが賛成という事なのだろう。
「陣内君、馬車乗り場に急いで行くといい、もしかすると暴動になるかもだし」
「ああ、わかった急ぐ。ラティ、サリオ!行くぞ」
こうして俺達は、赤城の勇者同盟に守られるようにして馬車乗り場に向かった。
だが、その後ろにはまだ諦め切れない奴等が付いてきていた。
「彼等はまだ諦めてないな、まぁ、気持ちは理解出来ないでもないか」
赤城はそう言ってラティの方へ視線を移した。
それは赤城なりのラティの価値を評価しているのだろう。
危険を冒してでも欲しいと言う意味で。
今回は大人数で俺を敵に回した形になるのだから、リスクの分散になると考えている奴もいる、もしこれで、ラティの首に掛っている付加魔法品の価値が知られたら、暴走する奴が絶対に大勢出てきたであろう。
そんな事を考えていると、丁度暴走した奴が3人現れた。
通りの横にある塀の上から3人同時にこちらに飛び込んできた。
隠蔽魔法でも使っていたのか、直前まで姿を隠していたのだ、が 当然隠れている位置をラティが俺に告げていたので。
「ッシュ!」
短い掛け声一つで、槍での3連突きを相手の太ももに突き刺した。
「っがあああ!」
「うがああ!」
「いてぇぇ、なんでバレたんだよ!」
空中にいる間に貫かれたその3人は無残に地面に落ちた。そしてすぐに勇者同盟に排除されていく。
「まだ馬鹿が居たか、」
赤城が残念そうにため息をつく。そして後ろを振り向き。
「諦めた方がいいですよ?彼を追い出すのですから、もういいのでは?」
その赤城の発言に、予想外に返答が返ってきた。予想外の――
「ですが、勇者赤城様!この町の為にも瞬迅と焔斧は残って欲しいんです」
「そうです!彼女達は地下迷宮戦には欲しくて」
「俺達で話し合ったのですよ、みんなで順番に使っていこうと」
「独占ではなく、”みんなの戦闘奴隷”として使っていきたいんです」
「何卒、赤城様からもそう言って頂けましたら、お願いします!」
「彼女達は貴重な戦力なのです!レベル80超えですよ?」
全く予想外だった。
ラティとサリオを”この町”みんなの戦闘奴隷として使いたいと言うのだ。
呆れてモノが言えない俺に代わって、赤城が口を開く。
「この二人が居なくなる原因の一因を作ったのは君達だろう?陣内を排除しようとしたのだろう?それをしなければまだ可能性があったのに」
赤城はそれを告げると、踵を返して馬車乗り場に向かった。
そして俺に小さく告げてくる。
「陣内君、僕もこの町を出るよ」
「なんで?」
「この町は北の貴族の管理下になるんだ、どうにもキナ臭いから離れるんですよ」
「なるほど、納得だそれなら伊吹にも伝えてやれ」
「――ッ!?、わかった伝えよう」
そして俺達は馬車乗り場に辿り着くと、そこには。
「全く、ツケを踏み倒されたら困るんやよ、じんないさん」
「ららんさん!どうしてここに?」
「ららんちゃんや!」
「ららん様」
「じんないさん馬車もっておらへんやろ?それにオレも戻ろうと思てな」
「戻るって‥」
「南やよ、そろそろ戻ろうと思てたやし、じゃいこか」
「ららんさん助かります、よし!サリオ」
「はいな?ジンナイ様どしたです?」
「サリオ、残りの馬車を全部焼き払え」
「ぎゃぼー!怒られちゃうですよです」
「追っ手が来るよりマシだ、可能性を潰しておきたい」
「うう、分りましたです、でもお馬さんだけは許して欲しいです」
「仕方ない、馬はどっかに逃がしちまえ」
ららんさんの馬車以外はすべて焼き払い、俺達は南に向かうことにした。
半年間の住み慣れたルリガミンの町を追い出される形となって。
だが、あの暴徒の中には顔見知りの奴はいなかったのだ。
希望的な観測だが、俺の知っている冒険者は、あの騒ぎには参加していなかったのかも知れない。
そう思うと少し心が救われる気がした。
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