心地よい場所
新しい章のプロローグ的な感じなので短めです
朝になり自然と目が覚める。
俺の腹部を優しく添えるように後ろから抱いているラティの手。
目の前には、俺に身を預けるかのように無防備に背を向けているサリオ。
3人で一緒のベッドに寝ているのだ。
慌てる必要は無い、彼女達が昨日の夜に俺を支える為にしてくれた事。
心から感謝するべき行為。
自分でも気付かずに、小さくつぶやく。
「ありがとう‥」
その呟きで俺が起きた事に気付いたのか、二人が僅かに動く。
ラティの背に押し付けていたモノが離れ。
サリオはモゾモゾと体をズラす。そしてサリオが――
「ジンナイ様。当たっているのです」
ナニが当たっているのかは理解出来た。
そしてサリオに言われたセリフの後に、紡ぐべき言葉を俺は言い放つ。
「当ててんのよ」
「ぎゃぼーー!!確信犯でしたかですよー!です」
サリオが凄い勢いで飛び起きた。
そしてベッドから離れ、身を縮めるように構え俺に言い返す。
「危うく赤首輪が橙色になるところでしたよです」
「―ッば!馬鹿!?マズイそれだけはマズイ!マジで勘弁してくれ!?」
赤から橙に変わると言う事は、俺がサリオにやらかしたと言う証になるのだ。
事案発生不名誉すぎる。
俺が必死になってサリオに懇願していると。
「よかったです、ジンナイ様。笑えるように戻ったのですねです」
「あ‥‥」
サリオが何を言っているのか理解出来た。
痛いほど理解出来てしまうのだ。
昨日の夜、顔が固まったような自覚がある。
頬が上手く動かず、口角も上がらず、能面のような人らしくない表情を俺はしていただろう。
俺は二人のお陰で戻れた、気持ちを切り替える事が出来た。
だからもう一度。
「二人とも、ありがとうな」
「いえいえなのです」
「あの、ご主人様、私はご一緒に横になって寝ていただけです。それと、昨日何があったのかは予想するまでもなく、分かります。ですが、ソレが解消されたのでしたら、それはなによりです」
相変わらずのラティの優しさに、俺は涙が出そうになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達は支度済ませ、食堂に向かう。
危機が去ったので、食事も元の流れに戻すつもりだ。
食事を済ませ、赤城達の宿に向かう事にする。
太陽を確認すると現在は9時。
なんの変哲も無い通りを歩いて進んでいく、普通の通りを普通に。
――普通に接してくれるだろうか赤城達は、
昨日の顛末はドライゼンも見ていたから、詳しく伝わっているはずだ、
赤城は‥‥
赤城達が待っている宿屋に辿り着く。
どうしても緊張してしまう、果たしてドライゼンはどの様に伝えたのか。
「やあ陣内君。今日も助っ人護衛頼むよ」
「赤城‥‥」
「ラティさんとサリオさん二人で金貨1枚と銀貨20枚」
「あ!赤城てめぇ――」
「それと陣内君は一体に付き銀貨15枚ね」
「値下げし過ぎだろ!例の件でスゲー金を消費したんだぞ、それをお前は、」
「それはソレだよ。じゃあ今日も早速行こうか」
「へいへい‥‥」
赤城は昨日の件を引きずらずに接してくれた。
しっかりと値下げをしていると言う事は、昨日の事は無かった事にはしないという合図。
だけど、普通に接してくれている。
何だか赤城の癖に生意気である。
こうして呆気なく日常に戻る事が出来た。
俺の行動を肯定も否定もするのではなく、ただ受け入れる形。
慰めるとかや腫れ物として扱うもしない。
伊吹組も特に何も変わりなく、俺に接して来てくれる。
その辺りは、ガレオスさんが上手く伊吹に言ってくれたのかもしれない。
本当の所はどうか分らないが。
――でも、たぶんラティ辺りだと‥
『ご主人様が御自分でお決めになった事です、気概をお持ちになって――』
とか言って、厳しくて甘くないだろうな、自分の決断は自分で評価しろ的な、
でも無言で寄り添ってくれる優しさもある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして事件から二日が経過した。
日常は戻って来たが、出て行ったお金は戻って来なかった。
今回の協力の経費は中々の金額だったのだ。
具合的に言うと、ららんさんに借金が全く返済出来ない位に。
しかも赤城の助っ人傭兵代も値下がりし、そして――
「陣内君。しばらくは君の出番は必要無いかもね」
「ぐぅぅ‥‥」
最高に腹立つ良い笑顔で赤城が俺に語りかけて来る。
最近赤城は魔法操作の腕が上達したのだ。
以前までは足に絡めて動きを阻害していた束縛系魔法を、より精密に操作し。
なんと足と腕を縛るようになったのだ。
イワオトコのような怪力は無理だが、ハリゼオイ辺りだと縛り付けていた。
あの魔物を地面に大の字に貼り付けるのだ。
後は、無防備の腹に突き刺せば良いだけ。
ハリゼオイキラーの俺は失業した。
金策崩壊待ったなしとなった。
なので最近は新しい雇い主でも探そうかと画策し。
伊吹組か他のパーティを視野にいれる。
赤城達は、ハリゼオイを簡単に倒せるようになった事により、赤城組の勇者同盟に参加する冒険者が増え、現在40名を超える人数になっていた。
ただ、勇者1人で40名の冒険者の面倒を見るので。
勇者の恩恵の効果は薄まりほぼ効果無しの状態。
――クソ、赤城の癖に、
レベルが上がらない事に不満を爆発させて、
また大人数が抜けちまえ!40名の大所帯とか生意気すぎる!
閑話休題
それと最後の問題がひとつ。
北の大貴族、フユイシ伯爵がどう動くか。
十中八九、俺が北の防衛戦でやらかした件であろう。
最後に強襲遊撃特殊防衛団の団長アゼルさんが、今回の件は隠蔽する様な事を言っていたが、失敗したのだろう。
何処まで本気で、俺を狙ってくるのか。
暗殺者を一応秘密裏に消しているので、すぐにこちらに来る事はないだろう。
だが、この町を離れる事も視野に入れておかないといけない。
それと、昨日から始まった北の防衛戦の傭兵募集。
これも参加は出来ない。
今稼ぎが少ないからと、北の領地に行くのは危険過ぎるだろう。
本当はとても参加したいが諦める事にする。
今は夕食を取りながら、北の防衛戦に参加しない事を二人に説明していた。
「と、言う訳で今回は見送るよ」
「あの、それですと近いうちに町を離れる事もあるのでしょうか?」
「ん~~それなんだけど、正直この町が居心地良いからなぁ‥」
「そなのです!ハーフエルフにも優しい良い町なのですよです」
本当にその通りなのだ。
中央の城下町に行くと、二人に対しての視線は腹が立つ位に酷いモノだが。
この町ではそれが、ほぼ無いのだ。
あるとしたら、それはこの町に最近来たばかりの人達など。
狼人とハーフエルフの二人には、とても良い環境なのだ。
それに俺にとっても居心地が良くなって来ている。
まだ慌てる程の段階では無いと判断し、俺はもう少しこの町に留まる事を選択し。
二人との会話で、留まる事を考え、そしてそれを伝えた。
「あの、ご主人様 それと今更なのですがこの剣本当に良かったのですか?」
「うんそれを使ってくれ、さすがにボロボロになって来てたしな、蜘蛛糸の剣も」
「ららんちゃんの借金返済は後回しですよです」
俺は新しい蜘蛛糸の剣をラティに買い与えた。
剣がかなりヘタレて来ており、現在の稼ぎ頭、ラティへの投資として。
後はその事を、ららんさんにバレ無いようにしなければならない。
「あ、ららんちゃんがちょっと怒っていたですよです」
「――っな!なんでららんさんが知ってんだ!?」
「あたしが言いました、それでららんちゃんが『ほほ~じんないさん、良い度胸ですのう』って、言ってたですよです」
「このイカっぱら!なに密告してるんだよ!」
「貰ったお菓子は美味しかったのです」
「さっき居なかったのはソレか!」
「前の大騒ぎの事を教えて欲しいと、呼ばれていたのです」
――あ!そうだった、
暗殺騒ぎの顛末を、ららんさんに言って無かった‥‥がっ
「剣の事を言う必要無いだろうがー!」
「ぎゃぼーー出ちゃう出ちゃう!乙女が出しちゃダメなのが出ちゃうー」
俺はお仕置きをサリオの腹にかました。
サリオが口を押さえながら涙目で訴えている。
いつもの日常、大騒ぎをしている酒場兼食堂の場所。
そこに聞いた事のあるような声が突然聞こえてきた。
「オッス!陽一君、最初のお城以来だね」
「あ、お前は確か‥‥」
食堂の入り口には見覚えのある男が立っていた。
そう、俺達と同じこの異世界に召喚された勇者のひとり。
「元気にやってたようだね、安心したよ」
「ああ、うん‥‥」
俺は基本的に勇者連中はあまり好きではない、もちろん例外はいるが。
だが、コイツは‥‥
そうこの男、この男を俺は知っている。だが‥
――やべぇ、確かにコイツは知っているけど、
俺、コイツの名前知らなぇ、何だったかな、
【ルリガミンの町】に、名前の知らない勇者がやってきた。
読んで頂きありがとうございますー
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