積み重ねた覚悟
欝回です
残酷な表現があります
「――だから命だけは助けてくれ!」
命乞いを見た。
普通の人生では滅多に見れないであろう。
しかも傍観者ではなく、当事者の1人として。
暗殺者デッドの提案、雇い主に嘘の報告をすると言うモノ。
果たして信用出来るか?無理である。
この提案を受けるつもりは無かった。
どんな希望的観測をしても、戻ったら裏切るだろう。
今は本気で言っているかも知れない。
だが、一度戻って安全が確保出来れば間違いなく俺を裏切る。
いや裏切りとも言えない位に当然の事だ。
残りの二人は人質にもならない。
だから、3人には酷い話しだが死んで貰うしか無いのだろう。
見逃すと言う選択肢を選べるほど俺は強くない。
本気で殺しに来た相手を見逃せる程余裕は無いのだ。
後はその決定を誰が下すか。
警備隊のおっさんが薄気味悪い笑みを浮かべながら俺に尋ねてくる。
「え~と、どうしよっか?この3人、ねぇ?」
「助けない方向でお願いします」
「ん~それって殺しちゃうって事でイイの?」
「はい、”俺は”それでお願いします」
3人が息を飲む声が聞こえる。
部屋にいる他の全員も無言になった。
――よかった、赤城と伊吹がこの場に居なくて、
もし居たら、俺はどんな目で見られたんだろう、非難かな、
これを非難されるのは嫌だな‥
リスクうんぬんじゃなく、この3人の釈放は選択出来ない。
明確な殺意を持っての行動なのだ、だから俺もそれに応じるだけ。
俺も覚悟を持って、この3人に死を要求する。
誰かに任せるのではなく。
俺が要求するのだ。
覚悟を持って――
「覚悟を決める」と人は言う、だけど俺は少し違うと思っている。
人の積み重ねたモノがあって覚悟を出来るのだ。
その場になって選択を要求されて、そして選んだりしたモノは‥‥。
――そんなモノは覚悟では無い
選んで決めただけだ、だから俺は選ぶのではなく、
要求をする――
俺はこの異世界を生き抜くと決めた。
そしてそれを達成出来るように考えて、そして行動もしている。
積み重ねているのだ――
だから俺は、自分の心の中で吼えている。
覚悟は出来ていると。
揺るがない自信もある。
後悔もしない。
だけど、後できっと恐怖に『やっちまった~』と思うことはあるだろう。
「じゃぁ~連れてっちゃってこの3人、お願いねハンズ君」
「‥‥はい」
「あ!他の人も何も見て無い聞いてないでお願いねぇ~」
間の抜けた声で、今日は何も無かったと釘を刺してくる。
泣き叫ぶ3人を部屋に待機していた警備隊が連れていく。
3人が騒げば騒ぐほどに他のみんなは無言になり、より一層叫び声が響く。
横を見るとサリオは顔が真っ青になっている、ラティは無表情のまま。
そして次に俺がするべき事。
「俺もその場で確認させて貰いますね」
「‥‥いいよぅ」
警備隊のおっさんは、最初は意外そうな顔をしていたが、すぐに、にや~っと笑みを浮かべて俺を見つめ直した。
おっさんの中で俺をどう思ったのかは謎だが。
たぶん始めて警備隊のおっさんを驚かせたのかも知れない。
警備隊のおっさんを信用していない訳では無いが、逃がす可能性もあるのだ。
だから自分で確認するしかない。
俺はラティとサリオにはこのまま部屋で待っているように伝え、部屋を後にする。
さすがに二人に現場を見せるのは忍びないのだ。
警備隊のおっさんについて行き、多分そういう事をする部屋にたどり着く。
畳10畳程の何も無い部屋。
床はむき出しの土、外へと続く扉、そしてピッチャーマウンドの様な土山。
その土で出来た三つの山に、3人が押し付けられる。
麻痺の魔法でも掛けられているのか、満足に身動きの取れない3人。
呆気なく振り下ろされる刃。
すぐに終わった。
淡々と何かの作業のように。
専用のズタ袋なのか、それに入れて外に運んでいく。
土の山は掻き混ぜられて吸った血でより暗い色になる。
恐ろしく酷い話だったのだ。
貴族と繋がっているから、面倒にならないようにさっさと終わらす。
きっと誰を処刑しましたとは記録に残していないかも知れない。
あったとしても身元不明の3人を処刑しました程度であろう。
俺の心の中で。
元の世界で学んでいたモラル道徳心倫理観価値観親の教え。
それらすべてが俺を否定してくる。
だから俺はその否定をすべて受け止める心の中で‥‥
きっと受け止めずに逃げれば、人として終わってしまいような気がしたから。
自分に今回の事を確認させる。
デッドは俺を殺しに来たから殺した。
エルドも俺を殺す手伝いをしてきたから殺した。
キャストも同じだ。
ラティの話しを聞くと、キャストはラティに話し掛けに来ただけではなく。
食堂を出ようとしたラティを止めようと行動したらしい、その時に気絶させられたと。
心の中が非常に胸糞悪い。
さっきから胃の中のモノを吐き出したくてたまらない。
体には死の臭いが染み付いているようで、首周りに不快感が纏わり付く。
目を閉じれば嫌な光景が浮ぶ。
一度でも取り乱したら、気がおかしくなりそうな気分。
貼り付けた顔のまま、部屋で待っていたラティ達に終わりを告げる。
何か会話をしていたが、あやふやだ。
宿に戻ってからは一度落ち着き、風呂に入る事にする。
張り付いた気がする死の臭いを洗い流す為に。
体を流し、いつもよりも多めに石鹸を使い念入りに体を洗う。
湯に浸かった後も、もう一度体を洗い流す。
特に首の辺りを念入りに、皮膚が少し削れる位に念入りに擦る。
部屋に戻ってからは、二人に今日は寝ようとだけ伝え床に就く。
目を合わせないようにして二人と話していた。
情け無い事に、俺は二人の顔を見れなかったのだ。
どんな表情を二人がしているのか、そして俺はどんな顔をしているのか。
生活魔法”アカリ”を消して真っ暗な部屋。
目を閉じると目蓋に浮かび上がる、土の山に乗っているモノの姿。
ベッドの上で横を向いて、目を開いたまま寝ようとする。
当然寝れる訳もなく、静かな部屋で、1人そのまま。
この異世界で死体を何回も見た事はあるが。
自分の意思で、誰かが死ぬのを見たのは始めてだ。
覚悟は出来ていた、こんな気分になるだろうと理解はしていた。
だが、理解していても辛いものは辛い。
胃の中がグルグルとする。
背中の肝臓の位置あたりから寒さが広がっていく。
広がる寒さが、肩へ、そして首筋に広がっていく。
気が付くと寒さで奥歯がカチカチと音を鳴らす。
”殺されそうだから殺しました”と言う建前に逃げたくなる。
その言い訳に縋りつきたい気持ちがある。
だが俺は覚悟を持って選択したのだ、だから縋りつきたくなかった。
ベッドで寝ているはずなのに、新雪の上で寝ているかのような錯覚を感じる。
辛さに目を閉じると、再び浮かび上がる光景に目を開く。
寒さに身体の感覚が無くなっていく、とても耐えられない寒さ。
寒さに耐えていると、何故か、お腹の辺りがほんのりと温かくなっている。
そして気付くと背中も温かい。
背中が柔らかくて温かくて、お日様のような健康的な香りもしてくる。
凍えていた身体に血が巡り、身体の感覚が戻ってくる。
俺はとても柔らかいモノに包まれていた。
この異世界で一番安心出来る人に包まれていた。
ふと、咳払いのようなモノが聞こえて来て、見えていなかった前を見れば。
そこには小さい背中が横になっていた。
ラティが背中側から腹部に手を回して、優しく抱きつき。
サリオが俺に背を預けるようにして寝ていたのだ。
俺は二人に挟まれ、気が付くと目を閉じて眠りにつけていた。
今回も読んで頂きありがとう御座います
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