価値観(
人によっては不快に感じられる場所がございます
馬車に揺られ、俺とラティは城下町へと帰って来た。
正門を潜り、馬車に乗ったまま城下町へと入る。
「この住所に宿があるので、一、二時間したらお越しください。先にちょっと荷卸ろしをしなくてはいけないので。お待たせしてしまう形になりますが申し訳ないです。あと、宿の名前は【獣の尻尾】って言います」
魔物に襲われていたところを助けられた青年ルードは、そう言い残して馬車に乗り込み大通りへと去って行った。
「一時間って言われても、正確な時間がわからないな」
「あの、時間ですか?」
ラティはそう言って、眩しくない太陽を何気なく見上げた。
俺もそれに釣られて、空の太陽を見上げる。
「丁度一時半くらいですねぇ」
「ああ、一時半だね――って、やっぱアレって時計も兼ねてんのか、あのふざけた太陽は!?」
――太陽っぽいのにあまり眩しく無いし、
完全に時計の針っぽいのが見えるから、まさかとは思ってたけど……
マジで時計だったのかよっ、
「あの、確か三代目勇者様の一人が魔法を駆使して時計にしたとか。実際のところは、どうやっているのかは不明です」
「三代目は優秀だな。歴代勇者は碌なのが居ないと思ってたよ、ロリコンとか推奨してたし……」
「三代目勇者様は、魔法が特に凄かったみたいですねぇ。明かりを灯す魔法や、水を温める魔法などの【生活魔法】を開発された方です。特に生活魔法は属性さえ合えば、誰にでも使えるのでみんな使ってますねぇ」
――え?
昨日ラティが作ってた照明のような光って、誰でも使えるのか?
でもMPとかは必要なんだろうなぁ……
「ご主人様。明かりと火を起こす魔法などは、奴隷であるわたしが使いますので御気になさらずに」
まるで心でも読んだかのような、そんなフォローを入れてくれるラティに感謝しつつ、俺は別の話題に切り替える。
「ありがとうラティ、部屋の明かりとか頼むね。あとは……取り敢えず【大地の欠片】を売りに行こうか、結構獲れたし」
「あの、そうですね。……ですがこんなに【大地の欠片】が獲れたのは初めてですよ。普段は倒した数の一割くらいなのに、今日は七割くらいが【大地の欠片】を残していきましたねぇ。これも勇者様の恩恵なのでしょうか?」
「そうだったら助かるな、良い金策になるかもだし、これを続けて行けば安定生活に!」
「では、【冒険者ギルド】に向かいましょう。お金もギルドに行けば依頼などで稼ぐ事も出来ますし」
俺はラティの案内で【冒険者ギルド】へと向かう。
そのギルドは、中央の勇者パレードを行った広い通りに面した場所に建っていた。
彼女の説明によると冒険者ギルドとは、冒険者達の支援などを行う施設らしく、仕事の斡旋や大地の欠片の買い取りなどもしているそうだ。
「思ったよりもデカイな」
【冒険者ギルド】は、幅五十メートル程の二階建ての建物で、石材などを使ったしっかりとした作りに見えた。
「あの、ご主人様。【大地の欠片】を売るには、まずギルドに冒険者登録をしてからでないと買い取って貰えませんので、先にご登録をお願いします」
「了解、で、登録の手続きってすぐ終わるものかな?」
「はい、ステプレを見せるだけで終わります」
「うう、アレあまり見られたくないけど……仕方ないか。んじゃ入るか」
ギルド入り口は人の出入りが激しい為か、扉は開けたままになっていた。そしてギルドに二人で入る。
「中は結構綺麗だな……あ、横は酒場にもなってるのか」
「あの、酒場の利用にも一応登録が必要ですねぇ」
――ラティは慣れてんな、
前の主人に付いて何回か来た事あるってことか?
って、当たり前か、ラティはあれだけ戦えるんだし、
受付窓口は、元の世界の銀行のようなカウンターのが並んでおり、俺は空いているカウンターに登録申請を行いにいった。
受付を担当していたのは猫の獣人のお姉さん、普通の人間に猫耳を付けて、目の瞳孔を縦長にした姿。
そんな女性が愛想の良い可愛らしい笑みを浮かべて座っていた。
「スイマセン、登録をしたいのですが」
「はいにゃ、ステータスプレートをこちらに見せてくださいにゃ」
俺は指示に従いステータスプレートを出現させて、その半透明の青い板を相手に見えるように回した。
すると、受付の女性が一瞬で冷たい無表情になり――。
「スイマセン、ご登録は出来ません」
(へ⁉ 語尾のにゃが無くなった⁉ って違うッ)
「―――ッなんで⁉」
思わず声を荒くして聞いてしまう。
「上からの指示です。『余計な事をしないで静かにしていろ』との事で」
温度の感じられない、そんな無表情で返答をしてきた。
そしてその指示が、誰からの指示なのかふと思い当たる。
「待ってくれ、その指示は宰相のギーなんとかからですか?」
「お答え出来ません、お帰りください」
バッサリである。
だが【大地の欠片】を売らなくてはいけないので、俺は食い下がる。
「せ、せめて【大地の欠片】だけでも、これの買取りだけでもお願い出来ませんか?」
「ギームル様からの御指示でして、ギルドに係わる事は全てご利用出来ませんのでお帰りください」
――ちきしょ、やっぱアイツか……
どんだけ嫌われてんだ俺は?
でも、そこまで恨まれる筋合いないんだけど……
俺がカウンターの受付で諦めずにいると、そのやり取りを見ていたと思われる冒険者の三人組が絡んで来た。
「ミアちゃんどうしたの? トラブル? オレが話を聞くよ?」
――ん?
なんか絡んで来たけど今は無視だ、
あ、そうだ、俺が駄目ならラティに登録させて……
「なら、この子がギルドに登録します」
「奴隷はギルドに登録出来ません。ましてや狼人など、もうお帰り下さいっ」
無表情から一変して、嘲笑混じりの冷めた表情で対応をしてきた。
咄嗟にラティに対して申し訳なく感じ、俺はラティの方を見ると。
( あ…… )
ラティは愛らしい口元を、ぐっと横一文字に噛み締め視線を床に向けていた。
――ッ馬鹿か俺は!
十分考え付く事だったろ! なんで、なんでラティに振ったんだ俺は!
くそっ……
「分かりました……。帰ろうラティ」
「……はい」
消え入りそうな声で、ラティが呟くように返事をした。
俺達はそのまま二人で出口に向かって歩き出した。だが予想外な形で、三人組に再び絡まれる。
「おい! 【狼人】って言うから、よく見たらラティじゃねえかよ。最初気が付かなかったぜ」
「んん⁉ 【狼人】のラティって、前にゲイルお前が寝込みを襲って逃げられたっていう赤首奴隷だっけ」
「うるせぇ! ココでそれ言うんじゃねえよ!」
「ぎゃははははぁ、アレか、あの金貨八枚が溶けたって話か、確か奴隷商に没収されて金貨八枚がパァになったって――」
非常に不愉快な会話が続く。
苛立つ俺の横で、ラティが小さくなっているが分かる。
「おい、元主人様に挨拶は無ぇのかよ? ラビットラティよぉ」
「弱くて逃げ足だけは速ぇからウサギみたいで、ラビットラティだっけかぁ?」
「おう、そこのお前が今のっ――」
その男が何かを言い切る前に、俺たちは外へと走り出していた。
これ以上不愉快な話を聞くつもりは一切無く、俺はラティの手を取って走り出していたのだ。
幸い扉は開いたまま、勢いよく飛び出しそのまま走り続ける。
どれだけ走ったかは覚えてないが、今は裏通りに身を潜め、ラティにどう声をかけたら良いかと思案する。
――駄目だ、
どうにも考えがイイのが浮かばねぇ、
そもそも俺が慰めるってのも変な感じもするし……
「あの、ご主人様、何処か【大地の欠片】を売れる所を探しましょう。雑貨か薬屋にでも行けば買い取ってくれるかもしれません」
「お、おうぅ」
ラティの方から話し掛けられ、俺は驚きに少々情けない返事をしてしまう。
先程の事はあまり気にしていないのかと、そう思いラティを見たが、そんな事はなく、やはり落ち込んでいる様子だった。
俺達は適当に歩き、偶々目に付いた雑貨屋へと入る。
店内は薬のような物や、他にも装飾品や雑貨用品などが置いてある複合店のようだった。そしてカウンターに居た男が話し掛けてくる。
「おや? 何かお探しですか?」
「あ、すいません、【大地の欠片】の買取りお願い出来ませんか?」
「ハイ、受け付けておりますよ。それで量は如何程でしょうか?」
物腰の柔らかい対応をしてきた店主らしき男は、頭に布のような物を巻いた褐色肌の青年で、なんとなく最近見た気がする風貌だった。
俺はその店主に促され、握りこぶし程の【大地の欠片】をカウンターに置く。
【大地の欠片】は粘土のように柔らかいので、一纏めの塊にしておいた。
「おお! これは結構な量ですね」
店主が手際良く秤を使って重さを量り、俺とラティはそれを見つめた。
「銀貨三十二枚……オマケして銀貨三十三枚ですね。この金額でよろしいですか?」
「――っな! この量ですと金貨一枚近くはいくはずです!」
ラティが珍しく声を張り上げる。
――相場の三分の一か、
これは足元見られているのか?
……しかしラティが声張り上げるなんて、さっきのが影響してんのかな?
「確かに、金貨一枚はギルドの買取り価格ですね。ですがあの価格はとても適正な価格ではありません」
「なら、この値段が適正価格だと言う根拠はあるんですか?」
「【大地の欠片】をワタクシ自身の考えと価値観で判断し、それを価格に落し込み値を付けたのが根拠です」
俺の険のある声音に機嫌を悪くすることもなく、店主の男は丁重な態度のままで応える。
「つまり、店主さんから見て、ギルドの価格は高過ぎると?」
「はい、高過ぎますね。その価格の為に、原材料高騰によりポーションなどの値段も高くなっています。ポーションはもう少し値を抑えるべきだと考えているのですよ。それで助かる人も増えますし、まぁこれはワタクシの価値観ですけどね」
店主の言う自分自身で決める価値観の話に、俺はラティの身上を重ねていた。
過去からの差別のような不当な評価、周囲の迷惑を顧みない不当な高騰をする大地の欠片。
これは俺の自分勝手な判断、今の状況が気に喰わない。だから――
「その値段で売った!」
「あ、あの、ご主人様!?」
話の流れを傍観していたラティが、思わず止めに入る。
だが俺は店主の話に納得し、このまま売ることを決めた。
俺は店主の目を見つめながら、自分の考えをラティに伝える。
「ラティ、俺は自分で考え自分でしっかりと判断をしている店主さんを信じるよ。ギルドの価格は不当に高過ぎると言うのをね。そして俺はその理由に納得出来たからこの価格で売るよ」
今度はラティの目を見つめながら、俺は自分自身の思いをラティに伝える。
「誰かに押し付けられた不当な価値観ではなく、自分自身で判断した価値観を大事にしたいんだ」
正直なところ、とても格好つけたを言っている自覚はある。だが今は、それをラティに伝えたかった。
俺の思いを察したのか、ラティが驚きに目を見開く。
暫しの沈黙の後、店主がこちらの意を汲むように言葉を繋げる。
「そうです。どんな立場であろうと、どんな職業であろうと、どんな種族であっても、素晴らしい人物は、その価値を正しく評価されるべきです。……そう思いませんか?」
店主の男は、ラティにそう伝えてから、両手で輪を作り彼女を覗き込む。
「そうですねぇ。例えばとても見目麗しい女性だとか、レベルに見合わない高いステータスや技量をお持ちな方とか、そう言った方は正しく評価されるべきです。決して差別などで不当な評価をしてはいけません。――しかし本当に凄いAGIですね」
困惑するラティを見ながら、今度は俺が店主の言葉に続く。
「そうそう、この世界の価値観はどっか壊れて歪なんだよ。だからそれに従う必要も無いし、いつかその価値観を直して正してやる。それじゃあ適正価格の銀貨三十三枚を受け取ろうか」
俺と店主は、下手な芝居がかったやり取りを行った。
「はい確かに、こちら銀貨三十三枚で御座います。宜しければまたお持込ください、適正価格で買い取らせて頂きます。他にも価値のある物がございましたら、適正な価格で買い取らせて頂きますよ、例えば後ろの――」
「売らねえよ!」
(油断出来ねぇな、誰が売るかっ)
「おっとそうでしたか、これは残念です。お客様は価値を正しく解かる方でしたか」
おどけて見せる店主、ふとある事が気になったので、俺は店を出る前にそれを店主に尋ねた。
「また来ますね。それと出来れば、店主さんの名前を知りたいのですが」
「おや、紹介はまだでしたか。ワタクシの名はイーレと申します。またの来店をお待ちしております、価値の解かるお方」
「俺の名前は陣内です、また来ますよイーレさん」
手でイーレに挨拶をしながら、俺は雑貨屋を後にした。来た時よりも晴れやかな気持ちで。
外に出て、空に浮かぶ太陽を見るともうすぐで三時。
先程から顔を伏せ、黙ったままのラティに、そろそろ宿へ行こうと声をかけると、彼女は頷いて返事をする。
俯いたままで彼女の表情は見えないが、口元から小さく漏れる『ふしゅ~』の音は、何となく、何となくだが嬉しそうに聴こえたのだった。
それから暫く歩き、ルーなんとかに指定された住所、【I―8の右下】へと辿り着く。
(住所がゲームのマップ座標みたいだな……)
「確か宿の名前は、【獣の尻尾】だったよな」
「あの、確かそうです。指定された住所もあっています」
宿に辿り着くまでの道のりで、顔を上げられる程度には回復したラティが肯定する。
( ああ、やっと顔が見れたな、 )
さっきまで伏せたままだったが、やっと顔を見せてくれた事にホッとする。
ラティの目が少し赤いことには触れず、俺達は宿へと入る。
宿屋の正面のカウンターには、襲われている所を助けてやったルーなんとかが、目を輝かせながら待っていた。
「お待ちしておりましたラティさん」
――おい、俺も呼べよ!
あれ? ひょっとして俺は呼ばれてなかったかも?
もしかして俺だけは自腹な予感? いやそれは無いよね? よしっ、
「おう、タダで泊まりに来たぜ、早速部屋に案内して欲しい」
開幕に牽制のジャブを放ちつつ、俺は相手の出方を窺うが――。
「なに勝手な事を言ってんだいルード!」
ルードと呼ばれた男の背後から、のっそりと現れたのは無愛想なオバサン。
そのオバサンは右の打ち下ろし拳でルードを折檻する。
俺達の目の前で、ルードは見た事があるオバサンの拳骨で沈められていた。
見た事があるオバサン――そう、この宿屋は、昨日俺達が泊まった宿屋だった。
「命の恩人が来るって言っていたけど、なんだい昨日の狼人じゃないか! この馬鹿息子が」
「お母ちゃん、狼人だとか関係無いよ! ホントに命の恩人なんだ。米を運んでいる帰りに魔物に襲われてた所を助けて貰ったんだ。狼人だから何だってんだよ、命の恩人には変わりないだろう」
ルードが身振り手振りで必死にオバサンを説得する。
(行削除)
「ッチ、一泊だけだよ」
その必死さに押されたのか、渋々ながらもオバサンが折れる。
( お? 泊まれるのか )
「ありがとうお母さん。それじゃあラティさんご案内しますね、一人部屋を二部屋用意しまッ――ガァ⁉」
「なに言ってるんだいこの馬鹿は……まぁ仕方無い、こんな息子でも助けて貰ったんだし、二人部屋を使いな、部屋は二十四号室だよホラ鍵! あと食事も一階で食べな」
再び右の打ち下ろし拳を喰らって沈んだルードを尻目に、俺達は階段を上がってそのまま部屋へと入る。
宿屋に着てから入り口でのやり取りの後、また静かに俯いてしまったラティに、俺は優しく話し掛ける。
「……遅くなったけど、昼飯でも食いに行くか」
「あの……この二人部屋って……」
目の前にはベッドが二つ。
「ああ、よかったなラティ、価値が解かる奴は案外といるもんだな。ちょっと喧しいヤツだけど」
「……はい」
再びラティを俯かせてしまった。最初とは違う理由で……
その後は、ラティが顔を上げられるようになるのを待ってから下へと向かった。
そして一階の食堂で肉ジャガ定食を二人で食べた。
そう、一階の食堂で食べたのだった……。